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    sushiwoyokose

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    5/5超全空2024で配っていた無配小説2こめ!

    String of fateユリウスが隠し持つ特技はいくつもあるが、中でも「モノの修理」は殊更秀でた能力だと思う。物事の探究を趣味とするおかげか、じっと眺めているうちになぜ壊れているかがわかってしまうのだ。無論手遅れということも大いにあるが、大抵のものはユリウスに預ければ元気を取り戻して戻ってくる。時計や剣、鎧も然り。三姉妹はアクセサリーを直してもらっていたりした。それこそ騎士団寮の明かりや倉庫の建て付けも、何度彼に手を入れてもらったか知れない。
    「……どうだ?」
    「ふむ。見た限り直りそうではあるが」
    「なにか難があるのか」
    「問題があるとすれば私だな。全てにおいて感心が勝ってしまっていけない。あっちこっちと興味が移るから、なかなか手の狙いが定まらなくってね」
    「はぁ」
    「いやはや、近年稀に見る素晴らしい技巧だよ親友殿。見事なまでの絡繰だ。実に貴重な品物であるとお見受けする。やりがいもある上学びも多いとくればもう文句のつけようもない。結構な品を掘り出したものだねぇ、君の審美眼も捨てた物ではないということかな。いや、褒めるとするなら良縁を引き寄せる幸運のほうか」
    好奇心が溢れると、興奮が包み隠さず早口に現れるのは昔から変わらない。ああだこうだと蘊蓄を流し続ける男に呆れたような相槌を打ちつつ、楽しげな顔を眺めるのを密かな楽しみにしていると言ったら、きっと奇特だなんだと揶揄われるのだろう。
    古紙の香りに満ちた、我が国における叡智の殿堂。主人を取り戻した研究室で、俺とユリウスは古めかしいオルゴールと睨めっこをしている。おんぼろの絡繰を研究室に持ち込んだのは俺だった。警備の巡回中、街中で開かれていた市を眺めているうちに、何となく目が離せなくなってついつい手に取ってしまった衝動買いの逸品である。壊れて動かないが中々の芸術品、とは露天商の口車だが、なるほど確かに精巧なオルゴールだ。木箱に囲われた機構の上に緻密なジオラマが組まれており、それを僅かに色づいた球体のガラスが覆っている。どこか、サンダードームを彷彿とさせる形には親近感があった。ところどころ色が褪せているせいで一見すると古めかしいが、年季とはすなわち味と言えよう。ヴィンテージの小物としては素晴らしい出来栄え……なんて、一丁前な感想は親友殿の受け売りでしかないのだが。
    剣と鎧以外にこれといった興味を持たない俺がこの「芸術品」を手に取った理由は様々だ。英雄の来訪に背を伸ばした店主が、壊れているが修理をする余地があると言ったから。うっすらと燻むガラスの中に閉じ込められたジオラマが、見事な葡萄畑だったから。畑の中には小屋と人影が二つ。二人のどちらもが剣を携えていたのもいい。もしかすると、エクレールとアストリスを模しているのかもしれない……というのは一つ懸念事項だった。言い出したのは陛下と言え、俺たちは英雄の姿に己が罪を押し隠そうとしたのである。果たしてこれを手元に置いておいてよいものだろうか。いや、そんな俺たちだからこそ置いておくべきなのか。長い葛藤を経て、結局一番の決め手は直らなくとも気にならない安値が付いていたことかもしれない。オルゴールは無事俺の手中に収まり、共に巡回に当たっていた三姉妹……主にメイムから、珍しいだの嵐が来るなどとと騒ぎ立てられながら城に戻ってきた。騒ぎを聞いてふらりと現れたユリウスが、嬉々とした顔で「直してもいいかい」と聞いてきたものだから、あまりに思い通りで笑ってしまったのは言うまでもない。
    「ほら、親友殿も見てみるといい」
    目利きがぴたりと当たった喜びを噛み締めながら、手招きをする嬉しそうな瞳につられて木箱の中を覗き込む。煌々と光る読書灯に照らされ、暗闇の中はよく見えた。なるほど、箱の中は想像もつかぬほど複雑怪奇に混雑をしている。端の方にある金属の円柱がオルゴールの部品だろうが、そのほかのネジや歯車、パイプなどは一体何のためのものなのか。俺の頭では見当もつかない。
    「通りで重いわけだ。驚いたな、オルゴールというのはこんなにも緻密な作りをしているのか」
    「いいや。音を鳴らすだけなら、もう少し簡素な作りで済むさ。いくらこれがアンティークの品といっても、大袈裟な装置というほかないね」
    「……? これは普通ではないと?」
    首を傾げて顔を上げれば、良くぞ聞いてくれたと言わんばかりの勝ち誇った笑みと視線がぶつかった。口喧嘩の途中で見るこの顔は即ち劣勢の合図だが、今この時においては彼が俺の気まぐれを目一杯に楽しんでくれている証拠といえよう。機械油で汚れた指先が、意気揚々とジオラマのほうを指し示す。葡萄畑の中に埋まるようにして建つ小さな小屋。どうもユリウスは、その小屋が怪しいと言いたいらしい。
    「ほとんどのパーツがこの小屋に繋がっているんだよ。パイプはなんだかさっぱりだが、小さい歯車があちこちに仕込んであるあたり、どうもオルゴールと連動するらしい。音が鳴るとジオラマの方に何か動きが出るんだろう」
    「そんな器用なことができるのか」
    「推論に過ぎないがね。どうにか動かして答え合わせをするとしよう。ふふ、実に好みにあった珍品をどうもありがとう親友殿。礼は何がいい?」
    「別にいいさ。お前が楽しめそうならそれで」
    「ふ……、言うと思った。わざわざ私の趣味嗜好を考えて買い付けてきたんだろう? そこに対価を払いたいんだが、一度否と言った君の態度が覆ることもないからな」
    優しい瞳が俺を眺めている。昔から、ユリウスはなにかと律儀な男だ。土産を持ち帰れば必ず返礼を戻し、この態度は誰に対しても変わらない。思えば遠い昔の日、夜襲に遭った城を守ってくれたのだってサンドイッチへの対価だった。無償の愛を知らずに育った彼にとって、利のない一方的な贈り物というのは理解に苦しむ慣習だったのだろう。彼が返礼品を返さずに、ありがとうとはにかむだけで贈り物を受け取ってくれるようになったのはごく最近のこと。少しずつ愛を啄ませている成果が出てきているのだと思いたい。
    「では、お言葉に甘えてありがたく頂戴するよ。仕事の合間の楽しみとしてじっくり研究を重ねるとしよう。礼の代わりだ、直ったら一番に知らせるからね」
    「ああ、そうしてくれ。喜んでくれてよかった、寄り道はするものだな」
    「またいい物を見つけたら頼むよ。午後はまた外へ出るのかい?」
    「いや、書類を片付けるから城にいる。……そうだ、確認を貰いたい書面があるんだった。しばらく研究室にいるか?」
    「いや、対策本部室へ頼む。打ち合わせがあってね、このあと籠る予定なんだ」
    「わかった。……オルゴール、直るといいな」
    「直して見せるさ。私を誰だと思っているんだい」
    「聡明快活な親友殿だよ」
    一朝一夕に終わる修理でないというのなら、仕事の手をこれ以上止めるわけにもいかない。丸椅子から立ち上がり剣を背負うと、てきぱきと細かなパーツを片付け始めたユリウスがひらひらと軽やかに手を振ってくれる。また、と気軽に言葉にできる喜びも随分薄れてきてしまった。毎日側にいることのできる幸福を噛み締めなくてはと自戒する一方で、当たり前であるほうがよほどいいと頷く自分も確かにある。離別も喪失も考えなくていい、なんとも平穏な時間が続いているのだ。守るための行動は惜しまずとも、必要以上に暗く怯える必要もないだろう。
    「じゃあ、あとでな」
    「ああ、待っているよ」
    分厚い研究室の扉を開けると、石畳に囲われた荘厳な空気が肺の中身を上書きする。いつか覗いた小窓をちらりと見やれば、友は片付けの手を止めてしげしげとオルゴールを眺めていた。

            ◇
    それからしばらく。宵の帳が落ち切った真夜中、控えめなノックと共に執務室に滑り込んできたのは、親友と件のオルゴールだった。
    「直ったのか?」
    「どうにかね。いやはや、まさか2ヶ月もかかるとは思わなかったが」
    「そんなに経つか。確かに、お前にしては大苦戦だ」
    「パーツの入れ替えは順調に終わったんだよ。それをどう動かすか、機構の調査でえらく時間を食った。まぁ、直ったと言って実はまだ完全ではないんだがね。最後の仕上げが残っている」
    「仕上げ?」
    「君に任せたいのさ。その前に……まず、蘊蓄を一ついかがかな」
    「ふ、何かわかったと言う顔だな? 聞かせてくれ、珍しく俺も興味がある」
    勝手知ったる執務室と言った調子で、ユリウスは乱雑にソファへ身体を投げ打った。楽しげな顔に手招きされてしまえば、筆を執る手は止めざるを得ない。うっかり夜中まで働いてしまったが、急ぎの仕事というわけでもないのだ。インクが乾かぬ様に瓶の蓋を閉め、筆は小ぶりな水瓶につけておく。向かいに座るか隣に座るか一瞬迷い、結局隣に沈み込んだ。存外がっしりとした腰を抱き寄せて、掌に乗る絡繰を覗く。
    「結論から言うと、これはエクレール時代の土産物らしい」
    「じゃあ、本当に骨董品だったのか? ガラクタと言って相違ない値段だったぞ」
    「壊れたままならそうだったろうさ。ふふ、私や君に出会ったあたりこの絡繰は運が良かったね」
    得意げな顔で、ユリウスは木箱から飛び出すレバーをそうっと前へ漕ぎ出した。カラカラ、カラカラ、と何度か空回りの音が響いた後、繊細で優しい鈴の様な音がシンプルなメロディを奏で始める。
    「おお……、綺麗に鳴るじゃないか。あんなにギコギコと危うい音を鳴らしていたのに、流石は親友殿」
    「ふふ、そうだろう? 機構を調べてもちんぷんかんぷんだったから、まずこの音だけを直して鳴らしていたんだがね。そうしたら、音色でジェノ殿が釣れたんだ」
    「釣れたと言うと?」
    「このメロディを知っていたのさ。ワーウルフは超がつくほどの長命だ。彼はエクレールやアストリスに可愛がられていたんだよ」
    「……! もしかして、これの現物を見たことがあったと?」
    「その通り」
    オルゴールの音色はからころと続く。上に乗るユリウスの上機嫌な声は、柔らかな旧い音によく馴染んだ。
    「君も知っての通りレヴィオンは長らく厳格な軍事国家であって、あまり国同士の交友を結んでこなかった国だが、温泉地だけは旅の中継地として旅人が寄りつく隙があった。そういった貴重な客人の中には、旅路の途中で負った怪我を湯治で癒そうと長く滞在する者がいたそうでね」
    「ほう……。そういえばこの間商工会で聞いたな。昔の温泉地では、一ヶ月単位での宿泊が常だったとかなんとか」
    「元気な仲間がポート・ブリーズへ買い出しに行く間、負傷者だけがレヴィオンに留まって戻ってきた仲間に回収される……というような流れも一般的だったそうだね。ともかく、そういうふうに長い周期で旅のものが居着くと、ひっそりと異国の文化が流れ込んでくるものなんだ」
    緩やかな音は、息継ぎの静寂を絶え間なく繋いでいく。皆の寝静まる夜中に、喧しいだろうか。だが微かで愛らしい囀りを止める気には到底なれない。幸い、俺の執務室の周りは部屋の類があまりないのだ。耳をすませば聞こえるかもしれないが、誰かの眠りを邪魔するほどこの音は遠くへ届かないだろう。
    「このオルゴールの原型は、バルツから来た技術者夫婦が置いていった絡繰装置らしい。長年の大工仕事が元で腕を痛めた旦那が、小旅行がてら奥方を連れて温泉旅に来ていたんだと」
    「バルツの職人か。なるほど……これだけ精巧な仕組みも技術者が噛んでいるなら頷ける。ジェノ殿はその夫婦に会ったことが?」
    「ああ、同じ時期に温泉街に滞在していたと言っていた。ワーウルフは物珍しい種族だから、旅人から引っ張りだこだったんだろうさ。中でもこの夫婦は可愛いもの好きで、めっぽう可愛がられていたらしい」
    「ジェノ殿を可愛がる、とは……。なかなか豪胆な夫婦とお見受けする」
    「ふふ、気風のいいドラフ夫婦だったようだからね。逞しい戦士にも子犬の時代があったということさ。さて彼が言うには、夫妻が置いていった絡繰はオルゴールの上で小さな人形が踊るものだった。それを町人が面白がって研究し、このドーム型の土産が完成したらしい。何百年と経った今、奇しくも似た形の土産が開発されたのは偶然が必然か、あるいは企画者の誰かがこの存在を知っていたか……」
    「おい親友殿? それを考えだしたら夜が終わるんじゃないか」
    「おっと、そうだね。私を心得た忠告をどうも」
    ユリウスの手がレバーから離れると、軽やかな音色はぴたりとその音を止めてしまった。じっと友の手をのぞき込むが、艶やかに磨かれたガラスの中、よくできたジオラマに今のところ変化はないように思う。
    「それで、仕上げというのは?」
    「何、君の得意分野だよ。弱い電流が欲しいんだ。大雑把に説明すると、このオルゴールの機構はすべてレバーに紐づいた歯車で稼働する。ここを回すと、回転の力で僅かにエネルギーが生まれるんだ。発生したエネルギーは中央部に埋められた小さな雷華晶に伝搬する。雷華晶はもともと雷を蓄えているからね、仄かな力を外から加えてやると、雷が外へ滲み出る性質があるんだが……」
    「力が力の誘い水になるやつか。雷華晶を魔導士が好んで杖に加工する理由だったな」
    「さすが騎士団長殿、武具への知見は抜け目ない。つまり、この絡繰は魔力で動く実に最先端のつくりをしているんだよ。魔力を伝導させる仕組みが複雑だったが故、すぐさま答えを出すことができなかったが、ジェノ殿から当時の思い出を元にしたアドバイスをいただけたおかげでどうにかなったというわけさ」
    ユリウスの手が、オルゴールの側面にある小扉を引き開けた。中からむき出しの銅線のようなものが飛び出している。ここに電流を流せということだろう。
    「どのくらい流せばいい?」
    「私に悪戯をする程度、かな。勢いあまって壊さないでくれたまえよ」
    「お前の努力を無駄にはしないさ」
    柔く、金属に指先を当てる。そうっと、そうっと。少しでも本気を出そうものなら、絡繰を持つユリウスにも怪我を負わせてしまいかねない。
    「よ……っ……」
    呼吸をひとつ。吸ったところで喉を閉じ、細い呼気と共に弱く魔力を放出する。パチパチっと静電気の音が弾けたと同時。友の手に収まった絡繰の中、葡萄畑に細かな雨が降り始めた。
    「あ、雨が降ってるぞ!」
    「ふははは、大成功だよ親友殿! 前に覗いた時、機構の中にパイプが通っていたのを覚えているかね? あそこに水を入れておいて遊ぶんだ。魔力を通すことで霧雨を産み、絡繰の中で雨を降らせる。更に……」
    友がレバーに手をかけて回すと、再び軽やかな音色が部屋の中で踊り始める。先ほど違うのは、畑の中に佇む小屋が煌々と窓を光らせていることだ。暖かな色合いの明かりはチカチカと明滅を繰り返している。古さゆえの故障かと思ったが、よくよく見ていると付いたり消えたりの間隔が規則的だ。もしかすると、我が国や英雄と切り離すことができない雷を表しているのかもしれない。
    「すごい仕掛けだな……。あの露天商、きちんと動くこれを見せたら気絶するかもしれないぞ」
    「ふふふ。まぁ、貴重であるとはいえ大衆向けに流行った玩具の一つさ。宝物として価値を付けるには至らないだろう」
    「そういうものか?」
    「我が国における宝は大概が戦果に繋がる武具だろう? 天雷剣しかり、星の零涙しかり。だがモノの価値というのは手に取る者によって異なる。……民草にとっての私と、君にとっての私が違うように」
    元来の働きを取り戻した玩具を目線の高さで掲げながら、ユリウスは笑う。寂しい笑顔ではない。優しい笑顔だ。俺にとってどれほどこの絆が特別であるかを、きちんと理解している顔。星を宿し、赤を増した瞳がガラスから零れる光を反射して瞬いている。このきらめきは希望の色だ。
    「ジェノ殿が言っていた。私と君はやはりエクレールやアストリスに似ていると」
    「……」
    「ふふ、怖い顔をするなよ雷迅卿。英雄という意味ではないさ。何か困難があるときに、必ず手を取って二人で向かう。そういう一心同体の考えが、彼らにもあったそうなんだ」
    煌めく瞳が今度は俺を振り返る。オルゴールを見つめるふりをしてずっと友を眺めていたことなどお見通しなんだろう。不思議な妖艶さを持つ美しい視線は、俺の目線を捕らえると無邪気にくっと三日月に欠けた。
    「あらかたの修理が終わって、電撃が必要となったとき。では親友殿を呼ばなくてはと思ったんだ。ふふっ、強い力が必要なわけではなしに、私だってある程度なら魔力を出すことができるのにね。ジェノ殿に指摘されるまで、ほかの選択肢など微塵も浮かばなかった」
    「ふ……。確かに、雷の力にここまで事欠かない国もないからな。ミイムをはじめ騎士団員にも雷の魔法が得意という人間は多い。やろうと思えば、空からもらうことだってできるだろう?」
    「出力の調整は必要だがね」
    ユリウスの手がレバーを離す。音が止むと、伴って光や霧雨も少しずつ動きを鈍らせていった。一度エネルギーを足してやると、以降はレバーを動かすかどうかが動作の引き金になるらしい。部屋に静寂が戻るが、心臓が早鐘を打つせいで頭の中は喧しかった。くすくすと喉を鳴らす男がこれから何を言おうとしているか、少しの推測がついている。照れたように色づく頬、少し勇気を振り絞っている顔。たぶん、愛をくれるのだと思う。
    「私にとっての雷は君だ。それに、せっかく選んできてくれた品だろう? 一緒に直せると思ったら、柄にもなく嬉しくなってしまったのさ。私の知見と君の力。いつだか言ったろう? 二人でなら何でもできるって。それを体現する宝になるだろうと」
    ユリウスの言う通り。雷華晶に溜まった力を誘発するだけなら一人でだってできただろう。今までの彼ならそうしていた。咄嗟に俺を思い浮かべたのはきっと、頼ることを覚えてくれたから。
    よかった、と、暖かな安堵が胸を支配する。死の覚悟を生きる決意に転換させたのは俺だ。彼が笑えるように、彼が幸せでいられるように、何より俺が動かねばなるまいとこれまで手探りで進んできた。一度は嘘で葬られた「二人で」という約束を改めて契って貰えるなどと、気を抜けば目が潤みそうになる。
    「お前は……変わったな」
    「ふふ。変えられたのさ」
    「……後悔、してるか?」
    「いいや。……今をとびきり気に入っている」
    細くなった瞳が嬉しそうに笑う。心の底からの無邪気な笑顔。今まで見てきた友の顔の中で、一番の幸福に彩られたそれに我慢が効かなくなる。英雄の前というのも構わず、微笑む唇を貪った。食らいつくような勢いを負けずに押しとどめ、ユリウスは喉を鳴らしながら口づけに答えてくれる。幸せだ。こんなに一緒で、これからも一緒。そう思うだけで、血が巡る。
    「……英雄が見ていると言うのに情熱的だね?」
    「人形だろ。……見届け人と思えば丁度よくもある」
    「まったくねぇ。浪漫があるんだか、ないんだか」
    血色の良くなった頬を相変わらず笑顔で飾りながら、ユリウスは飽きずにオルゴールのレバーを回す。夜に馴染む柔らかい音は、先ほどよりも上機嫌に聞こえる。それはまるで、密かに心を紡いでいる俺たちを祝っているかのようだった。
    【完】
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