酷暑に出す水は水じゃなくてほぼお湯 昼の1時を回った万事屋はとんでもない暑さに見舞われていた。蒸籠に入れられた饅頭ってこんな気持ちなのかなと、新八は額を伝う汗を拭いながら思った。テレビでは全国各地で熱中症に警戒するよう呼びかけられている。どうせそっちはクーラーの効いた空間からお届けしてるんだろ。こっちはクーラーを買う金もないから扇風機1台でやり過ごさなくてはならないというのに。八つ当たりしたい気持ちが膨れ上がってテレビを消した。とにかく水分だけでも取ろうと、新八は腰を上げようとした。
「ーーーーー!もう我慢出来ねぇ!」
突然向かいのソファで寝そべっていた銀時が吠えた。何だどうしたと不審な眼差しを向ければ、銀時がガバリと起き上がってずんずんと新八の元に歩いてきた。見下ろしてくる目は据わっていて、新八は何だか嫌な予感がした。
「どうしまし、たっ!?」
話している最中に身体がふわりと浮いた。いきなり銀時の肩に担がれ、新八はじたばたと手足を動かした。
「ちょっと!?いきなり何ですか!?」
銀時は騒ぐ新八を無視して脱衣所に向かうと風呂場の扉を開けた。そして、新八を風呂に投げ込むとカランのハンドルを勢いよく捻った。生温い水によって着物が濡れる感覚が気持ち悪くて、新八は顔を顰めた。
「もう何なんで、ぶわっ!?」
状況が理解できない新八の頭にシャワーの水が勢いよく降り注いだ。
「どうだ。少しはマシになったか」
「『マシになったか』じゃないですよ!ちょっとは説明してくれても良いじゃないですか」
「暑くて無理」
「無理じゃねぇよ!」
「無理無理。暑すぎて頭回んねぇよ」
そう言って、銀時も頭からシャワーの水を被った。風呂は栓をされていたため、水はどんどん溜まっていく。座っている新八のヘソまで溜まったところで、銀時はカランの水を止めて服を着たまま風呂に入った。
「全然冷たくねぇな。氷でも入れるか?」
「絶対やめてください」
たっぷりと水分を含んだ着流しを着て歩き回られたら堪らない。そういえば万事屋に着替えを置いてなかった事を思い出して、新八は銀時をジロリと睨んだ。
「僕これしか着る物ないんですけど」
「甚兵衛があんだろ」
「いや、あれ寝巻きだから」
夏祭りに行くようなお洒落な物だったら良かったが、万事屋に置いてある甚兵衛は明らかに寝巻き用だと分かる物だ。さすがにそれを来て往来を歩いて帰るのは気が引ける。
「銀さんが先に言ってくれたら脱ぎましたよ」
「じゃあ今から脱がしてやろうか?」
「そういう事じゃなくて!」
「カリカリすんなよ。ほら頭冷やせ」
「誰のせ、わぶっ!」
言い返す前にまたシャワーの水を掛けられた。やめさせようと手を伸ばしたが僅かに手が届かない。思わずムキになって風呂から腰を上げた。指先がシャワーヘッドに触れる。捕まえた!と思った瞬間ぐらりと上体が傾いた。
「暑ぃんだから動くなよ」
倒れてきた新八の身体を、銀時はしっかり受け止めた。思わず「すみません」と言いそうになったが、そもそもの原因は銀時にある事を思い出してぐっと言葉を呑み込んだ。黙って銀時から身体を離そうとする。しかし、背中に回った片腕は新八の身体を抱き締めたまま離れなかった。
「あーあ。全然冷えねぇな」
銀時は自分の頭にシャワーの水を掛けながら言った。水が白銀の髪を光らせて新八の頬を濡らす。新八はもう一度身体を起こそうと試みたが、逆に強く抱き締められた。
「あの、離れませんか?」
「何で?」
「いや、暑いでしょ」
「暑い?ほらよ」
「うわっ!」
また水を頭から掛けられる。新八は咄嗟に目を瞑った。その瞬間、唇を塞がれる。驚いて目を開けると鼻先が触れる距離に銀時の顔があった。
「こんくらいなら暑さでブッ倒れることもねぇだろ」
その声は鼻歌でも歌いそうなほどに機嫌が良い。新八は口をパクパクさせながら固まった。そんな事はおかまいなしに、銀時は濡れた前髪を掻き分けて額にも口付けてきた。
「しょっぺぇ」
「……もう何なんすか、アンタ」
ツッコむのも面倒くさくなって不貞腐れたように口をすぼめると、再び銀時が唇へ吸い付いてきた。最近は暑くてこういう触れ合いはとんとご無沙汰だったため、新八は久しぶりに身体の熱が上がるのを感じた。手を銀時の頬に当てれば、互いの体温が水に溶けて混じり合う。その心地よさに浸っていると、銀時がゆっくり唇を離した。そして、新八の手に頬をスリスリと押し付けた。
「このまま最後までシちまうか?」
「駄目に決まってるでしょ!!!」
新八の声が風呂場に響き渡った。