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    沁月🍙

    @rsb_acadine

    20↑。mhr:sbウハ♀やrmrkなど。
    X(Twitter)に投げたもの置場。
    TLの時系列等無関係に気まぐれに投稿。
    ウハ♀多め。R18文字創作はここのみ。

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    沁月🍙

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    ウハ♀夫婦。
    11月22日の話の後日談。
    というか次の日の話。
    ウの母が故人のためご注意下さい。

    夜明けはどこか切なくも見えて、夕暮れと似ていると思えることがある。

    無音の中でも目が覚めた俺がふと隣を見やれば、そこにはもぬけの殻の布団。抜け殻のような妻の浴衣。

    「……愛弟子……?」

    朝の冷たい空気に心まで刺されながら、俺はいつも温もりに溢れた心地良い布団から跳ね上がるように起き上がった。迷子を探すように周囲を見回す。否、自分が迷子の心地だ。
    家の中に居ないことを確認して、ふと外に気配を感じた。上がり框で草履に履き替え、俺は迷わず玄関戸を横に滑らせ外に出る。

    「う……!」

    思わず声が出た。寝起きの眼にはあまりにも眩しい世界。澱みのない早朝の澄んだ空気は深呼吸すれば眠気が裂かれ、覚醒できる冷たさ。

    まだ目覚めきっていない淡藤色の空と雲。無人の里の景色の彼方、その隙間からは陽の光が光芒となって射し込んでいた。
    まるで別世界に繋がっているような光。現世に似つかわしくないとさえ思える浄化の光のようなそれを見ていると何故か妙に懐かしく、不意に母の姿が思い浮かぶ。


    『 ツ 』


    世を目覚めさせる早朝の陽射しのように眩しい笑顔で、溌剌と俺の名を呼ぶ母の声。いつまでも覚えていたいその音は次第に記憶の彼方に遠ざかり、探ってやっと断片的に蘇る。あまりにも多くの音を聞きすぎたからか。

    何故急に母の姿が浮かんだか分からないまま、妻を探していたはずの俺は暫し目を奪われる。
    そういえば墓前に結婚報告をして、すっかり時が流れていた気がする。

    (…………どうして、急に)

    懐かしさは優しくも俺の心を締め付けて、次第にそこには思い出の光が満ちた。早朝の冷気など太刀打ちできない温もりは胸から泉の波紋のように広がって、母の腕の中のように全身を包み込む。

    感じていたはずの人の気配、妻の気配と思っていたそれはいつの間にか彼方、光芒の下にあった。けれどそこにはどんなに目を凝らしても人の姿などない。

    不意に不安になった。俺の愛弟子、愛する妻は、幽世に続くかの如しこの光の彼方に行ってしまったのではないかと。

    (……彼女を……探さないと…)

    向かうのは彼方光芒の下か、それとも別所か、俺が迷った瞬間に風がひやりと吹き抜けて里の木々をざわざわと揺らしていく。
    風に乗って舞い散る黄茶色の枯葉の中、光芒の下、俺は眼は大地に存在しない人影が揺れたのが見えた。

    「……!?」

    ぶるりと心臓が震えた。目で捉えられない何かが居る。その影が放つ温かさはあまりにも懐かしく、教官となってから胸の奥に閉じ続けていた蓋が弾け飛び、幼い想いが溢れ出しそうになった。

    『ウ ツ シ』

    記憶の彼方に遠ざかっていた俺の名を呼ぶ声を思い出し、それが鮮明に耳に響いている気がする。

    居るはずがない。
    なのに胸から全身が裂けんばかりに痛み苦しい泣きそうなほどの懐かしさは何なのか。

    「ウツシ教官」
    「!」

    背中に降り注いだ柔らかな声。直後にまた風が吹いた。柔らかく頬を撫でる風と思いきや、それは唐突に花散らしの如き突風となった。
    あまりの風に目を細めて逃れるように振り返ると風は止んだ。そして光芒に背を向けた俺の視界には、丸く小さな紅赤色の花束を両手に抱えた愛しい妻が立っている。光に照らされ柔らかく微笑んでいた。

    「……ま、な…弟子……?」
    「おはようございます。もしかして、私が起こしてしまいました?」
    「……あ……!」

    良かった。ここに居てくれた。
    そんな言葉が心に木霊し、俺は咄嗟に手を伸ばして花束を抱えた妻を包み込むように抱きしめた。
    目の前にいる妻は、申し訳なさそうな笑顔で呟く彼女は決して幻ではない。腕の中が温かくて柔らかい。目を閉じれば驚いたような呼吸が聞こえ、とくとくと心臓がほんの少し早鐘を打っている。

    「……ウツシ、教官……?」

    驚いた妻の俺を呼ぶ声に、苦しかった心が安らいでいく。気付けば俺は無言のままで、腕の中の妻は陽の光の揺蕩う瞳で心配そうに俺を見上げてくれた。

    「どうなさったんです…?大丈夫ですか…?」
    「……………」
    「……。……あ、なた……?」
    「ッ!居なくなってしまったかと思った…!」

    俺を『あなた』と呼べる唯一のキミがどれほどかけがえのない人か、俺は胸が潰れそうなほど改めて実感した。

    昨日共に笑い合って共に何もない日を過ごしたからこそ、キミと夫婦であることの幸せを噛み締めたからこそ、キミが居ないと分かった瞬間の失われるかもしれない恐怖と不安は凄まじかった。
    かつて狩猟中に幾度となく死を覚悟したが、その瞬間よりも恐ろしかったと断言できる。

    俺の様子に妻は動じることなく、俺を見上げて微笑んでくれた。俺にとって懐かしく眩しい輝きに似た、柔らかな笑顔。

    「…探しに出て来て下さったんですよね。ごめんなさい、心配をかけて」
    「大丈夫…キミが無事なら、良いんだ。俺こそすまない、驚かせてしまったね…」

    ゆっくりと、俺は腕の中から花束を抱えた妻を解放する。早朝から花摘みに出ていたのだろうかと思うと、ざわめく心の落ち着く愛おしさが募った。

    「…両手のその花は、どうしたんだい?とってもキレイだ」
    「はい。実は今朝の夢に、その…あなたのお母さんが出てきて下さって」
    「え…!?」

    キミもか、と声を出しそうになって焦って呑み込んだ。先ほどの雲の隙間、眩しくどこか神々しい五芒の下に感じた目に見えない気配は、苦しいほどに懐かしい温もりは、俺だけが感じたもの。
    彼女は、夢。俺より早く俺より現実的に母に会っていたのだ。可笑しくて笑みが零れそうになった。先に息子ではなくその妻に会うあたりがとても母らしいような気がしてならない。

    彼女は俺から両腕の花に視線を落とした。

    「最近お墓参りに行けてませんでしたから…年末前に一度お花をお供えして、感謝をお伝えできたらと思いまして。今朝はそのことを頭をすっきりさせて考えたかったので外に出たら、陽射しを浴びたこのお花の姿がとっても綺麗だったので、お花はこれにしようかなぁと」
    「そうだったのか…とても綺麗なセンニチコウだね。さすがは我が妻だ、ありがとう。きっと母も喜ぶよ」

    俺が微笑んだのを見て、妻は照れながらも安心したように「だと良いんですが」と微笑んでくれた。背中にとても温かな陽射しを感じながら、俺はそっと彼女の肩を抱き寄せる。

    「大丈夫?まだ朝早いし、冷えただろうに」
    「ありがとうございます、大丈夫です」
    「…素敵な花を、本当にありがとう。後で一緒に供えに行こうか」
    「はい!他にも何か、お供えできそうな美味しいものも持って行きましょう!」
    「……キミは、優しいね。ありがとう…」

    温かな妻の想いと腕の中の柔らかさが心地良い。俺の奥底で密かに暴れる幼い痛みに寄り添ってくれているようだ。
    彼女は墓前に感謝を伝えると言った。

    あの人は何と言うだろう。あの赤ん坊がこんなに大きくなって、こんなに強く美しくなって嫁になってくれただなんてと笑うだろうか。俺には勿体ない人だと笑うだろうか。後者に関しては同意見だ。

    次第に空の藤色は溶けていき、見慣れた朝空に目覚めていく。
    五芒の射していた場所に背を向け、俺は妻の肩に手を回して抱き寄せたまますぐ其処の自宅に向けて歩き出す。

    『ウツシ』
    「…!」

    声がした気がして、立ち止まる。腕の中の妻も同時に立ち止まった。俺だけが、振り返る。

    ふわりと強くも優しい風。上から下へと吹き降りて頭を撫でるような風が吹く。
    陽の光に照らされた枯葉たちは季節外れの眩い桜吹雪に見えてこの上ないほど幻想的に美しい。

    あなたは俺を励ます時、褒める時、よく頭を撫でてくれた。
    大丈夫、おまえならやれると。

    苦しさと痛みを帯びていた想いは、いつしか温かな懐古のみに満ちていく。

    『 』

    声が聞こえたような気がした。
    実際には鳴っていないのかもしれない、聞こえていないのかもしれない。

    何故だろうか、激励をされた気がした。

    このまま夫婦仲良く幸せに、と。
    いつまでも見守っているから、と。
    息子であり愛弟子のお前なら必ずできると。

    風は枯葉を一掃し、早まった雲の流れは、五芒の光をゆっくりと散らしていく。

    「……ウツシ教官?何か聞こえました?」

    腕の中の愛する人が尋ねた声に、俺はしばらく間を置いた。
    ゆっくり妻に視線を戻し、首を横に振った。

    「いいや。…そんな気がしただけだったみたいだ」

    戻ろうかと微笑むと、花束を抱えた妻も笑顔で頷いた。

    澄み渡った空気の中に、空音が遠く溶けていく。
    妻と共に自宅に戻った俺は、彼女の腕が抱く花束を一瞥して思わず顔を綻ばせた。
    この花と彼女の出会いは偶然か、それとも引き合わされたものか。

    センニチコウ。
    花言葉は不朽。そして、色褪せぬ愛。

    俺は自宅の土間で、妻と共に仲良く水で満たした木桶にセンニチコウを生けた。

    墓前に供えるまでの短い時間。
    それでも俺と彼女の夫婦の時間には、優しい彩りが添えられる。

    布団をあげて卓袱台を出して、さあ、俺の可愛い妻と一緒に朝食の用意だ。

    花はそんな俺たちを、物言わず穏やかに見守り続けていた。
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