転換性障害の🌸ちゃんとcfy店長XJランドで働いて早3ヶ月。不慣れなことも多いけれどわんちゃんねこちゃんは可愛いし、店長も優しい。羽宮さんは少し無愛想だけど分かりにくい優しさがある。獣医学生の場地さんはテストで忙しそうであまりシフトが合わないが合った時はめちゃくちゃいい笑顔で挨拶してくれる。
XJランドでは犬の社交性を身につかせるためにも2匹同時展示をしていて、まぁケージに2匹まとめて入れてる感じだ。相性もあるから同時展示する子は店長が見極めて2匹選んでいる。
「新しく入ったトイプーとマルチーズの2匹の様子はどうですか?」
「見た感じ仲良く遊んでて大丈夫そうだと思います松野店長の見極め通りです!」
松野店長はどちらかと言うとSNS宣伝に入荷や子犬子猫の仕入れ視察など裏方仕事が多く表で売り物の子犬や子猫の状態や様子を見るのはもっぱらバイトの私や場地さんの仕事である。
新しく入ったトイプードルとマルチーズの2匹は今人気犬種で飛ぶように家族が決まっていく。2匹同時展示にしようと言った松野店長の言う通り2匹は仲良く遊んでおりお互いが引き立てていて近いうちにすぐ家族が決まるだろう。
「ちょっと!!!お宅から迎え入れたダックスにジアルジアがお腹に居たんですけど!!!」
この前ブラックタンのミニチュアダックスフンドをお迎えしてくださったお客さんだった。きっと同時展示していた子のフンを食べて移ってしまったのだろう。
「も、申し訳ございません!当店で検査時は陰性で健康でしたが検査後同時展示をしていた時に他の子から移ってしまったかもしれません。薬で駆除できる寄生虫になり命に関わるようなことはあまりないので動物病院の指示に従っていただければ……」
「そんなことを聞きたいのじゃないの!!ウチの子吐いたのよ!?」
「び、病院には行かれましたか?」
「行ったらペットショップのせいだろうと言われました!!!」
一向に終わらない捲し立てる声に怒鳴り声。ジアルジア自体は薬で駆除できるペットショップで迎える子には寄生してることが多くメジャーな寄生虫だ。説明しても謝罪しても終わらないクレーム。一通り説明し終わった私には「申し訳ございません」の一言を言い続けるしかなかった。
もうどうしようもなくて怖い。頭を下げて視界に移る足元に力が入らなくなっていく、立っているのがやっとだ。「頭ばっか下げてないで責任者呼んできなさいよ!」と肩をガンっと押された時だった、上手く足が動かず盛大に尻餅をつく。
ガッシャーン!!!
陳列棚の犬用のクッキーが宙を舞う。あぁ迷惑をかけてしまう。お客様はまだ怒鳴ってるように見えるが耳が遠くなったのかよく聞こえない。顔を真っ赤にして口をパクパク必死に動かす姿は金魚みたいだななんて現実逃避した。
肩をとんとんと叩かれれば松野店長が何かを言っている耳がよく働いてくれない。サイレント映画を見てるようだった。きっとさっきの陳列棚を倒してしまった音でバックヤードから出てきてくれたのだろう。
「て、てんちょ。みみ、みみきこえない。」
そう上手く言えてるだろうか?自分が発した声すら上手く聞こえない。松野店長は驚いた顔をするとメモを取り出し『大丈夫だから裏行っておいで』と書いたメモを私に渡して頭をくしゃっと撫でる。
よたよたと歩きながら裏へ入ると羽宮さんにソファに座らされる。何とか歩けたが足が怠い。また迷惑かけちゃったな、上手くクレーム対処出来なかった。松野店長まで出させて何やってるの私。
目の前がぼやけて見えなくなる、涙なのか別の何かなのかはもう分からない。視界が涙でゆらゆら揺れる。先程松野店長から貰ったメモを握りしめて泣くことしか出来ない。3ヶ月でまだ何も出来てないのに迷惑だけはいっちょ前にかけて死んでしまいたい。
とんとん
「ーーーーーーー」
「て、てんちょ。まだきこえない、です。」
口をパクパクさせる松野店長。転換性障害もバレてしまったしクビだろうか、面倒臭い従業員はやだもんね。
『大丈夫ですか?』
男らしい走り書き字のメモが増える。
「だ、だいじょうぶです。すみません。わたし、ちゃんと、しゃべれてますか?」
『ちゃんと喋れてますよ。大変でしたね、すぐ駆けつけれなくてすみません。』
「こちらこそすみません、ご迷惑おかけして……。」
『耳が聞こえないのは病気?治る?病院行く?』
「転換性障害といってしばらくすれば聴力は戻ると思うので大丈夫です。」
するとスマートフォンを取り出して【転換性障害 症状】ですぐに検索する松野店長。自分の事がネットに載ってると思うと恥ずかしい。これ調べられて面倒臭いと思われてクビにされるんだろうな〜。3ヶ月だけど楽しかったな。
「今までありがとうございました。」
『えっ辞めんの!?』
走り書きも越してくちゃくちゃの焦った字。
「こんな面倒臭い障害持った従業員なんて要らないですよね。すみません。」
『だめだめ!辞めないで!!なまえさん一虎くんより犬猫の知識あるし扱い方も完璧だし!要る要る!!!』
めちゃくちゃ焦って書いたのか最早ミミズの様な字。手元は店長の優しい言葉が詰まったメモで沢山になった。
「松野店長ありがとうございます。」
そう言うとすっと耳に通る自分の声。
「あ、聞こえます!聴力戻ってきました!」
「マジで?はぁーよかったー。病院連れていくのにバイク出すとこだった。」
「本当にいいんですか……障害の事検索しましたよね……その…また迷惑掛けちゃうかも。」
「なまえさんよければXJランドに居てください。しんどかったらシフト減らしても大丈夫ですし。一虎くんなんて10月使い物にならないし皆そんなもんですよ。」
それから結局上手く足が動かず早退する事になるもそれすらネットに載っていたのだろうか、「歩ける?」と松野店長に聞かれてしまいよたよたしか歩けない私を見てバイクを出してくれた。
それからも勢い強いクレームは上手く対処出来ず足が上手く動かなかったり耳が聞こえなくなったり時には目も見えなくなったりするが松野店長からの優しいメモが増えるだけで私がクビになることはなかった。