『異世界に召喚されたけど『適性:孫』ってなんだよ!?』(33)「さて、冒険者ランクも上がったことじゃ…ワシ個人としては
そろそろこの町を離れても良い頃合いではないかと考えておる。」
冒険者ギルドを離れ、虎風庵の自室へ戻って
のんびりしているとグラムがその様に話し始めた。
「今後の話かあ…」
「うむ、路銀の問題も解決し冒険者ランクも上がった。
追手問題も一先ずなんとかなったものとすると、町に
留まっておくべき理由は概ね無くなったことになる。」
確かに、逃避行を行う上での懸念事項は粗方解決したように思われる。
安全な暮らしという目標を達成するのであればハイレム王国が急に滅亡でもしない限り
ここローレム国内においてもより遠くの町を目指して進んでいくのが妥当な方針だろう。
「ワシはたっくんと一緒ならどこでも良いぞい!」
横に座って話を聞いていたモンストロは、オレをわしわしとハグしながらそう宣言した。
「お主は生まれたばかりじゃからな…人間らしく振舞えているかと言われれば
正直まだ、経験が圧倒的に不足していると言わざるを得ぬじゃろうて…知見を
広げるという点でも各地を見て回るのは良いことだとワシは考えておる。」
「あー…見た目がそうなだけで、モンストロ爺ちゃんまだ0歳だもんね。」
「ガホホー! 生まれたてじゃー!」
モンストロと共に暮らして数日…確かに人間社会の常識を"知識としては"理解しているようだが、一方で頓珍漢な行動をとった場面もあるにはあった。
しかし、そもそも自我を持たない魔物から祖父になったわけで、ある程度の不備は仕様のない話じゃないかとも感じる。
ただグラムの言う通り、より人間らしく振舞うのであればいろんな場所で色んなことを経験していく方が良いのかもしれない。
「勿論、樹ちゃんが留まりたいのであれば当然その意志を尊重する。
追手の件も一応終息した…これまでの様に急いで進む必要もなくなったからのう。」
「うーん…そう言われると"この町じゃないと出来ないこと"は無いかもしれない。
やってみたいこと自体は一応あるけど…もっと大きな町の方がやりやすそうだし。」
「ふむ、やりたいこととな? それは是非ともお爺ちゃんに打ち明けてみなさい。」
「いや、いきなりやる気満々になってるけど、さすがに難しいと思うよ?
ええと…勇者召喚の調査をしてみたくて。」
「…なんと、勇者召喚とな?!」
オレの発言を聞いて、グラムは目を見開いた。
「世界間を移動するリスクが高過ぎることは前に聞いた。
…ただ、一緒に召喚された高校生達のことが気になっててさ。
オレはまあ、なんとかここまで生き延びたけど…実際に追手を差し向けて
始末しようとした実績がある以上、なんかいやーな予感がするんだよね…。
王様が本当に戦争目的で召喚したのであれば、頑張って逃げた先で戦火に
巻き込まれる可能性もあるし…勿論、家に帰りたい子もいるよね、多分。」
「なるほど…樹ちゃんは、やっぱり聡い子じゃのう…」
オレも両親や友人達のことが気になってはいるが、グラムやモンストロのことをほっぽり出して帰りますというのはあまりにも無責任だろう。
祖父二人は"異世界でも付いていく"と言うかもしれないが元の世界にはスキルも獣人も存在していないため、二人を連れて帰るのもナシだ。
オレには『適応』スキルが付与されたが、元の世界がこの世界の人々にとって生存に適した環境であるという保障がまったくないからだ。
…ということで、仮に安全に帰る方法が見つかったとしてもオレはこの世界に残るつもりでいた。
高校生たちが元の世界に戻るのであれば、手紙などを託したいとは思っている。
「やっぱり、王都みたいな大きい街の方が調査しやすいよね?」
「然り…しかし、そういう話であればこの国よりも適した場所がある。」
「と、いうと?」
「ローレム王国がハイレム王国と山を挟んで西側に位置しておるのは知っておるな?
ワシらはガランゴン山道を通って西へと抜けたが、ハイレム王国には北側にも山道があるのじゃ。
その山道を通り抜けると、"マルカジア学園都市"という魔法の研究が盛んな共同体へと辿り着く。」
「学園都市…それは、ハイレム王国の一都市ってこと?」
「名前こそ"学園都市"となっているが、マルカジアは"マルカジア学園都市"という名の国じゃよ。
秘匿されている技術も多いが、この大陸のみならず様々な国がその研究の恩恵にあずかっておる。」
確かに、殆ど"禁忌"扱いの勇者召喚の資料も魔法のメッカであれば調べやすいかもしれない。
というか自分で言っておいてアレだが、そんなセンシティブなものを調べるというのは普通に危うい行為かもしれない。
とはいえ、一応こちらは一方的に召喚された被害者である。
詳細を知る権利くらいは主張してもバチは当たるまい。
「その"マルカジア学園都市"って、アラタルからでも向かえるの?」
「アラタルからは無理じゃな…王都から出ている定期便で向かうのが最速じゃろう。」
「ローレムの王都か…王都…もしかして、クラリスさんと再会する可能性も…ある?」
「それは、あるじゃろうな。」
問答無用で嘘を見抜く、『審判』という強力なスキルの保有者であるクラリス。
彼女の同僚に関しても普通に怖いので、出来れば遭遇したくない存在である。
「まあ、アレのことは可能性はゼロではないというだけの話…ひとまず置いておくが、王都に向かうメリットもある。
"ロカの植物ダンジョン"と呼ばれる迷宮があり、そこは三つ星ランクのための試験会場としても利用されているのじゃ。」
「"王都に行くついでに、冒険者ランクそのまま続けて星三つに上げちゃおう!"…ってこと? 大丈夫かなあ?」
「そこは遅かれ早かれというやつじゃよ。
ぬいぐるみダンジョンは超初心者向け、それが突破出来たのであれば次は初心者向けの迷宮に挑むのが自然な流れじゃろう。」
「…まあ、ぬいぐるみダンジョンが驚くほど簡単だったのは否定しないけど。」
「樹ちゃん、とりあえずやってみるのも大事じゃぞ!
冒険者としての基礎を固めていけば、樹ちゃん自身の防衛力も上がり
結果的に危険な目に遭っても切り抜けられる可能性が高まるじゃろう。」
「ぐいぐい来るなあ。」
即決即断という行為が割と苦手なのだが、言われていることは概ね正しい。
"祖父"が仲間にいる…という点でも他の駆け出し冒険者達より確実に良い環境下にあるだろう。
不安な気持ちはあるものの、ここは冒険者としてのレベルアップに挑んでみるべきかもしれない。
「うーん、ちょっと不安だけど…挑戦してみようかな。とりあえず王都を目指さないとだね。」
「ぬはぁーん!樹ちゃあーん!さすがワシの孫!世界で一番勇敢じゃ!」
「タッくん、格好良いぞい!」
「二人とも、大げさすぎるから…」
祖父とは斯くあるものとはいえ、何かするたびに絶賛の嵐はいまだに慣れない。
「そういえば王都まで何で向かうの? やっぱり『精霊馬』?」
「うむ、精霊馬の方が馬車で向かうよりも早いし経済的じゃ。」
「せーれーば? せーれーばとは何じゃ?」
モンストロが目をぱちくりさせながら疑問を投げかける。
そういえば、モンストロはまだ『精霊馬』を見たことないんだった。
「『精霊馬』は、魔法で馬を作り出すグラムのスキルだよ。」
「馬! 馬は初めて乗るぞ! 楽しみじゃの~!」
「モンストロ、そういえばお主乗馬は…当然未経験か。」
「うむ、初めてじゃ!」
「馬一匹に三人はさすがに無理がある故、馬を二頭出して片方にモンストロが
騎乗すれば…と、思っておったが…そうか、そう言われれば初心者じゃったな。」
「馬の乗り方だけなら『高齢者講習』で知識を得ているから、安心するのじゃ!」
「えっ…それって、ペーパードライバーってことだよね? 大丈夫なの?」
「…試しに乗せてみた方が良さそうじゃな。」
…こうして、モンストロの乗馬体験会が急遽催されることになった。