あなたになら「うわ、すげー雪!」
こんなに雪見たことない!とはしゃぐ一二三に、走ると危ないですよ、と幻太郎は後ろから声をかける。
「靴に雪入った!冷てぇ!」
「そんなに深いところにわざわざ入るからですよ」
「だって!ふかふかしてるし入るしかないでしょ!」
雪だるま作る!と言って張り切る一二三の姿を見て、幻太郎はやれやれと思いつつ目が離せなかった。普段煌びやかな不夜城のプリンスが、今は人気のない雪国の民家の庭で無邪気に雪だるまを作っている。こんな姿、誰も見たことがないだろう。もう20年来になるという幼馴染ですらないかもしれない。
「幻太郎も一緒に作ろーぜー!」
「残念、雪に触ると体が震えて寒くなるので無理です」
「それホントじゃん!」
わはは、と楽しそうに笑う一二三の鼻が赤くなっているのを見て、昔の自分を見ているようで恥ずかしくもなってくる。確かに、自分にも寒さを気にせず雪遊びをしていたことがあった。
「ねー!見てこれめっちゃうまく作れた!」
満面の笑みをこちらに向ける一二三に、マフラーに帽子、耳当てと濡れてもいい手袋と靴を用意させて正解だったな、と思う。雪が降るとむしろ寒くないらしい、なんて中途半端な雪国の知識だけ仕入れてシンジュクの冬を過ごすのと大差ない格好で行くとのたまったので、さすがに見過ごせず色々口出しをしてしまった。ここまでする?などと言っていた一二三だが、いざ現地に着くなり幻太郎すげー!ほんとだね!とにこにこしていた。
生まれも育ちもシンジュクらしい一二三にとって雪国での暮らしは物珍しいらしく、幻太郎にとっては当たり前のことでも大げさなくらい反応していた。
「ねえねえ!聞いてるー⁉︎」
中々返事がない幻太郎にさらに大きな声で呼びかける一二三に、苦笑しながら近づく。一二三が作った雪だるまは手のひらサイズで少し歪だ。せっかくだから久しぶりに作ってクオリティで一二三を驚かせてやろう。
『3日くらい休みとれない?』
そう言われたのが1ヶ月前で、あれよあれよと今回の旅行が決まった。雪が見たい、静かなところでゆっくりしたいと駅から距離のある場所にある古民家を借りたらしい。庭がついていて、五右衛門風呂もついている。一二三いわく「田舎のおばあちゃん家」的な場所を探したとのことだ。
「いやー、ほんとにいいとこだね」
こたつに入りみかんを剥いてお茶をすすりながら一二三が言うのに、幻太郎はふふ、と笑いが込み上げてしまう。
「なに?」
「いえ、先ほども思ったのですが……所帯染みていて面白くて」
「ウケるとこじゃなくね?」
「十分ウケますよ」
変なの、とみかんを口に入れる一二三を見てまた笑みが溢れる。派手な見た目なのでこたつにみかん姿だと浮いて見えるのが面白い。
「それでいうと幻太郎は……なんかしっくり来るね」
「おや何を言います。英国王室の血を引く麿ですぞ」
「なんだっけ、あれ。どてら?とか石油ストーブとかやかんとかあればいーのにね。あれでお餅焼くんでしょ?」
「また変な知識を得てきましたね」
「えー、リアルな感じでいいじゃん。石油ストーブに石油入れたりとかしたかったなー」
「あんなの臭いもするし寒いし面倒なだけですよ」
「……ふーん。そんなもんかあ」
少し間のあいた相槌に、今のは少し失敗したかも、と幻太郎は不自然にならないように話題を変えた。一二三もその話題に乗ってくれたので会話をしながら内心ホッとする。
「幻太郎って北の方の人なの?」
いつだったか、こんなことを言われた。昔のことはあまり話したくなくて、その時は煙に巻くようにしたのだが、一二三は不審に思っただろう。その時は何故か動揺して、自分でも情けないほどに下手な嘘をついた。
多分迷ったのだ。さほど関係ない人物に言われても軽く流せたものだったが、仮にもお付き合いをしている一二三には本当のことを言うべきか、言った方がいいのは分かるが踏ん切りがつかず迷いが出てしまった。
それから出自のことは聞かれたことはないが、今回北ではないが雪国を旅先に選んだことは何かしら意図があるのだろう。言いたくないわけではないのだが、幻太郎にとって雪国で過ごした話は温かくも少し痛みを伴うものだから、もう少しだけ時間が欲しかった。
※
「この落ちているものはなんだろう?」
次の日、少しは観光でも、と有名な城と庭園に向かう最中、一二三が呟いた。
これも幻太郎からすれば当たり前の光景ではあったが、一二三には珍しいらしい。
「ゴミじゃないよね?ずっと落ちてるし……」
「融雪剤ですよ。雪を溶かしたり凍結するのを防ぐんです」
「なるほど、じゃあ意図的に撒かれているってことだね?」
観光名所に行くのでジャケットを羽織っている一二三がわくわくした様子で幻太郎を見る。こういうところを見ると、ジャケットあるなしは関係なく一二三だな、と思う。
「すごい、こっちの階段にはござが敷かれてる。これも滑り防止、ってことだよね」
「そうです。あるなしじゃ全然違いますよ」
「うん、本当だ」
嬉々としてござを踏んで階段を登っている。そうして見えた城は雪化粧も相まって真っ白だった。
「見事なものだね」
「ええ……これは綺麗ですね」
城を眺めているとカシャ、とシャッター音が聞こえる。見ればスマートフォンを構えた一二三が。
「何してるんですか」
「あまりにも絵になっていたからね」
「答えになってませんよ」
「まあいいじゃないか。素敵な恋人を写真に残しておきたいと思うのは変じゃないだろう?」
「……やめてください。こんなところで」
言って一二三に持たれた手を引き抜いた。
「ふふ、じゃあ後で、だね」
後でってなんだ、と言い返そうとしたときには既に一二三は背を向け城の中へ向かっていて、幻太郎は一つ息をつくと後に続いた。
あまり歴史に興味があるイメージはなかったが、解説を真剣に読む姿が意外で、そればかり見てしまった。気がつけば一周していて、城の知識というよりは自分の知らない一二三の姿を見るのに集中してしまった。
観光名所を見終わると、家の庭で雪遊びしたいから帰ろうというので途中スーパーに寄ってから帰った。初日は雪道を歩くのも一苦労だった一二三だが、2日目にして慣れた様子だった。
だが、これだけ雪が積もっているのに平気で軒下を歩こうとするし、雪を落とす側溝にはまりそうになるしで幻太郎は気が気じゃなかった。
幻太郎は雪道のプロだね、なんて言われて、反応に困ってしまう。こんなの、雪国育ちからすれば当たり前だからだ。だけど、それが言えなくて幻太郎はまた変な間を作ってしまう。そんな幻太郎に気づいているだろうに、一二三は気にする様子もなく幻太郎に注意されたように、軒下と側溝を避けて、滑らないように早足でパタパタ歩いていく。
天気は常に曇りか雨か雪だったが、寒さはあまりない。お昼ご飯を家でゆっくり食べてから、一二三は庭でまた雪だるまを作ったり、まっさらな場所に足跡をつけるのに忙しそうだ。
一緒にはやらないが、軒先で温かいお茶を飲みながらその姿を見ていることにした。
まるで犬みたく走り回る一二三に、いつかの自分を重ねる。ひたすら大きな雪だるまを作ろうと一生懸命になったし、作った雪玉が大きすぎて上に持ち上げられず、おじいさんとおばあさんを呼んだこともあった。
かまくらは雪山に穴を掘るのがとにかく難しかった。掘り進めると山自体が崩れて何度も何度も作り直した。結局子ども一人分すら入れるかまくらは作れたことがなかった。
都会にいればあまり思い出すことのないことがどんどん頭の中に浮かんでくる。幻太郎にとって暖かくて、ちょっとだけチクリとする思い出たちだ。
「げんたろー!ちょっと来てー!」
今日も鼻を赤くして雪だるま製作に励んでいた一二三からお呼びがかかる。
「でかく作りすぎた!ちょい手伝ってー!」
いつの間にかかなり大きな雪玉が作られていて、一二三の足元に転がっていた。なるほど、あれは経験したからわかるが相当重い。
「ずいぶん大きく作りましたね」
「だっしょー?ただ持ち上がんなくてさあ」
「雪玉って重いですしね」
「そーそー。でもこれ乗せて雪だるまにしたいから手伝って!」
「はいはい、分かりました」
せーの、の掛け声で持ち上げ、乗せる。おじいさんとおばあさんと自分とやっとで持ち上げたものが、今は一二三と2人で難なく持ち上がったことでふいに時の流れを感じた。自分はあの時の2人より大きくなったし力も強くなった。雪玉を持ち上げるのに手伝う側になったのだ。
そう思っている間にも、一二三がどこからか見つけてきた石と枝を使って顔を完成させていく。
「この庭に枝なんてあったんですね」
「ちょっと掘ったら見つかった!」
じゃじゃーん、完成!と一二三が腕を広げた。綺麗な丸ではなくぼこぼこしているが、雪だるまだ。
「ビギナーにしては上出来っしょ?」
「……そうですね、まあいいんじゃないですか」
「お、幻太郎からのお墨付きいただきましたー!」
「そこまでは言ってません」
楽しそうにくふくふ笑う一二三を見て、幻太郎は急に一二三に聞いて欲しくなってしまった。かつて自分も同じようなことをしていたと。
「……昔小生もよく作りました、雪だるま。石とか枝ってこの雪だと中々見つからないんですよね。だからあなたラッキーですよ」
「もう少し寒ければつららもあったんですけどね。住んでいた場所がもう少し北だったので寒くて、よくつららを持っては雪だるまの腕にしてました。どれだけ大きいのを見つけるかも勝負なんかして」
「かまくらは作りたいと思います?アレ結構難しいんですよ。本物を作りたいと思ったら何人か人手が必要で、土台にビールケースとか使うんですけど、小生が作りたいと言ったらおじいさんが本気にしてビールケースを集めてくれたんです。それでも作るのは難しくて、結局作れた試しがなかったんですけど」
今度はプロが作ったかまくらに入りに行きたいものです。
少し、話しすぎたか。一二三からの相槌がなかったので心配になり一二三を見てみる。
すると、なんともいえない表情で一二三がこちらを見ていた。
「……すいません。話しすぎました」
「ううん。いい。もっと話して」
「もっとって……」
戸惑っていると、一二三は少し後ろに下がってから手でフレームを作り幻太郎をその中に入れるように掲げた。
「……うん、やっぱ雪景色がめちゃくちゃ似合うよね」
「雪景色?」
「うん。そう。幻太郎には雪景色。積もった雪とか雪の足跡とか、雪かきしてる姿も想像できる」
「……そうですか」
「そう。幻太郎には雪国での生活が根付いてる感じがするよ」
一二三はまた幻太郎に近づいてから、幻太郎の両手を取った。
「ありがとね。昔のこと教えてくれて」
「いえ、別に……」
「無理くり聞き出したかったわけじゃないんだけどさ。結果的に無理させてたらごめん」
「無理はしていませんよ」
「なら良かった。でもごめん。今回さ、俺っちのなかで雪とか寒さに幻太郎が結びついちゃって。その景色の中で幻太郎を見たくて。昔の話はあんましたくなさそうだったのは知ってたんだけど、あわよくば話してくれたら嬉しいなって、思ってたの」
「……」
「だから嬉しいんだけど、やっぱごめん」
「いいです、話すと決めたのは小生ですから」
「でもちょっと痛くない?」
「……」
「そんな顔させたかったわけじゃないからさ。もう大丈夫。雪景色の幻太郎も見れたし」
「……痛い、は痛いんですけど」
「……」
「でも、あなたに聞いて欲しくなったんです。だから、聞いて欲しいです、今は」
「……ほんとに?」
「嘘ですよ、と言いたいところですが、本当です」
そっか、と笑う一二三の手を取り、幻太郎は家の中に促した。
「いったん休憩しましょう。思い出した話がいくつかあるので聞いてもらえますか?」
「うん!いっぱい聞かせて!」
一度話したら止まらなくなってきて、早く聞いて欲しかった。聞いても欲しいし、なんなら雪国自慢もしてやろう。
一二三の言う通り、どてらや石油ストーブも用意すればよかったな、なんて思いながら、それはまた次でいいか、と足取り早く家に戻るのだった。