天高く馬肥ゆる秋。
「空は澄み渡り高く見え、馬の食欲も増してたくましく肥える」という意味で、現代では爽やかな秋を表現する時候の挨拶として使われる言葉である。
「元は『秋になると、冬の備えの為に夷狄が騎兵隊を組んで略奪に来るので警戒せよ』の意味だったな」
見晴らしの良い丘に立ち、誰に聞かせるともなく独りごつ。
まさに秋を感じさせるうろこ雲を見上げ、本日の相棒である花柑子の首筋を撫で付けた。相棒は気持ち良さそうに、長く毛並みの良い尻尾をゆるく揺らし、よく鍛え上げられた体躯で水心子へと擦り寄る。
ここまでの信頼関係を築くまで、すったもんだの大騒動があったのだが、ここで話すには長くなりすぎるので残念ながら割愛させていただこう。
乾いた気持ちのよい風が吹くと、草花のさわさわという囁き声が聞こえた。こうして晴天の下で穏やかな時間を過ごしていると、野がけにでも来たような心地になってしまう。気を緩め過ぎるのは良くない。瞼を閉じ、神経を研ぎ澄ます。
数秒か数分か、どれくらい時間が経ったかは分からないが、背後からよく知る気配がした。ほとんど振り返らずに御苦労と声をかける。
「偵察結果は」
「戌の方向に短刀中心の部隊が一つ。あちらも偵察かな」
周囲の偵察に出ていた清麿や他の仲間が戻ったようだった。各々、部隊長である水心子へと結果を報告する。
戦は情報を制した側がより有利だ。水心子は仲間たちへと身体を向け、真剣に耳を傾けた。一段落したところで今後の作戦方針について考える。
「距離もあるしまだ気付かれてないけど、身を隠す場所もないからね。見付かるのも時間の問題かな」
「だろうな。であればいっそ正面突破と行きたいが」
皆はどうだろうか、と周りの意見を聞こうとした時、先ほどまで穏やかだった風が突然強く吹き荒れた。びゅううっ、と激しい突風が身体に叩きつけられ、身に纏った外套が大きく舞う。
──風下だ。
風向きに気付いた瞬間、鐙に足をかけ、ひらりと鞍に跨る。手綱を握りながら清麿らを見下ろし、仲間たちに向かって叫んだ。
「来るぞ!」
水心子の一言で状況を把握した仲間たちが迎え撃つ準備へと入る様子をちらと横目で確認する。同時に馬の腹をぐっと踵で圧迫し発進の合図を送ると、花柑子は了解したと言わんばかりに一気に駆け出した。
間を置かず、遠戦用の矢や石がこちらへと向かってくる。どうやら、既にこちらに気付いて開戦のタイミングを図っていたらしい。
水心子は手綱を巧みに操り、雨のように降り注ぐ矢や石、銃弾の隙間を縫うように躱していく。時折、水心子の頬や腕、脚を矢が掠めていった。しかし、その程度は怪我の内にも入らないとばかりに高速度で馬を走らせる。
騎馬で戦うことになるとは、まるで鎌倉武士のようだな、と妙に冴えた頭でふと思う。前方に敵部隊の姿が見えてきた。騎兵戦は何も古刀だけの専売特許ではない。刀剣男士たるもの、江戸期の生まれである新々刀にも勿論その心得はある。わざわざ振り返って確認などしないが、背後にはしっかりと追い付いてきた仲間の気配もある。そうして侮っていられるのも今のうちだ。口元まで隠れる高い襟の奥で、にやりと不敵に笑った。
「確実に仕留める! 刀剣男士であるがゆえに!」
果たしてどちらが正義で悪なのか。それともこの世に悪など存在しないのか。
それを決定付けるのは後の世を生きる人間たちであり、全ての戦が終わった後だ。今はただ、己の信念に従って刀を振るうのみである。
水心子が自身そのものである刀身を鞘から抜き放つ。
それは心を映し出す鏡のように、妖しくぎらりと閃いた。