誰も知らない、君を知らない 死神というのは本来好かれやすい。人間に溶け込み、強い印象を残さず、仕事が終われば記憶から消えていく。そのためには適度に好感を持たれる方が都合がいい。
神がそう造っているはずなのにあの『ハングマン』という男は何かとつけてボブに絡んできた。こういう人間がまれにいることはいるが、ハングマンはこれまでの人間の中でダントツでしつこかった。知り合いであるフェニックスと組んでいるせいもあるかもしれないが、一人の時も声をかけてくる。
「よぉ、ベイビー。一人で大丈夫か?」
「問題ないよ」
流せばそれで終わりだが、一日に何度もあると流石に面倒だ。
「機嫌悪いな。お子ちゃまは甘いもん不足か?」
「違う。原因は目の前にいるんだけど?」
「おっと、のろまな雄鶏のせいか」
「……」
少し前を歩いていたルースターに原因をなすりつけて言いたいことだけ言って去っていくハングマン。一体何をしに来たのか本当にわからない。
しかしそんな生活が一週間近く続くと感覚が麻痺するのか、ハングマンの絡みはボブのルーティンのようになっていた。面倒なのは変わらないが、こういう神の意志に当てはまらない人間は面白い。先程も今日のペアがフェニックス・ボブとコヨーテなのが気に入らないのか、いつもより長めに絡んで去っていった。よく飽きないものだとボブはハングマンの後ろ姿を見ながら思わず笑ってしまった。
病院の天井を眺めながらボブは大きく溜息をついた。本来ならこのベッドにはマーヴェリックが横になっていて、息を引き取ったあと魂を回収する予定だった。なのになぜ自分が寝ているのか。
訓練が第二段階にはいり、その訓練のなかでマーヴェリックの機体にバードストライクが起こる予定だった。けれど実際にはバードストライクはあろうことかフェニックスとボブの機体に起こってしまった。
ありえないことだが、あの時ボブは確かに見た。マーヴェリックを守る壁のようなものを。おかげで弾かれた鳥が二人の機体に吸い込まれてしまった。あれは人間の芸当ではない。もしかしたら管轄外の神の加護でも受けているんではないだろうか。そんなもの、いち死神にはどうすることもできない。
歴代担当者の憔悴した顔を思い出して、彼らもあれを見たのだろうかとまた溜息が出た。
「あんなの、どう回収しろと……」
叫びたい気持ちになったが『ボブ』はそんなことはしないだろうからぐっとこらえる。
それに実際叫んでいる場合でもなかった。こんなふうにマーヴェリックの死因が周囲に飛び火していたら、いつか死人が出てもおかしくない。周囲の人間は基本的に強さの違いはあれど光っていて死ぬ予定のあるものはいなさそうだが、運命を変えてしまう可能性はある。
「それに死神が入院とか、ありえないでしょ」
こんなことを同僚にでも知られたら恥ずかしいどころではない。頭を悩ませることが多すぎてボブは現実逃避と言わんばかりに布団をかぶる。そこへ誰かが訪ねてきた。
「ハングマン」
「起きてたのか。……まだ寝てなくていいのかよ、ベイビー」
「赤ちゃん並みに寝たよ」
最初からいつもの調子だが単純に絡みに来たわけではなく、アイスマンの訃報と葬儀への参列を言付かってきたらしい。
マーヴェリックの担当にならなければアイスマンの魂回収はボブの仕事だった。どうやら後任はボブより早く仕事を完了したようだ。
「伝言は伝えたからな。……これでも食って元気出せよ」
「えっ」
ハングマンから聞くとは思いもしなかった言葉に驚いている間に本人は部屋を出ていく。去り際に何かをチェストの上に置いていったので確認すると、それはいつもボブが食べているスナックだった。