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    花一匁、銀一匁(麿水)

    #麿水
    maruWater

    ※ほんのりホラー風味

     昼過ぎから私室前の縁側に二人並んで腰かけ、他愛ない会話を楽しんでいた。
     暫くして清麿がうとうと船を漕ぎはじめたので、肩を貸して寝かし付けてやった。そのうち、頭が重さに耐えきれずに段々とずり落ちていき、今はもう膝枕の状態である。
     すっかり冷めたお茶を啜っていると、何処からか子供遊びの歌が聞こえる。粟田口の短刀らの声にも聞こえるが、それはどこか歪んだ響きで鼓膜を震わせた。

     かってうれしい はないちもんめ
     まけてくやしい はないちもんめ

     耳障りな歌以外には何も聞こえない。先ほどまで美しかったはずの夕日は血に染まったように赤黒く、風情の欠片もなかった。
     ずり……ずり……と何かが這う音がする。床下には僅かな光も通さないほどの闇が広がっていた。その暗がりの中から、枯木のようなものが這い出て来る。骨と皮だけの人の手だった。
     指先の爪は剥がれ、肉が剥き出しになっている。手の甲は引っ掻き傷、いや、刃物に裂かれたような傷で血に塗みれ、小指の骨は外側に向かって折れ曲がり、酷くおぞましい。
     その手が、ゆっくりと清麿の足首へと伸びていく。
     
     あのこがほしい
     ――あと三寸。
     
     このこがほしい
     ――あと一寸。
     
     そうだんしましょう
     ――あと四分。
     
     そうしましょう
     
    「残念だがそれは既に売約済みだ。他を当たれ」
     落ち着いた、だが有無を言わせない力強い声音で一蹴する。
     水心子からは死角になっているはずだが、翠玉の瞳は確実に『それ』を捕らえて射抜いているようであった。
     はっきりとした鋭利な拒絶に怯んだのか、『それ』の動きが止まった。
     それからどれだけ時間が経ったかは分からないが、気付くと日は沈んで周囲はすっかり暗くなっていた。本丸内のざわざわとした生活音も聞こえてくる。どうやら夕餉の準備が整ったようだ。空になった湯呑を脇へと降ろし、ふぅ、と一息ついたところで清麿を見下ろす。
    「起きてるだろ、清麿!」
     膝の上でくっくっと肩を震わせる清麿をつい怒鳴りつける。起きていたならあれを踏み付けるくらいしてくれと半ば呆れながら頭を抱えた。
    「ふふ、僕は売約済みだものね」 
     悪戯小僧のように、にやにやした顔で膝枕の体勢のまま水心子を見上げる。
     とっさに口から出た言葉を反復され、自分でも、もっと上手い追い払い方はなかったものかと軽く目眩がした。
     終始、冷静な振りをしていたが内心かなり焦っていたのである。
     ああいった手合のものに恐怖心はないが、こちらは御神刀でもなければ妖斬りの逸話を持った刀でもない。手元に刀は無く、対処方法を全て頭に叩き込んでいる訳もない。一歩間違えれば最悪の事態になっていたかもしれない。
     だが、何処の馬の骨ともしれないぽっと出の妖怪だか幽霊だかに大事な恋刀を連れて行かれる事は絶対に許せなかった。焦りと怒りで思わず口から出たのが「売約済み」である。
    「大体、源清麿が銀一匁で足りるわけないだろう」
     新々刀最上作。その中でも特に評価が高く、とりわけ人気の高い源清麿を銀一匁で買いたいと。
     水心子は両手を胸の前でわなわなと震わせながら、馬鹿にするのもいい加減にしろ最低でも金三両持ってこいそれでも破格だぞ!?と息継ぎもなしに一気に文句を垂れ流す。
     
     清麿はそんな水心子を見つめ、「わぁ、相当怒っているな」と他人事のように思いながら身体を起こした。そうして隣に座り直した清麿が俯く水心子を斜め下から覗きこみながら、好奇心に従って問いかける。
    「納得のいく値段なら売っていた?」
    「えっ?」
     水心子はなんて答えるのだろう。
     全く予想外の発言だったのか、水心子は驚いたように聞き返してこちらへと顔を向けた。数秒、お互いに無言で見つめ合ったままだったが、唐突に清麿の右頬に軽い痛みが走った。水心子が清麿の薄い頬を軽く抓って引っ張ったためである。
    「いはいよ、ふいしんし」
     大して痛くもなかったが、このままでは少し喋りづらい。痛いと言えば離してくれるかなぁなどと呑気に考えてうそぶくと、水心子は素直に手を離してくれた。
     しかし、水心子は真顔で口を結び、尚も不機嫌そうにしている。ふいに、はぁ、と呆れたようにため息を吐いた。
    「……僕が清麿を他の誰かに渡すとでも?」
     僕が清麿を手放すなんて天と地がひっくり返ったって有り得ないのに、と言いたげな顔でじっと清麿を見つめた。
    「ごめんね、冗談だよ水心子! 僕は水心子ので水心子は僕のだもんね!」
    「……ん」
     まさか水心子がそんな所有欲を見せてくれるとは思ってもみなかった。喜びにまかせて水心子を勢いよく抱き寄せる。
     
     返答がよほど気に入ったのだろう。清麿の周りには薄紅色の花びらがはらはらと舞っている。自分も抵抗はせず、されるがままに受け入れた。
     ふふふ、と嬉しそうに笑う清麿の声に安心する。
     刀剣男士たるもの、お互いに全てを差し出せる訳ではないけど、それでも、と祈るように水心子は清麿の背に回した手に力を込めた。
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