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    RacoonFrogDX

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    RacoonFrogDX

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    異変

    『異世界に召喚されたけど『適性:孫』ってなんだよ!?』(4)…体が妙に重たい。

    オレは目を閉じたまま、大きく息を吐いた。

    頭に鈍い痛みを感じながらゆっくり目を開くと、たくさんの樹と
    重なり合った葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日が視界の中に現れた。

    「う…」

    目をこすって眠気を無理矢理飛ばすと、体の重さは疲労だけではない事に気が付いた。
    オレに、何かが覆いかぶさっているのだ。

    目線をゆっくりと下に動かしてみると…

    「…え?」

    目に飛び込んできたのは、人の頭頂部だった。

    うっすらと灰色の混じった、整えられた白髪。
    ソレが、オレを殺そうとした人物のものだと理解するのに大した時間は掛からなかった。

    「はっ?!ひゅ、えっ…えええええ~ッ!?」

    驚いたオレは反射的にグラムの身体をはね除けた。
    意識を取り戻して早々に、心拍数が跳ね上がった。

    「な、何が…!?」

    焦って周囲を見回すと、オレのすぐ隣に剣が突き刺さっていた。

    グラムの得物だと思われるが…どうやら斬り殺されずに済んだらしい。

    深呼吸して気持ちを落ち着かせると、オレは状況を確認してみることにした。

    体調が随分良くなっていることから、相当長い間意識を失っていたのだろう。

    体感温度や日差しの当たり具合から恐らくグラムがオレを殺そうとした時と
    同じくらいの時間帯…となると、少なくとも丸一日は倒れていたことになる。

    心身共に限界だったことを考えるとそれも不思議ではないが
    …正直、今は何故か倒れているグラムの方が気になっていた。

    もしかして死んでいるのだろうか…
    オレは恐る恐る手を伸ばし、首筋に触れた。

    「…生きてる」

    グラムの体は温かく、脈も確認できた。

    介護施設で働いていると利用者を看取ることも多々あった。

    仕事とはいえ"看取る"ことには何度遭遇しても慣れないもので
    グラムが死んでいないことが分かってオレは少しだけ安心した。

    とはいえ、老騎士は何度揺さぶっても反応がなく半開きの目は虚ろだった。

    あの時、一体何があったのだろうか。

    意識を失う直前の記憶を必死に思い返すと、
    自分が『格納』のスキルを発動したことを思い出した。

    「…ええと、ステータス?」

    オレは自分の状態を確認するためにステータスを開いてみた。
    すると、半透明のウインドウと文字列が宙に表示される。



     【 氏 名 】 枕木樹

     【 種 族 】 ヒト

     【 年 齢 】 30

     【 適 性 】 孫■

     【 職 業 】 介護士

     【 能 力 】 体力:☆☆
             知力:☆☆☆
             防御:☆
             俊敏:☆☆
             耐性:☆☆☆☆
     
     【 孫 ■ 】 適応 鑑定 格納 出庫



    前回見た時と、特に変化はない。

    念のため各項目に触れて詳細を確認していくと、
    『格納』に触れた時だけ別のウインドウが追加で表示された。

    どうやら、格納しているものを表示してくれているようだった。

    「グラムの魂…?」

    サブウインドウには奇妙な文字列が表示されていた。

    見間違いかと思い何度か見直したのだが、格納中のアイテム一覧に

    "格納中:グラムの魂(99%)"

    という表示が出ているのは間違いないようだった。

    単純に考えると、オレがグラムの魂を異空間に格納したということになる。

    横の%表示はよく分からないが…スキルが発動したことで
    うっかりグラムの魂を奪ってしまったのかもしれない。

    その結果グラムは現在の様な状態に陥り、オレはこうして助かった…。

    いや、魂が存在するのかなんて話は元いた世界ではオカルト味の強い話題
    だったんだけど…異世界であるこの世界のステータス表示にはバッチリと
    "魂"と表示されているので、ここは魂の存在する世界なのだろう、たぶん。

    理解しがたい事態の連続で衝撃を受け続けていたせいで、"魂"があるとか
    ないとかは今の俺にとって正直それ程びっくりする様な情報ではなかった。

    「これ以外に特に変化はない、か…」

    状況を考察しながらステータスも眺めていたが、
    スキル欄の表示も99%のまま変わることはなかった。

    「この%に関しては、よく分からないな。」

    オレはステータス画面を消去すると、今度は魂をどう扱うべきか考えた。

    魂が抜けたから倒れた、ということは魂を返すと目を覚ますのだろうか。

    仮にそうならば、道徳的には魂を持ち主の身体に返してあげるべきだが
    …悩ましいのは、魂の持ち主であるグラムに殺されかけたという事実だ。

    "魂を奪うと都合良く記憶が飛ぶ"みたいな仕様でもなければ、
    グラムに魂を返したところで今度こそ始末される可能性が高い。

    身を守るためには、この男を殺してしまうのが最善手かもしれない。

    オレは地面に突き刺さっている剣に視線を向けた。

    「…………………」

    しばしの間、悩んだ。

    何も反応が返ってこない今であれば、グラムを確実に殺すことが出来るだろう。

    …だが、その後はどうする?

    剣は血を落として、武器屋かどこかで売り払う?

    死体は泉の中にでも放り込んで隠ぺいする?

    流れ出た血は土か何かで覆って隠し通せる?

    戻ってこないグラムを不審に思われたら?

    「………無理だ。」

    色々考えたが、そもそも人を能動的に殺す度胸がオレにはなかった。
    森の入り口で言われた通り、オレの暮らしていた世界は平和なのだから。

    では、魂を返すべきか…と自問するも、積極的に実行する気にはなれなかった。
    完全に行き詰ったオレは、抜け殻の様になり地面に転がっているグラムを見た。



    (樹ちゃんは、優しい良い子だねぇ。)



    皺が深く刻まれた老騎士の顔を眺めていると、不意に亡くなった祖父の顔が脳裏に浮かんだ。

    昔話だが…我が家は父方の実家も母方の実家も割と近くにあり、
    オレは幼い頃からちょくちょく祖父母の家に遊びに行っていた。

    とりわけオレは母方の祖父と仲が良く、時々泊まりに行ったり、
    一緒に出掛けたりと幸せな時間を過ごさせてもらっていた。

    …そして、祖父は、オレのことをよく褒めてくれた。



    (孫は何でこんなに可愛いのかと、いつも思うんだけど。)



    (樹ちゃんはとても優しい子だから、きっと幸せになれるよ。)



    (おじいちゃんはいつも樹ちゃんの幸せを願っているからね。)



    まだ、世界がキラキラしていた頃の思い出が連鎖的に脳裏に浮かんでは消えた。

    最後に泣いたのはいつ頃だっただろうか…ポロポロと、涙がこぼれた。

    …オレは何をやってるんだろうか。

    人付き合いも下手くそで、結婚どころか恋人も出来ず、激務で疲れ果てて休日は無気力に過ごす生活。

    オマケに理不尽に召喚されて、帰ることも出来ず殺されかけたから逆に殺すのが最適解かも…なんて。



    「…返そう。」

    オレは自分の頬を服の袖で拭うと、グラムの体に触れた。

    『出庫』のスキルは"格納したモノを手元に取り出す"…と説明があった。
    これで魂が戻せるのかは分からないが、なんとなく出来そうな気はした。



    祖父が亡くなった時、祖父の体から魂が抜け出たのだと思った。

    まだ子供だったオレは虫取り網を持って、祖父の魂を探すために家を飛び出した。

    祖父の名前を呼びながら、色んな場所を探した。

    もしおじいちゃんが迷子になったのなら、自分が探してあげないと。

    おじいちゃんはいつだって自分の側にいてくれたし、
    名前を呼べば「なんだい、樹ちゃん?」と優しく返事をしてくれた。

    だから、自分が名前を呼んであげればおじいちゃんはすぐに出て来てくれる。

    魂がとても小さいのなら、風で飛ばされたりしないように網で捕まえてあげないと。

    おじいちゃん!

    たつるだよ!

    どこにいるの?

    おばあちゃんも、おとうさんも、みんなしんぱいしてるよ!

    …ねえ、おじいちゃん…どこにいるの…?







    「出庫、グラムの魂。」

    覚悟を決めてスキルを発動すると、掌が一瞬熱を帯びた様な気がした。

    「…うぅ…」

    直後、グラムの目に光が戻った。

    オレは、暗い表情でグラムの顔を覗き込んだ。
    主君に義憤を抱くこの老人は、やはりオレを殺すだろうか。

    目覚めたグラムはオレの顔を見ると、両の目を大きく見開いた。

    「…どうして」

    グラムが顔を歪めてそう呟いた。

    どうしてオレが生きているのか、不思議なのだろうか。

    それとも何故自分が倒れているのか、疑問なのだろうか。

    オレがどう切り出すか悩んでいると、グラムは続けていった。

    「どうしてそんな悲しそうな顔をしてるんじゃ…樹ちゃん。」

    ………………ん?


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