まどろみに添う 何がそんなに良いのだろう。いつだって爆豪はそう思う。
ソファに腰掛けた膝の上に、丸みを帯びた頭がひとつ。遠慮もなにもなく転がり込むそれを、黙って受け入れられるようになったのはいったいいつからだっただろうか。
学生時代にはこんなこと考えられなかった、なんて、遠い昔を思い出しては苦笑にも近い息を吐く。ここが己の指定席だと言わんばかりに爆豪の膝に頭を預けるこの男と、ともに過ごすようになり、気づけば五年目を迎えていた。
見下ろした先、映るのは男の顔の左半分。
ふにゃりと溶け切った口許に、無防備に閉じられた薄い目蓋。深い呼吸に合わせるように、髪と揃いの色をした、睫毛がふるりと揺れている。
指先を伸ばす。目蓋の際を、そっとひと撫で。少し歪な、触れた皮膚の感触も、もうすっかりと覚えてしまった。
そのまま耳先まで滑らせて、くしゃりと柔く髪を握る。それが気持ち良かったのだろうか、緩んだ唇の隙間から、溢れるように息を吐いた。もしもこの男が猫ならば、きっと盛大に喉を鳴らしているだろう。柄にもなくそんなことを考えて、小さな舌打ちをひとつこぼす。そんなこと慣れっこなのだろう、この図体ばかり大きな猫は、動じることもなにもなく、くるりと背中を丸めてみせた。
もっと撫でてくれ、なんてふやけた言葉に、命令すんな、と返すのもいつもの流れだ。従ってやる気などさらさらないけれど、爆豪の意思と反して、手の動きは止まらない。撫でる方も気持ちが良いのだ、なんて、そんなことは認めたくなかったけれど。
爆豪の指先を、手のひらを、安心しきったように受け止める。その様を見ていると、いつだって爆豪はどこか堪らないような心地になった。そんなに気を抜いていてどうするのだと、咎めたくなるような気持ちにもなる。それに、いくらプライベートの時間とはいえ、こんなに甘ったるいものなんて爆豪は求めていなかった。いつ如何なる時でも万全の態勢で、僅かにだって隙を与えぬように。それがどうして、そんな理想からはほど遠い。
けれどこの男が、爆豪の膝の上で、こんなにもほどけた姿を見せるものだから。胸の内にこみ上げる何かに耐えるように、強く奥歯を噛み締める。すべてを委ねられているのだ、自分は、今。
太腿に、すり、と頬を擦られる感触。その場所は、そんなにも良いのだろうか。女のように柔くもなければ弾みもない、どこまでも鍛えた筋肉は硬く締まって、快適な寝心地など、どうしたって与えてやることは出来ない。下手をすれば首や肩を痛めそうな姿勢ですらある。
けれど、そんなことを考えながらも、自然と指が動いてしまうのはもう慣れのようなものだった。この男が、どう触れられれば喜ぶのか、どうされれば気持ちいいのかなんて、十分すぎるほどに知っている。
額に手のひらを添わせ、前髪を掻き上げる。赤と白の、真逆の色をした髪が、爆豪の指の中で混ざり合う。ほぅ、と吐き出される息はどこまでも安堵に満ちていて、ほんの少しだけ、泣きたくなった。
「……爆豪、きもちいい」
「……そォかよ」
「なんだか、猫になったみてぇだ」
その言葉に、つい笑ってしまう。先程まで自分も同じようなことを考えていたなんて、絶対に教えてやらない。
「猫にしちゃ、可愛げがねぇけどな」
「そうか? 自分で言うのもなんだが、なかなか素直で従順な猫じゃねぇか?」
「どの口が言っとんだ!」
表すように、ぎゅっと下唇を摘んでやる。むぅ、と空気の抜けるような音がどこかおかしい。素直で従順なんて、良くも言えたものだと思う。何も考えてなさそうなぽやっとした面をして、その実頑固で、自分を曲げない。まあそれは、己に対しても言えることではあるけれど。
「轟」
そう名を呼べば、膝の上、仰向けになるようにもぞりと轟が身じろぎをする。左右で色の違う瞳が、それでも揃いの光をもって爆豪を見る。ぐっと上半身を倒して、先程摘んだばかりの唇に、爆豪の方から口づけた。
「……は」
「んだ、その間抜けヅラ」
「……いや、だって、今そんなタイミングだったか?」
「俺が、してぇと思ったからしただけだわ。文句あんのか」
「文句はねぇけど、ずりぃだろ」
俺もしてぇ、なんて爆豪を追いかけるように起き上がろうとする轟の、額を強く抑えつける。こうなってしまえばもう、後はただの力比べだ。
「テメェはそのまましばらく寝てろや!」
「俺も、キスしてぇ! 爆豪に!」
「はっ、たまにしかしてやらねぇ膝枕よりキスのがいいってか」
そう問えば、信じられないとでも言わんばかりに轟の目が丸くなる。それこそ猫のようだと思ったけれど、黙っておいた。
膝枕とキスと、行っている頻度で言えば、間違いなく後者が多い。けれどそんな、容易に答えが出せそうなそれにも轟は本気で迷ってみせた。しょうもねぇな、そう呟けば、悔しそうに唇の先を尖らせる。
「……くそ、お前、ほんとにずりぃ。そんなの、選べねえだろ」
抑えつけていた手のひらの向こう、轟がふっと力を抜くのを感じる。
いい子にしてりゃ、撫でてやる、言って不敵に笑ってやれば、せめてもの抵抗だと言わんばかりに指先に歯を立てられた。
こうして過ごすこの時間を、自分だって好んでいる。そんなこと、死んでも言ってやらないけれど。そう誓いを立てながら、轟の喉元、爆豪はするりとくすぐった。
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