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    くぼぼ

    @stm_susk

    イベント用に作成しました。
    スタミュ・フロゴナ関連を載っけていきます。

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    くぼぼ

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    その頭を叩き割っても救われないんだよの話

    そのとき両手はいつもと違うことなんてなかった。いつも通り学校を出て、駅に行って、電車を待つ。大抵この待ち時間に、先に学校を出た遥に追いついて。
    いい加減それにうんざりしているらしい遥は、待っていた位置から足早に歩き出した。どうせ同じ電車に乗るのに、としつこく着いていくと、どんどん同じ顔が歪んでいく。
    ついには我慢の限界らしい遥から罵声が上がった。

    「着いてくんじゃねーよ!」

    追い払うように振り回された手は、よくあることだから軽々避けられた。ここまでは幾度となく繰り返されてきた二人の日常と言えたかもしれない。

    遥の手を避けるため後ろに下がった奏の足が、空を踏んだ。

    「あ」

    あっけないほど空虚な呟きは、遥の耳にしか届かない。すぐに異変に気づいた遥は、手を振り抜いた体勢のまま硬直した。
    普通の兄弟ならすぐにでも手を伸ばすだろう。でも。

    俺たち、普通の兄弟じゃないもんね。

    急速にブレる視界の中で、奏は遥だけを見つめていた。急に時間が止まったような空間でまるで二人きりだ。
    電車のエンジン音がすぐ近くで聞こえる。このまま線路上に落下して、電車に轢かれて、それで。
    最期に見るのは最愛の兄で、弟の最期を兄が見る。

    えっそれ最高じゃん。

    間近に迫った電車のライトに照らされた奏の顔に場違いな笑みが浮かぶ。ようやく事態に気づいた周囲から悲鳴が上がる。
    ホームに滑り込んできた電車のブレーキ音をかき消すような大声で、遥が叫んだ。







    少し意識が飛んでいたらしい。やかましい群衆のざわめきに奏が目を開けると、視界いっぱいに見慣れたセーターが見えた。

    「はる、か」

    奏の身体を抱き込むように、遥はホーム上に倒れ込んでいた。慌てて最愛の片割れの上から身体を起こす。

    「遥、遥!大丈夫!?ねえ!!」

    こちらを気遣ってくる周囲に構わず、遥の身体を揺さぶる。しばらくして、緩慢な動きで遥は起き上がった。座り込んだまま、ぼんやりと両手を見つめている。こちらを見ようともしない兄に、弟の心がちくりと痛んだ。けれど、すぐにそれは違う疼きへと成り代わる。
    正面から奏は遥の身体をしっかり抱きしめた。いつもならすぐに振り払おうと暴れる身体は、脱力したまま動かない。それを良いことに、奏はさらに身体を密着させる。

    「助けてくれてありがとう、兄貴」

    これは周りの野次馬用のもの。
    すぐに遥にだけ聞こえるように耳元に口を寄せた。

    「俺を助けなきゃよかったって思ってる?」
    「……ッ」

    だらりと垂れ下がったままの遥の指先が震える。分かりやすい、と奏は吐息だけで笑ってみせた。

    「一瞬迷ったでしょ?俺を助けるの。分かるよ、双子なんだから」
    「お、れは」

    ようやく聞こえた遥の声は弱々しく掠れていた。何度か口を開閉させるが続きは言葉にならない。

    「俺は死んでもいいって思ったよ。遥の目の前で、遥を見たまま死ねるなんて最高だって。遥の記憶に一生残れる。俺を見殺しにした遥はきっと」

    一生苦しむ。
    その一言を囁いた瞬間に、奏は突き飛ばされた。硬いホームへと叩きつけられた身体に、憎悪に満ちた遥の視線が上から突き刺さる。

    「お前……お前は……ッ!!」

    拳を震わせる遥に、地にへたり込む奏に、周囲が怪訝な雰囲気に包まれていく。舌打ちを一つして、遥はその場から去っていった。大丈夫か、お兄さんひどいね、の言葉に眉根を下げて答えながら、奏は必死に湧き上がる歓喜を堪えていた。

    あの遥が、憎しみに満ちた表情しか向けない遥が、必死になって俺を助けた!

    喉が壊れるんじゃないかってくらい大声を出して、落ちかけている身体を強く抱きしめてホームへ引き戻した。自分が倒れ込んでも構わない勢いで。
    こんなに嬉しいことはない、と奏はまだ感触の残る身体を抱き締める。耳の奥にはまだ自分の名前を叫ぶ愛しい片割れの声が響いている。
    こんな嬉しいことがあるなら、まだ生きなきゃ、と数分前に死のうとした男は目を細めた。
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