「お」
「あ」
やべ、と声にせずとも伝わってくるような顔。
放課後の練習も終わって、だいぶ傾いた日は燃えるようなオレンジ色で葦人と福田の横顔を苛烈に照らし出す。クラブハウスの影になっているような場所、咥えタバコの大人はバツの悪そうにそうっと葦人から視線をずらした。
時が止まっていないことを証明するように、細い紙巻きの先からゆらゆら煙が立ち上って黄昏の空に薄くなって消えていった。
「オッチャン、タバコ吸うんや」
沈黙を破ったのは若々しく張りのある声。意外そうな、純粋な発見以外に何も内包していないそれに、福田は肩透かしを食らったように眉を上げた。
「……まぁな」
「へーぇ」
そう言ったきり興味を無くしたように行ってしまおうとした葦人。
その反応がなんというか、意外で。声を投げて、思わず引き止めてしまった。
「……驚かないのか?」
なんのしがらみもなく振り向いた線の細い顔。なんでだか眩しいその存在は、空気中で絡まった煙の糸に、その不透明な白に掻き消されて拐われていきそうに思えた。
「んーや、よく母ちゃんの店で吸ってるオッサンが居たからなぁ。なんか、懐かしいって感じや」
目を細めて笑う彼は、フィールドでも、月明かりの下に照らされる砂浜でも、見せたことのない顔をしていた。
そのまだまだ幼い顔を塗るのは、望郷だろうか。
「っ⁉︎なん、なにするんよオッチャン!」
気づいたら時には肺いっぱいに渦巻いていた紫煙を目の前の顔に吹きかけていた。
一気に崩れる、身の丈に合っていなかったこちらの柔いところを突くような大人っぽい顔。
「あータバコ臭くなったし……寮母さんになんて言お……どういうつもりやアンタ……」
「っはは、これの意味がわかるようになったら教えてやるよ」
からりと笑って見せれば、きょとんとこちらを見上げる丸い目。
「これが俺の匂いだよ。誰かと混ぜんな。それだけ覚えとけ」
そう言って葦人に背を向けて歩き出せば、状況にも何もかも置いてかれた少年の絞り出したような声が背中越しに聞こえてきた。クツクツと喉で笑って、福田は帰路を辿り始める。
あの表情を引き出したのが自分じゃない、と気付いた瞬間の不満気に唸る自分の中でいつの間にか居座っていた感情の名前とか、まだまだ透明に青い少年を自分の色に染めてみたいような欲の名前だとか。考えるのはまた後でいい。
沈んだ太陽に美しい群青を描き始めた大空の清涼な空気を胸いっぱいに吸って、福田は足取り軽く歩みを速めた。