鍋と情はあついに限る ピンポーン♪
頼んだ通販の宅配も、来客予定も無いはずのチャイムが軽快に鳴らされる。
「こんな寒い日に……なんだろ」
部屋の住人は、やや怪訝に顔を顰めてモゾモゾと動き出す。
今日の天気予報が告げた最高気温は五度にも満たない。どの時間帯も曇りを予報されており、こういう日は部屋に引きこもるに限ると決め込んで、昼過ぎてもなお、布団のお供にモバイル端末のゲームを楽しんでいる最中だった。
うー、さむっ。モバイル端末を寝具の端に置き、仕方無く玄関へと向かう。部屋着の少しよれたスウェット姿だが、まあ構わないだろう。やや待たせてしまった、扉の向こうにいるチャイムを鳴らした客人へと声をかけた。
「はいはーい、どちら様でしょ、」
「なーおーふーみー。俺だよ、おれおれ」
「……?! 元康くん?」
聞き慣れた声だ。思わぬ客人の来訪に、急いでドアチェーンを外してガチャリと扉を開けた。
見えた外の景色は天気予報通り、やはり曇り空。ひゅう、と冷たい空気が入り込む。扉の先に立つ親しげな客人はニットキャップ、マフラー、コートに手袋としっかり防寒具を着込んでおり、白い息をほこほこと吐いては立てていた。
「ほんとは連絡してから行こうと思ったんだけどさ、寒くて鍋食べてえなあって考えてたら、自然とここまで来ちまった」
そう嬉しそうに伝える来訪者の元康は、自身の両手いっぱいに提げているレジ袋を、尚文と呼んだ部屋の住人に見せつける。半透明のビニール袋から見えるのは肉入りパック、白菜二株、ねぎ、きのこ類、たれのペットボトルなどなど。なるほど、確かに鍋の材料だ。
「うわあ沢山……! 言ってくれたら俺、買い物手伝ったのに。寒かったでしょ、さあ早く入って」
「いーのいーの、気にすんなって。んじゃお邪魔しまーす!」
客を迎え入れるために扉を大きく開くと、もう通い慣れているのか、元康はさっさと玄関に入り込んで靴を脱ぎ、勝手知ったるなんとやら、とばかりに居間へとそのまま向かっていった。
その後ろ姿の肩が、所々ぽつぽつ白く染まっている。
「……雪?」
尚文は開いた扉から顔を覗かせて、不思議に思い空を見上げると、はらはらと雪が舞い始めているではないか。
「こりゃもっと冷えるなあ……」
うう寒い寒いと、尚文は肩を竦めて玄関の扉を閉めた。
「雪降ってきてたんだね」
「そうなんだよー、ちょうど店を出た後ぐらいからちらほらとな」
寒い中歩いて来たので少々赤らんで緩んだ鼻を軽く啜り、よいしょ、と両手に提げていた買い物でパンパンになったレジ袋を床に置く。身につけていたニットキャップと手袋はコートのポケットに突っ込まれて、手際良くマフラーと共にハンガーで吊るされた。壁に掛けてある尚文のモッズコートに、元康のダウンコートが並び合う。二着並ぶと途端に生活感が出るこの定位置が、元康は内心好きなのだ。一人頷き、尚文の方へと振り向く。
「で、こりゃ鍋するしかないな! ってますます確信したわけよ」
「お鍋は良いけど、なんで俺のとこに?」
「一緒に鍋つついて食べたかったから」
「へ……」
「誰かと食べた方がより暖まるだろ? だからさ」
身軽になった元康そう言うと、スウェット姿の尚文にがばりと大袈裟に正面から抱きついた。寒かったんだぞ~とアピールをするために、わざと首元に擦り寄る。ぴたりとくっついた首筋の温かさに、冷えた頬が馴染んでいく。はあ温かい。ついでに少し匂いを嗅ぐ。
「うっわ冷た! ってか何?!」
「いやあ、そのスウェット姿ってことはさ、布団でぬくぬくしてたんだろうなあと思って。暖を分けて頂きたく……」
「もう、そういうのって前もって断りを入れるもんじゃないの?」
寒いなら暖房強めるなりしたら良いじゃないか、リモコンの場所知ってるよね? とやや呆れつつも嫌がる素振りは見せない寛容さは、スキンシップが過多気味な元康をよく知っているからだ。ふざけて抱きしめている腕の力を強めると、はいはいしょうがないなあ、なんて眉だけを動かした。
その様子に満足した元康は腕を解いて、レジ袋を漁り出す。
「なー尚文、お昼食べた?」
「そういえばまだだな……」
「じゃあさ、今からもう鍋にして食べちまおうぜ!」
「今から? ふむ、まあ予定も無いし……いいよ、お鍋にしよっか。どうせ夕飯もここで済ますんでしょ」
「やりい! よくご存じで! 尚文の料理、本当に美味いんだよなあ」
レジ袋から肉のパックを取り出して、今まで馳走になったそれはそれは元康の胃袋を掴んで離さない品々を脳裏に思い浮かべつつ、湧き出た唾液をじゅるりと啜る。今日の鍋もまた、己の腹を申し分なくいっぱいに満たしてくれるのだろうと、期待が高まっていく。
「全くもってお世辞が上手いんだから。どこにでもある家庭料理の腕前だよ」
「俺、本気だって! その、一応付き合いで人の料理を口にする機会は沢山あったけど……尚文のが一番美味い!」
「それ絶対に女の子の前で言わないで殺されるから」
ね?
真剣な目つき、かつそれを早口で釘をさす尚文は、もう一つのレジ袋から白菜を一株取り出して、すたすたと台所へ向かって行ってしまった。
「う、うん……」
怒られているわけでは決してないが、あまりの凄みに気圧される元康。
普段は柔軟な物腰の尚文だが、人間関係……とりわけ元康周りのことに関しては本人より察しが鋭い。特に、悪意に対して。
「君、女の子関係でトラブル起こしがちでしょ。ちょっとは気にしてよね」
もうスーパーの店内で気まずい思いしたくないんだから、と強めの一言が、台所からトントンと白菜を切って拵えている音の合間に飛ぶ。
「はい……その節はタイヘン、モウシワケナク……」
いろいろ省くが、元康は自身の行き過ぎた交友関係で、尚文を巻き込んだことがある。
結果、なんだかんだで今日まで縁が続いてるわけだが。
元康がらしくもなくしおしおとしょんぼりとしていると、仕方が無いなといった感じで、へこむ暇があったらコンロやお鍋用意しておいて。まだ使わない食材は冷蔵庫に入れておいてね、といつもの柔らかい声で指示が飛んできた。
「……ッ! 任せろ!」
ぱあっ、とすぐさま持ち前の明るさを取り戻した元康は、言われたとおりにてきぱき準備をしだす。それを見届けていく尚文の口元は、ふわりとして緩む。
「本当、世話が焼けるというか、放っておけないんだよなあ……」
お兄さんぶる割りには脇が甘いというか。独り言をこぼすと、切っていた白菜の水気を手際よく切り、着々と出来上がっていく食卓へと持っていくことにした。