モブおじとましゅかえステアケーサーコンクール作品の一般公開日に、麻秀は忙しなく挨拶回りをしていた。どこでどう縁が繋がるか分からないこの業界で、こういった場はグレーダーにとっては逃せない機会だ。一通り会場を回った麻秀は、自分たちの作品展示場所へと戻ろうとしていた。
螺旋階段が視界に入る位置に来た時、見知った金髪が端に映る。さすがの人嫌いも自分の作品の評価は気になるのか、部屋から出てきたようだ。と、楓の傍に立つ男を見た麻秀は眉間に皺を寄せた。
この業界において重鎮と呼ばれる立場にあるが、何かと評判のよくない人物だ。生徒の中にも体を触られただの、いやらしい目で見られただのの噂が絶えない。見目の良い生徒が標的になるとは麻秀も聞いていた。
男はしつこく楓に触れようとしており、さすがに意図に気づいたらしい本人の額には青筋が浮かんでいた。固く握りしめられた拳は、今にも男へと振り下ろされそうだ。舌打ちを一つして、麻秀は靴音を響かせながら早足で歩き出した。
風を切って後ろへ引かれた拳を、腕ごと掴んで止める。第三者の妨害に苛立ちもあらわに振り返った楓は、麻秀の姿を認めてますます顔を歪めた。
「何邪魔してんだてめえ……!!」
「邪魔をするに決まっているだろう。こんなところで問題を起こすな」
「うるせえ!いいから離せ!!」
掴まれた手を解こうと暴れる楓に、麻秀は思わず一般客も来ている公共の場であることを忘れて額に青筋を浮かべた。が、何とか堪えて、傍で所在なく突っ立っている男に聞こえないよう小声で楓へと話しかける。
「いいか、あの男は業界でも顔が知れている。そんなヤツに暴力沙汰を起こせばどうなるか、分からないほど愚かではないだろう。いくらお前でもな」
「ハッ、知るかよ!アイツ、俺の尻を触ろうとしたんだぞ?」
「なっ」
楓を諌めるため用意していた言葉が、麻秀の喉の奥で消えた。制御し難い感情に支配され、楓への拘束が緩む。
即座に麻秀の手を振り払った楓は、拳を鳴らして男へと向き直った。
「っ、待てと言っているだろう!」
「しつけーな!」
麻秀が楓の肩を掴む。
「そもそもお前が、」
勢いのまま、楓を怒鳴りつけようとした口が止まる。
そもそもお前が。なんだ?
今回、事の発端において楓に非はない。相手が一方的に悪いのだ。
いつもなら流れるように罵詈雑言を捲し立てる腐れ縁が口ごもっている。それに怪訝な表情を浮かべているその顔が。
さらさら風になびく金の髪。寝不足のはずなのにつやのある白磁の肌。美しい対の青。
そもそもお前が、そんなに綺麗だから。
そんな世迷いごとを口走りかけた思考回路を、麻秀は力任せにねじ伏せた。
「……いいから黙って言うことを聞いていろ!この馬鹿犬が!!」
「あァ!??」
投げつけられた暴言に激昂した狂犬は、即座に標的を変えて麻秀の胸倉を掴んだ。反射的に麻秀も相手の胸元へと手を伸ばし、怒号と拳の飛び交う空間へと変わる。
元凶である男は唖然と突っ立っていたが、激しい殴り合いに思わず静止の声を上げた。
が。その声に怒りに血走った緑と青の双眸がぎろりと男の方へ向けられる。
「うるせえ!!コイツ片付けたら次はテメーだこのハゲ!!」
「邪魔をするな!!然るべきところへ突き出してやるから黙って待っていろ社会のゴミが!!」
それだけ男に投げつけると、二人はすぐに目の前の相手をねじ伏せることへ全力を注いだ。周りの生徒たちが慌てて教師陣を呼びに行ったことにより、騒ぎはなんとか鎮火した。しかし、一般客の前で殴り合いの喧嘩をしたことにより、二人の伝説はますます凄惨に語り継がれていくことになる。