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    なつだ

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    なつだ

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    長めのひふ幻。ゆめのが乙女。イメソンがあるけどうまく活かせなかったな……。ポも出張る。らむちのセリフを言わせたかった。あと、タイトル通りこのあと絶対仲直りしてハピエンになりやす‼︎

    この後ちゃんと仲直りした いやあ、しかしこんなに依頼を受けてくださるとは思いませんで、とにこやかに笑う担当編集に、私としても色々な仕事を経験しておきたいと思ったところですので、とこちらも笑顔で返す。

    「それならいいのですが、スケジュールとしては少しタイトではありませんか?」
    「まあ、そうですね。まさにここが正念場でしょうね、小生が一皮剥けるための」
    「……!担当として僕も精一杯お手伝いさせていただきます!!」
    「まあまあ、そう固くならずに。なにせ嘘ですから」

     せんせぇ……と腑抜けた担当を目の前にふふ、と少し笑い目の前のコーヒーを一口飲むと、そろそろ、と帰り支度をする。

    「締め切りが迫っているものがいくつかあります故、今日のところはこれにて失礼します」
    「あ、はい。……あの、先生」

    先程の崩れた格好を少し正してから担当編集は口を開いた。

    「無理は、しないでくださいね」
    「……ええ、心得ていますよ」

     ここではさすがに嘘は言いません、と席を立ち話を切り上げた。そして店を出て、家路に着く。担当編集が気を利かせてくれたおかげで喫茶店は自宅からすぐ近くだったため、ものの5分で自宅に着く。

     鍵を開けて靴を脱ぎ手を洗ってから居間に入り、座る。自分の家なのに何故だかひどくがらんどうな空間に思えて、幻太郎はため息をひとつこぼした。

     しかし、これではいけない、とすぐに立ち上がり執筆活動の時に使う書斎に移動して、筆を取る、ならぬパソコンを開いた。

    そして今している仕事の締め切りを確認するためスケジュールを開く。1週間後までに三件ほど執筆の締め切りがあることを再確認し、優先順位をつけていく。雑誌に掲載されるコラムは何度か書いているし締め切りはわりと先、若手作家の相談室、なんて連載は作家の持ち回りだが今回幻太郎が担当らしい。それからおすすめの一冊を紹介するものもあって、この二件を先に進めた方が良さそうだった。このくらいまでに書き切ってまた担当編集に見せる、とスケジュールに書き出してから、ふと月初めに書き込まれた予定が目に入る。

    『この日はゆめのん家行くかんね!!』

     もう2週間は聞いていない声が頭の中で再生されて、幻太郎は慌ててスケジュールを閉じるが、一度思い出してしまうとどんどん溢れ出てしまう。

    『ここは仕事だけどミーティングだけだから終わったら来るから!』
    『この日はイベントがあるから来れないけど、ゆめのんちゃんと起きてご飯食べろよ〜』
    『ね、明日オフになったからどっかいこ!』
    『げげ、ゆめのん締め切りか〜、じゃあ俺っちが一通り家事すっから仕事がんばれ!』

     2人でカレンダーを見ながら予定を合わせて書き込んでいったことが大昔のように思える。実際にはまだ2週間やそこらしか経っていないのに。
    ただでさえ考え方や感性、価値観、表現方法が異なるため衝突しやすいため、スケジュールなんて本当に合うのか、なんて考えていたが、実際にはあーでもないこうでもない、と言い合いはするがなんだかんだで最終的には着地するから不思議で面白かった。おそらくそれこそなんだかんだで結局2人ともスケジュールを合わせて一緒にいたいと思っていたからだろう、と幻太郎は思う。少なくとも自分はそうだったから、相手もそうだといい、なんて希望を抱いてしまう。

    まあ、自分だけだったのかもしれない。

     このまま黙っているとどんどん記憶に呑まれてどうにかなりそうだと、幻太郎はパソコンで執筆をする際に使っているソフトを立ち上げ、すぐに文字を打ち込んでいく。最初こそ雑念が浮かんで集中しづらかったが、それでも文字を打っていくと徐々に筆が乗る。最近はいつもこれで仕事を進めていた。






     紆余曲折ありながらもなんとシンジュクディビジョンの伊弉冉一二三と付き合うことになり、つい最近までなんだかんだありながらもお付き合いは順調だった。しかし、些細なきっかけで言い合いになり、いつもならばああ見えて聞き分けがいい一二三が折れてくれる場面だったが今回は納得がいかない、と主張をして引かず、幻太郎は幻太郎でそもそも一二三相手に謝る、折れる、なんてことが難しいためそのまま愛想を尽かれてしまった、というわけだ。

    『そーいうことなら、終わりだね』

     冷え切った視線、低い声音。
    こちらの返事を待たずして一二三は幻太郎の家から出て行った。
    それを止めることもできずただただ出て行く一二三の背中だけを見るしか出来なかった幻太郎は、大事にしたいと思ったものをまた一つ、こうして失くしたのか、と怖くなった。怖くて怖くて体を縮めて自身の体をぎゅう、と自分で抱きしめるがそれでも足りなくて、そのうち息が苦しくなった。

    『大丈夫だよ、幻太郎』

     眠れない夜はいつもそう言って抱きしめてくれるのに、それからはちっとも抱きしめてはくれない。
    そうして自宅に1人でいる時間が長くなり、鳴らない携帯を見るたびに心が痛んでいく。考える時間を無くそうと受けられる仕事はすべて引き受けスケジューをどんどん入れていった。その様子を心配そうな顔をする担当編集に、止めないで、と言いたくなる。今は止まれない、考えたくない。今止まったら脇目も振らず泣いてしまいそうで。幻太郎は一心不乱に仕事に没頭した。



     そもそも、本当に紆余曲折あったのだ、一二三と付き合うまでもそうだし、付き合ってからも。
    第一印象は今まで会ってきた人物の中で一番最悪、それからだって中々印象が良くなることはなかったが、ひょんなことからデリカシーは足りないが悪い人物ではないことがわかってきた。

     それからは相手が懐に入るのが上手いせいもあると思っているが、距離を縮められて気がつけば一緒にいることが苦ではなくむしろ楽しくなっていた。ああ見えて仕事ではトップを走り続けていてその話はいつだって新鮮で刺激をもらえたし、苦楽を知っているからキラキラしているだけではない、仕事の辛さも分かってもらえるような貴重な相手だった。そんな相手の綺麗な顔が街を歩けば看板があるのを見ては、これが自分の男だと自慢したい気持ちが出てくるのが、幻太郎は嬉しくていつも心で叫んでいた。

    これは自分の恋人なのだと。


     
     一方で、こんな時が来ることは本当は少しだけ予想はしていた。いつか自分が振られる、愛想を尽かされる。住む世界も考え方も、所属するチームだって違う。目的だって未来への考え方だって相容れない。シンジュクの不夜城の王ではあるがそのくせ太陽みたいに笑う彼の隣に自分は似合わない。自分で言うのもなんだが、根暗でネガティブな人間が自分の想い人からずっと好かれるなんてことはないと思う。だから、よく持った方なのだ、今回は。

     執筆中にもかかわらずまた思考が引きずられていた、と幻太郎は深呼吸をひとつすると、頭をぶんぶん振って活動に戻った。



    ※※



    『僕の事務所に集合⭐︎』

     乱数からメッセージがあった。行けない、と返信しようかとも思ったが何かの気晴らしになるか、と3日ぶりに家を出て乱数の事務所に向かう。念のためパソコンも持っていき何かあればそこで作業しよう。

    「あっ、幻太郎!おひさー⭐︎」
    「ええ、なんだか久方ぶりですね。失礼しますよ」

    軽く挨拶を交わして中に入ると既に帝統もいた。

    「おー幻太郎。久しぶりだなー」
    「おや帝統、こうして無事に会えて嬉しく思いますよ」
    「んだそりゃ、どーいう意味だよ。嘘か?」
    「いえいえ、負けが込んでサメのエサにでもなってるかと思いまして」
    「おいおい、そんなこと言っていいのかよ〜」
    「はて?なにゆえ?」

    帝統がニヤニヤしているので乱数の方を見れば、

    「なんとー!超超珍しく帝統が大勝ちしたんだって!だから今日はパーティーだよ!帝統のおごりで!」
    「おや、それはなんと珍しい。今宵が最後の晩餐ですかねぇ」

     そうして既に手配されていたのだろう、デリバリーで続々と食べ物やら飲み物が運ばれてきた。



    「じゃあ乾杯〜⭐︎」

    乱数の軽いノリで始まったパーティはお酒も入りどんどん盛り上がっていった。

    「もー、ちょっと見ないうちに幻太郎また無理してたでしょー!ちゃんと食べないとダメだよー!」
    「おや乱数、余は今ヨーガダイエットをしてるのでその結果が順調に出てるまでですよ」
    「もう嘘が雑!」
    「嘘じゃないでおじゃ〜」
    「おっしゃあ、ヨガやってみろよ!」
    「あんなあられもない姿さらせないでおじゃ〜」

     くだらないことで盛り上がり食事も酒も進む。そういえばここのところあまり食欲がなかったな、と思う。毎日とはいかないが、前までは彼の手料理を2人で一緒に食べていたのが、急に一人で自分で用意しなければならない、となると食事へのモチベーションは途端に失われていた。

    「よーし!そんな幻太郎にはたくさん食べて飲んでもらおーっと!」

     乱数は空のガラスにワインを注ぎ、ピンクの紙皿にピザやらサラダやら、チキンナゲットやらたくさん盛り付けて幻太郎の前へ置いた。

    「お気遣いありがとうございます。ですが…こんなに食べたらせっかくのヨーガダイエットの効果が薄まってしまいます故…」

     そう言って隣に座る帝統の目の前に皿を置く。うおー、うまそう!と帝統が手を伸ばすのを納得いかない表情で見た乱数は、いいこと思いついた!と口を開いた。

    「今からみんなでゲームしよ!」
    「これまたいきなりですねぇ」
    「いーけど、なんか賭けてやろうぜ!」
    「もちろん!やるからにはそうじゃないとつまんないでしょー!」

     賭け事が好きな帝統はともかく、いつにも増してやる気がある様子の乱数に引っかかりながらも、ゲームでは勝つことの方が多い幻太郎は躊躇いなく受け入れた。とにかく気を紛らわせたかったのだ。

    「いいねいいね!じゃあ早速始めちゃおー!」







    「いえーい!今回も僕の勝ちー⭐︎」
    「おい乱数、嘘だろ!?」

     強すぎだろー!帝統が頭を抱えて叫んだ。うるさいが、今回ばかりは幻太郎も同じ気持ちだったので甘んじてそれを受け入れる。

    「にゃははー!僕ってばツイてるなー。ところで最下位のポッセはだれかにゃー?」

     ニコニコ楽しそうに言いながら乱数の視線はこちらに向けられている。

    「…ずいぶん楽しいパーティだったわ。だけど私、0時までにおうちに帰らないといじわるなお母様に怒られてしまう」

     淀みなく立ち上がろうとするが、そうはさせない、と腕をがっしり掴まれた。

    「王様の言うことは絶対!シンデレラ姫でもビリの幻太郎には僕が納得いくまでじゃんじゃん飲んでもらいまーす!⭐︎」

     帝統もだよっ!と空いたグラスにワインを注いで顔の前に掲げる乱数に、半ばどーにでもなれ、とやけ気味にグラスを受け取った。






    「今回ばかりは小生が悪かったとも、思ってますよお、でもあんな……あんな冷たい目しなくてもいいと思いません!?」
    「うんうん、そーだよね」
    「そもそも、それでもいいって、甘やかしたのはあっちなんれすよ!なのに、あんなのひどい!!」
    「うんうん、そーだよね」
    「もう……会えないなんて……」

     散々悪口を言っていたかと思えば最後には切なそうに呟く幻太郎に、乱数はニコニコ楽しそうに突っ伏した幻太郎の頭を撫でた。その横で帝統がじょーちょふあんてー、ってやつか?とほろ酔いで呟いた。

    「そりゃあ不安定になるでしょ!もう……しめきりもたくさんあるし……」
    「えー!そうなの?」
    「だって……一人でいると考えてしまうので、考えたくなくて……」
    「あっはは、幻太郎ってばほんとに恋する乙女じゃーん!」
    「コイツが乙女って柄かよ!」

     ギャハハ、と負けじと楽しそうに帝統が笑い、それに合わせて乱数はゆめこだよ、乙女だよー!と笑い声を上げた。

    「そもそもさあ、なんでそんな喧嘩になったの?」

     笑いすぎで涙が出たのか、目元を拭いながら乱数が幻太郎に聞いた。

    「なんでって……あんなに怒ると思わないじゃないですかあー!」
    「うわ、めちゃくちゃめんどくせー!」

     ギャハハ、とこれまた楽しそうに笑う帝統は雰囲気もあってすっかり酔っ払っている。

    「どーせアレだろ、変な嘘ついて相手がそれ信じて嘘ですよ、が言えなかったんだろ?」
    「違いますう、嘘つかなかったのに怒られたんですよ!ほんと、嘘つかなかったこと、褒めてもいーはずれす!」
    「えー、幻太郎って好きな人の前だと正直者になっちゃうの?」
    「それが嘘ですけどねっ!」

     アハハ、とまた笑い声が上がり、3人でワインを飲み干す。

    「でもね、ちょっとはほんとなんれすよ。ご飯食べてるかーって聞かれたから、食べてますよ、って言ったら、米が炊かれた形跡がないって騒ぎ始めて。米は食べてないんです、コーンフレークとかせんべいとか、その場にあったやつ食べてたんですけど、それ意味ないとか言われて……水だって飲んでたし、そもそもお腹減ったから買い物行こうとしてたら勝手にあっちが来たわけで……」

     うんうん、と乱数は頷き、帝統は聞くだけで腹減ってくるぜーとまたピザを食べ始めた。

    「それでね、怒り始めたんです、死ぬ気かーって。そんなわけないじゃないですか、反論したんですよ。今から買い物行くつもりだったからほっとけ!って。そしたらなんかぐちぐち言い始めたんで、そこまで言われるのは窮屈だしそんな権利ないでしょ、勝手に色々言われるのはほんとに嫌だって……」
    「うんうん」
    「そしたら……もういい、って……確かにそうだね、って……」

     ぐすっ。酔いも深くなり、言葉尻に涙が滲む。

    「いつもなら、はいはい、って許して……くれてるところを、今回はそうはならなかったんですよ……もう……頃合いを見てたってことだと思って……」

     そう言って突っ伏す幻太郎に、帝統は、あーあー、とピザを頬張るのをやめずに乱数を見た。
    乱数はそうだねー、と幻太郎の頭を撫でた。

    「悲しかったねー、幻太郎」
    「悲しい……いえ、でもね。いずれこんなことになるのではと、思っていたのですよ」
    「……」
    「こんな、面倒くさい僕のことなんて、いずれ付き合いたくなくなる、やめたくなるんだろうな、とは思ってたんれす。だから、時間の問題で、ほんとは、こんなにショックを受けてもしょうがないんですけど……」

     ぐずぐず、と鼻をすする音を立てる幻太郎に、ほんとにめんどくせーな!とまたゲラゲラ笑う帝統を、帝統!確かにそうだけど今はメッ!だよ!とフォローしたいのかいじりたいのかわからない乱数の言葉が飛んだ。

    「面倒くさいって!ひどい!」
    「お前はポッセでダチだからいーけどよ、いざ付き合った奴がこんなんだったらめんどーでソイツの家には行きたくねーな!」
    「帝統にまでこんなことを……!」
    「んもー帝統!今はほんとにだめだってば!」
    「あー悪い悪い」

     全然悪気がなさそうなテンションで謝る帝統に、乱数は再びメッだよ!と告げた。

    「でもでも〜、帝統の言うことも一理あるよー」
    「なにがですかっ」
    「だってこんなに手のかかる子、僕だってたまにでいーもん。それをさ〜結構な頻度で会いに来てくれてたわけでしょ?」
    「……そうれすね」
    「それはもう愛だよね、ビッグラブだよ!」
    「うう……だからそれは前までの話で……」
    「じゃあ今度はこっちからいかないとね!」
    「そんなの……」
    「無理じゃないよ!今の気持ちちゃんと伝えなよー。当然、まだ好きなんでしょ?」
    「……うう、好き、好きですよお、」
    「だったらちゃんと伝えないと!」
    「でも、でも、言ったことない……」
    「え!?なにどゆこと!?」
    「僕から伝えたこと……ないかもしれません……」
    「いやいやいや、マジでー!?」
    「やばたにえんだな幻太郎!」
    「だってそんな恥ずかしいこと言えませんよ!」
    「恥ずかしいって幻太郎!そりゃ相手だって不安がるよ!」
    「うう、……」
    「泣かない!……帝統、これは思ってたより重症だったよ!」
    「おう、そうだな!」

     ちょっと待って、と乱数は言って、それからすぐに幻太郎にまた話しかけた。なんだか小声でよーいスタート、なんて聞こえた気がする。

    「乱数、なんですか……」
    「幻太郎は、ちゃんと相手のことが好きなんだよね?」
    「だからあ、さっきから何度も言ってるでしょ、好きれすよ!」
    「じゃあちゃんと気持ち伝えないとね?」
    「う、だけど、もう……」
    「今まで幻太郎が不安に思わなかったのは、甘えさせてくれてたと思うのは、相手からしっかり好きな気持ちが伝わってたからじゃないの?」
    「……確かに、そうですね……でもね、こんな思いするならいっそ1人の方がマシ……」
    「嘘ばっかり。幻太郎」
    「……」
    「1人の方がマシだなんて嘘つき。そんなことばっかり言ってると大事にされ方、……愛され方忘れちゃうよ」
    「……大事、愛され方」

     どういうことか分からなくて、幻太郎は乱数を見る。

    「そうだよ。愛され方忘れちゃダメだよ」

     笑ってはいるがどこか悲しそうな、痛そうな顔をする乱数に、どうしたのか聞こうとする前に、

    「とにかく!こんな状態で生活してたら心配するし、何か言いたくもなるよ!幻太郎は僕のポッセなんだから、大事にしないとメッだよ!だから今日はしっかり食べて飲んでそれから考えよ!」

     食べる!飲む!と乱数が半ば強制的に食べ物や飲み物を集めて幻太郎へ押しやるのを、帝統がゲラゲラ笑って夜が更けていった。




    ※※




    「頭がいたい……」

     ゆうべ、乱数の事務所で散々飲み食いした後明け方近くにタクシーで自宅に帰ったことは覚えている。その後、とりあえずリビングに到達してそこから記憶が途切れているのでここで力尽きたのだろう。とりあえずシャワーを浴びて今日のスケジュールを確認せねば。とにかく今は忙しくしているはずなので。

    「や、やばい……」

     シャワーを浴びてスケジュール確認をすると思っていたより締め切りが重なっていた。余計なことを考えない様に仕事を詰めていたが、その仕事までピンチになるとは。

    「小生、意外とプライベートがうまくいかないと仕事に支障出る系でしたか」

     そう呟いてみるがなんだか虚しくなり口を閉ざす。彼と付き合ってから小さな喧嘩はあったがここまでこじれたことはないので筆も順調だったというわけだ。とにかく、直近のしめきりのものだけでも進めないと。


     朝食を食べようと冷蔵庫をのぞくと昨日乱数の事務所で食べたピザやらお菓子やら酒やらがあって、その中から適当に食べれそうなものを見繕って電子レンジで温めて食べた。記憶が朧げだが、乱数からも自分を大事に、と言われた気がするし、あの人にこれ以上呆れられない様にせめて食べ物の摂取は気をつけようと思う。

     そしてパソコンの前に向かい、作業を始める。始めてしまえば意外と筆が乗ってきて、なんとか終わる目星がついてきた。時間を見れば夕方に差し掛かっており、これは夜ご飯も用意して食べれそうだな、と算段をつける。
    いないことで時々寂しくなるが、それでもあの人から言われたことを守って生きていくのは、共にあるということなのでは、と少しだけ前向きになれた気がした。

     だって、出会う前はポッセの2人しかいなかったし、なんならその前は1人だったのだ。その前は1人じゃなかったり、1人だったりを繰り返して生きてきた。失ったものだって人だってたくさんある。あった喜びから失った悲しみは味わったことだってある。じゃあ、今さらあの人を失った悲しみにばかり囚われなくても生きていけるのではないか。さっき思った様に、そこかしこに残ったあの人の跡を辿りながら、無理に消さず共にあることはできるのではないか。

    「なんて、ね」

     これは嘘じゃなくて本当のことのような気がした。なんだか今ならこれで小説一本は書けそうだ、なんなら純愛悲恋でウケる層がありそうだなあ、なんて。

     この調子ならなんとかなるかも、と幻太郎は電源の入っていないスマートフォンを気まぐれに起動した。
    すると、乱数から生きてる?と生存確認のメッセージと、動画が2つ送られてきていた。なんだ?と見てみると、一つは昨日の自分達の動画で、酔っ払ってぐずぐずの自分がいた。

    『好きれすよ!』

    ……なんだこれは、覚えてないし思い出したくない。

    あられもない痴態を晒している昨日の己と黙って撮影した2人に呪いたい気持ちを抑えつつ、もう一つの動画を見る。



    『いえーい!今日はセンセーの家でパーティでーすっ!』
    『あれ、もう映ってるのかな?』
    『はいっ!もう映ってます!一二三、映すときにはちゃんと合図しろよな!』
    『めんごりーぬ⭐︎じゃあ早速はじめるよーん』


     そこに映っていたのは、宿敵麻天狼のプライベートアカウントで発信されているであろう、パーティの様子だった。日付は3日前の日曜だ。
    久しぶりに見る一二三の姿に一瞬息が止まるが、停止ボタンを押すまでに見慣れた料理が並んでいるのを見て、思い出す。


    『今回は釣りに行ってきて魚がメインということで、ジゴロ特製の煮魚に巻き寿司、お造りとお吸い物もつけましたー!』
    『これ、全部一二三くんが用意してくれたんだよね。とても美味しそうですよね』
    『一二三の作る料理はハズレがないよな……』


     本当にそう思う。幻太郎の家の淋しい冷蔵庫の中身から、まるで魔法のように美味しいご飯をたくさん作ってくれていた。


    『にゃはは!そんなに言われると照れちゃうっすよ〜』


     チームメンバーに褒められて満更でもない様子の一二三は明るい笑い声を上げている。
    いつもと変わらない様子の一二三に、安心したような、悔しいような不思議な心持ちになる。


    『料理するときのコツって何かあるの?』
    『コツ?うーん。スキル的なところは正直俺っちも独学なんでそんな大々的に言えることはないんスけどー。やっぱアレっすね!』
    『アレ?』
    『食べる人のことを考える、に尽きますね!体調どうかなー、とかこれ好きかなー、とか!一口は大きすぎないかな、片手で食べられるやつがいいかな、とかね!』
    『なるほどな……そんなことまで考えてるのか……』
    『さすが、接客のプロだね』
    『それほどでもないっスよ!』


     そうか、こんなにも彼は相手のことを考えて行動しているのか。料理ひとつとっても、常に食べやすいものを作ってくれていたなあ、と思い返す。


    『じゃあ、胃にも優しい味付けになってるんでどうぞー!』
    『あれ、誰か胃が弱ってるのかい?』
    『いえ、僕は特に……一二三か?』
    『あ、……別にそーいうわけじゃないんだけど、まあいつでも食べれるってやつ!』


     じゃあ食べよ!とすぐに切り替える一二三の姿に、幻太郎は流れる涙を抑えることができなかった。

     そうだ、あの煮魚はしめきり明けに魚料理をリクエストすると出てくる優しい味付けのものだし、巻き寿司は脱稿して元気な時にお祝い、として作ってくれたものだ。胃に優しい料理は、忙しい時にいきなりたくさん食べると胃もたれする自分に合わせて作ってくれているものだ。

     ああ、誰が忘れて、跡を辿って生きていけるものか。まだこんなにも貴方の愛が欲しくて仕方ない。
    どうしてこの場にいるのが自分じゃないんだろう、どうしてあの料理を自分は食べられないんだろう、食べている麻天狼の2人への嫉妬で胸が苦しい。

     もう明るい声で名前を呼ばれることはないと思うと、さっきまで大丈夫だと思っていたことが全然大丈夫じゃなく感じた。

     また名前を呼ばれたい。自分のことだけを考えて欲しい、不特定多数に向けてあんな笑顔を向けないで。

     ドロドロとした独占欲が心を渦巻いてどうにかなりそうだ。動いている彼を見ると嬉しいが、その彼を見ているのが自分だけじゃないことが悔しくて嫌な気持ちになり、思わずスマートフォンを乱暴に放り投げた。

     あの人がいない世界はなんと無味無臭なのだろう。まだ話したいこともあるし、伝えたいこともある。1人で食べるご飯は実は味がしないし、一緒に見たいものだってある。仕事だって自分の目的だってある、そのためにはやっぱりあの人がほしくて、自分を見ていて欲しいのだ。

     乱数の言う通り、1人の方がマシだなんて嘘だ。

     幻太郎はすぐに外向きの服に着替えると、そのまま我を忘れたかの様に走った。目指すは彼のいる街だ。




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