愛の奴隷はかく語りき「この度もご利用頂きまして誠に、誠にありがとうございました」
「――ふん、次また寄る時までに逸品を揃えておくんだな。さもなくば……」
「ええはい、もちろんでございますです。ハイ。わかっておりますとも! 大事な盾の勇者様の頼み事を聞けないなど、商売人の名誉に関わりますから!」
「わかっているなら良い。キープ代はここに置いておく。じゃあな」
今日はサクラちゃんとユキちゃんを連れ出してから買い出しのついでに、お義父さんと魔物商のテントに寄っておりますぞ。流石にフィロリアル様を中に招き入れる訳にはいきませんので二人には入口付近で待ってもらい、内心は気が進まなそうなお義父さんと俺で商品の吟味をしておりました。
先のやり取りの後、魔物商に見送られつつ、お義父さんが眉をひそめてため息混じりにテントから出てきますぞ。しかしここはまだ魔物商の商売領域。舐められまいとするお義父さんはワイルドな雰囲気はまだ解かずに、苛立ちを見せつけつつこの場を離れていかれました。
ああ、慣れぬ演技にも懸命に取り組むそのお姿! 元康は感動しております! 涙が、涙が止まりませんぞお! だぱぁ。
「……ふう、この辺ならもう俺達の姿は見られないかな? サクラちゃん、ユキちゃん、付き添いありがとう。元康くんは涙と鼻水拭こうね」
「まあ元康様! 感情豊かなのは大変結構ですが、折角のお顔が台無しですわ! こちらをお使いくださいですわ!」
「キ゛ち゛! ありがとうですぞー!」
「んー? ナオフミ、具合悪いー?」
「えっ、うーん大丈夫だけど……そうだね、ちょっと気分転換したいかも。悪いんだけど荷物を持ってユキちゃんと一緒に先帰っててくれるかな?」
「わかったー。でもモトヤスはー?」
「元康くんは俺と一緒に後からサクラちゃん達と合流するよ。匂いでサクラちゃん達のことがわかるからね。今日は野営するから、川の近くで場所を取っておいてくれるかい?」
「んー!」
「ありがとう。今日はサクラちゃんとユキちゃんが好きなものを作るからね!」
「やったー! じゃあ先帰るねー!」
おや、俺がユキちゃんに顔を拭いてもらっているとぼふんっ、と音が聞こえましたなー。どうやらサクラちゃんがフィロリアル形態になったようですぞ。
「一緒に帰ろー」
「えっ私ですか?! しかしナオフミ様と元康様は――」
「後で一緒に帰るんだってー。ね?」
「そうなのですかなお義父さん?」
「そうなんだよ元康くん」
「そ、そうなのですわね。おほんっわかりましたわ! それではユキはサクラと先に帰らせていただきますわ、ごきげんよう!」
「ごきげんようですわぞー!」
ユキちゃんも続いてぼふっ、と亜人からフィロリアル形態をとりましたぞ。サクラちゃんもユキちゃんも、とっても聞き分けの良い子に育ちましたなあ。荷物を大事そうに背に乗せて、クイーン姿が仲良く並んで二人ともすんなりと帰っていきました。
さて、ここまでするという事は……お義父さんは居たくないけれど入らなければならなかったテントの中で、とてもお辛い思いをされております。その発散を、俺がお手伝いしなければなりませんな。
「あの……元康くん、早速で悪いんだけど……お願いしても良い……かな。やっぱりちょっと辛くて……」
「俺とお義父さんの仲ですからな! わかりましたぞ! ささっどうぞこちらへ。たんまりと癒して差し上げましょう」
ほんのり頬を染めつつ、お義父さんが寄りかかってきますぞ。いつもの耳打ちする距離よりも更にぐっと近づいてくるお義父さんは、少々遠慮しつつも俺に頼ろうと歩み寄ってきてくださいます。信頼、されているとひしひし感じますな。感激ですぞ。
しかしまだお辛い気持ちの方が強いのでしょう、黒髪の隙間から覗く額には脂汗がちらちらとテカリを帯びて鈍く光っております。
「どこか腰を落ち着ける所に行きましょうか。あちらの茂みは人や魔物の気配も薄そうですな」
回りを一瞥して、ちょうど良い所を見つけました。まあどの道人払いの術はかけておきますが。HAHAHA! お義父さんには癒されることに集中して頂きたいですので!
身体をくるりとひねって茂みに移動しようとすると、片腕がくんっとグローブごと軽くひっぱられて引き留められましたぞ? どうしたのですかな?
「あ、あの……その……」
「いかがなさいましたかな?」
「ええっと、……ッ今日は、背中越しに抱きしめて欲しい、な」
「……お義父さんっ!」
なんと、お義父さん自らのリクエストですぞ! これに応えないとは男の恥! いえ、お義父さんをお慕いする者として聞かないわけにはいきません! 俺はたまらずお義父さんを抱き寄せてから、横抱きにしました。いわゆるお姫様抱っこですな。首元の匂いを堪能することも忘れません。ん~良いかほり……そのままずんずんと茂みに入っていきますぞ。
「ももも元康くんッ恥ずかしい、恥ずかしいから降ろして……!」
「何をおっしゃいますか。これからも~っと恥ずかしい事をするのですぞ? それにほら、誰も見ておりませんので、どうか俺に身を委ねてください」
「うっそれはっ、うう」
お義父さんがあまりにいじらしいので、この元康、つい意地悪をしてしまいました。ほんのり染まっていた頬は一気に真っ赤になり、お義父さんは俯いてしまいましたぞ。ぷるぷると恥ずかしさに震える黒髪の頂点にある双葉が、また愛らしいですなあ。
「~~ッなんでそんな事、言うんだよお! もういい、帰るッ」
羞恥の涙でうっすら濡れた翡翠の瞳で鋭く俺を睨んで、お義父さんが吠えました。正直その表情は……今の俺には微塵も怖くありませんぞ。何故なら。
「お義父さんそれは……より誘っておられるのですかな? 滾ってしまいますぞ」
「へっ?! どうしてそうなるんだよ! 俺は帰ろうって言って……」
「では、本当に帰ってもよろしいのですかな?」
「……うっ」
「引き留めて欲しさがひしひしと伝わって来ていたと思っておりましたので……それとも、それは俺の勘違いだったのでしょうか? それなら申し訳――」
「それは、あ、うぐ……ちが、違……ッ!」
つり上がっていたお義父さんの太眉が、段々と力なくへにゃりと目尻へ垂れていきますぞ。ああ、これでは本格的に涙が零れてしまうかもしれません。俺は背中を少し丸めてお義父さんの目元へと口付けました。ぺろりと唇を舐めるとしょっぱい涙の味がしましたな。ご自身の口から出た言葉に悔しさを覚えていらっしゃるご様子。お義父さんは大変に心お優しい方です、きっと自分の意地で俺を傷付けてしまったのではと、後悔されているのでしょう。
「……わかっておりますぞ。意地悪が過ぎましたな。こちらこそ、ごめんなさいなのですぞ」
「う゛……いや、俺の方こそ、ごめん、ね」
至近距離にある八の字に下がりつつあったお義父さんの太眉が、柔らかく緩んでいきますぞ。どうせ涙を流すなら、嬉し涙が良いと俺は思うのです。怒りや後悔の涙は何も洗い落としてはくれませんからな。快感から出てくる涙はそれはまたそそられるというかそれはこれからたっぷり流していただきたく――っと意識が逸れましたな。お義父さんに失礼ですぞ。むふむふと空想している俺の表情を、お義父さんが不安げに見つめておりました。
「元康くん、だいぶまた顔の良さが台無しの顔になっていたけど大丈夫?」
「むふッ……んん、問題ありませんぞ!」
「わ、今度は急に笑顔になった! やだゼロ距離イケメンスマイルまぶしい……」
「お義父さんの表情が和らぎましたからな! 嬉しいのですぞ」
横抱きを一度抱きなおして、眉間に額に頬に首筋に目元や鼻筋へとキスの嵐をお見舞いしますぞ! それそれそれ~ッ!
「うひゃっあははッ! もう元康くんったらくすぐったいよ!」
「ラストはここですぞ♡」
「は、んう――」
もうすっかりころころと喉から笑い声を漏らすお義父さんの口を、俺で目いっぱい塞いであげました。始めはゆっくり柔く唇を食んで、うっすら開いてきた唇に覗く歯をちろりと舐めると、おずおずと舌が差し出されましたぞ。たまらず少し強めにちゅっと吸いつけば、目を閉じているお義父さんの眉間にしわが寄りました。性急すぎたのでしょうかな……? 吸いつきを緩めますぞ。
「……んぷあ、はっはッ、もとやすくん、」
「はいですぞ」
「――――もっとっ、は、ちょうだい」
「お、おとうさ……」
「ラストだなんて、言わないで、さ。……いっぱい、ちょうだい」
なんとなんと。何かと思えば……おねだり、をされましたぞ……! そんな、とろりととろけに蕩けたまなじりで言われると俺は、俺は……我慢が効かなくなってしまいますぞーッ。
「……ッはぁ……お義父さん、俺をこれ以上煽らないで欲しいのですぞ……」
「そんな、遠慮なんて……しなくていいのに。ふふっ元康くんらしくないね?」
むっ。これはもしや俺に意地悪されたお義父さんなりの仕返しなのでしょうか? 当然、受け止めますぞ。心の扉を少しばかり開いて見せてくれる本音の欠片は、もう曇らせてはいけない大切な慈愛の感情なのですからな。
甘ーい雰囲気になったところを見計らって、茂みの中にある比較的平らなとこにお義父さんを横抱きにしたまま腰かけますぞ。ひざ裏を支えていた腕をゆっくり下すと、お義父さんは俺の股座に納まるよう背を向けて、俺の胸に頭が寄りかかるよう座りました。もちろん、お義父さんのズボンが汚れてはいけないので、胡坐をかいた俺の脚の上に座ってもらっていますぞ! 俺? 俺のは良いのです、後から汚れたところを叩いておけば大丈夫ですぞ。
「元康くんの心臓、とくとくと早くなってるね」
「それは……俺も、癒して差し上げられる事に期待をしておりますからな」
「う……その正直さ、時折見習いたいと思うよ」
「お義父さんは今のままでも充分に気持ちを出せていると思いますぞ」
「そうかな、……そうだといいな……うあっ、ちょ、っと」
お喋りもそこそこに、俺はお義父さんの腕ごと身体を抱き込みますぞ。横目に見える黒髪の双葉が可愛らしいですな。
「もっと、とおねだりをしたのは、お義父さんの方ですぞ? ――ん、ふ」
「くぁ……んん……んっ♡」
首筋を軽く掻きながらなぞって、お義父さんが上を向いたタイミングにもう一回口づけを交わしました。今度は簡単には離しませんぞ。
貴方が抱えている鬱屈や後悔、辛い思いを俺にもどうか、分け与えてくださいませんか――大好きで愛おしい、俺のお義父さん。