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    陽野あたる

    堺裏若頭推し。
    たまにもそもそ小説書いたりラクガキしたり。
    堺、鬼辺りに贔屓キャラが固まってます。

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    陽野あたる

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    盆くんがお館様に拾われた際はこんなだったのかなぁ、と言う妄想100%の捏造エピソードです。
    ぬらりひょんのキャラシナリオ読んでないので、違うとこあるのはご容赦ください。
    隠神刑部と煙羅姐さんもちょびっと。

    #二次創作
    secondaryCreation
    #ラグナドール
    lagnador
    #ラグナド
    lagnado
    #朱の盆
    vermilionTray
    #ぬらりひょん
    lothario

    鬼子来たりて、 夕刻になると、鬼が出るーー
     そんな話をぬらりひょんが聞いたのは、長かった梅雨も明け、からりとした青空が広がる日のことだった。
     魑魅魍魎が跋扈し、妖怪ーー人ならざるものが棲まうこの幻妖界において、村々に鬼が出る、と言うのは別に驚くべきことではない。何しろ、堺ノ國の隣国は酒呑童子が治める鬼ノ國だ。
     とは言え、あまり他国と関わりを持たない彼らがこちらに出て来ることは稀であったし、国境くにざかいに居を構える者からすれば、何か不穏なことが起きるのではあるまいか、と危惧するのも当然であろう。
     実際、峠を超えて行き来する商人が襲われ品を奪われた、と言う報告もちらほら上がっているらしい。
     商いにおいて流通が滞るのは、由々しき事態だ。
    「本来であれば、僕が直接確かめに行くべきなんだろうけどね……」
     と微温くなった茶を啜りながら、そもそも話を振って来た当の本人ーー隠神刑部は小さく溜息をついた。
    「あまりあちらさんを刺激するのもどうかと思って迷ってるんだ」
     あちら、とは血の気の多い鬼ノ國陣営のことである。
     内密に妖主である彼が国境付近をウロウロしていたら、たちまち問題が大きくなるのは火を見るよりも明らかだ。とかく名前の割にこっそり、とか秘かに、とか言うのが似合わない派手な男なのである。
    「……お前が出向かねばならんほどの手練か?」
     黙って煙管をふかしていたぬらりひょんは、ようやく伏せていた視線を上げて刑部を見やった。腕の立つ子飼いで充分だろう、と言う言外の声に、ますます溜息は大きくなる。
    「この前は用心のためにつけてた護衛がボッコボコにされて帰って来たよ……不甲斐ない話だけど」
    「成程」
    「だからこうして君に話してる」
     それはーー表立ってどうこうして、要らぬ火種を生まないためだ。
     けれどそれ以上に、
    「何か面倒そうな気配がするからお願いしたい」
     と言うのが本当のところだろう。面の皮の厚さ故か、腹の黒さ故か、微塵もそんな感情は滲ませないが、長い付き合いだ。でなければわざわざ、忙しい最中を縫ってまでこちらに出向いたりはしないだろう。
     そして、互いに性分を解っているから、刑部はお茶請けに出ていた饅頭の皿をす、とこちらに押しやった。
    「……解った。こっちで調べてみよう」
    「ありがとう、ぬらりひょん。やっぱり持つべきものは頼れる友だね」
    「随分安上がりな友情だな」
     肩の荷を下ろして晴れやかな笑顔で帰って行く背中を見つめながら、ぬらりひょんはぱくりと饅頭に噛みついた。


    * * *


     煙羅煙羅に調べさせたところ、鬼はやはり国境のいくつかの村と峠の辺りで目撃されていた。
     灰白のざんばら髪に返り血で赤く染まった肌、額の一本角、岩も砕く剛力の乱暴者ーー今まで死者が出ていないのは不幸中の幸いだ。
     まだ互いに興ったばかりの國同士、出来れば揉め事は小さい内にすませたい。
    「お館様……それがどうにも、その鬼ハグレのようなんです」
    「ふむ……と言うことは、そいつの寝蔵はこちら側か。もしかしたら生まれもそうかもしれんな」
    「ええ、恐らくは」
     基本的に、鬼と言う種族は仲間意識が強い。長である酒呑童子の気質のせいか、一際同じ種族である者は大事にし、絆を深めたがる傾向にある。それでもやはり、中には様々な理由から國を出る者もいるのだ。その鬼がどんな理由で堺側にいるにせよ、慣れない者からして見れば、畏怖の対象になるのは容易に想像が出来た。
     過ぎた力は、抜身の刃に等しいものだ。
     また、強者との戦闘を好む彼らが、自分たちより明らかに劣る商人を襲うのは、何か特別な目的や理由がなければ考え難いことであったが、そうした文化、環境下で育ったのでなければ頷ける。
    「お一人で?」
    「心配ない。明日には戻る」
    「お気をつけて」
     煙羅煙羅に見送られ、ぬらりひょんは屋敷を後にした。
     市中の街道は今日も賑やかな人波に溢れている。軒を連ねる各店の暖簾、幟旗、活気ある呼び込みの声、行き交う者たちの笑顔。
     並ぶ珍しい品々、色とりどりの看板、まるで毎日が祭のような喧騒だ。
    ーーようやく……
     ここまでになった、と感慨深い想いを抱えながら、人混みを縫って歩く。幻妖界が出来て妖怪たちがだいぶ安心して生きやすくなったとは言え、まだまだ手探り、課題は山積みだ。
     そして、そうしたぬらりひょんの姿を捉える者は、不思議と一人もいない。
     やがて国境に近付くに連れ、建物は減り、田畑の広がりから山道へ、先程の騒がしさは薄れていく。時折荷車が忙しなく行き来するくらいで、彼らも噂を耳にしているのか、日暮れ前に峠を通り過ぎてしまおうといささか急ぎ足に見えた。
     目撃情報があった村を訪れてみたところ、そこは酷い有様だった。いくつかの家は無残に倒壊、修繕に手が回らないせいか、派手に傷を刻まれた橋や薙ぎ倒された大木もそのままにされている。空っぽの厩、大きく陥没穴が開いた畑もあった。
    「こいつは派手に暴れたもんだ……」
     荒れ狂う咆哮のような妖力の残滓が皮膚の表面を撫でて行く。これは確かに、そんじょそこらの妖怪では太刀打ち出来まい。妖気はまだ新しかった。これならばどうにか辿れそうだ。
     見上げた空は燃えるような夕陽に染められている。なかなかどうして、いい頃合いだ。ぬらりひょんは急ぎ峠へ向かった。


    * * *


    「おい、急げよ! お前がちんたら何度も休憩してるから、日が暮れちまったじゃねえか」
    「そう言うお前だってのんびりメシ食ってただろ!? 絶対そのせいだね」
     男たちが文句を言い合いながら、峠を上って来る。どうやら明るい内にここを越える予定だったのが、諸々あって遅れてしまったらしい。荷台の上には大小様々な葛籠が乗せられており、そのいずれの横腹にも堺ノ國の大店の紋が刻まれている。
     が、時間通りに通っていようといまいと、今日の獲物はこれ、と決めていたので、男たちの運命が変わることはなかったが。
     ひーふーと息を荒げながら荷車を押す男たちの眼前に木陰から躍り出ると、朱の盆はぐっと腹に力を込めて大喝した。
    「おう、コラ! テメーら命が惜しかったら、その荷物全部置いてとっとと失せな!!」
     額の一本角、握り締めたぎらりと輝く太刀、赤い肌に灰白のざんばら髪ーー伝え聞いていた鬼の特徴そのものの姿をした彼に、男たちはひぃっ! と短く悲鳴を上げはしたものの、冷静さを取り戻すのにそれほど時間はかからなかった。
     と言うのも朱の盆が、想像していたような見上げんばかりの大鬼ではなく、まだ自分たちの半分ほどの背丈しかない小鬼だったからだ。 
     逆に少しでも怯んでしまったことを、彼らは恥じた。荷を庇うように前へ出て、小さな影を見下ろす。
    「おい、チビ助……オレたちがどうしてこの荷の運び役を任されたと思う?」
    「怪我ぁしたくなかったら、お前が失せな。今まで強奪した分のツケ払ってからな」
     メキメキと音を立てて、男たちの筋肉が増量した。
     屈強な体躯の上に乗っかった馬面と牛面、腰に佩いていた得物を抜けば、それはたちまち彼らの妖気に反応して、凶悪な三叉と戦斧と化す。用心棒としては珍しくない羅刹族だ。
     けれど、怖がるどころか不敵を通り越して悪辣ですらある笑みを浮かべ、朱の盆は足裏でざっと地面をなぞった。にい、と持ち上がった口端から溢れる鋭利な犬歯。太刀を担ぐような独特の構えを取ってから、吼える。
    「二度は言わねえぞ、ブチのめす!!」
    「やってみやがれチビ助め!」
    「返り討ちにして旦那様に突き出してやる!」
     大地を蹴って飛びかかって来る朱の盆に、男たちも迎え撃つべく得物を振り上げた。本来であれば、その一撃を食らって小さな身体はぺしゃんこになってしまうはずであったのだ。
     ところが、
    「死にさらせぇあっ!!」
     ぐあ、と振り抜かれた切っ先は戦斧ごと牛羅刹を斬り裂いた。派手に妖力の残滓を噴き上げて、その巨躯がぶっ飛ばされる。土煙を上げながら岩肌に激突する相方を、馬羅刹は目も口もあんぐりと丸くして思わず見送ってしまった。
     コンビを組んで未だかつて、彼が玩具のように転がる様を見たことなどただの一度もなかったのだ。
    「嘘だろ……ちょっ、おい!」
     慌てて駆け寄ろうとする背中へ、容赦なく降る一太刀。
    「ぐ……っ、くそ!」
     苦し紛れに振り向きざま三叉を繰り出したものの、それは虚しく宙を掠め、逆に小さな拳が頬を抉る。来た道を戻るようにすっ飛んで行く馬羅刹を見やって、朱の盆はふん、と鼻を鳴らした。
    「……口ほどにもねえ」
     品定めするように視線を走らせ、葛籠を開けようと手を伸ばした刹那、朱の盆の傍らを投擲された戦斧が掠める。あと数瞬遅ければ、頭をかち割られていたところだ。
    「チビ助……うちの組織に喧嘩を売って、ただですむと思ってんのか?」
     がらがらと土砂を払い除けて立ち上がった牛羅刹が、その顔面を憤怒と鮮血に染めながら弧を描いて戻った得物を受け止める。その一撃が頬を僅かに掠めたのか、ばっと噴き出す血を拭い、朱の盆はどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
    「面白えじゃねえか……上等だ、ちょっとは楽しませてくれよ!」
     ごうっ、と空気が震え上がるほどの妖気がその周囲で揺らめく。それを振り払うように、牛羅刹は力の限り戦斧を叩き込んだ。
    「おおおおお……っ!!」
     まるで風車のように回転の勢いをきれいに乗せた刃が、剣呑な光を放って朱の盆に迫る。一撃、二撃、彼でなければこの超重量武器を自在に操ることなど出来まい。
     がーー
    「ふんんっ!!」
     渾身の突きをーー鋭い穂先を、朱の盆は何と額の角で受け止めた。先程よりも幾分増大しているように見える、とは言え、一歩間違えれば西瓜のように顔面が弾け飛んだだろうに。
     この鬼子は、
     にい、とやはり嗤っていた。
    「覚悟しろよ」
     妖気を纏って禍々しい赤い光を放つ刃が、牛羅刹の視界いっぱいに広がる。衝撃は認識出来なかった。


    * * *


     どおっ、と白目を剥いて牛羅刹の巨躯が崩折れたのを確認してから、朱の盆は刀を鞘に収めた。期待していたより随分呆気なかったが、前回に比べれば周囲をあまり壊さずにすんだので上々だ。
    ーーさって、何か食い物入ってりゃいいんだが……
     くるりと踵を返したところで、ぎょっと息を飲む。
     そこには今までいなかったはずの長身の男が佇んでいた。ゆるりと煙管をふかしながら、荷車に背もたれて暮れゆく空を眺めている。
     こんなに近くに寄られて、気配を微塵も感じなかったのは初めてだ。物音だって一つもしなかったはずである。
    ーーこいつ……今まで会った奴の誰よりダントツ強え……
     ぶわ、と無意識に総毛立った身体が、本能的にそう理解する。
     眼帯、顔の下半分を覆う仮面、随分と大振りな太刀の柄に腕を置いたまま、鋭い紫暗の瞳がゆっくりとこちらを捉えた。
    「お前が例の鬼か?」
     腹に響く低音でそう問われ、朱の盆はたじろいで後退さりそうになる足をどうにか堪えて踏ん張った。気圧された、などと死んでも認めたくなくて、睨み返す。
    「何のことだか知らねえが、そいつぁ俺が取った獲物だ! 横から手ぇ出そうってんなら、容赦しねえぞ」
    「別に荷に用はない。お前がそうして暴れるせいで、ここらを通りたい奴らが困っている。ちっと灸を据えに来ただけだ。反省して強奪をやめるなら、特にそれ以上言うことはないが」
    「……へっ、偉そうに。じゃあ、力ずくで止めてみろよ!!」
     言うが早いか、朱の盆は間合いを一気に詰めて男ーーぬらりひょんに斬りかかった。先程の羅刹コンビとのやり取りが児戯に見えるほど、そこには躊躇も容赦もない。
    「ほぉ……」
     濃密に練り上げられた妖気が刀身を覆い、凄まじい破壊力を生み出す。確実に体躯を斬り下げる軌跡、この歳で相当な場数を踏んでいるようだ。荒削りではあったが、絶対に相手を倒すと言う気迫がみなぎっている。
     が、それを金属製とは言え煙管で受け止められたのは想定外だったのか、朱の盆の顔が憤怒に染まった。抜きもされないのは、彼にとって初めての屈辱だったかもしれない。
    「この……っ!」
     振り抜きざま刹那で翻る切っ先を、ぬらりひょんはゆらりとかわす。どこへでも容易く打ち込んで仕留められそうなのに、当たらない。
     まるで風に舞う木葉を相手にしているような、攻めているのは自分のはずなのに、彼を斬れるイメージが全然湧いて来ず、朱の盆は掌にじんわりと冷たい汗が滲むのを自覚した。
    ーーこうなったら、一か八か……
     と、と僅か間合いを外し、大きく息を吸う。ぐあ、と増大した妖気にようやくぬらりひょんは柄に手をかけた。
    「喰らえ!!」
     咆哮と共に放たれた一太刀は、辺り一帯を巻き込む勢いで牙を剥く。
     が、朱の盆の顔から血の気が引くのを、その目は見逃さなかった。幼い妖怪にはありがちなことだが、自分の力を上手く制御出来ない者は、想定以上の出力で妖力を放出してしまう。誰もが無意識でかける限界値をすっ飛ばしてしまうのだ。
     これでは崖が崩れて、いよいよ道が通れなくなってしまうに違いない。
    「…………仕方ない奴め」
     やれやれとどこか大儀そうな溜息と共に紫煙を吐きながら、ぬらりひょんは鯉口を切った。抜き手も見せずに一閃、朱の盆の攻撃をきれいに相殺する一撃が大気を薙いだ。再びその刃が鞘に納まる頃には、その衝撃を一身に受け、ぶっ飛ばされて目を回す小鬼が大木の根元に転がっている。
    「……無茶苦茶な奴だな」
     取り敢えず荷は無事か、と中身を確かめるため葛籠の蓋を開けたぬらりひょんは、あまり感情を滲ませない瞳を僅かに見開いた。
    「これは……」
     封印を施された稀少なツクモたち、縛り上げられた幼い妖怪が数匹、振るえながらこちらを見上げているではないか。
    「ぬら様」
    「ぬらりひょん様」
    「怪我はないか? もう大丈夫だ」
     他にも採取が禁じられているはずの薬草、密造したと思われる酒、ある種族にとっては有害な食べ物などなどが、普通の商品に混じって納められている。子供たちを解放しながら、ぬらりひょんはまだ気絶したままの朱の盆を見やった。
    ーー知ってたのか……? いや、それにしては荷への注意が足りないか……
     荷車の後ろに倒れている牛羅刹の胸倉を引っ掴んではだけさせると、見覚えのある紋が案の定浅黒い肌に刻まれている。近頃裏の情報網にちらちら引っかかって来る組織が、属する者の証としている刺青だ。恐らく、もう一方の方にも彫られているに違いない。
    ーー鬼にやられた、と言う話にしていた方が都合がいいな……
     問題は当の朱の盆の方だ。
    「さて……どうしたもんか」


    * * *


    『またお前か……』
    『本当に鬼ってのは乱暴者だねえ』
     違う。
     違う、そうじゃない。
     突き刺さる蔑むような眼差しと、漣のようにひそひそと空気を揺らす陰口。
    『嘘おっしゃい!』
    『うちの子に近寄らないで』
     あなたのせいで、
     お前のせいで、
     何かが壊れたり、誰かが怪我をしたり、苦しんで悲しい気持ちになるのだと、罵倒され叱責され後ろ指差されることにも慣れてしまった。助けようとしたのだと、支えようとしたのだと、説明する気も萎えてしまった。
     子供らしからぬキツい目付きも、口を開けると自然溢れる犬歯も、他の者より頑丈なせいで力加減が下手くそな手も、怖いと恐れられ遠巻きにされる。
     それは力弱き彼らが己を守るためなのだ、と頭では何となく理解出来ても、同じように心まで納得出来る訳ではなかった。
     何故自分はみんなと違うのだろう?
     何故自分だけが鬼なのだろう?
     物心ついた頃には独りぼっちだった朱の盆に、答えをくれる者はいなかった。
     だから距離を取り、独り離れるしかなかった。
     本当はみんなと一緒に遊んだり、ご飯を食べたりしたかったのだ。
     けれど、夢の中ですら彼らは自分を置いてきぼりにする。
     待ってくれよ、と手を伸ばし、必死に追いつこうとするのにその距離は離れるばかりだ。

    「待っ……!!」

     叫ぶ自分の声でハッと目を覚ます。
     思わず勢いで飛び起きて、寝惚けて本当に伸ばしていた手をぱちくりと見やった。その先で、砕けた岩に腰かけて煙管をふかしていた男が、ゆるりとこちらへ視線を投げかけて来る。
    「気がついたか」
    「あ、あれお前……何で……」
     そうして意識を失う前の記憶が蘇る。
    ーーそうだ、俺こいつに負けて……
     悔しさや腹立たしさが湧いて来ないのは、文句の言いようがないほどの完敗だったからだろう。
    「見たところ怪我はないようだが、痛んだり具合の悪いところはあるか?」
     男は立ち上がって近づいて来ると、目線の高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。伸ばされた大きな掌がぽん、と朱の盆の頭を撫で、わしゃわしゃとかいぐり回される。けれど、小鬼は慌ててその手を払った。
    「ば……っ、何してんだ!?」
     男は知らないだろうが、朱の盆の髪は針金のように硬い。普通の妖怪であれば、掌が血塗れになってしまうことなどザラだ。
     が、はたき落とした男の手は、傷一つ負っていなかった。
    ーーああ、そうだ……こいつは、この人は俺より全然強いんだ……
     思わず安堵の溜息をついたのをどう捉えたのか、男は朱の盆の隣に腰を下ろすとゆっくりと煙管を吸いつけた。
    「そう言えば、名乗るのが遅れたな。俺はぬらりひょん。堺で厄介事や揉め事の相談に乗っている者だ。お前の名は?」
    「……朱の盆」
     少し躊躇したものの、素直にそう答える。
     こちらを見やる眼差しが僅かに柔く細められた。
    「お手柄だったぞ、朱の盆」
    「お手柄?」
    「ああ……こいつらの組織、前々から俺たちでも目をつけていたんだが、なかなか尻尾を出さなくてな。まさか、堺でも屈指の大店を隠れ蓑にしていたなんざ思いもよらなかった」
    「ふーん……何だかよく知らねえけど、前に逃げ出そうとするツクモいじめてた奴らと、同じ紋の荷だったからな! 絶対悪い奴だと思ったぜ。まあ、食い物入ってればいいなとは期待したけど」
     からりと笑った瞬間、ぐう、と腹の虫が抗議の声を上げて、途端に朱の盆は空腹を思い出した。
    「何だ、腹が減ってるのか」
    「…………」
     への字口で気恥ずかしさをごまかそうとしたものの、これでは山で狩りが出来るかどうかも怪しかった。この前老人の畑の収穫を手伝う際、ヘマをしてお礼の野菜を貰えなかったのは痛手だ。
     その朱の盆の目の前に、す、と包みが差し出される。ふんわりした黄色い長方形の生地ーーどうやら菓子の類いであるらしい。
    「食っていいぞ」
    「……でも、」
    「遠慮するな。それともこう言うのは嫌いか?」
    「初めて見た」
     鼻先を甘い匂いがくすぐる。 
     ごく、と唾を飲み込んで、朱の盆は促されるまま一切れ手に取った。ぱくりと頬張れば優しい味が口一杯に広がる。
    「何だこれ!? うっま!!」
    「気に入ったか」
     ぬらりひょんは自分も一つだけ手に取ると、あとは包みごと渡してくれた。空腹に押されるままはぐはぐと咀嚼していると、
    「お前、生まれは堺か?」
    「……わかんねえ。俺親とかいねえし」
    「……そうか。なら、鬼ノ國に行きたいと思ったことはあるか? 妖主に話を通すのは難しくないが」
     思っても見なかった提案をされて、朱の盆は双眸を真ん丸にした。
     そうだ、ここで生きていくことが難しいのであれば、余所へーー周りの人が頑強な場所へ移る、と言うのも一つの手かもしれない。それなら弾みで誰かを傷つけることもなく、怖がられることも嫌われることもなくなるかもしれない。
     けれど、もしそこでも失敗してしまったら?
    「それとも」
     ゆるりと紫煙を吐き出しながら、ぬらりひょんはやはり薄闇を帯びて行く空を眺めていた。
    「俺と一緒に来るか?」
    「え」
    「堺も鬼も國は興ってそれほど経っていない。まだ基盤がしっかりしていない國は不安定だ、揉め事は多い。おかげでうちはいつも人手不足でな……腕が立つ奴が増えると助かる」
    「…………」
    「お前はどうしたい?」
    「行く」
     ぬらりひょんの言葉は難しくて、朱の盆には半分くらいしか理解出来なかったが、それでも頭がそれを飲み込んでからはほぼ即答だった。
    「一緒に行く!!」
     この力を、初めて必要としてくれた。
     彼にいろいろなことを教えて貰えれば、何かを壊したり誰かを傷つけたりすることもなくなるかもしれない。ツクモを助けたように、誰かを支えることが出来るかもしれない。
    ーーこの人の役に立ちたい……!
     ようやくやるべきことを見つけたような、
     ようやくいてもいい場所を見つけたような。
     己の袖をしっかと握って、子供特有のキラキラした眼差しでこちらを見やる朱の盆に、ぬらりひょんは再び双眸を柔く細めて笑った。
    「そうか……なら、これからよろしく頼むぞ」
     今度は頭を撫でる手を振り払われはしなかった。


    * * *


    「…………で、それ拾って帰って来ちゃったの?」
     端正な顔にげんなりとした表情を浮かべながら、隠神刑部はぬらりひょんが背負っている小鬼を見やった。途中疲れてしまったらしく、おぶった途端にくーくーと気持ちよさそうな寝息を立て始めたのだ。
    「何か問題があるか?」
    「いや、問題しかないでしょ……確かに大和屋の件はお手柄だったけども、それは結果論でしかないだろう?」
     暴れていた、と言うよりはあくまでも力の加減が下手くそなのだ、と説明し、それは預かって練習させると言うぬらりひょんに対し、刑部は万が一の危険であっても完全に芽を摘んでしまいたい気質だ。
     悪気はなかろうと、多大な被害を生みかねない朱の盆の力は諸刃の剣である。
    「だがそうやって、可能性を潰してしまう権利は俺にもお前にもない」
    「…………まあ逆に、あちこち彷徨かれるよりは、目の届く手の届く範囲にいて貰った方がマシかな」
     何かあったら君がちゃんとどうにか・・・・するんだよ、と言う言外の言葉に目だけで頷いて、ぬらりひょんは部屋の奥に敷いてもらった布団に朱の盆を横たえてやる。
    「でも、一体全体どう言う気まぐれだい? 君、あんまりそうやって抱え込むの得意じゃないだろう」
     進められた盃を受け取って一応礼儀で口をつけてから(あまり強い方ではないのだ)、今度は刑部の盃に酒を注いでやる。
     彼の言う通り、大事なものを失くしたことがあるから余計な傷は負いたくない、と思うようになったはずだった。それでも、形は違えどあの小鬼は自分と似ている、と思ったのだ。
     どこに行こうと、こちらが意図せねば認識してもらえない自分と、
     どこに行こうと、例外で異端で爪弾きにされてしまう朱の盆と、
    ーーならば、俺が寄る辺くらいになれるかもしれん……と言うのは、いささか傲慢だな……
    「……別に言わなくていいけど。これでも一友人として、心配してるんだよ」
    「そう言うお前の方こそどうなんだ」
    「僕? まあ、ちょっと気になる子がいてね……近々お誘いしてみようかなぁってとこだよ」
    「……そうか」
    「まだまだこれからだね……僕も君もこの國も、その子も」
    「ああ……そうだな」
     ゆっくりと夜は更けて行く。
     今日はまだ、静かに月を眺めながら二人は穏やかに尽きぬ話を重ねた。


     朱の盆がぬらりひょんの右腕として成長し、裏の街で若頭として活躍するようになるのは、まだまだ先のお話ーー


    以上、完。
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