硝煙の中で エージェントの休みなんてあってないようなものだ。呼ばれれば世界中どこへでも飛んでいき、危険な任務に身を投じる。ここ最近至る所で悪い奴らが良からぬことを企んでいるようでイーサンもベンジーも本部に戻ることもなく現場から現場へと移動していた。
「なあーブラントー、なんで俺とイーサンの現場かぶんないの」
「一緒にするほどの規模の現場が今のところない」
「なんだよそれー」
「それぞれ特化能力が違うからな。一緒に一現場任せるより、新人と組ませて二現場行かせた方が、効率もいいし新人教育にもなるだろ」
「褒められているような、雑に扱われているような」
「常に人手不足だからな。頼りにしてるんだ、これでも」
次の現場への移動中、次の任務内容を聞きながらブラントに愚痴を言いつつため息をつく。言っていることの意味も頼りにしてくれていることもわかるが深刻なイーサン不足だ。任務中は連絡も取れないから声すら聞けない。
最後に触れ合ったのは何週間前だろうか。
「……ダンさん、もうすぐ着きます」
「んー了解。じゃあ、配置につき次第俺が停電させるから予定のルートで侵入。対象の部屋までのルートを確保したら連絡な」
『はい!』
自分より年下の若いエージェント達に指示を出すのもだいぶ慣れた。身体能力に関しては彼らの方が上なので、現場経験が少ない分しっかりサポートすれば今日の任務も問題なく終わるだろう。
予想通り三十分ほどで連絡がきて、電子金庫を解除して今日の任務は完了した。怪我人もなく計画通り、新人たちも褒めて無事今日のチームは解散だ。
「金庫にあったデータは解析して送ったぞ」
「受信を確認した。……ベンジー悪いんだが、このまま今から送る地点に行ってくれないか?」
「えー……まぁ、いいけど」
「ピックアップを頼みたい。ベンジーが一番近いし、機械に強い奴がいいんだ」
深夜の三時、流石に連続任務は辛いが運び屋ぐらいならいいだろうと了解すると車を駆って指定の場所に向かった。派手にやり合ったのか硝煙と埃と血の匂いが混じり合って漂っている。
漂う煙の中に人影が見えて、ベンジーは念の為銃を構える。しかしすぐに銃をしまうと、近づいてくる人影に駆け寄った。
「イーサン!」
「ベンジー? 君、今日は別の任務じゃ」
「そっちは終わったよ。今はそれの回収が俺の仕事」
驚くイーサンの手に握られた小さなケースのようなものを指さすと、イーサンは表情を崩してすこし笑みを浮かべた。ベンジーと同じく、これがブランドからのちょっとしたサプライズだと気付いたからだろう。
「すぐ行ってしまうのかい?」
「ピックアップだけだから。それにまだここ途中だろ」
「残党がね」
遠くの方でかすかに銃声が聞こえる。預かったものを取り返そうと追手が来ているのかもしれない。
「あぁ、くそ……離れがたいな」
すっと腕を引かれてベンジーはイーサンの腕の中におさまった。焦げたような匂いがして、また無茶をしているのだろうと心配になる。抱きしめ返しながらさっと身体を確認したが怪我はしていないようだ。
「俺も……だけど行かなきゃ」
「そうだね」
「さっさと全部終わらせて、俺たちの家に帰ろう」
離れがたいのはベンジーも同じだった。けれど二人とも一流のエージェントだ。残り時間が少ないのは分かっている。
「じゃあな。怪我したら怒るからな!」
精一杯明るく振る舞い身体を離したベンジーは、車の方へ振り返ろうとした。しかし肩を引き寄せられ、あっという間に唇が重なる。
「ベンジーもだよ」
驚いている間にイーサンは離れていき、眩いばかりの笑みを浮かべながら煙の中に消えていく。ベンジーはイーサンの無事を祈りながら、煙を後にその場を離れた。