影踏み 石蒜(=彼岸花)は血を吸って赤くなるのだと子供の頃に教えられた。
墓の周りによく咲いているので真実味がある。実際は花の持つ毒性を利用して、墓の下に眠る死者の身体を鼠やモグラに食い荒らされないようにと植えられている。
そして毒性がある花に子どもを近づけないために不穏な印象を植え付けたのだろう。
妖艶で燃え盛る炎のような群花。
あれから何度目かのこの花が咲く季節が訪れた。
季節が巡れば咲いてまた枯れ果てていく数多の草花のうちの一つに過ぎないが、今はこの花を見かけると目が離せなくなる。
その吸い込まれるような赤を見て、確かに血を吸っているのかもしれない、と藍忘機は呟いた。
「含光君?」
隣に並び歩く藍思追が聞き返したが
「何でもない」
とだけ返し、花から目を逸らした。
艶やかな赤。その身に毒を纏い、人々から怖れられながらもその場に留められている。
彼の肉体が本当に消滅してしまったのであればこの花に血肉を吸われたのかもしれない、むしろこの鮮やかに目を奪う花自体が彼なのではないだろうか、と一瞬馬鹿げたことを考えた自分に呆れてふっと笑みが漏れた。
彼と出会う前ならこんなくだらないことを考えること自体あり得なかった。
世に存在する大方のことはくだらない。
規律の中で心を乱すことなく己を研鑽し続け、藍氏双璧の片割れとして驕ることなく常に高みを目指し世の平和を守っていく、それが自分に与えられた全てだと思っていたのに。
彼に出会い、くだらないと思っていたささやかな戯れが、他愛もない会話が、十年余り経った今も色褪せることなく脳裏に焼きついている。
ふと、目をやると思追がちらちらと自分を見ているのに気がついた。
「思追。」
「はい、含光君。」
見てはいけないものを見てしまったような気がして、思追はできるだけ平静を装って返事をした。
「この花をどう思う。」
「石蒜…ですか。」
普段とは雰囲気が違う藍忘機から予想だにしなかった質問をされてついには動揺が隠せなくなった。
「美しい花…だと思います。でも…」
言い淀んだ思追はじっと花を見つめている。
「でも、こんなに華やかに咲いているのに近づくことを拒まれているような…そんな気がします。」
藍忘機は何も言わない。
緊張しながら見上げると、瞳に赤を映しながら柔らかな表情を見せていた。
花と葉が永遠に出会う事がない花。花言葉の「再会」は皮肉か希望か。
月明かりに石蒜の影が伸び、藍氏二人の影と重なりながら暗闇に溶けていった。