ツキシマ君の彼女最近オープンしたカフェはショートケーキが美味しいらしい、という噂を聞いて、早速彼氏のケイ君を誘ってみた。
ショートケーキか好きな彼に熱弁しながらも、頭の中では(人多そうだし嫌って言いそうだなぁ…)と思っていたけれど、そんな私の悩みも他所に「別にいいけど」とぶっきらぼうに言ったケイ君の顔は少しだけ嬉しそうで。
やっぱり好きなものとなると違うんだなぁ、と笑みがこぼれる。
次のオフの日ね、と約束をして迎えたデートの日。
開店したばかりのカフェには行列が出来ていて、あ、これはダメなやつかな…とケイ君の顔を窺えば、やはり少し嫌そうな顔をしていた。
「ケイ君…、また別の日にしよ?人多いし」
「なんで。前から楽しみにしてたんでしょ。別に1時間くらい並ぶわけじゃないんだし良いよ。ほら行くよ」
そう言って私の手を引きながら最後尾に並んでくれて、心がじんわりと温かくなった。
数分ほど並んで入った店内は女性客が多く、所々に恋人同士の姿も見える。
ケイ君はこういう雰囲気も苦手だったよね…大丈夫かな…と少しヒヤリとしながら彼の顔を見上げれば、店内の甘い香りに浮き足立ったようにそわそわしている様子で。
やっぱりケイ君も楽しみにしてたんだねぇ、と微笑ましい気持ちになったけれど、顔に出すと怒られそうなので我慢した。
案内されたのはテラス席。
暖かい春の風を感じながらお話する時間はとても楽しくて、目の前に運ばれてきたケーキも色鮮やかで心が躍る。
「可愛い〜!ケイ君、一緒に来てくれてありがとね!」
「…別に、僕も気になってたし。たまにはこんな休みも良い、かもね」
ぶっきらぼうに努めているケイ君の頬がいつもより緩んでいるように見えて、あぁこの顔も好きだなぁと思う。
そうして少しの時間カフェでくつろいでいると、隣のテーブルに案内された女の子が、「…ケイ?え、やっぱりケイじゃん!久しぶり〜!」と可愛らしい声で話しかけてきた。
ケイ、って、ケイ君の事だよね?
話しかけてきた子を見上げると、ふんわりと巻いた髪とピンク色のリップが似合う可憐な女の子が立っていた。
誰だろう…ケイ君の知り合い…?
少しだけモヤモヤしながらケイ君の反応を窺っていると、女の子の方に顔を向けた彼が「あ、」と何かに気付いたように声を上げる。
「…久しぶり」
「中学卒業ぶりじゃん〜!てか全然連絡くれないじゃん!寂しいんだけど〜!」
中学の同級生?幼なじみ?
いろんな関係性が頭を駆け巡って、「その子は誰?」と聞きたいのに言葉が出てこない。
すると私に気づいた女の子が「…あれ?もしかして彼女?」と首を傾げている。
「うん、彼女。今デート中」
だから邪魔しないで、と言外に滲ませるケイ君が立ち上がりながら「食べ終わったし、出よっか」と動き出すので私も付いて行く。
チラリと見た女の子の瞳は冷えているように見えて、なんとなく嫌な予感がした。
カフェを出てショッピングモールに向かう道すがら、明らかにいつもより口数が少ないケイ君。
さっきの女の子のことがあってから、少し様子がおかしい気がする。
私もあの女の子のことが気になるし…、と隣を歩くケイ君に声をかけた。
「さっきの子、幼なじみとか?」
「あぁ…うん、中学まで一緒だった。でもそれだけだし、心配するような事は何もないから。…不安にさせてごめん」
「、!そんなつもりで言ったわけじゃ…!」
「嘘。不安だって顔に書いてあるよ」
慌てる私の頬を柔くつまみながら、「大丈夫、僕が好きなのは君だけだから」と、さらっと言うケイ君に恥ずかしくなってしまう。
でも恥ずかしいのは私だけじゃないようで、じわじわと顔を赤くしたケイ君がぷいっと前を向いた。
そして繋がれた手はいつもより熱く感じて、胸の奥がきゅん、と甘く痺れた。
私が知らないケイ君を知っているあの子にどうしても嫉妬してしまうけれど、「心配するような事はなにもない」、と言うケイ君の言葉を信じてみようと思う。
そしていつも通りの日常が過ぎていく中、ふと気付いた。
最近、ケイ君と一緒に帰れてないよね…?
それは定期テストの期間中、はたまた体育館のメンテナンスでバレー部の活動がない日、ケイ君と帰れるはずの日に、「ごめん予定あるから先帰ってて」、そう言われて1人で帰る日が続いていた。
妙な違和感を覚えながら、抱えきれなくなった日の昼休みにケイ君に会いに行った。
「ケイ君、なんか最近忙しい…?」
「あー、うん…ごめん…、…実はさ」
話しづらそうに、珍しく言葉を濁らせるケイ君の話によると、以前カフェで会った幼なじみさんのご家庭が大変で、早めに帰れる日はそちらに時間を使っているとの事だった。
…知らなかった。そんなこと、全然話してくれないんだもん。
「…そ、うなんだ」
「でも本当にやましい事なんてないから。あいつの家が落ち着いたら僕も時間作れるから、待ってて。…ごめん」
どんな事情があるかなんて、人それぞれなんだから深く追求するつもりなんてない。
でも、彼女より幼なじみを優先する事情って何なんだろう。
こんな事でケイ君を嫌いになったりしないし、これからも信用しているけれど、一度生まれてしまったモヤモヤはすぐには消えてくれない。
言葉では「分かった」って言ったけれど、何となく辛いなぁ、と思った。
そしてその日の放課後、図書室で資料を選んでいると、ふと窓の外に向けた視線の先にケイ君が見えた。
今日も早く帰る日だったんだ…。
歩みの先に目を向ければ、校門に他校の制服の女の子が見えて、「あの幼なじみの子だ、」と、認識した瞬間、心臓がどくん、と嫌な音を立てた。
苦しくて仕方ない、目を閉じて胸の痛みに耐える。
…少し落ち着いた、と恐る恐る目を開くと、視線の先にあった2人の姿はすでに見えなくなっていた。
日課にしている放課後の勉強も、今日はする気になれない。
早めに帰って休もう、と帰路に着いたのに、こんな日に限って母親からの頼まれ事があるのを思い出す。
「商店街…ちょっと遠いのにな…、」
家とは違う方向に歩きながら、足取り重く目的地までの道を進んだ。
無事目的のものを購入して帰ろうかと顔を上げた時、嫌なものを見てしまった。
ケイ君と幼なじみの子だ。
並び立つその姿はどう見てもお似合いで。
すらりとした長身で華やかなケイ君と、明るく楽しそうに笑う可愛い女の子。
誰が見たって、微笑ましい恋人同士だと思うだろう。
そして聞こえてくる声。
「昔からケイは変わんないよね~!」
…私の知らないケイ君を知っているあの子に嫉妬だらけの自分に呆れる。
信じて、心配しないで、と言うケイ君を信じられなくなっている自分にも呆れる。
…なんか。
昔のケイ君を知ってるあの子の方が、ケイ君のことをちゃんと理解して、付き合ってあげられるんじゃない?
そう思った瞬間、自分があのカッコよくて大好きなケイ君の彼女でいる意味が分からなくなってしまった。
…なんか、もう疲れたなぁ。
可愛い、好きって言ってくれた声も表情も思い出せるのに、それを信じられるほどの自信はもう残っていないみたい。
チラリと向けた目線の先、ケイ君と目が合った気がしたけれど、辛さに耐えるべく目を逸らした私にはケイ君の表情までは気付くことは出来なかった。
翌日のこと。
ケイ君に会う気にはなれなくてひたすら避けた。
やはり昨日目が合っていたのは気の所為ではなくて、私と話すべく探し回っていると聞いた。
教室に入って来ようとする姿が見えれば、無理やり先生への質問を考えて職員室に向かったし、お昼は逃げるように裏庭へ向かった。
そして放課後、とにかく早く帰ろうと準備をしていると、ケイ君の幼なじみであるヤマグチ君から声を掛けられた。
「あ、あの、ツッキーと話をして貰えない、かな? 」
「…どうして?」
「ツッキーの様子が変なんだよね…。何となく上の空で、今日なんかソワソワしてて」
「…ふぅん」
「あの、…ツッキーと付き合ってるん、だよね?」
その言葉に、胸の奥で燻っていた激しい感情が燃え上がるのを感じた。
「…ッ、そうだよ、私はケイ君後ほど彼女だよ。でも、ケイ君は今、幼なじみの子に付きっきりなの、ヤマグチ君も知ってる子でしょ?…それに、彼女として相応しいのは、きっとあの子だよ」
「…えっ」
「幼なじみって素敵な関係だよね。私もいるの、佐藤くんって男の子。今日からその人と帰るつもりだから、」
放っておいて、と続けようとした言葉は、
「佐藤って誰。」
ケイ君の低く響くような声に遮られた。
一切甘さのない、今まで見た事もないような暗い瞳に体が強ばる。
「……ケイ君には関係ないから、」
「は?意味わかんないんだけど。君は僕の彼女でしょ、関係ないなんてこと、…ッ」
ケイ君の言葉を聞きながら、あまりの理不尽さに涙が滲む。
そう。
ケイ君の彼女は私でしょう?
でも、もう、
「…もう彼女で居る自信ない…放っておいて」
クラスメイト達の視線が痛い。
別れ話に発展するとしても、こんな目立つ場所でなんて絶対嫌。
私の言葉に呆然としているケイ君を置いて、鞄を引っ掴んで教室を出る。
現役の運動部に勝てるわけなんてない、そんな事分かっているけれど、とにかく逃げたくて全速力で走った。
結局私がケイ君に捕まったのは、学校から数メートルしか離れていない公園前だった。
「捕まえた。とりあえず話そう、誤解解きたい」
「……ッ、、」
酷い息切れで喋る事もままならない私と違って、私を捕まえるべく走っても息を切らしていないケイ君。
しかも、酸欠でくらくらする頭で足元が覚束無い私を支えてくれている。
ベンチに座らされ、渡されたお茶を喉に流し込むと少し落ち着いた。
そして落ち着くと思い出してしまう、幼なじみの女の子のこと。
そうして口を開こうとすれば、ケイ君の方から詰め寄られる。
「あのさ、君は僕の彼女でしょ。それは今までもこれからも変わんないんだけど?何で自信とかそういう話になんの。」
「……、だって、…お似合い、だし」
「……なにが」
「幼なじみの子だよ。私よりあの子の方がケイ君のこと、ちゃんと分かってそうだから」
「……、なにそれ」
熱くなる事なく、どこまでも冷静なケイ君に少しだけ悔しくなる。
「僕、信じてって言ってたよね?」
「うん、言われてた」
「心配しないで待ってて、って言ったよね?」
「………うん、」
頭では分かってたんだよ、とチラッと見上げたケイ君の顔はぶす、っと拗ねたようで。
「……あいつの方が僕の事よく分かってるって言ってたけど、それ違うから。」
「…え?」
「あいつが知ってるのは中学までの僕。
だから、バレーに必死になってる今の僕とか、普段は買い食いなんて絶対しないのにカラスノ入ってからは部活終わりに肉まん買うのが楽しみだとか、…束縛嫌いの僕が、君になら束縛されたいと思ってる事とか……こんな僕を知ってるのは彼女の君だけなんだけど。」
そこんとこ、どうなの。
あいつには見せてない僕を、君は沢山知ってんだよ。
そう言って、身長差を利用してぐい、っと距離を詰めてくる彼が、射抜くような瞳で聞いてくるから。
ケイ君の言葉と、お互いの鼻がくっつきそうな距離に顔から火が出そうなくらい熱くなっている。
何て返すのが正解…!?と必死に脳内で言葉を組みたてていると、目を伏せたケイ君が離れていく。
「……でも、君に寂しい思いをさせてたのは事実だから。…ごめん」
俯き気味のケイ君が心配になって、顔を覗き込む。そして、なんとなくの違和感。
「…どうしたの…?」
「あの幼なじみの家の事情で…って言ってたでしょ。あれ嘘だった」
「…えっ!?」
「端的に言うと、僕らを仲違いさせたくて引き離すための嘘、って事」
「…別れさせようとしてたんだ?」
「うん。…なかなか解決しないから変だなと思って、問いただだしてやっと判明したけどね」
ほんと最悪、と苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てたケイ君。
それを聞いて、私に飽きたわけじゃなかったんだね、と胸を撫で下ろす。
「…そしたらケイ君は、私の事、まだ好き、ってこと?」
「まだって何。今までもこれからもずっと好きだけど?」
ストレートな言葉をぶつけられて、心臓が跳ねてまた顔が熱くなる。
顔をパタパタと扇いでいると、手首をがしっ、と掴まれた。
「で。さっき言ってた佐藤って誰。うちの学校?同じ学年?まさか同じクラスのあの佐藤じゃないよね?」
捲し立てるように詰め寄るケイ君に後ずさりしながら、そういえばケイ君から逃げる為にと咄嗟に付いた嘘を思い出す。
ギラギラと嫉妬に揺れる瞳を間近に見ながら、ケイ君もこんな顔、するんだぁ、とどこか冷静に捉えている自分がいる。
「け、ケイ君、あれは…、ケイ君の幼なじみが羨ましくてついた嘘なの…」
「…は?」
「ご、ごめんね!悔しかったから…」
さっき幼なじみに嘘をつかれたとショックを受けていたのに、私まで嘘をついちゃうなんて、嫌われたらどうしよう、と少しだけ不安になる。
でも、この気持ちは本当だからと、ケイ君の綺麗な瞳を真っ直ぐ見つめながら伝える。
「私が一緒に帰りたいなと思う男の子は、彼氏のケイ君だけだよ」
そう言うと、じわじわとケイ君の顔が赤くなっていくのが見て取れた。
色白だから、肌を染める赤が目立つ。
耳まで染まったところで、「ケイ君、真っ赤だね」と言うと、「うるさい」と片手で顔を隠して下を向く姿にきゅん、とする。
微笑ましい気持ちで見ていると、ゆらりと体を起こしたケイ君が「ていうか、」と私に目線を向けた。
「僕の彼女でいる自信が無いって言葉、取り消して。僕をここまで本気にした責任、ちゃんと取ってもらわないと困るし」
そうして徐々にいつもの調子を取り戻したケイ君にまた距離を詰められて、ベンチに置いたままだった右手を絡め取られた。
滑らかで華奢な指先は、男の子らしく節くれ立っていて、私の手なんかあっという間に包み込まれてしまう。
きゅ、と握りこまれた手のひらの熱さが恥ずかしくて、じわじわと私の顔も熱くなって心臓が痛い。
「…赤くなりすぎでしょ。」
ニヤニヤと意地悪そうに笑うケイ君が、唇同士がくっつくんじゃないかってくらい顔を近づけてきて、もう死んじゃいそう、と目を閉じる。
恥ずかしさに耐えるために目を閉じたのに、ふわ、と唇に当たった柔らかいものの感覚に思わず目を開いたせいで、目の前にケイ君の綺麗な顔に驚いて声が漏れた。
「何驚いてるの。今のはキス待ち顔だったでしょ。」
違う!と首を横に降ると、「まぁなんでも良いけど」と呟いてまた私の唇にキスを落とした。
「キスなんてこれから何回もするんだから、いい加減慣れてよね。…あと、君が離れるって言っても、絶対離すつもりないし覚悟しときなよ」
これから先の未来、華やかな彼と自分を見比べたり、彼にふさわしい誰がが現れたとして。
ケイ君に心を縛りつけられている私はどう足掻いてもきっと離れることなんて出来ないんだろうな、と、心がじんわりと幸せに満たされていくのを感じていた。