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    seta_5

    生涯黒髪男大優遇

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    大学生荒東
    すでに別れている
    荒北の喫煙描写

    #荒東
    northeast

    勝手に溺れてろ手紙が届いた。差出人は管理会社で、内容は契約更新のお知らせだった。アパートは二年契約で、来年の三月で契約が切れる。A4の紙三枚に渡り様々な注意事項や手続きの流れが記されていた。
    「さっみ」
    エアコンをつける。ダウンを着たままでカーペットに腰を下ろした。買ってきたコンビニのおでんを食べながら堅苦しい文章に目を通す。更新か退去か、一月までにどちらにするか決めなければならないらしい。

    四年暮らしたアパートだ。静岡で就職が決まり、会社の場所的にこのまま住み続けることは可能だが、今よりも広く、交通の便がいい場所に移る予定だった。
    次の住まいの目星は付いているし、引っ越し費用も貯めた。それでも躊躇ってしまうのは、この八畳のワンルームに惚れた男の面影が残っているからだった。死ぬほどしょうもねえ理由だ。
    形に残る思い出なんかひとつもない。東堂は目に見えるもの全部を持って出て行った。あるとしたら、それはこの部屋そのものなのだ。

    引っ越しの段取りを立てる。新しい場所に越すのなら家具はすべて買い替えよう。もう古いし、いい加減忘れたいものも忘れられない。粗大ゴミで出すか、不用品回収業に依頼するか。どうするしてもめんどくせえ。軽トラ一台分くれーかなァ。ぐるっと部屋を見回す。この机、棚、金属ラック、収納ボックス、いちばんでけェのはベッドか。……ふと、はじめて寝た日を思い出す。
    長い時間を費やしようやく繋がって、お互い一回出しただけでくたくたになって、最低限の後始末だけをして眠りに落ちた。明け方、ふと目を覚ましたら隣はもぬけの殻で一気に眠気が吹っ飛んだ。焦って体を起こしたら、東堂はオレのTシャツとボクサーだけでベランダに立っていた。なァにしてんだよ。深く安堵して声を掛けようとした顔に、後ろから見た、遠くのほうへまなざしを投げる凛とした顔に不覚にも見惚れたこと。そういう些細で重大な記憶が、この部屋の至るところに住んでいる。

    ひとりで外の世界に目を遣る東堂が一体何を考えていたのか、結局聞けずじまいだった。必要ないとわかっているのに、契約更新の案内を読んでいた。
    東堂は連絡がマメなくせ、サプライズだ!と、なんの前触れもなくやって来たことが何度かあった。それはクリスマスだったり記念日だったり、要するに特別な日だったもんだから、もしもこの部屋に住み続けることを選んだら、四月二日に玄関のドアが開くんじゃないのかと遣る瀬無い想像をしてしまう。

    食事を終えた頃には部屋が暖まってきた。先程おでんと一緒に買ってきた煙草をポケットから取り出し、ダウンを脱ぐ。そしてソフトケースをとんとん指で叩いて出した一本を咥え、すぅと息を吸いながら卓上に置いていたライターで火をつけた。
    三番は別に美味いわけじゃない、むしろ全然好みじゃない。タール量が重いし苦味もキツい。だけど他に乗り換えないままで、別にいつでもやめられると言い訳しながら冬になってもずるずる続けていた。
    肺全体に行き渡らせるように大きく吸い込み、吐き出した煙は立ち上り、天井あたりに溜まって、やがては滲んで消えた。

    瞑目する。映像でしか見たことのないヨーロッパを目蓋の裏に描く。現実に起こり得る、正しい想像をした。
    登りじゃ決して抜けなかった背中はうねる山道をただひたすらに駆け上がり遠く小さくなってゆく。観客の歓声、山岳ゴール、仰いだ空の突き抜ける青。あの透明な瞳は前しか見ない。
    きっとたったひとりで決めたのだろう。どこまでも身勝手で傲慢な男だ。オレがどこで誰と何をしてたって、もう叱ってすらくれねェんだろうな、お前は。


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