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    陽野あたる

    堺裏若頭推し。
    たまにもそもそ小説書いたりラクガキしたり。
    堺、鬼辺りに贔屓キャラが固まってます。

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    陽野あたる

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    盆くんと鉄鼠くんの初対面妄想エピソード。

    他堺メンツぬらりひょん、隠神刑部、煙羅姐さん、猫又、だたらちゃん、木綿ちゃんも登場。
    仲良くケンカしな。

    #二次創作
    secondaryCreation
    #ラグナドール
    lagnador
    #ラグナド
    lagnado
    #朱の盆
    vermilionTray
    #鉄鼠

    鬼の首に鈴を付ける「隠神刑部様は本日商人との会談が立て込んでいて、とてもお忙しいんです。一昨日来てください」
     勝手知ったる何とやら、いつもならばすぐに通して貰えるはずの屋敷で、朱の盆をそう門前払いしたのは今まで見たことがない青年だった。
     にこりと涼やかな笑みを浮かべてはいるものの、その佇まいに隙はなくかなり腕が立ちそうだ。慇懃無礼も度が過ぎると角が立つ、と言うのを体現した言葉は、半分ほど頭の中をすり抜けてしまったものの、断固拒絶の滲む気配に本能的に喧嘩を売られていると理解して、反射で眉間に皺が寄る。
    「てめぇ、見ない顔だな……話になんねえ、他の奴出せ。猫又とかいんだろうが」
    「失礼、申し遅れました。俺は鉄鼠。先日から隠神刑部様の補佐をさせていただいてます。因みに猫又も会談に同席してますから、いませんよ」
    「補佐ぁ? そんなこと聞いてねえな。大体一昨日なんてとっくの昔に終わってるのに、どうやって訪ねろってんだ?」
    「察しが悪い方ですね……帰ってください、と言ってるんですよ」
    「じゃあ最初っからそう言え!」
     噛みつくような剣幕でそう吠える朱の盆に、鉄鼠は大袈裟に両手で(とは言っても袖口に隠れてよくは見えないが)耳を塞いでみせた。
    「とにかく、あの方も暇ではないんです。約束がない人を会わせる訳には行きません。特にここのところ何やかんや理由をつけて、命を狙って来る輩も少なくないもので」
    「だから、ぬらりひょん様の遣いで来たっつってんだろうが!! じゃなきゃ、わざわざ足向けねえよ!」
     大体、朱の盆はあの狸が妖主であることを認めていない。恩人で、何よりも誰よりも尊敬するぬらりひょんが「あいつの方が向いている。適材適所と言うやつだ」と言うから仕方なく立てているものの、本音を言えば今現在も自分の頭領の方が堺ノ國のテッペンに相応しいと思っている。
     が、それはともかくとして、鉄鼠の態度は暖簾に腕押しだった。
     並の妖怪であれば、朱の盆が険悪な眼差しで一瞥すれば震え上がってぺこぺこし始めるのに、逆に伏せ目がちだった視線がすぅ、とこちらを捉える。
    「駄目なものは駄目です。ご自分でお引取り願えないなら、力づくでもいいんですよ?」
    「上等だ、コラ! やれるもんならやっ……」
    「やあやあ、大きな声がするから誰かと思えば、朱の盆じゃないか」
     今にも佩いた刀を抜こうと柄に手をかけたのを咎めるように、横合いから軽薄な声がかけられた。誰かなど見なくても解る。
     当の妖主、隠神刑部のお出ましだ。
     鉄鼠が音もなくするりと暗器を袂に仕舞い込むのを、朱の盆は見逃さなかった。
    ーーこいつ、やっぱり得物隠し持ってやがった……
    「隠神刑部様、会談はまだ終わられてないでしょう?」
     何事もなかったかのようにそう問う鉄鼠に気づいているのかいないのか、隠神刑部は首や肩周りを揉みほぐしながら、うんざりしたように溜息をついた。
    「まだ当分かかりそうだからね……一区切りしたから休憩だよ。いやー、頭を使うと甘いものが欲しくなるな」
     ちらり、と伺うように向けられる視線に思わず舌打ちをこぼしそうになる。不機嫌な顔になったのくらいは許して欲しいものだ、と思いながら、朱の盆はぬらりひょんから言付かった風呂敷をずいとその鼻先へ差し出した。
    「ぬらりひょん様から渡してくれってよ」
    「…………本当に遣いだったんですね」
    「だからそう言っただろ!」
    「あ、そうか。鉄鼠は初めて会うんだったね……裏の顔役、ぬらりひょんのことはこの前話しただろう? 彼はその右腕として活躍してくれている、朱の盆だよ」
     彼のことは気には食わないが、隠神刑部から直々にそう言う風に紹介されて悪い気はしない。少なくともそう認められるくらいにはなっているのだ、と胸を張りながら、朱の盆はびっと己を指差した。
    「朱の盆だ。いいか、俺の顔をよーく覚えとけ!」
    「……これが右腕って、ぬらりひょん様とやらは正気ですか? どう見たってただのチンピラじゃ……」
    「てめぇ、お館様を馬鹿にする気か!? もう我慢ならねえ、ぶっ飛ばしてやっから表出ろコラァ!!」
    「あー、盆くんここで暴れないで! せっかくだからお菓子食べよう、ね!? ここのおはぎ、君も好きだろう!?」
     今にも一触即発となった二人の間に割って入るも、刑部の言葉は届いていない。
     いや、そもそも彼は鉄鼠がこうも感情を露わにして煽る姿を初めて見た。歯に衣着せぬ物言いも毒の滴る嫌味も常時装備ではあるが、この青年は冷めて一歩引いて、余裕のあるところから相手を抉る一言を投げるのがスタイルであったはずだ。
    ーーしかしこうなると朱の盆は、本当に僕の言うこと聞いてくれないからな……
     力づくも致し方なしか、と今にも角を出しそうな彼を見やったところで、背後からぬっと腕が伸びて来た。しなやかな女性の細腕は、そのまま喧々囂々鉄鼠とやり合っている朱の盆の頭へぽこりと拳骨を落とす。
    「痛って、誰だコラ!」
    「朱の盆」
     ゆらり空気が蠢いて、玄関口に置いたままにしていた香炉から漂う煙が、妖艶な美女の姿を形取った。
    「げ、煙羅煙羅」
    「あ、よかった。君も来てたんだね」
     思わずほっと安堵の溜息がこぼれる。古株幹部の彼女はぬらりひょんを除いて唯一この鬼が頭の上がらない相手であった。
     煙羅煙羅はそのままぐい、と朱の盆の頭を下げさせながら、自分も深々と一礼を寄越した。
    「お騒がせして申し訳ございませんでした、隠神刑部」
    「いやいや、屋敷が壊れる前でよかったよ」
    「でも煙羅煙羅、こいつが……」
    「黙りな」
    「ぐぅ……っ、」
     ぴしゃりとした声に二の句が継げない。
    「それじゃあ確かにお届けしましたんで。ほら、帰るよ朱の盆。香炉持っておくれ」
     促され、口をへの字にしたものの朱の盆は言われた通りに香炉を手にして玄関を潜った。が、やはりそれでは気がすまなかったのか、くるりと振り向くと鉄鼠をびしりと指差して叫ぶ。
    「てめえ、次会ったらギッタギタにしてやっから覚えとけよ!」
    「朱の盆!!」


    * * *


     堺ノ國はこの数年で著しく発展を遂げた。
     それは偏に、新しいもの好き珍しいもの好きの隠神刑部が、この國で様々な店を構える許可を出したおかげだろう。目利きの猫又が、それぞれの個性に合ったサービスを提供させていることもあって、評判が評判を呼び今後もますます栄えて行くのは間違いあるまい。
     幻妖界ではほぼ中央に位置する堺ノ國は、他国間を行き来するための拠点として最適であったし、いろいろな國の物資が出回り、巡る流通が整えられるのが早かったため、一大商國となるまでにそう時間はかからなかった。
     色とりどりの看板や幟旗、暖簾が軒を連ねる賑やかな街道を歩くのが朱の盆は好きだ。
     活気が溢れ、みんなの笑顔が溢れ、それぞれ思い思いに楽しそうに嬉しそうに過ごす様を見るのが好きだ。
     けれどそうして表側がきらびやかに輝けば輝くほど、その裏側に生じる影は深く濃くなって行く。不穏な輩が紛れ込んで来ることが増えた。汚い商売をする悪党も増えた。そうした者たちをひっそり始末し、犯罪や揉め事を処理する仕事を厭うつもりはない。
     警邏しているこちらを目にしただけで、そっと路地裏へ身を引く奴らがいるのは、ちゃんと抑止力として自分たちが機能している証拠だからだ。
     それに屋敷を空けることが多くなったとは言え、ぬらりひょんから「頼んだぞ」と言われれば、何だって出来るし何だってやるのだ、と朱の盆は思っている。彼が言うことに間違いがあった試しはないし、何よりそうして自分の持て余していた力を必要だと言ってくれた頭領に報いることが、何よりの恩返しになるはずだと信じてやまなかった。
    『いいかい、朱の盆。あんたがお館様の代わりに表だってやるってことは、みんながあんたを通してお館様を見るってことだからね』
    『おお……頑張るぜ!』
    『引いてはあんたの言動が、お館様の品位に関わって……』
    『ヒンイ……』
    『あー、つまり、よい評判にも悪い評判にも繋がるってことさ。しっかり考えておやりよ』
     煙羅煙羅のように長期の監視や密やかな潜入捜査が不得手であっても、出来ることを出来る者がやればいいのだ。
     今日は西外れの界隈を見て回った。
     ここのところ立て続けて商家が襲われ、丁稚の小僧に至るまで全員斬殺された事件もあったせいで、どことなく漂う空気は不安で、ぴりぴりと肌の表面が逆立つような緊張感を漂わせている。
     配下の者がそれとなく挙動の怪しい輩がいないかどうか、目ぼしそうな箇所を巡回警護しているのだが、今のところそれらしい情報は上がって来ていない。
     それでも朱の盆が訪れたおかげで、街の者は少し安堵してくれたようではあった。
    「若旦那、早く犯人捕まえてくださいね。おちおち店も開けられやしない」
    「おう、任せな! 俺が絶対ぶっ飛ばしてやっからよ」
     馴染みの茶屋でしばし休息を取っていると、店員の一人がそろりと近付いて来た。
    「あの、若旦那」
    「あん? どうした」
    「最近、隠神刑部様のところに来た幹部の方がいらっしゃるじゃないですか、お会いになりました?」
     語尾が萎れるように小さくなったのは、思わず朱の盆がしかめっ面をしたせいだろう。怒られるとでも思ったのかもしれない。
     傍らの部下が気を利かせて話を促す。
    「鉄鼠って奴だろう? そいつが何か」
    「私、見たんです! その人が例の……事件のあったお店から出て来るところ……」
    「何だって!? そりゃいつだ!?」
    「あ、いえ……事件が起こる前、お昼くらいのことなんですけど」
     何かの手がかりかと思って勢い込んだものの、肩透かしな返答に朱の盆はますます渋面になった。
    「そりゃ偶然だろ……何しにこの辺りまで来たのか、気にはなるけどよ」
    「で、でも……! 菊屋さんだけじゃないんです! その前の松葉屋さんの時も、菱木屋さんの時も、同じように事件の前にお店から出て来てて!」
     部下がこちらの判断を仰ぐようにちらりと伺ってくる。確かにそこまで立て続けてであれば、偶然と片付けるにはいささか不自然だろう。
     隠神刑部の補佐、と言われたものの、彼がどう言うことに携わっているのか朱の盆は詳しく知らない。何度か顔を合わせる中で、取り敢えず気に食わない、馬が合わない、と言うのを再確認したこともあって、積極的に知りたいとも思わなかった。
    「それに、あの人鼠の妖怪でしょう!? あいつらは夜盗や盗賊が多いって言うし、絶対何か関係あると思うんです!」
    「…………見たのか?」
    「え?」
    「あいつが何か盗んだり、店の奴を殺してるとこをその目で見たのか?」
     突然低くなった朱の盆の声音に、店員の顔がさっと青ざめる。二人が何度かやり合っているのを路上で見かけていたため、さぞかしいい情報をくれたと喜ぶものだと思ったのだが、逆に神経を逆撫でしてしまったらしい。
    「いえ……そう言う訳じゃ、ない……ですけど」
    「じゃあ、勝手な想像でそう言うこと言い回るもんじゃねえ。鼠の妖怪みんなが、盗賊って訳じゃねえだろ」
     たん、と湯呑みを茶托に戻すと、朱の盆は刀を片手に立ち上がった。
     この妖怪はこう言うものだから、と色眼鏡で一緒くたにされる歯痒さを、またこの街でも味わうことになろうとは。
    「まあ、何してたかは調べてみらぁ。ありがとな、また来るぜ」
     とは言え、興が削がれた感は否めずに、薄曇りの空を見上げて小さく舌打ちをこぼした。


    * * *


    「鉄鼠がここに来る前何をしてたか、ニャ?」
     問われた猫又は豆鉄砲を喰らった鳩のように、ぱちくりとその大きな瞳を瞬かせた。傍から見ても決して仲のよくない朱の盆がそんなことを問うなんて、明日は槍でも降るのかと言わんばかりだ。
    「そーだよ、何か知ってるか?」
    「んふふ、私の情報は高価いニャよ?」
    「……三ツ屋のあんみつ」
    「さすが朱の盆は解ってるニャ! 交渉成立だニャー」
     キュピーン! とばかりにその双眸が輝いて見えたのは気のせいだろうか。
     取り敢えず忙しい最中を無理矢理捕まえたのは、それでチャラにしてくれるらしい。先だって歩く背中の後ろで、ぴょこぴょこと嬉しそうに尻尾が揺れている。
    「とは言え、私もそんなに詳しくは知らニャいんだよね。仕事する上で問題ニャければ、他で何してるかなんてあんまり興味ニャいし……連れて来た隠神刑部に訊いた方が早いかもニャ」
    「じゃあ、普段はどんな感じだ? 仕事ぶりとか、周りとのやり取りとか」
    「仕事は出来る奴ニャ。刑部が溜め込む書類とかもバリバリ片付けるし、腕も立つし、まあちょっと物言いが正論過ぎるとこが玉に瑕って感じだニャ。ヘコまされた奴も多いからニャ」
     時折記憶を探るようにしながらも、猫又は淀みなくそう答えた。嘘をついている風には見えない。
    「ってか、何でそんなこと訊くニャ? 弱味でも握ってケンカを優位にするのかニャ?」
    「そんなんじゃねえよ」
    「ふーん……まあ、何でもいいけどニャ」
     お金にならないことを、とでも言いたげにそっぽを向いてから、でも、とぽつり言葉が続く。
    「あいつ、ここに来ても独りなんだニャ、って思うことはあるニャ」
    「独り?」
    「そうニャ……上手く言えニャいけど、自分で全部やろうとすると言うか、誰かを頼ろうとしないと言うか、なまじっかそれでどうにかなってるから、もうちょっと上手くやればいいのにって思うのニャ」
     元来世話焼きである隠神刑部は、訳ありだったり腹に逸物を抱えているような輩であっても、強引に迎え入れるようなところがある。そしてこの國も、過去より現在どうあるか、と言う方に重きを置く気質の者が多い気がする。
     誰だって触れられたくない部分は一つや二つ持っているものだ。
     朱の盆もそうした一面に助けられて来た側であったし、特に誰かの過去を気にしたこともなかったが、
    ーー今回は繋がっているなら、見過ごす訳には行かねえんだよな……
     珍しく黙り込んだこちらを訝しそうに猫又が見やっている気配はしたが、よもや彼女に疑惑を話してしまう訳にも行かない。
    「そう言や……今日巡回してた西外れであいつを見かけたんだけどよ、あんなところまで足伸ばしたりすんだな?」
     若干ごまかしながら、一番訊きたかったことを放り投げる。
     ちゃんとした理由があればそれですむ。
     ただの偶然で片付けられる。
     気に食わないいけすかない男であっても、やってもいないことで疑わなくていいのだ。
     が、猫又の答えは朱の盆の柔らかな箇所を深々と貫いた。
    「西外れ……? いや、まだそっちは案内してニャいから解らニャいはずだニャ。きっと見間違いニャ」
    「…………」
    「朱の盆?」
     思わず足を止めてしまったこちらを、猫又が振り返る。と、その視線が僅か後方にずらされた。パッと跳ね上がった腕が大きく振られる。
    「一本だたらじゃニャいか、最近景気はどうニャ?」
     向こうから重たそうな荷車を引いて来たのは、加治屋の一本だたらであった。相変わらず元気いっぱいの笑みを浮かべて、こちらに腕を振って返してくれる。
    「猫又、朱の盆の若旦那もチョリーッス☆ お陰様でチョーアゲアゲだよ! あたしもう一人いるんじゃね!? ってカンジー」
    「それは何よりだニャー」
    「若旦那もちゃんと刀手入れしてる? 何かあったら、いつでも声かけてね」
    「おう、またその時は頼むぜ」
     朱の盆の刀は彼女の手によるものだ。
     研ぎに出したり、細かな調整を依頼する時も他の誰かに任せたりはしない。その丁寧な仕事っぷりは右に出る者がいない、と朱の盆は思っている。
    「あ、そうそう。鉄鼠さんに会ったら、頼まれてたもの出来ましたーって、伝えておいてくれたら助かるな。何かチョー急ぎでって言われたんだよねー」
    「……お、おう解った。伝えとくぜ」
     加治屋の一本だたらに、何をそんなに急いで頼むものがあると言うのだ。
     彼女が取り扱うものは、武器だ。刃物だ。
     それは扱い方を間違えれば、容易く誰かを傷つけることが出来るものだ。
    ーーもし、そんなつもりなら……そんなことをしてるなら、俺はお前を絶対許さねえぞ……
     んじゃよろしくー、と手を振りながら去って行く一本だたらを見送りながら、朱の盆は密かに胸中でそう決意した。


    * * *


     菊屋、松葉屋、菱木屋ーーこの三軒の店に共通することは一体何だろうか?
     屋敷に戻ってから、朱の盆は机の上に広げた地図と睨めっこをしながらずっと考えていた。正直、いろいろ調べたりあーだこーだと思考を巡らせる作業は苦手だ。本当なら鉄鼠に直接「どうなんだ!?」と訊ねた方が手っ取り早いに決まっている。
     けれど少なくないやり取りの中で、真正面から突きつけたところで上手く躱されトボケられてしまうことを身を持って知っているだけに、それは上手くないのだと言うことは解っていた。
    ーー場所が西外れってだけで、隣り合ってる訳でもねえ……扱う品も違う、店構え……は全然違えし、店主の種族もバラバラだ……唯一死人が出たのは菊屋だけってことくらいで……
     取り敢えず丸印をつけてはみたものの、思い返す限り被害を受けた店はそれぞれ異なっている。朱の盆が考え得る中では共通点など一つもありはしなかった。
     それぞれ程度の差はあれど、片っ端から荒らされ金目のものは奪われ、それは酷い有様であったことも変わりない。
    「あー、駄目だ……やっぱり直接訊くしか……」
     ばたん、と畳に寝転んだところで、こちらを見下ろす煙羅煙羅と目が合った。
    「いきなり地図を貸せ、なんて言うから何かと思えば……一体何してるんだぃ?」
    「考え事だよ」
    「……あんたは例の連続強盗、まだ調査には加わってなかっただろう?」
     さすがはあらゆる揉め事の調査や内偵を任せられているだけあって、煙羅煙羅は地図の丸印を一瞥しただけで、朱の盆が何に対して唸っていたのかを理解したらしい。
     基本的に自分が調査に出向くのは、荒事が想定される場合が殆んどだ。頭より先に身体が動いてしまう性分は、全くもって静かに密やかに行うべき仕事に向いていない。
     けれど一人で考えたところで埒が明かないのは間違いないため、煙羅煙羅になら話しても大丈夫か、と今日街中で仕入れた様々な情報を斯々然々と説明してみせる。拙い語彙と表現ではあったものの、彼女も慣れたもので朱の盆の言いたいことは解ってくれたようだ。
    「だから次に狙われるところが解ればよぅ、そこに鉄鼠の野郎が来るかどうかも解るじゃねえか」
    「成程ね……鉄鼠が本当に関係あるかどうかは別として、あんたにしちゃよく考えたじゃないか」
    「ふへへ……それほどでもあるぜ」
    「とは言え、共通点ねぇ……」
     地図上の店を見つめながら、煙羅煙羅が腕を組む。彼女の持つ凄まじい量の情報を併せれば、何か見つかるかもしれない。
     期待を込めて待つことしばし、ぽつりその魅惑的な口唇が溢したのは、
    「二重帳簿……」
    「ニジュウチョウボ?」
     それが何を意味するのか変換に時間を要したものの、朱の盆は煙羅煙羅の肩をがしっ、と掴んだ。
    「つまり被害に遭った店は、三軒共悪いことして金を稼いでたってことだな!?」
    「まあ、そうだねぇ……ただ、まだ噂の段階でね。私たちも何一つ証拠を掴んじゃいないんだよ。口封じにしたって、西外れの店だけってのは……」
    「あの辺りはまだ俺たちも手が行き渡ってなくて、巡回もそれほど頻繁じゃない穴場だ。何かするには都合がいい。他にあの辺りで疑惑が上がっている店はあるか?」
    「…………あと一つだけ、田野屋……一反木綿の隣の店だよ」


    * * *


    「鉄鼠しゃん、毎度あり! それじゃあ十日後に」
    「ええ、よろしく頼みましたよ」
     からりと戸を開けて一反木綿の店を後にしようとしたところ、鉄鼠はいきなり胸倉を掴み上げられた。
    「てめえ、ここで何してやがる!!」
     今にも殴りかからんばかりに烈火のごとく怒っているのは、朱の盆だ。少し前からこちらへ駆けて来ているらしい足音には気づいていたものの、その理由に思い当たるフシがなく、鉄鼠は冷ややかな眼差しを投げ返した。
    「何なんですか、いきなり……呉服屋で服を買う以外に、何をするって言うんです」
    「トボケんじゃねえ! こいつは無関係だろうが!」
    「はあ? 全く話が見えないんですけど……理由くらいもう少し冷静に説明出来ないんですか?」
    「俺は冷静だ!! お前の用があるのは隣……」
     どこがだ、とツッコミを繰り出すより前に、一反木綿が朱の盆の袖を控えめに引く。
    「朱の盆しゃん、本当よ。鉄鼠しゃんは注文に来てくれただけやけん……故郷の人たち用に服を作って欲しいって」
    「…………ぁんだって?」
     視線で鉄鼠に確認をしてから、これたい、と彼女は仕様書らしきものを見せてくれた。成程、採寸用の数字や柄、生地の指定などなど細やかな字で書かれたそれは墨が乾ききっておらず、確かについ先程作られたに違いないことを示している。
    「ちゃんと手付金ももらっとるけん、れっきとしたお仕事よ。まあ……確かにうち、何回も騙されて心配かけとるけど」
    「…………いまだに、鼠の妖怪用の服を作ってくれる店、と言うのは貴重なんですよ。特に一反木綿の品は丈夫で長持ちしますし。で……いつになったらその手を離していただけるんです?」
    「…………わ、悪ぃ。俺ぁてっきり、てめえが隣の二重帳簿の店と勘違いして来……もがっ!?」
     バツが悪そうな顔で朱の盆が手を離すのと入れ替わるように、今度は鉄鼠の手がその口を塞ぐように鷲掴む。
    「ほうほう、非礼の詫びに昼飯をごちそうしたい、と。貴方も殊勝な心があったようで何よりです」
    「むぐぐぐ……っ、」
    「それじゃあ、一反木綿。失礼します」
     そのままもがく朱の盆をずるずると引きずって行く鉄鼠を見やって、一反木綿が「仲直りしてくれてよかったばい」とニッコリしたことを当の本人たちは知る由もなかったが。
     店を出て、少し先の路地裏に入ったところで鉄鼠はようやく朱の盆から手を離した。
    「ぷは……っ、てめえ、なにしやがる!?」
    「それはこっちの台詞です。どう言うつもりですか? 貴方のデカい声でギャーギャー騒いでいたら、田野屋の連中が証拠品を隠してしまうでしょう」
    「じゃあやっぱお前、二重帳簿の件で……」
     朱の盆がこれまでの経緯を掻い摘んで説明し、殺しの嫌疑がかかっているのだ、と言う辺りになると、鉄鼠は形のよい眉をしかめてみせた。
    「…………全く、何をどうしたら俺が彼らを殺すことになるんです? 利点が何一つない」
    「でも、お前が足を運んだ先々で強盗事件が起きてるのは何でなんだ? こんな狙い定めたみてえに……」
    「そんなの決まっているでしょう? 不正献金を受けた側がバレるのを恐れて……」
     瞬間ーー
     どっ、と唐突に鉄鼠の胸を貫いて切っ先の華が咲いた。
    「な……」
     妖力とも血ともつかない飛沫を上げて音もなく頽れる体躯を、思わず受け止める。彼を蹂躙した刃はすっ、と引き抜かれ、下手人が素早く踵を返す姿を視界の端が捉えた。
    「鉄鼠……おい、鉄鼠! しっかりしろ!!」
    「俺は、いいですから……」
     一瞬躊躇したものの、朱の盆は舌打ちと共に鉄鼠を傍らの壁へと凭れさせた。この男とてこれしきでくたばるほど柔ではないはずだ。
    「いいか、俺が戻るまで死ぬなよ!? 死んでたら殺すからな!!」
    「全く……無茶を、言う……」
     言って踵を返した朱の盆は、すぐさま路地裏の奥を目がけて駆けた。幸い刺客の背中はまだそれほど遠くない。
    「待てこら!!」
     逃げ足に迷うような素振りはなく、予め用意周到な計画が立てられていたのだろうことを伺わせる。けれどそれ故に、どう言う経路を辿ろうとしているのかは容易く想像出来た。こちとら毎日犯罪者と追いかけっ子をしているのだ。表だけでなく、裏の道とも言えない道だって堺ノ國のものは全て頭に入っている。
     刺客が左手に折れた道を、朱の盆は真っ直ぐに進んだ。突き当りの賭場へそのまま飛び込む。
    「うわ、朱の盆の兄貴!?」
    「どうしたんですかぃ、何も疚しいことは……」
    「ちっと通らせてもらうぜ! お前ら汚い儲け方すんじゃねえぞ!」
     脇目も振らず店内を抜けて、裏口へ。
     突然塀を飛び越えて何故か目の前に現れた朱の盆に、刺客がぎょっと顔を引き攣らせる。
    「甘えんだよ、逃さねえからな!」
    「く、くそ!」
     やけくそ気味に振り被られる一刀。
     腕は下の下、先程も背後から不意をついたから鉄鼠を刺せたのだと言うのは明らかだ。
     躱しざま伸び切った腕を掴み、そのまま投げて地面に叩きつける。うぎゃ、と情けない悲鳴を上げる背を膝で押さえ込んだところで、朱の盆はようやくその男が隠神刑部の部下であることに気がついた。
    「あれ、お前勘定方の……」
    「離せ! 私は悪くない! 悪いのは全部あの鼠ぎゃあああ! 腕が折れる折れる!」
    「っせえなぁ……」
     細かいことはともかくとして、傷害の現行犯でお縄である。朱の盆が指笛を鳴らすと、間もなくして近くで聞きつけたらしい部下たちが飛んで来た。
    「こいつにはいろいろ訊きたいことがある。連れて行け」
    「了解です。さぁ、キリキリ歩け!」
     男の身柄を彼らに預け後を任せたところで、急ぎ先程の路地裏へ戻った。鉄鼠は変わらずぐったりと壁に背凭れていたが、
    「………おい、てめえいつまでそうして深手負った真似してるつもりだ」
    「あれ……バレてました?」
     朱の盆がむすりと声をかけると、けろりとした顔で笑い声が返る。立ち上がるのに手を貸してやったものの、痛そうな素振りもどこかわざとらしい。
    「ふざけんな、お前があんなトーシローに急所刺される訳ねえだろ……気づいてて躱さなかったな?」
    「嫌だなぁ、下衆の勘繰りをしないでください……全く、全然、ちっとも気づいてませんでしたよ」
    「嘘つけ! あいつが四軒から不正献金受けてたんだろう?」
     提出されていない裏帳簿には、きっとそのことが詳しく書かれているのだ。それに気づいた鉄鼠が探りを入れて突付いたため、バレる前に強盗を装って回収、もしくは共謀して別の場所へ移してしまおうと画策していた、と言ったところか。
    「よく猫又が気づかなかったな」
    「まあ、あの方は良くも悪くも根っからの商人ですからねぇ……蛇の道は蛇と言うか、下手くそなんですよごまかし方が。俺ならもっと上手くやる」
    「……菊屋は自首でもしようとしたか」
    「そんなところでしょうね、恐らく。訊いてないので解りませんが」
     破れてしまった服を何でもなさそうに確認している鉄鼠に、イライラとむかっ腹が立って来る。思わず再び胸倉を掴み上げると、それは想定外だったのかいつも細められている双眸が丸くなった。
    「だからって身体張り過ぎだろ!? 寧ろ、素人だからいざって時に手元が狂ってヤバい刺され方するかも、とか考えなかったのかよ!」
     まさかこちらが怒るとは思わなかったらしい。
     しばしぱちくりと珍しく無防備な表情を晒していたものの、やがて鉄鼠はいつも通りに人を喰ったような笑みを浮かべてみせた。
    「おや、心配してくれたんですか?」
    「違うわ!! 何でてめえの心配なんか……」
    「だって、刺された方が確実にあいつを追い落とせるでしょう?」
     じわり、その口端に毒が滴り始める。
    「裏帳簿なんて他の店もいくつかある中で、わざわざ邪魔な小悪党と懇ろの奴だけを狙ったんですよ。正直書類だけでも充分でしたが、万が一にも復帰なんて出来ないよう、確実に息の根を止める方がいいに決まってる」
    「だからって……」
    「いやまぁ、貴方なら追いかけて取っ捕まえてくれるだろうと思ったので、咄嗟にですけど」
     それでも本来今までの自分であったならば、他人に判断を委ねる部分を少しでも持ったりなどしなかったはずだ、と鉄鼠は思う。未遂で突き出せば充分だ。少なくとも、それが通ずるくらいの信頼は、既に隠神刑部から得ている自負はある。
    ーーまさかよりにもよって、この男の手を借りるような真似をしようとは、夢にも思いませんでしたが……
     気づかれないよう小さく溜息を溢した次の瞬間、ゴッ! と鼻っ柱に朱の盆から派手な頭突きを喰らった。ぐらりと揺れる視界、つんと鼻の奥まで痛みが突き抜ける。
    「痛った、何をするんですか!?」
    「…………え」
    「はい?」
    「二度とこんなふざけた真似しねえって言え!! 表にだって面子はあるだろうがな、そんな危ねえ真似は今後一切許さねえ! 例えてめえが腕立つとしてもだ、解ったか!!」
     ド汚い手法で甘い蜜を啜ろうとする輩は、堺ノ國でこれからも増え続けるだろう。真正面からぶつかるだけでは潰せない、目を背けたくなるような醜悪な事態だって起こり得る。
     正攻法では尻尾を掴むことすら適わないような者たちにも、この鬼はそうやって怒るのだろうか。
    ーーまぁ、あれこれ策を弄して相手を追い詰める、なんて貴方には向いてませんしね……
     鼻血を拭うふりをした袖の下で、自分でも無意識の内に笑みを浮かべながら、
    「はいはい、解りましたよ。肝に銘じておきます」
    「絶対だからな!」
    「ところで、この服修繕したいので、一反木綿の店まで肩を貸していただけますか」
    「はあっ!? てめえそんな重傷じゃねえだろうが!」
    「そっちじゃありません、貴方に頭突きされたせいで目眩がします。あー鼻が痛いなー」
    「ぐ、ぬ……わぁったよ、店までだぞ」
     渋々ながらもそう肩を貸してくれる朱の盆に、どれだけこいつは人がいいのだと呆れながらも、何故か悪い気はしなかった。


    * * *


     そして数日後ーー
     今日も今日とて堺ノ國には高らかに二つの怒声が響き渡る。
    「だからてめえは何度言やあ解るんだ!!」
    「貴方こそこれを言うのは十六回目ですけど、子供の方がまだいくらか利口です」
    「上等だ、今日こそギッタンギッタンにしてやる! 表出ろコラァ!!」
    「もうここは表ですよ、大丈夫ですか?」
     朱の盆と鉄鼠がバチバチと火花を散らし合うのは、もはや名物と言うか日常茶飯事になりつつあった。
     始めの頃はオロオロと両妖主へ知らせねばと右往左往していた街の人々も、やれやれまたかと慣れた調子で品を壊されないようにしまったり、被害が及ばぬよう遠巻きになったり、挙げ句肝の据わった奴らに至っては、今回はどちらが勝つかなどと賭けまで行う始末である。
     そのどれも、頭に血の上った二人には届いていない。
    「お館様……止めなくていいんですか?」
     久し振りに國へ戻り、どれ偶には一緒に茶でも飲むかと朱の盆を探していたぬらりひょんであったが、終わるまで待つかと言わんばかりに既に店先に腰を下ろしている。
     のんびりと煙管をふかす顔役に、煙羅煙羅ははらはらと視線を寄越して来るが、いくら彼でも加減と言う言葉はもう覚えているのだ。己の力を制御の出来なかった子供時分とは違う。
    「あんまり酷くなるようならな」
     言った傍から近くに飛んで来た皿ががちゃん! と派手な音を立てた。
    「…………」
    「…………」
    「ま、お互い初めて出来たオトモダチだからねー。このくらいはご愛嬌だよ」
     いつの間にか隣で団子をパクついている隠神刑部に、ぬらりひょんの眉が寄る。
    「おい、それは俺のだ」
    「一つくらいいいじゃないか、煙羅煙羅も食べるかい?」
    「いえ、お構いなく」
     すっかり観戦モードの二人に煙羅煙羅は小さく溜息をついた。
    「オトモダチって……こんなに殺伐としたものでしたっけ?」
     得物が飛び交い、地面が不穏に揺れる。迸る妖気の残滓と轟く爆音、あれを始末するのは誰だと思っているのだ、とは口に出さないが。
    「ああ見えて、組むと息は合っている」
    「友情の形はそれぞれだからね……戯れ合いが派手なだけで可愛いもんじゃないか。あんなに叫んでる鉄鼠は他じゃ見られないよ」
    「朱の盆もいつになく活き活きしているように見えるからな」
    「ですけど……」
    「様々な意見も拳も交わさないと解らないことはあるよ、仲良きことは美しきかな、って奴だね」
     あの騒ぎの中、他の野次にはうんともすんとも反応しなかったくせに、朱の盆も鉄鼠もいきなりこちらを振り向いて大喝した。
    「「仲良くなんかない!!!!」」


    以上、完。
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