GET MYSELFがライブラスト曲だったらの話那由多の歌声から始まるこの曲が、礼音は好きだった。
声を追いかけるようにギターをかき鳴らす。これが最後の曲ということもあって、皆汗を流しながらもこれまで以上に演奏から力を感じる。湧き上がる高揚感と観客の熱気に当てられ、礼音はふらりと定位置を離れた。
向かった先は那由多の隣。
一瞬、ちらりと赤眼が礼音を睨み上げる。
「……ッ」
気圧されそうになった礼音を尻目に、何事もなかったように視線は前を向いた。一心不乱にマイクに齧りつく那由多に、ちりちりと火で炙られるような心地がする。
こっちを見ろよ。
衝動のまま、礼音は那由多のすぐ横へ足を叩きつけた。ギターを爪弾く指も張り合うように激しくなる。
那由多は一切目を向けなかったが、歌声がより鋭さを増した。
自分を意識した。その事実がより礼音の演奏に拍車をかけていく。
それに当てられたベースがゆるりと参戦してくるまで、二人の攻防は続いた。
那由多が最後のフレーズを叩きつける。いつもなら残りのアウトロを無視して、ステージから捌けてしまう。
今日は無性にそれが気に食わなかった礼音は、サイドへ体の向きを変えた那由多の進行方向へと立ち塞がった。
「………」
荒い息を吐きながらも、どこか静かな空気を身にまとったボーカルが立ち止まる。歌が終わり、火が燻って消えるように熱気が落ち着いているようだ。
いい機会だ、と礼音は見せつけるようにアウトロを引き続けた。
ちゃんと見ろ。
俺たちの演奏を。
那由多は押し通るでもなく、止まったまま、まっすぐ礼音を見ていた。その目に、再び火が点ったのが礼音にも見えた。
ボーカルを除いた全員がラストの音をぶつける。礼音の指が最後の弦を弾いた瞬間、那由多が動いた。
「えっ」
気づいたら至近距離に燃える赤い瞳があった。
綺麗だ。そんな礼音の現実逃避のような感想を吹き飛ばすように、顎を乱雑に掴まれ、引き寄せられる。少しかさついた何かが口へと押しつけられて。
視界が真っ暗になる。
演出でステージ照明が落とされたのだ、ということに気づくのに時間がかかった。
再び照明が灯された時には、那由多の姿は消えていた。遠くでリーダーである賢汰が挨拶しているのが聞こえる。
「…礼音?」
ポン、と肩に手を置かれて礼音はようやく自分が立ち尽くしていたことを知った。涼が不思議そうに顔を覗き込む。
「ねえ、俺の見間違いじゃないよね?」
「な、なにが」
「さっき那由多が礼音に、」
キスしてたよね。
無邪気に告げられた爆弾が礼音の脳内でリフレインする。
「な、そんッな、いや、えっ!!?だっ、て!うそ、なゆ、た、えっ」
困惑はそのまま大音量で口から飛び出して、涼が人差し指を口に当てる。ハッと礼音は我に返った。
礼音の急な叫びにざわつく会場、首を傾げている深幸、平静を装っているが冷たい目をした賢汰。当たり前だがまだステージの上だ。
冷や汗をじっとりとかきながら、礼音の頭はさっきの唇への感触をぐるぐると反芻し続けていた。