いつか王子様が ベンジーの母親はどこか浮世離れした人だった。深窓の令嬢、というほどでもないがだいぶ裕福な家庭で育ったお嬢様で天然。祖父母も過保護だったらしく、世間のこともよくわからないまま悪い男に引っかかって結婚してベンジーを産んだ。
けれど切り替えも早かった母親は全く働かない父親をさっさと捨てて実家に戻った。祖父母は大喜びしたそうだし、ベンジー自身かなり可愛がってもらった記憶があるので選択としては大正解だったのだろう。
裕福な実家のおかげで何不自由なく暮らし、祖父母が亡くなった後も遺産のおかげで生活には苦労しなかった。そのせいか歳を重ねても純真無垢なままだった母親の口癖は「いつか王子様が来てくれる」だった。
「お母さんの王子様は、見た目だけだったのよね。あなたのおばあ様が話してくれた王子様とは大違い」
「お父さんのこと?」
「そう。悪い人じゃなかったけど、良い人でもなかった。でもあなたにはきっと素敵な王子様が来てくれるわ」
「……お姫様じゃなくて?」
「こんなに可愛いベンジャミンに勝てるお姫様なんているわけないじゃない!」
「お母さんの感覚って独特だよね」
「そんなことないわ。あなたが愛しくてたまらないって思ってくれる人が必ず現れるんだから」
覚えている会話はどれもこんな感じで、十歳にもならない息子とするには妙に現実的な話題とお伽話が入り乱れたなんとも不思議なものばかりだった。
そんな母親も高校生の頃に亡くなりベンジーは一人になった。
自分がゲイだと気付いたのは初体験の最中だった。
別に勃起しなかったわけではないし、気持ち良さもあった。けれど気持ちはどこか別のとこにあって、目の前にいる女の子が顔を火照らせて形の綺麗な胸を揺らしながら腰を振っていても興奮する感じはなかった。むしろ気持ちはどんどん萎えていって、自分が求めているものはこれではないとセックスをしてみて初めて知った夜だった。
ゲイだと自覚した後も何か劇的なことがあったわけではなく、性のことより機械いじりやハッキングに興味が向いて立派なギークになっていった。そんなベンジーに恋人ができるわけもなく、自覚した直後は恋人を求めてそういう場所にも行ってもみたが、積極的に声をかけるでもなくもてる容姿でもなく、結局は同じようなギークでゲイの友達ができただけだった。
そもそも初体験も大学の先輩にお膳立てされてしたものだから、自分一人でどうにかできるわけもなかった。
周囲も趣味に夢中になっている様子ばかり見ているから恋人だとかそうしたセクシャリティに関することは聞いてこなかったし、なんだかんだゲイということを知られずに生きてきたのである。
そんなベンジーがよりにもよって仕事仲間で、スーパーヒーローで、イケメンで、すでに愛する人がいる男に惚れてしまった。憧れて、仲間になって、友達になって、そして死を覚悟した時に気持ちに気付いてしまった。
それからは一生懸命気持ちに蓋をする日々。しかし振り向いてもらえないとわかってるから気持ちは楽だ。隠し通せば、親友としてそばににいることができるのだから。
それだけでベンジーは充分幸せだと、自分に言い聞かせていた。