微睡の休日 意識が夢の中から顔を出した。ぴったりくっついていた瞼を開けると、既に日が上ってからだいぶ経っているようだ。もしかしたら、もうすぐ昼かもしれない。
僕はモゾモゾと手足に力を入れて起き上がった。眠い。頭の中はまだモヤモヤと霞がかった状態だ。身体が動き始めれば、この霞も晴れるだろうか。頭を軽く揺らせば、両耳を着飾るピアスたちがシャリシャリと鳴った。
その音が聞こえたのか隣で寝ていた男が「うーん」と唸ったが、すぐにまた寝息を立て始めた。男の背中に彫られた虎の刺青が規則正しく動く様子が少し滑稽に見える。僕の方が疲れてるはずなのにな。まぁ、体力を使ったのはお互い様か。
ベッドから部屋の中を見渡せば、床には服が散らばっていた。それらを洗濯したい気持ちは山々だったが、休日の朝を過ぎてしまった今はテキパキと動く気には到底なれなかった。朝ごはんはどうしようか。僕の手が自然と右耳に伸びた。シャリ、シャリと指でピアスを遊ばせながら考える。何か考え事している時、僕は右耳を触る癖があるらしい。寝ているあの人が教えてくれた。
僕がぼんやり思案していると、モゾリと隣で動く気配がした。
「…はよぅ」
「おはようございます、銀さん」
僕は一旦考えるのを止めて、銀さんに挨拶を返した。銀さんは起き上がって大きな欠伸を1つした後、ガリガリと頭を掻いた。そして、こいこいと僕に向かって手招きをした。なんだろうかと首を傾げて近付いたら腕を掴まれ、僕の身体は再び温かなシーツの海に投げ出された。
「ちょっ…んぅ!」
反論しようとした口は塞がれる。激しくはないが、押しては引いていく波のように何度も口付けられた。宥めるように背中を叩けば、ようやくキスの雨が止んだ。
「もう!朝からがっつき過ぎですって」
「そうか?」
銀さんは舌なめずりをするかのようにペロリと唇を舐めた。僕は起き上がって銀さんの髪に手を伸ばした。
「ケモノは背中の虎さんだけにしてくださいよ」
自由奔放に跳ねた銀さんの髪を撫でつける。日の光を浴びた銀髪がキラキラと煌めいた。柔らかな髪が僕の指をくすぐる。銀さんは気持ち良さそうに目を細め、おもむろに僕の右肩に頭を倒してきた。
「お前も彫れば?」
「いやですよ。絶対痛いじゃないですか」
「そんだけピアス開けててよく言うよ」
銀さんは僕の左耳のピアスにそっと触れた。それがくすぐったくて、僕は身動ぎをした。ピアスホールの痛みは一瞬だけど刺青は違う。しかも、銀さんみたいに背中から腰にかけて彫るだなんて、考えただけで鳥肌が立ちそうだ。
「銀さんて実はMなんですか?」
「そうじゃねぇのはお前が1番よく知ってんだろ」
たしかに。昨夜も散々泣かされたことを思い出した。チャリン、チャリンとピアスを鳴らしていた銀さんの指が僕の首筋を辿って背中に回る。僕も髪に触れていた手を、凶暴な虎の彫られた背中に回した。銀さんの匂いが鼻をくすぐって、僕は何故か空腹を覚えた。
「銀さん朝ごはん何にします?」
「んー」
先ほどまで考えていた悩みを尋ねると、銀さんは考えてるのか寝ぼけてるのか分からない声がした。
「まだいらねぇ」
「でも、お腹空きません?」
内心やっぱりなと思いながらも、僕は子どもっぽく反論した。銀さんは肩から顔を上げると僕の顔を覗き込んだ。
「何食いてぇの?」
「パンケーキとか」
楽しみを打ち明けるような小声で僕は囁いた。銀さんは少し気分が上がったのか口角を上げて「ふーん」と言った。
「良いじゃねぇか。何つける?」
「クランベリージャム」
「そんな洒落たもん家にゃねぇよ」
「じゃあ、イチゴジャム」
それを食べたらコインランドリーまで歩いて汚れたシーツを洗う。帰ったら途中になっている映画の続きを見て、夕飯を作る。僕が指を折りながら話すのを、銀さんは黙って聞いていた。
「夕飯食べた後はどうします?」
「んー」
銀さんは僕を抱き締めたままベッドに寝転がった。
「お前を抱き潰して寝る」
「潰さないでください」
「潰さなきゃいいのかよ?」
意地悪に笑う銀さんの口を、僕はチョンと啄んだ。
「優しくしてください」
銀さんはスッと目を細めると「もう一回」と言った。
「パンケーキは?」
「あとでな」
その「あとで」はすぐに訪れてくれるのだろうか。僕には分からないし、きっと銀さんも分かっていないだろう。でもまぁ、こうやって微睡むだけの休日があったっていっか。もし今日この宇宙が終わったとしても、僕らはダラダラと過ごしているのかもしれない。そんな僕の馬鹿な考えも、やがて甘いピンクの霞に流されて消えてしまった。