ひふみおたおめ2023「じゃ、また来るね〜!」
最近忙しいから次来れるの1週間後だけど我慢してね!なんてふざけたように笑う一二三に、我慢出来ないのは貴方の方でしょう、なんて返せば
「うしし、その通り〜!」
とまた眩しすぎる笑顔で幻太郎の旋毛にキスを落としていった後、じゃあね!とドアを閉めて今度こそ出て行った。
普段2日と空けずに幻太郎の家を訪れる一二三の来訪が1週間後になるのは、一二三の働いているお店でのバースデーイベントがあるからだ。ホストやキャバ嬢などの水商売で働いている人たちはよくお店用の誕生日を用意したり、毎年週末に合わせたりすると聞いたりもするが一二三の誕生日は本当の誕生日だという。
そういうところも真摯に仕事に向き合う一二三らしく好ましく思う一方、近しい人物が当日に祝えなくなるのはいかがなものだろう、とついつい幻太郎は考えてしまう。
幻太郎としては、誕生日というのは自分自身はわりとどうでもいいが、周りの人間にとっては日頃の感謝や思いを伝えるいい機会だと考えている。誕生日にかこつけて、とは言葉があんまりだが、こういったきっかけがないと中々思いを伝えるのが難しいのだ。
一方、一二三はというと、お祝いごとやイベントは大好きようで、幻太郎の誕生日にはそれはもう盛大に祝ってくれた。(ポッセとの約束もあったが、1日の半分ちょうだい、と言われたので予定を空けたのだ)
まあ、一二三は誕生日というきっかけがなくてもいつも色々な人に思いを伝えてはいるが。
そんな一二三は、自身の誕生日にはそりゃあ盛大に祝ってほしいなどと言ってくるかとも思ったのだが、そんなことはなかった。
幻太郎と一緒で自身の誕生日を特に何とも思っていない…というか自分でめでたいと思っているわけではないようで、お客さんや周りが言うなら、祝いたいと思う気持ちを尊重せねば、のような価値観のようで、つまり何が言いたいかというと。
「小生に祝われるなんて微塵も思ってないのが癪ですね……」
今年の一二三の誕生日はおりしも金曜日。週末前なのでイベント後もかき入れ時であり、誕生日の翌日にも会うことが難しい。
付き合って初めての誕生日であるため幻太郎もそれとなく予定を確認したところ、普通に仕事、と返されてしまった。自分の誕生日のことは忘れてしまったのか?と思うぐらい普通に返されてしまったのだが、そう思った次の瞬間には、バーイベで忙しいからその週と明けくらいまでは会えないや、と付け加えられた。
月曜も何かあるのか、と問えば、店のホスト仲間や黒服達とバーイベ延長戦をやるとかなんとか。それも一二三主催などではなく、周りがやりたがって一二三を誘ったとかなのだろう。そしてその次の週末は久々に休みで麻天狼のメンツと食事なのだとか。このタイミングということは、おそらく一二三の誕生日のお祝いなのだろう。
そんな話が続くものだから、幻太郎は自分との時間もお祝いの時間にするつもりだろうと考えた。しかし、結論から言うと一二三の口から誕生日、という言葉は一言も出てこなかった。週明け落ち着いたら会おうね、それまで家散らかすなよ〜?なんて軽口を叩いた後、食事を作りに幻太郎の家のキッチンへ向かっていったのだ。
その時からなんとなく面白くないような気がして、こうなれば絶対に祝ってやるものかなんて思いもしたのだが、彼のお店のアカウントで上がる、イベントへ向けての一二三の姿を見ると、何とも言えない気分になってしまう。一二三の客や知り合いからのコメントを見ると、彼がどれだけ周りから必要とされ愛されているかがよくわかる。きっと一二三もそれを重々承知しているからこそ、その想いに報いたいが故にお店での仕事に精を出すのだ。つくづく眩しい人だ、と幻太郎はスマホを閉じる。
一体自分に何が出来るだろう。
それから数日後、一二三のバースデーイベントは無事終わったようで、直接お店には行っていないがSNS上では大変な盛り上がりを見せていて、思わず気圧されてしまう。
飲み過ぎ注意ですよ、いい歳なんですから、とテキストで送ってみれば、りょ!なんて軽い返事とスタンプが送られてきたのでいつもと変わらないやり取りがされて、それから明後日にはやっと会えるね、楽しみ!と送られたものにはなんの変哲もないスタンプを送るのが精一杯だった。
※
そして迎えた約束の日。結局誕生日を祝うのか祝わないのか、祝うとしたら何をあげられるのかを決められないままこの日を迎えてしまった。幻太郎の心配をよそに一二三は
「ちっちっちーす!ゆめのん久しぶり〜!」
元気してた〜?なんて軽い口調で言いながら、勝手知ったる、といった様子で幻太郎の家に上がり冷蔵庫に食材を詰め込んでいく。見ての通り元気モリモリです、と返事をして、そのまま食事を作り始める一二三の背中を見るためにダイニングに腰掛けた。
1週間ぶりに見るその背中は変わらず幻太郎の胃袋も心も満たすためにせかせかと動き回っている。なんだか少し痩せたような気がして以前の彼と比較しようと思い出そうとしていると、ふいに一二三が振り向いた。
「そんなに熱い視線もらったら照れちゃうよ〜」
「なっ、ばっ、何のはなし、」
「じーっと見てるでしょ。さすがに気付くって〜」
心配しなくてもゆめのんの好物作ってるから安心しな!なんて見当違いも甚だしいセリフを言って、また作業に戻っていく。薄々感じてはいたがこの男、鈍いし何より自分に期待していないのだ。他人に期待しないことは社会で生きていくためにある意味必要なスキルではあると思う。しかし、こんなにあからさまに何も望まれていないとなると、そんなに甲斐性無しに見えるのかだとか不本意な思いと、少しばかり不安が募ってくる。
結局幻太郎はせっかく一二三が作ってくれた特製の昼食も大して味わうことなく食べてしまった。
「……あれ、貴方時間は大丈夫なんですか?」
「へ?」
「もう出勤の時間じゃないですか?支度は?」
幻太郎の言葉に一二三は怪訝な表情を浮かべた。その顔はなんだ、何か変なことを言っただろうか。疑問符を浮かべる幻太郎に一二三はちょっとこっち来て、と幻太郎をソファーに座らせ向かい合う姿勢をとった。両手は一二三に握られたままである。
「幻太郎、今日ずっと変だけどなんかあった?」
「変?別にいつも通り嘘も冴え渡っていたはずですが」
「いや、その嘘も今日一個もついてないよ」
超心配なんだけど、と真顔の一二三に、その心配の仕方は失礼じゃないかと思うが嘘をつくのは自身のアイデンティティでもあるので、それが今日発揮されていないというのは由々しき事態である。
「今日休みって言ったけど覚えてない?つーかずっとぼーっとしてるけどどしたん?」
何でもない、なんて言っても絶対に信じてくれなさそうな雰囲気の一二三を前に、なんと告げればいいかわからない。確かにいつもよりぼうっとしていたのは否めないし、じつは誕生日を祝いたいが、プレゼントが思いつかなくて当日今この時だってどうしようと考えているなんて、恥ずかしすぎて言えるわけがなかった。
「な……」
「なんでもない、はナシね」
「……久しぶりに会うのでどんな話をすればいいか分からなくなってしまって」
微妙に本気っぽい理由を添えれば引くかも、と踏んで幻太郎は言ってみるが、一二三はまじまじと顔を見つめてきたかと思うと、あとは?と聞いてきた。
「あとはって……それが理由なんですからもうないですよ」
「はい嘘。そんな分かりやすい嘘すぐわかっちゃうよ。ほんと調子悪そうだね」
「そうです調子悪いんで問い詰めるのはよしてくださいな」
「……会えない間に心変わりでもしちゃった?」
ポツリと小さな声で一二三がつぶやく。そんなこと、とすぐに否定しようとするがその表情が本当に寂しそうでチクリと胸が痛んだ。
「あはは、マジ?」
すぐに返答が出来なかった空白を肯定の意に捉えてしまったようで、一二三は眉を下げて悲しげな表情を浮かべていた。
「いえ、あの……」
「得意の嘘にしては出来すぎじゃない?嘘じゃないっぽいじゃん」
「違います、ただ……」
「ただなに?ほんとにらしくないよ、嘘ですけど、が全然出てこないし」
否定したいのにうまく言葉にならない、そんな幻太郎の様子にも気付かないのか気付けないのか一方的に話をまとめて無理やり納得しようとする一二三に拉致が明かない、と幻太郎は机をだん、とひとつ叩いた。
「び、びっくりした……」
「あ、貴方が人の話を聞かないからでしょう……!」
「……ごめん」
「いえ、元はといえば小生の態度が貴方を不安にさせてしまったようなので。謝るのはこちらですね」
「え……どうしたの幻太郎、素直すぎて怖い……」
ほんとに調子悪いの、だったら横になった方がいいんじゃ、と本当に体調の心配をし始める一二三に、幻太郎はひとつ息を吐いた。
「……悩んでいることがあるんです」
「へ、ああ、うん」
「先日ある人の誕生日だったんですけど、そもそも誕生日を祝うべきなのか、祝うとしたら小生は何をあげられるか、と考えていました」
「そっか……。その人とは仲良しなの?」
幻太郎の悩みに寄り添い一緒に考えようとしてくれる一二三は、まさか自分のことだと思ってもいないようでそれがまた幻太郎を悩ませた。しかし丁度いい、と色々質問してみることにした。
「仲良し……まあ、悪くはないと思います。小生の誕生日も祝ってもらったのですが、その人自身はあまり誕生日を意識してないようでして。あまり派手にしても迷惑かもしれないのですが、無視するわけにもいかない等々考えてしまうと分からなくなってしまって……」
「なるほどね。色々考えると分かんなくなるのはそうだよね~」
「貴方なら、どう考えますか?」
「俺っち……」
「誕生日プレゼントは欲しいと思いますか?欲しいと思うなら、何が欲しいですか?」
「……ん~、そうだなあ……」
目を閉じて顎に手をあてて考え込んだ。しばらく考えたあと、目を開けて幻太郎を見た。
「てかさあ」
「はい」
「それ、相手誰なの?男?女?」
「答えることで回答が変わりますか?」
「変わるっつーか」
幻太郎をそこまで悩ます相手って誰なの?って思ったらさあ……、と面白くなさそうに口を尖らせる一二三に、そこは嫉妬するのか、と幻太郎はふふ、と軽く笑う。
「なに、全然面白くねーんだけど!」
つーか相手誰、と先程よりも剣呑な雰囲気で聞いてくる一二三に、幻太郎は口を開いた。
「実は小生、その方とお付き合いしておりまして。誕生日の後今日初めて会えたんですよ」
「へ?」
「誕生日祝いをしていいのか、した方がいいのか柄にもなく考え込んでしまって。もういっそ本人に聞いてみようと思い立ったわけです」
「え、ええ~~~~~!」
幻太郎の言葉に一二三は大層驚いた様子で声をあげた。
「え、てゆーか幻太郎俺っちの誕生日知ってたん!?」
「失礼な。しっかりきっかり存じ上げておりましたよ」
「そんな気配なかったじゃん!」
「誕生日を知ってる気配とは」
「いや、まあ確かにそうだけどさあ……!」
どゆこと、誕生日?と一二三が頭を抱え始めたので、本当に失礼な人だなと思いながらもこんなところでつまずいていられないのでそれを遮る。
「そういうことで、誕生日。改めて聞きますがどうなんですか?」
「……」
「相手もはっきりしたところですし、お答えいただきますよ」
「……いや~~。俺っちだったかあ……。幻太郎が誕生日覚えてくれてたのでもう嬉しいんだけど…」
「それだけでは小生の気が済みません」
「じゃあ、ここで誕生日プレゼント欲しがってもいいの?」
「小生に用意できるものに限りますが」
「それは大丈夫。むしろ幻太郎にしか出来ないよ」
そんなものあるだろうか?幻太郎の疑問は思いきり顔に出たようで、一二三は軽く笑った。
「幻太郎の、時間をちょうだい」
「時間……?」
「うん、そう。あ、もちろん何よりも俺っちを最優先して、とかじゃなくてさ。仕事やポッセの活動はあるだろうからそれはそれとして。何もないときとか、ふとしたとき時間が空いたら、それを俺っちにくれたら嬉しい」
「……今までとどう違うんでしょう」
「……へ?」
「今までもそうしてきたので変わりないなと思ったまでで……」
「そっかあ、……それはすごい殺し文句だね……」
「……?」
「ううん!俺っちそれすげー嬉しい」
「……よく分かりませんが、そんなものでいいのであれば、どうぞ」
幻太郎が言うと、一二三は泣きそうな顔をしたのでそれに幻太郎は驚いてしまう。
「なんなんですか、貴方」
「……この気持ちが分からないなんて作家先生もまだまだだね」
「かわいくないことを言うのはこの口ですか」
一二三の頬を軽く引っ張ると、いでで、と呟いた一二三は続けて口を開いた。
「他人に自分の時間を割くってさ、大人になると貴重なことだと思うわけ」
「……まあ、そうですね」
「俺っちの誕生日を祝ってくれる人たちは、物もそうだけど自分の時間を俺っちにくれてるわけじゃん。プレゼント選ぶ時間とか、会いに来てくれる時間とか。みんな暇じゃない中で」
「……」
「それが嬉しいな~と思う反面、申し訳ないな~とも思うわけ。だからそれに見合う時間になるように俺っちも頑張ってるんだけど、今幻太郎にねだったのは、そういう対価を考えずにねだったんだよ。だから幻太郎が俺っちにあげる時間は、もしかしたら幻太郎にとってはつまんないし見合わないかもしれな……って痛い痛い、今度はなに!?」
話している最中の一二三の頬を先程とは比べ物にならないくらいの強さで引っ張った。
「なにすんの!」
「こちらの台詞です!黙って話を聞いていれば対価がどうとか……貴方、小生がそんなに物欲的に見えているのですか」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「いいですよ」
「なに?」
「小生の時間、貴方にあげます。たとえその時間が楽しくなくても喧嘩で終わっても、何も文句はありません。たまには何かを与えることから解放されてもいいのではないですか。それでも小生は、貴方から何ももらえていないと思いはしないでしょうし」
「……え、マジ?」
「……」
恥ずかしくなった幻太郎はよっこいせ、と立ち上がり一二三から距離を取る。
「さて、どうやら物はいらないとのことですからケーキは小生が食べてしまいましょうかね」
「えっ!ケーキまであんの!?」
「ないですよ、貴方には」
そんなこと言わないでよ〜!と一二三は冷蔵庫に向かう幻太郎のあとをついてきた。
「アイスケーキか、どーりで冷蔵の方にはなかったわけだ」
「……」
結局、誕生日をお祝い出来ているのかわからないな、と思いながらアイスケーキを皿に移していると一二三の手が上から重なってきた。
「ありがとね。幻太郎からたくさんプレゼントもらっちった」
「……こんなに手応えがないなんて」
「幻太郎にはわかんなくていーよ。俺っちが覚えてて、嬉しいから」
アイスケーキも久々だなー!と明るく言ってあっという間に二つ皿を持ってテーブルに移動する一二三に、再現性がないじゃないですか、と呟く。
「なんでもいーの。俺っち幻太郎ならなんでもいーから」
嬉しそうに笑う一二三の笑顔がキラキラしていて、画面越しなんかじゃなく傍で見たいと思っていたものだったので、まあいいか、と一二三の隣に座った。
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