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    陽野あたる

    堺裏若頭推し。
    たまにもそもそ小説書いたりラクガキしたり。
    堺、鬼辺りに贔屓キャラが固まってます。

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    陽野あたる

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    カステラ同盟(と勝手に呼んでます)の二人がわちゃわちゃしてるお話。ザラメ美味しいよね。
    保護者ぬらりひょんと酒呑童子、他煙羅姐さんと鈴鹿さん、茨木ちゃんの鬼ノ國メンツも。

    #二次創作
    secondaryCreation
    #ラグナドール
    lagnador
    #ラグナド
    lagnado
    #朱の盆
    vermilionTray
    #鬼童丸
    onimaru

    俺とお前とカステラと しゅんしゅんと湯気を上げて沸騰したお湯を、きっちり八分目まで静かに湯呑へ注ぐ。急須にはこの前気に入ったようだった茶葉を一匙。
     そこへ湯呑に注いでいたお湯をゆっくりと移す。器が温もり茶が冷めにくくなる上、沸騰したばかりでは熱過ぎるお湯が、茶葉が綻ぶのに最適な温度まで程よく冷まされるのだ。
     芳醇な香りが立ち上るのを待って、再度湯呑へ。
     鮮やかな緑色の中に茶柱が立っているのを見つけ、朱の盆はにひ、と嬉しそうに笑みを浮かべた。
     茶請けの大福と一緒にお盆へ乗せて運ぶ。無論、向かう先はぬらりひょんの居室だ。
    「お館様、お茶が入りました! 少しご休憩を」
     開け放たれたままの縁側からひょこりと顔を覗かせてそう告げれば、何か書き物をしていたらしいぬらりひょんはふい、とこちらを振り返った。
    「ああ……すまない、ありがとう」
    「これ伽藍堂の新作だそうです。きっとお館様好きだと思って」
    「ほう……そいつは楽しみだ」
     お茶とお菓子を押しやると、朱の盆は煙管の灰がいっぱいになった煙草盆を引き受けて新しいものと取り替える。そう言う細々した仕事を引き受けるための下っ端はいくらでもいるのだが、ぬらりひょんの身辺に限っては、子供時分からの習慣からか朱の盆は未だに頑として譲らないのだ。
    「朱の盆」
    「はい、何ですかお館様」
    「…………お前、今日は非番じゃなかったか?」
     問えば、きょとんとした顔が返る。
    「え、はい……休みですけど」
     こう見えて、彼はそれなりに多忙だ。
     ぬらりひょんに代わって裏の連中の巡回や調査の指揮を採ったり、実際現場に足を運び問題解決に奔走したり、部下の稽古をつけたり、表との調整に回ってもらったり、実質的な活動の多くを担っている。
     本人にとっては自分の役に立つことが全て、であるせいで仕事をしていると言う感覚が薄いのかもしれないが、
    「休みの日はちゃんと休め。何度も言っているが、好きなことをして過ごしていいんだぞ」
    「俺、好きに過ごしてますよ?」
     何を言われているのかよく解らん、とその顔にははっきり書いてあったが、ぬらりひょんは辛抱強く言葉を重ねた。
    「どこかに出かけるとか予定はないのか? 俺に関することではなく、お前自身の」
    「特には……あ、一人で集中したいってことですね! 解りました、しばらく外します!」
    「あ、いやそう言う意味じゃ……」
     ぺこりと一礼してさっさと踵を返してしまった背中に、ぬらりひょんは小さく溜息をついた。
     思い返せば朱の盆は、堺ノ國に来てからずっと自分の傍らにいたのだ。そうしろと命じたことは一度もなかったが、ひたすら後ろを着いて回って、ぬらりひょんがやることを見様見真似で覚え学んで身につけて、気づけばその成長と共に片腕としていつの間にか様々なことを任せてしまっていた。
     まるで雛鳥が最初に見た者を親と慕って後を追うように、朱の盆にとっては自分や煙羅煙羅と部下と仕事相手以外に世界を構成する要素がないのではあるまいか。
     唯一、隠神刑部のところにいる鉄鼠はどれとも違う立ち位置であると認識しているようではあるが、あれは友人関係などという生易しいものではない。
     もし、この先。
     守りたいものと守るべきもの以外で、気軽に相談をしたり悩みを打ち明けたりする友がいるのといないのとでは、朱の盆にとって大きな違いがあるのではないか。
    ーーとは言え、なれと言ってなるものでもないしな……友と言うものは……
     どうしたものかと思いながら、ぬらりひょんはず、と湯呑に口をつけた。


    * * *


    ーーさて、と……休めって言われても、一体何をすりゃいいんだ……?
     取り敢えず、自分が屋敷にいてはぬらりひょんの気が散るだろうと外に出はしたものの、特に何の目的もないまま朱の盆は街を歩く。
     こんな真っ昼間からでは明る過ぎて昼寝など出来はしないし、そもそも朱の盆はじっとすると言う行為が死ぬほど苦手である。日課の鍛錬はとっくの昔にすませてしまったし、仕事で忙しいだろう一反木綿や一本だたらの元へ顔を出すのも迷惑であろう。
     食事を摂るような時間帯とも違ったが、新しく出来たと言う飯屋でも覗きに行くかな、とようやく目的が決まったところで、横合いから声をかけられた。
    「若頭、見回りご苦労さまです。先日はどうもお世話になりまして」
     見れば、この前暴れていた酔っ払いを取り押さえた店の給仕の娘だ。
    「ああ、あれから店は大丈夫か?」
    「はい、おかげさまで皆さん楽しく呑んでいただけてます」
    「そいつぁよかった、また何か問題があればいつでも呼んでくれよ」
    「ありがとうございます、今日はこれからどちらへ?」
    「今日はその……非番なんだよ。ブラブラしてただけだ」
     娘の視線が腰に佩いた愛刀へ注がれているのに気づいて、朱の盆はぱちくりと瞬きをした。
    「……刀がどうかしたか?」
    「あ、いえ……お休みの日まで刀持たれてて、大変だなぁって」
     朱の盆は堺の裏の界隈では知らぬ者はいない、押しも押されもせぬナンバー2である。それはすなわち、それに見合うだけの恨み辛みも相応に買っていると言うことで、休みだろうと何だろうと外を出歩けばいつ何時的になるか解らない、と言うことでもある。襲撃者は待ってなどくれないし、何より目の前で揉め事が起こっていれば見過ごしやり過ごすことが出来ない性分だ。
     そして独りでいた頃から、朱の盆は己の得物を片時も傍から離したことがない。
     逆に何の用心もせず出歩ける彼らの方が、何と無防備なのだとすら思っている。その平穏が自分たちの努力の末の尊いものだとは理解していても、その中に自身の存在をカウントしたことは一度もない。
    「ねえと気持ち悪いからな。お前も仕事頑張れよ」
     ぬらりひょんがこの場にいたならば、そう言うところだぞ、と苦言を呈してくれたかもしれないが、生憎と朱の盆の敬愛する上官はいなかった。
     にかっとした笑みで手を振り、また人波を縫って歩いて行く。
     目的の店に近づくまで、何やかんやとあちこちで声をかけられること数度。ようやく話題の看板が目に入ったところで、朱の盆はぴたりと足を止めた。
     手前の細い路地ーー店と店の隙間の僅かな幅しかないその場所から、微かな怒声が聞こえたのだ。喧騒の中では話の内容がよく解らなかったが、ぴりぴりと緊迫した空気が伝わって来る。人目を避けてこんな場所でやり取りする内容なぞいくつもない。
    『休みの日はちゃんと休め』
     ぬらりひょんの言葉が一瞬頭を過ぎったが、朱の盆は迷わず路地へ踏み込んだ。
     休みの日だって何だって、揉め事は待ってくれない。誰か代わりを呼びに行っている間に、取り返しがつかなくなることだってある。
     そんな言い訳を正しく頭で考えた訳ではない。揉め事だ、と認識してから脊髄反射的な行動だ。けれど朱の盆にとってこれは『仕事』ではなく、『好きに過ごす』範疇のものなのである。命じられたからではなく、義務に駆られたからでもない、自分がこうすべきだと判断した結果のものだった。
    「おいこら、テメーらそこで何やってやがる!?」
     少し奥まった位置では案の定、ガラの悪そうな男たちが一人を囲んで何やら因縁をつけているらしかった。大喝を聞いて振り向いた男たちは、こちらの正体を知るなりさっと顔を青褪めさせて慌てた様子で取り繕う。
    「し、朱の盆のアニキ!」
    「い、いやぁ奇遇ですね、こんなところで」
    「何やってんだって訊いてんだよ」
    「べべべ別に何も」
    「ちょっと話をしてただけで」
     剣呑に眇めた眼差しで睥睨され、上擦った声で答える男たち。その目が泳いでいるのは気づいていないふりをして、朱の盆はしっしっ、と追い払うように手を振った。
    「じゃあもう用はすんだな。とっとと失せな、三秒以内に去れ。はい、いーち」
    「失礼しました!!」
     脱兎のごとく踵を返す背中に苛立ちを込めて舌打ちをすると、うずくまっている青年に向けて手を差し出す。
    「大丈夫か? 怪我ぁねえかよ」
    「はは……スゴいな、朱の盆。助かったよ」
     そう苦笑しながら手を伸ばす彼を、朱の盆は知っていた。自分とはまた毛色の違う白銀の短髪、そこから覗く一本角に、紫暗の柔らかな双眸。
    「鬼童丸……何やってんだ、こんなところで」
     鬼ノ國の半妖王子は、どこか決まりが悪そうな顔でゆっくりと立ち上がった。


    * * *


     朱の盆が初めて自分以外の鬼族と会ったのは、ぬらりひょんの右腕と呼ばれるよりも以前のことだ。興って間もない國同士、諸々取り交わす案件があったのだろう。この頃はまだ主も隠神刑部と同様に、他國へ赴くことも少なくなかった。
     勿論、彼は護衛が必要なほど弱くはなかったし、荷物持ちが必要な長期の訪いではなかったが、出かける先に朱の盆は必ずいそいそと着いて行った。
     一度だけ危ないから来るな、ときつく言いつけられて仕方なしに留守番を仰せつかったものの、ぬらりひょんが戻ってからも十日ほどはヘソを曲げて拗ねて不貞腐れていたため、これは鍛えて連れて行った方が余程面倒くさくない、と珍しく主の方が折れたのだと、後に煙羅煙羅から教えてもらったことがある。
     とは言え、今回に限ってはぬらりひょんは自分に故郷かもしれない場所を見せておきたいのだ、と言うのは彼の言葉が少なかろうと自分の察しが悪かろうと、朱の盆は何となく理解していた。
     火山特有の赤茶けた大地、どことなく薄曇りの空、汗ばむ気温、所構わず漂う硫黄の臭い。
     自然豊か、とは言い難い土地ではあったが、それでもキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いた。残念ながら見覚えはない。
     それでも道征く人の額にもれなく角が生えていたり、笑った口元から鋭過ぎる犬歯が覗いたり、初めて見るはずなのにどことなく懐かしいような気がして、朱の盆ははぐれないように繋いでくれているぬらりひょんの手をぎゅっと握った。
     鬼ノ國の妖主である酒呑童子の居城は広かった。
     ぬらりひょんの屋敷も隠神タワーも勿論広いが、大味な装飾のせいか全部が大きく見えるのだ。出迎えてくれたのはすらりと背の高い女鬼であった。
    「遠路はるばるご足労いただき感謝いたします、ぬらりひょん様。酒呑童子様がお待ちです、ご案内します」
    「ああ、頼む」
    「ちょっとぉ、アンタ子供なんかいた!? 何でチビっ子なんか連れて来てんのよ!」
     傍らから投げつけられた甲高い声に、思わずむかっと眉間に皺が寄った。
     以前のように咄嗟に噛みつかなかったのは、こうした場に立つ以上声の主は鬼ノ國の幹部であろうと言うこと、今日は大事な話し合いに来ているためとにかく粗相をしないように、とぬらりひょんから言い含められていたからだ。先程の女鬼ーー鈴鹿御前の隣にフンッ、と鼻を鳴らして立ったのは、小柄な女鬼であった。
    「茨木童子、紹介する。この子は俺の息子ではない。が、大事な家族だ。朱の盆と言う。いずれ会う機会も増えるだろうと思って連れて来た」
    「ハジメマシテ」
     苛立ちと言い返したい言葉をぐっと仏頂面に押し込めてどうにか挨拶をくり出した朱の盆は、その頭にぬらりひょんの掌が乗っていなければ刀を抜いていたかもしれない。
     茨木童子と呼ばれた女鬼は、
    「あら、よく見たらチビっ子、アンタ鬼なんじゃない! 鬼童丸と同じくらいかしら?」
     腕組みをしたまま、じろじろと無遠慮な視線で頭の天辺から爪先まで品定めされるように眺められて、お前だってそんなに身長変わらねえじゃねえか!! と言う台詞が今にも喉から零れ落ちそうだった。
     そんな朱の盆の様子を知ってか知らずかぽんぽんと宥めるように頭を叩いてから、ぬらりひょんはのんびりと鈴鹿御前に促されるまま酒呑童子との会談に向かっている。
    「ほう、今日はご子息もこちらに?」
    「ええ……ちょうど先程稽古を終えたところです」
    「さあ、アンタはこっちよチビっ子! あたしが案内したげる」
     行くとは言っていないのに、ぬらりひょんの背中を追いかけようとしたのに、ぐいと腕を引く茨木童子の手を振り払うことは出来なかった。
    ーーこいつ、力強え……っ!
     もがれては敵わないので、仕方なく従って長い廊下を歩く。いくつか角を曲がると広い庭を望む縁側へ通じ、硝子張りの向こうの見事な景色に、朱の盆は思わず目を丸くした。ぬらりひょんの屋敷も見事な庭を擁しているが、ここはまた様々な花が咲いていて、目に楽しい造りをしている。
    「どう? すっごいでしょ?」
    「え? あ、うん……じゃなくて、はい」
    「別にあたしには敬語なんか使わなくていいわよ。あ、いたいた! 鬼童丸!」
     茨木童子はおもむろに縁側の隅っこに腰かけていた少年を呼んだ。ぱっ、と跳ね上がった視線がこちらを捉える。ぎょっと顔を引き攣らせてしまったのは、少年が酷い怪我をしていたからだ。深手な訳ではないようだが、包帯に絆創膏に湿布と手当のオンパレードで、見えている箇所の方が少ない気がする。
    「茨木……」
    「アンタまたそんなボッコボコにされたの? 鍛錬が足りないわね」
    「すまない……また今度いろいろ教えて欲しい。その……そっちは?」
     丸い瞳が不思議そうに向けられた。
    「ああ、今酒呑童子様のとこに会談に来てるぬらりひょんのお付き? よ。子供は中いても退屈でしょ? アンタ遊んであげなさい」
    「茨木はどうするんだ?」
    「ちょっとぉ……あたしはこれでも鬼ノ國のナンバーツーよ? 酒呑童子様のいるところには、あたしがいるって決まってんのよ! 会議苦手だけど!」
     じゃあね、とさっさと踵を返して去って行く茨木童子に呆気に取られてしまったものの、確かに会談の場において客側である以上朱の盆に出来ることは何もなかった。
    「えっと……お前、名前は?」
    「朱の盆だ。お館様……あー、ぬらりひょん様の右腕、にいずれなる男だ」
    「スゴいな……俺は鬼童丸。酒呑童子の……」
    「息子なんだろ、さっき聞いた」
     取り敢えず、傍らに腰を下ろす。
     何をしているのかと思っていたら、どうやら木剣を削っていたらしい。器用に動く小刀をしばし見つめてから、朱の盆は鬼童丸の怪我へ視線を這わせた。
    「お前……その怪我どうしたんだ?」
    「……訓練で。その……俺は弱いから、ちょっとしたことでも怪我しちまうんだ」
    「でもお前も鬼だろ? やっぱすげー訓練するのか? 岩担いで山登りしたりとか」
     ぴたり、と小刀を操る手が止まる。
     じ、と朱の盆の顔を見やった鬼童丸は、少しの躊躇の後その耳元に口を寄せた。
    「実は、俺は半妖なんだ」
    「はんよう……」
    「オフクロは人間だった……もう随分前に病気で死んじまったけど。だから俺は他の奴らと比べたら力も弱いし、身体も頑丈じゃないんだよ」
     自分はーー今まで他の妖怪の中にあって、鬼であることに引け目を感じていた。けれど鬼童丸はその逆で、鬼であるはずなのにその中において異端であるのか。
     いやそれよりも、
    「……何かそんな重大な秘密っぽいことを、初対面の俺にほいほい話して大丈夫なのか?」
    「皆知ってるよ。秘密にしてる訳じゃない」
    「まあ確かに……お前、ここに来るまでに見た奴らと比べたら、細っこい感じはするな」
    「だろ? だからって別にそのことで、親父やオフクロを恨んだりしてる訳じゃないぜ。でもやっぱり妖主の……最強の鬼の息子である以上、俺も誰にも負けないくらい強くなりたいんだよ。まだ全然……足元にも及ばないけど」
     そう笑う鬼童丸の顔は、どこか誇らしげですらあった。何となく、似た者同士の匂いを嗅ぎ取った朱の盆も嬉しくなるほどの。
    「そっか……お前もすげーよ、鬼童丸。カッケー。俺も負けてらんねえな! それで、その木剣調整してるってことは、お前も刀使うのか?」
    「ああ、まだ最近始めたばかりで……鈴鹿……あ、さっきの茨木とは別の幹部にたまに稽古つけて貰ってる。鬼は素手だったりもっと重量系の武器を使うことが多いから、なかなか難しくてな」
    「へえ……じゃあさ、俺とやろうぜ! どうせ会議まだ終わらねえだろうし、たまには違う相手と立ち合った方が練習になるだろ」
    「え……いいのか?」
     言いながら、鬼童丸の視線が興味深そうに朱の盆の刀を捉える。すっかり手に馴染んだそれは、本来なら今の背丈で扱うには若干長いはずだ、とぬらりひょんから評された無銘ではあるが、切れ味はそんじょそこらのものに引けを取ったりはしない。
    「あ、練習なら真剣じゃない方がいいか? もう一本あるなら貸してくれよ。ねえなら、このまま抜かずにやるけど」
    「い、いや真剣で! 俺もちゃんと刀持ってる!」
     言いながら、傍らに置いていたらしい一振りを示して見せる。藍鞘のそれはやはり鬼童丸の手には些か余るような気はしたが、歴戦の猛者を思わせるぎらりとした剣呑な輝きを帯びていた。
    「古いけどいい刀だな。斬れそうだ」
     瞬間、鬼童丸の双眸がそれ以上の怪しい輝きを放った。がしっと朱の盆の手を鷲掴みするなり、
    「解るか!?」
    「え……お、おう。俺も詳しくはないけど、刀結構好……」
    「これは幻妖界に古くから伝わる刀でうちの蔵に放りっぱなしにされてたから俺が貰い受けたんだがその昔雷を斬ったり大岩を両断したりしたと言う逸話を持つものなんだ刃が欠けちまってるから実戦には出せないかもしれないが何と言うか未だに纏うオーラが感じられるだろう? 惚れ惚れする刃の輝きと言い反りの角度と言い素晴らしい匠の技が活かされていて刃紋の美しさはまさに芸術だと思うんだよ実は対になる刀があって、こっちは無傷だからちゃんと手入れをしてやりたいと思う……」
     怒涛の勢いで捲し立てていた鬼童丸の言葉を止めたのは、ぐうう、と言う盛大な腹の虫の声だった。真っ赤になったところを見るとその主は彼なのだろう。
    「す、すまない……そう言えば、稽古をしていたせいで昼飯を食ってないんだった。台所で何か貰って来る。朱の盆もまだだろう? きっと今日はごちそうがあるぜ」
    「じゃあ、お言葉に甘えて。あ、そうだ。こいつもせっかくだから一緒に食べようぜ」
     朱の盆は手にしていた風呂敷包みを解いて、道中でぬらりひょんから買ってもらったカステラを取り出した。主は朱の盆が好物はちまちまとしか食べないことを知っているから、これがある間は大人しく待っているはず、と言う算段であったのだろう。
    「甘いの平気か?」
    「カステラ!! 好物だ! 鬼ノ國にはあんまりないからめったに食べられなくて……いいのか?」
    「おー、友情の証って奴だな」
     にひ、と笑うと、同じように満面の笑みが返る。
     本当は同族と初めて会うことに無意識の緊張を覚えていた朱の盆であったが、
    ーー何だ、鬼ノ國いいとこだな!


    * * *


     それからと言うもの、使いを頼まれて鬼ノ國に行く度に朱の盆は鬼童丸の元を訪れた。
     始めの頃は他所の國から来る妙な同族として怪訝そうな顔をされることも少なくなかったが、一度柄の悪い輩に絡まれて叩きのめしてしまってからと言うもの、一目置かれたものか気さくに声をかけられることも増えた。
     鬼童丸が稽古で傷だらけであることもまた珍しくなかったが、手土産のカステラを見せるといつも嬉しそうに笑ってくれるものだから、ついついあれもこれもと選んでしまうようになった。
    「こいつは期間限定の商品でな、蜜柑の皮を刻んだやつが入ってる。こっちは新しい店のおすすめだぞ」
    「ふふ、そうか……堺ノ國はいろいろなものがあって楽しいな」
     剣についてああでもないこうでもないと議論したり、実際立ち合いや鍛錬をして過ごしたり、馬の乗り方や珠算を習ったり、上手く行かないことについて互いに助言したり、性格はまるで違うのに鬼童丸と話をするのはとても面白かった。
     わざわざ連絡して約束を取りつけたりするほどではなかったが、離れていても何となくどうしているかと頭に浮かんだりする相手がいることは、朱の盆にとって初めての出来事であったのだ。
     とは言え、立場的なこともあるのか鬼ノ國の風習と言うか性質的にと言うか、鬼童丸が堺ノ國を訪れることは今までただの一度もなかったのだ。
     話をする度に、双眸を細めて「行ってみてえな」と言う割りに「じゃあ来いよ」と誘っても「いつか」としか答えを返さなかったはずなのに。
     何故、今この狭苦しい路地裏に、鬼童丸は佇んでいるのか。
    「お前……一人か!? オトモとか護衛は!?」
    「誰にも言わずに来た。だから鈴鹿も茨木も、他の奴もいない」
    「何かあったらどーすんだよ! 一応何だ、王子的なアレだろ!? 腕立つようになったとは言え無謀過ぎだぞ! 言えば迎えに行ったのに」
    「でもお前だっていつも一人で来るだろ。それこそオトモ連れてるとこなんか見たことねえ。ナンバーツーなのに」
     にや、と意地悪く笑って胸を突かれてしまうと、朱の盆は二の句が継げない。喧嘩にはならずとも、鬼童丸に口で勝てた試しはないのだ。
    「いつか来る、って言っただろ」
    「そりゃそうだけどよ……」
    「ってまあ、本当はちょっと困ったから助かった。堺では刀仕舞っておいた方がよさそうだな」
     どうせチンピラに、鞘が当たっただの珍しいものを持っているだのと難癖をつけられたのだろう。酒呑童子には似ず優しげな容貌をしているものだから、ちょっと突けば小金くらい手に入るとナメラれたのかもしれない。
    「ぬらりひょん様の屋敷なら反対方向だぞ。隠神刑部のタワーならもう少し先に……」
    「ああ、違う違う……親父の使いじゃないんだ。でもそうだな、詳しいお前に案内を頼めばよかったのか」
    「案内? おう、任せろ! どこ行きたいんだ?」
     お客の案内は表の仕事ニャー! と猫又辺りがうるさく言うかもしれないが、そんな細かいことは朱の盆にとってどうでもいいことだ。こう言う場合は特例と言うものである。
    「でも、お前仕事中なんじゃないのか、朱の盆」
    「心配するな、今日は非番だ。それに仕事中だったとしても、堺ノ國で誰か困ってたら助けるのが俺の役目だ。問題ねえ」
    「はは、お前らしいや」
     先立って歩く朱の盆の背中に続きながら、鬼童丸はくすぐったそうに笑った。
     表通りに戻れば、すぐにざわざわとした喧騒に包まれる。やはりこの人いきれの中で目的のものを探すのは、一人だと骨が折れたことだろう。
     少し肩の荷が下りた気がした。
    「実は明日、オフクロの命日でな。いつもは花を備えるだけなんだが……この前、お前が持って来てくれたカステラ、何だっけ……ほら、大粒の砂糖がついた」
    「ザラメ?」
    「そう、それ。あれ美味くて感動したからさ……オフクロにも食わせてやりたいなぁと思ったんだ。甘いもの好きだったって聞いたから」
    「そっか……そりゃあオフクロさん喜ぶだろうなぁ」
     墓前に備えたものは、想いや願いと共に線香の煙があちら側へ運ぶのだと言う。きっと鬼童丸の気持ちも彼女に届くことだろう。
    「でも、だったらなおのこと俺を頼れ」
     びっ、と親指で己を差しながら、朱の盆はにひひと笑った。
    「この通りだけでも、カステラを扱ってる店は十二軒。あっちの通りにもあるし、今日行ける範囲ならもっとある」
    「マジか……」
    「ザラメも白から黒からいろいろあるし、お前が試食してコレだ! と思うものの方がいいだろ。トコトン付き合うぜ」
    「……ホントはそれ、お前が食べたいだけなんじゃ?」
    「ふ……バレたか。って、そんな訳ねえだろ! じゃあまずは、そこの卵の暖簾の店からな」
    「ああ……よろしく頼む」


     そんな二人を物陰から見守る影が三つ。
    「心配して尾行つけるくらいなら、声をかけりゃいいじゃありませんか、お二人共」
     そう煙羅煙羅に呆れたような溜息をこぼされたのは誰であろう、結局仕事そっちのけで朱の盆に着いて来たぬらりひょんと、わざわざ鬼ノ國からやって来た酒呑童子であった。ぬらりひょんの仕業でどうにかバレてはいないものの、本来ならば大柄で目立つ二人が並んでいれば相当注目を浴びたことだろう。
    「いや、ほら……だって、なあ? 息子の自主性? を重んじないと、独り立ちしなきゃしないで困るしよぉ」
    「その割にはさっきチンピラ相手に抜きかけてましたよね、刀」
    「楽しそうで何よりだ……よかった、友達ちゃんといたんだな。このまま仕事しかしない奴になってしまったらどうしようかと……」
    「仕事って言うか、半分は喧嘩してますからねあの子」
    「あ、おい! ぬらりひょん、二人が移動するぞ」
    「ほう……次は満願屋か、なかなかの選択だな」
     そうしてなおもこっそりと後を追う二人の妖主。
    「あたし、もう帰ってもいいかな……」
     と言う煙羅煙羅の呟きは、そのまま雑踏に紛れて誰に届くこともなく消えた。


    以上、完。
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