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    なすずみ

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    なすずみ

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    本当に趣味注意!!
    追記 ちょっと手直し

    ##果物

    果物とピンチ痛い。
    頭が痛い。両腕が重い。刃を受けた脚がじくじくと痛む。
    呼吸が詰まる。喉が掠れる。
    寒い。寒い。寒い。


    はっと意識が浮上する。灰色の天井が見えた。
    「昔」と声を出す。「死にかけた時の夢見たぜ」
    「奇遇だな、俺もだ」
    隣から声が返ってくる。蜜柑の声だ。
    「真似するなよ」
    「檸檬、お前こそ」
    ふっと同時に息を漏らす。
    「まあ、今も絶賛」
    「ああ、死にかけだけどな」

    特にヘマをしたわけではない。ただ、敵の数があまりに多かった。数刻前に蜜柑と分断され、檸檬は一人で数十人と対峙する羽目になっていた。
    強い相手ではない、それでも多勢に無勢だ。小さなダメージは確実に蓄積して、最後の一人の胸を右手が貫くと同時に限界が来た。
    脚が動かなくなり、その場に崩れ落ちる。冷や汗が出て、耳鳴りがした。なんとか収めようと深く呼吸をする。息を吸って、吐いて、吸う。感覚が僅かに戻り、その隙に全神経を尖らせ辺りの気配を探った。
    生きた人間の気配はない。全員殺し終えたのだろう、依頼達成だ。
    片手を持ち上げると側に転がっていた死体にぶつかった。それに体重を掛けて、無理矢理立ち上がる。蜜柑のところに向かわなければならない。はぐれた場合建物の入り口で待ち合わせ、ということになっていた。
    身体を引き摺って廊下へ続く扉に向かう。廃ビルの埃で今更咳き込んだ。過度な運動で喉が痛い。水が欲しいと強く思った。

    ぎっ、と扉の軋む音がした。顔を上げる。呼吸を乱した蜜柑の姿があった。
    「檸檬」無事か、と言外に問う。
    「蜜柑」
    相棒の様相を改める。檸檬と同様にダメージは大きいようで、あちらこちらから出血が確認できる。頬からは血が流れ、戦闘の中で破けて繊維を千切られたジャケットは、赤黒く上塗りされ元の色が分からなくなっていた。膨大な返り血と、返り討ちの痕跡だ。
    廊下に出た瞬間、二人ともその場に倒れ込んだ。ちょっと休憩、というわけではない。これ以上、もう一歩も動けなかった。

    一人一人の力は弱くても、皆が力を合わせれば一体の大きな敵を倒せる。
    いい話だな。泣けるな。
    天井を眺めながら、檸檬は瞬きをする。
    痛みに耐えかね、自ら頭を撃った人間を数多く見てきた。標的が勝手に死んでくれるなら好都合かと思いきや、あれは案外厄介だ。尋問の時にうっかりやられて大変だった。
    懐の拳銃に意識を向ける。弾は、確かあと一発残っている。蜜柑も一、二発残っているはずだ。根拠は無いが、蜜柑は大抵弾を残す戦い方をする。それに、今回はかなりの近接戦になった。たぶん蜜柑も途中からナイフに切り替えただろう。
    己に対して武器を使うつもりはさらさら無かったが、蜜柑にもその気配がないことを、当然にも意外にも思う。効率重視の蜜柑ならやりかねないと思ったのだ。どの道死ぬならこの時間が無駄だろう、はいさようなら。そんな具合に頭に銃口を向けてあっさり引き金を引く姿が、想像できるようなできないような。実際似たことを言って、誰かを殺していた気がする。あれ、いや、俺が殺したんだったか。
    朧げな記憶を辿りながら、隣に転がる蜜柑に目を向けた。視界は少し霞んでいるが、身体がこちら側を向いているため、幸いというべきか表情が確認できた。
    無表情は相変わらずだが、虚ろな目は明らかに焦点が合っていない。少し俯いているせいで影が落ち、余計に昏い目に見えた。薄く開いた口から浅い呼吸を繰り返している。
    「おい、生きてるか」
    一拍置いて声が返る。
    「生きてる」
    そうか、と返事をする。声が出たかは定かじゃなかった。
    全身が重い。指の感覚がもう無い。コンクリートの冷たさが、身体を侵食している気がする。さてどうしようか。どうしようもこうしようもないが。
    弾はある。しかし、やっぱり死のうとは思えない。どのみち死ぬのだ。それに、死んだら復活できないじゃないか。困るな、そう思いながらも瞼の重さに抗えない。思考が絡まったまま溶けていく。天井が狭まってゆき、視界が黒く閉じる。

    そのとき、強烈な衝撃が走った。

    貫くような痛みが脳に届いて、意識が覚醒する。遅れて理解する。蜜柑が脛に思い切り爪先を落としてきたのだ。

    「殺す気かよ!」
    「『それかみはそのひとりごをたまふほどによをあいしたまへり、すべてをしんずるもののほろびずして、とわのいのちをえんためなり。われらにたいするかみのあいをわれらすでにしり、かつしんず。かみは愛なり』」

    檸檬の訴えを無視して、蜜柑はぼそぼそと聞き取り辛いなにかを零した。
    言い終わり、その身体を起こそうと試みる。が、途中でがくんと肘が折れる。受け身が間に合わず、肩がコンクリートに打ち付けられた。遅れてべしゃりと音を立て、血溜まりに掌が落ちる。蜜柑はぎり、と歯を噛んだ。

    「俺たちに救いは来ない」

    少し掠れた、喉の奥から搾り出されたような声が、檸檬のぼやけた鼓膜にすっと届く。
    蜜柑は身体の向きを変えた。うつ伏せになり、もう一度ぐっと肘に力を込めて上半身を起こす。額から滴る血液がぼたぼたとコンクリートに落ち、血溜まりを広げていく。
    ああ、と思った。そうだったそうだった、こんなところで寝てる場合じゃなかったんだ。早く帰って、トーマス君を見るという大事な予定がある。俺は準備がいいから、ちゃんと録画の予約をしてきたんだ。
    檸檬は仰向けのまま、脚に力を込める。地面を蹴って身体を転がした。腕を立て、息を詰めて、一気に上体を起こす。
    「いッ」
    痛い。脚の先から脳天まで貫くような痛みだ。骨が軋む感覚がする。というか、今の衝撃で折れた気がする。痛い。死にかけだったさっきまでの方が楽じゃないか。命があるぶん痛いなんて、おかしいんじゃないのか。

    なんとか立ち上がる。呼吸すら苦痛だった。しかし、ここでじっとしていだところで、助けは来ないのだ。気力を振り絞って、一歩を踏み出す。蜜柑は既に立ち上がって、壁に体重を預けていた。
    「檸檬」
    「おう」
    伸ばされた腕を取る。背に回し、自分も同じように肩を借りる。
    あの時より、と檸檬は思った。あの時より楽なのかどうかは分からない。支えてるんだか支えられているんだか分からなくて、身体が重いことには変わりない。
    でも、俺たちだったら、復活できる。復活するのだ。何度でも。

    後日。
    標的の数を悪意たっぷりに伏せていたその依頼人は、報酬を貰った後きちんと殺した。
    幸いそれほど権力のある人間でなかったため、後々の依頼への影響や、報復への懸念は少ないだろうという判断である。舐めた真似をされそのままにしておいては評判に関わるから、とは蜜柑の談だ。アタッシュケースを受け取ってから、「ところで」と長い引用を始めたときのぽかんとした依頼人の顔は、なかなか愉快だった。
    空を仰ぐ。拳を天に突き出して、ぐっと伸びをした。
    完全復活だ。流石はいつかの檸檬Z。
    「蜜柑、お前も蜜柑Zな」
    「何だ、それは」
    「お、トーマス君のガシャポンじゃねえか」
    「何がZなんだ。おい、話を聞け」
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