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この摩訶不思議なDDDバースでも新年を迎え、
数日経った1月6日。
まだまだ正月気分の抜けない大王たちが待つ食卓の中央に置かれたのは、大きくて丸い、美しい模様が入れられたパイだった。こんがりと焼き目のついたパイの芳ばしい香りが大王たちの鼻をくすぐる。
切り分けるためのナイフや皿を持ってきたメタナイトとエスカルゴンがパイの説明を始めた。
「本日のこちらのおやつは、ガレット・デ・ロワといいます」
「がれっとでろあ?」
「新年をお祝いするために食べる焼菓子でゲスよ。1月6日にコレを切り分けて大勢で食べるという風習がどっかにあるらしいでゲス。中にはアーモンドクリームが入ってるでゲスよ」
「へぇえ〜、表面の細かい模様がキレイだな」
「ここ数日栗きんとんや紅白饅頭、お餅も甘い味付けのものをたくさん召し上がっていただきましたが和風な甘味が数日続きましたからね。日付もちょうど良いですし、趣向を変えて焼いたのです」
「なら早く切ってよこすぞい!」
「美味しそうじゃい〜」
テキパキとした手つきで等分に切り分けられ、ひときれを除いて手渡されていく。問題なく行き渡ったのを見るとメタナイトが再び口を開いた。何人かは既にパイを食べ始めている。
「実はですね、このパイの中には一つだけアタリが入っているのですよ」
「「アタリ??」」
「えぇ。本来はフェーブという小さな小さな陶器の人形をひとつ入れて、切り分けた中でそれに当たった人が「王様」になるとか。今回は代用品として使われるアーモンドをひと粒忍ばせました!」
それを聞いて、何人かの大王は自分に渡された分の中にアーモンドが入っているか確認し始めた。…手が止まったのが一人。
「ま〜別にアタリなんか引かなくたって、皆さん元々「大王」なんでゲスから。単なる運だめしみたいなもんだと思って下さいでゲス」
何気なしにエスカルゴンが放ったその言葉を聞いた🍡は、何か思いついたのかニヤニヤしながらその場にいる全員に向けて口を開いた。
「いやいや、1人だけアタリ引いた奴が「王様」なら、そいつがいちばん偉いっちゅー事になるよな?なら今日一日、そいつの言う事は絶対やな」
それを聞いた🍙と🏰は咄嗟に吹き出しかけたがぐっと堪え、口の中のものを飲み込んだ。
「っ……オジキはまたそういう荒れそうな提案を…」
「じゃ、じゃあ俺がアタリ引いたら、あに…みんなに何でも命令していいってことだよな?!?」
「旦那くん?!」
二人はほぼ同時に喋ったのだが、その内容はまるで正反対だ。その会話に📺も加わってくる。
「じゃあここはワシが「王様」になってやるぞい!!」
「ちょっ…別にコレ王様ゲーム的なやつじゃないでゲスよ?!」
エスカルゴンのツッコミも流され、もうすっかり「王様」が誰なのか探す流れになっていた。
「ん〜オレさまのには入ってなかったデ」
「わがはいのもじゃい。…というかわがはいの分のサイズだと、入ってないの一目瞭然じゃな」
「ワシのもハズレだな。陛下ちゃんはどうだ?」
「何にも入ってなかったぞい!!!」
「オ、オレのにも無かっ…オイまさかおっさん、最初から自分のに入ってるの確認してからあんな事言い出したんじゃ無いだろうな?!?!?!」
「何言うてんねんそんなセコい真似わがはいがする訳ないやろ嫌やわー」
「どうだか!!だとしたら無効だかんな!?」
「も〜疑り深いなぁ。ホレ見ぃ、わがはいのには入っとらんで」
「…え?ホントだ、じゃあ誰が「アタリ」を…あ」
「ん?」
「おっ」
そこで一同の視線が一斉に、一箇所に集まる。
…先程から妙にそわそわしていた🍖がおそるおそる手を挙げ、注目されながらようやく口を開いた。
「……あー、入ってたんだけどよ。
…そうとは知らず、もう最初に食っちまった」
受け取って説明を受ける前の一口目で、たったひと粒のアタリを既に味わっていたのだった。
…そうして全員がパイを食べ終えた。
アタリを仕込んだ二人は皿やカトラリーを片付け、後片付けのためキッチンに行ってしまった。
…そしてオレはいま取り囲まれ、リビングの真ん中に座らされている。解放してもらえるのはまだ少し先のようだ。食べた後は少し昼寝がしたかったんだが…。
「……あの、お嬢さん…別にオレこういうのは…」
「な〜に言うとんねん、せっかくアタリ引いた「王様」に何の権利も無いとかつまらんやろが。誰かさんがごっつ羨ましそうに見とるで?」
「…食う前に分かってたら旦那に譲ったのに」
「なっ…ばっ…ゴホン、こういう運試し系はな、当てた後に譲るとかそういうのじゃねェんだ。そこは素直に受け取っとけよ、オレは別にいいから」
「…表情からはそうは見えねえけど……あと陛下ちゃんも乗り気なのか。珍しいな」
「フン、当たった時の条件を了承した上で食べたのだから仕方の無いこと。ひとつくらいなら考えてやらんこともないから多少は遠慮しろぞい」
「…譲歩してくれてるようで何よりだ」
「いやーアタリ引いたのがバカ犬で良かったデ!おっちゃんとかへーかちゃんが引いてたらろくでもないことになってたデ。何して遊びたいデ?」
「……本人を前にそんなハッキリと………」
「まぁワンちゃん、この際何でも気軽に言ってみるじゃい。例えちっちゃな望みでも、わがはい達にできる範囲で叶えてやるじゃい」
「………おう」
「犬くん。改まって言うのも何だが…いつでも、何だってチカラになるからな。それは今日に限った話じゃないし、皆もおなじ気持ちだ」
「……あぁ、ありが、とう……」
…せっかくの「王様」なのにオレがいつまで経っても何の要求も出さないから、皆が思い思いの優しさを伝えてくれた。…何だかすごくむず痒い。
これは本当に、何か1つずつでも「命令」しないと場が収まらないんじゃないだろうか。
でも…今は別に、おやつ食べたばかりでハラもいっぱいだし。今日も寒いから皆をどこかへ連れ出すようなこともあまりしたくない。欲しい物も…今は思いつかない。
だってわざわざ要求なんてしなくても。
充分満たされているから。
…皆が傍にいてくれるなら、それだけで。
「………あ、そうだ」
ひとつだけ思いついてオレがようやく口を開くと、即座にお嬢さんが反応してきた。
「やっと何か思いついたんか?」
「おう。よく聞けお前ら。
オレ…いや、オレさまは……」
全員が言葉の続きを待ってこちらを見ている。
そこでオレは、勢いよくその場に寝転んだ。
皆の表情が、突然のことに驚いているものに変わる。オレは寝返りをうち、皆に背中を向けながら言葉を続けた。
「…美味いもの食べて腹がいっぱいで、さっきからずっと眠たいんだ。だからこれから昼寝する。だけど……」
ぬくぬくとした幸せと温かさにまどろみながら。
自分がこれから言おうとしている事が、照れくさくて恥ずかしくて。表情だけでも見られないよう、身体ごと顔を背けながら。
…横になった途端、なんだか瞼が重くなってきたけど…これだけは言わないと。
「……その間、オレさまの傍に居ろ」
「……!」
「…………、………」
「…………………」
…誰かが何か言っている気がするが、急激に閉じていく瞼が重くて重くて…聞きとれない。
けど…まぁいいか。「命令」はもう言ったし。
このまま、あったかいこの場所で……。
「…別に何してようが…構わねえけど…………起きるまでの間………居て……欲し……、…………………」
「…ん?……ワンちゃん?」
途中まで照れくさそうに言っていたワンちゃんの言葉が、突然途切れ途切れになり最後は黙り込んだ。わがはいたちの返事もちゃんと聞いとるのかわからんし。
一体どんな顔しとんねん、と思って正面まで行って覗きこんだら。
「……………Zzz」
とてもとても幸せそうな、
満ち足りた顔をして眠ってた。
しばらくして、片付けを全て終えてリビングに戻ってきた従者の二人が見たのは、真ん中の🍖に寄り添うようにぬくぬくと、揃って仲良く昼寝をしている大王たちだった。
「あらあら、まぁ」
「…まったく仲がよろしいようでゲスな」
「ふふ、良いじゃありませんか。暖房は充分に効いていますが、皆さまに掛けるものを持ってきましょう」
ガレットというのは平たくて丸い焼菓子のこと。
そしてロワとは「王たち」という意味。
本来は、太陽やひまわり、月桂樹の模様を模して作られたガレットを切り分けた後、フェーブが当たった者には紙で作った王冠が授けられる。そしてその「王様」には1年間の幸運が約束されるのだ。
そして、切り分けた最後のひときれには手をつけずに、その家にその後一番初めにやって来た来訪者にお裾分けするというしきたりがある。
…けれどここにいるのは、アタリなんか引かなくても元から全員「大王」なのだ。それに最後のひときれを食べる者…この家に最初に訪れる者なんて決まりきっている。…そろそろおやつを欲した「番人」がこっそり覗きに来る時間なので、既にそのひときれは飲み物と一緒に、窓の近くに添えてあった。
ひとつの菓子を分け合った王たちに、この先1年と言わず長きにわたる幸運が、等しく訪れることを祈って。
その日の晩。
時刻は22:00を過ぎた頃。
オレは寝る前に水を飲むためキッチンに居た。
晩飯のあと、いつもの様に外へ帰ろうとしたら「しばらくは中で寝ろ」と数人がかりで引き止められたので、リビングの隅に仮の寝床を用意してもらったのだ。コタツの中で寝るのは何故か禁止されてしまい電源が切られている。
…もしかすると全員が正月気分で居るうちは、外の気候も冬仕様なのかもしれない。仕組みなんて分からないが、何日かすればまた前のように天気が安定した、暖かい気候に戻るだろう。
そうしたら、また……
「ワンちゃん」
廊下に人の気配がしたかと思えば、振り返るとキッチンの入口にお嬢さんが立っていた。
「何だ?」
「…………別にぃ」
…本当になんなんだ。
用がないのにそんな所に立つか?
さてこの後、どう話を続けるのが正解なのか…と考える。オレはどうやら高確率でこういう時に選択を間違えるらしいので、言葉は慎重に選ばなければ。
…そこでふと、昼間の一連の流れで疑問に思った事を思い出した。
せっかくなので聞いてみることにする。
「…なぁお嬢さん。
オレがあの時…アタリを既に食ってたの知ってて、あんな事言いだしたんだろ」
「……あんなんたまたまやって。たまたま気まぐれで思いついたから提案したのにワンちゃんがもう食べてもうてた〜なんて。わがはいには知る術が無いやん」
「……どうだか」
あのあと気づいたことがあるのだ。
オレのあの時の初めの一口。アタリと知らず噛み砕いたアーモンド…幸せをかみしめていた咀嚼。…それが隣に座っていたお嬢さんに聞こえていたんじゃないか、と。
ただ、本当に聞こえていたのかどうかはお嬢さん本人にしか分からない。
はぐらかすのならそこまで根掘り葉掘り聞き出す気は無かったので、それ以上お嬢さんから話が無いのなら…と目線を離し、空になっていたコップを置く。
扇子で表情の見えないお嬢さんの横を通り抜け、キッチンを出た所で…やはり後ろから呼び止められた。
「ワンちゃん」
「…だから何だよさっきから」
「………今日一日、まだ終わってへんけど」
「?」
言われて時計に目をやると、22時をまわっている。…日付が変わるまでは確かにまだ少し時間がある。
そしてオレは「今日一日」という言葉を聞いて、あの時お嬢さんが言ったことを思い出した。
『アタリ引いた奴が「王様」なら、そいつがいちばん偉いっちゅー事になるよな?』
…『なら今日一日、そいつの言う事は絶対やな』
…オレがアタリ食ったの分かってて言ったって事でいいんだよな、やっぱり。それをこんな夜、これから寝静まる時間に思い出させるような真似をして。
……一体こんな時間に二人きりで、
オレに何を「言って」欲しいって?
「………そういう事かよ、素直じゃねえな」
「ん〜何の事や、検討つかへんなぁー」
「……「今日1日」は、「王様」の言う事は絶対だって、自分で言ったんだもんな?」
「………」
「最初からそのつもりだったんならもっと早く言えよ」
「だからわがはい何にも知らんけど〜?なんの事や〜?」
あくまで知らぬ存ぜぬを突き通すつもりらしい。今日はいつにも増してツンが増しているようだ。そっちから声をかけてきたくせに…本当にしょうがねえな。
「…分かったよ、言えば良いんだろオレさまから。
…このあと、部屋、行かせろ。」
態度はツンツンしてるけど、日付が変わるまでは…どんなことでも「絶対」聞いてくれるんだもんな?
「……おーせの通りに。お好きにどーぞ」
…目線を逸らし扇子で表情を隠しながら返事を返したお嬢さんに、このあとどんな「命令」をしてやろうかと…あれこれ思案を巡らせるのだった。
🍖が命令する話
おわり