恋と運命とサスペクト 彼氏が浮気したらしいことが、朝一番親友に見せられて発覚する。
「えぇぇ、これディープフェイクとかじゃないよね!?」
「だれがそんな手間かけるのよ。友達がたまたま帰りに見たの。そいつ、口が軽くて大変だったんだから」
そういって開いた口が塞がらない私に突き出されたのは、手を繋いで仲睦まじく歩く二人の接写。そこに映る人物に私は殴られたような衝撃を覚える。思わず親友の手を握れば、彼女は口を尖らせた。
「ほら、あんたの仕事って信用商売でしょ? 放っておけなくて」
「ごめんね、頼りない探偵でぇぇ……!」
「しッ、バカ、声が大きい!」
感極まって抱きつこうとした彼女にぴしゃりと怒られて、私は口ごもる。
そう、何を隠そう、私は探偵だった。とはいえまだ駆け出しで、きっかけも些細なものだ。偶然巻き込まれた事件で偶々謎が解けてしまったせい。
謎を解くのは好きだ。パズルにように弄るうちにカチッと嵌まる感覚はどんな感情も代えがたい。でも目立つのは嫌いだし、刑事さんによれば同業の人達はヘンな人ばかりらしく、今は一部の人を除き正体を伏せている。
問題は、その相手が目の前の親友と彼女が見せたスマホに映る大人――助手さんで。その隣に映る男の子、天峰くんは私より早く探偵になった同年代の探偵ということだった。
「で、どうすんの。」
「えっ?」
「こんなの許せないでしょ」
倍返しどころか億倍返しだよ! そう息巻く親友は私よりめらめらと闘志を燃やして「ど、どうしようかなぁ……?」熱気に押されて首を傾げると、キッと睨まれる。
「あんた、あいつのこと好きなんでしょ!?」
「そ、そうだよ」
「あんなに惚気てたじゃない!」
私には全然分からないけどっ! 頭を抱えた親友に正直責任を感じる。当時はじめてできた助手に舞い上がった私は、彼女に散々自慢してしまっていた。
自分より年上の大人が素敵に見えた。あれは密室の洋館で起きたバラバラ殺人事件。自分も怖いはずなのに身を呈して守ってくれた彼は、本当にかっこよかった。
だから、今はすごく、残念だ。すんすん鼻を鳴らす私の頬をハンカチで拭って親友は唸る。
「最初からおかしかったんだ。未成年に手を出す大人はクズだよ!」
「でも、私、助手さんと手を繋いだことないよ?」
「……ウソでしょ」
「ううん。そういうのは成人までって」
「―――、」
彼女が唇を噛み締めるのを見た。
「あんたそれ――ッ、」
「でもね、もっと気になることがあるんだ」
私は顔を上げて彼女と目を合わせた。いつも私の味方で、誰よりも怒ってくれる一番の親友。
こんなことを頼めるのは世界でただ一人、彼女を除いて誰もいない。
「助手さんはしてないと思うよ。そんな器用なことしたらすぐにバレちゃう。でも、さっき約束は一つだけ大丈夫な時があってね。助手としてなら手を握っていいの。二人でそう決めたんだ。ほら、事件でもし危なくなったら、手を引いて逃げたり私を運ばなくちゃいけないでしょ。だから、もし彼がナマエを助手さんにするつもりなら、会って確かめなくちゃ」
「……え、」
ポカンとした顔で呆気にとられる親友に、私は意を決して口を開く。
「一緒に来て、私の立会人になって」
「なに、するつもりなの」
「……天峰くんに、決闘を申し込む」
決闘? ひしゃげた口元で思いもよらない言葉をなぞる親友に、私は既に愛しさが溢れている。
「最近知ったんだけど、業界でこういうことはよくあるらしくって。ルールがあるの」
探偵同士で助手が重複した場合、お互い同じ謎を解き合って、先に解決した方がその助手と再契約する。私は天峰くんに勝負を申し込むつもりだった。今、彼が図らずともしている事は明確な布告行為だ。なぜなら探偵は、この世で誰よりも強いから。
――天峰くんは、その中でも天才だけど。
誤魔化すように笑った私に、親友はぎゅっと目を瞑ると、深く息を吸って眉間を指で摘まむ。数秒の沈黙のあと、ため息一つ吐き出されて目蓋の取り払われた瞳は、平静を取り戻していた。
「……わかった。あんたが納得するならそれでいい。でも一つだけ約束してよ」
釈然としない顔で彼女は私の手を握る。
「何を言おうとあんたの彼氏はクズ。絶対勝って、天才だか知らないけどそいつの鼻っ面もへし折りなさい。私がスカッとするから」
「もちろん」
ごめんね。心の中で先に彼女に謝る。頷く私の心は既に躍っていた。
天峰くんは間違いなく強敵だ。私が去年、初めて謎を解いた年に現れた、探偵界の新星――同世代の探偵で彼を知らない人はいない。
そして、なぜか私は彼と因縁がある。ずっと疑問に思っていた。関東地区の学力模試はいつも同率二位。東京の進学校に通う彼は一年で生徒会長を勤めてるらしいけど、私だってこの女子高の一年生徒会長だ。謎の解決数も負けてない。勝ってもないけど、名を伏せた私を置いて必然的に彼だけが天才になる。
名声は別にどうでもよくて、純粋に興味が湧いた。私と同じ同い年、同じ数値を叩き出す天才。
彼と私は同じ生き物だ。しかも同じ助手を好きになるなんて――
「――あれ? これって、助手さんが私にくれた運命なのかな?」
ふと首を傾げた私に、親友は大いに顔をひきつらせた。