月下美人(仮)ディナーの後、オスカーの自慢の庭園をふたりで散歩していた。
満月に照らし出された夜の庭園は真昼程も明るく、小径に敷かれた白い石が白銀の様に光を放っていた。
庭園のバラ達は夜の冷ややかな空気の下でも、その庭の主の髪の様に燃える真紅の花弁を誇らしげに開いている。
木製のパーゴラに巻き付いた、豊かなつるバラを先に立って眺めながら歩いていた所で、ふと視線を感じて振り返る。
彼と目が合った。
オスカーはリュミエールのみを真っ直ぐに見つめていたのだった。それに気付くと急に面映い様な心持ちになる。
彼は歩み寄ってリュミエールの前に立ち、胸に垂れ落ちた髪束を指で触れた。
「美しい花は数あれど比べるべくもない。俺が真実求めているのは清楚で控えめな一輪の青い花だけだ」
「オスカー……」
自らに向けられた大げさな口説き文句に、半ば照れつつ、半ば唖然とする。
ところがそのまま彼の大きな手が胸元を開こうとしてきたからリュミエールは思わず声を上げた。
「オスカー……⁉︎」
奥に滑り込もうとする不埒な手を両手で押し留める。
「なんだ?」
今晩はそんな事もあるかもしれないと思っていたが突然、まさかこんな所で。
「……この様な場所で、でしょうか?」
「そうだ。明るい月の光の下で乱れるお前が見たい」
オスカーがさらりと欲望を口にする。
「わたくしにはあまり良い趣味だとは思えませんが」
「光栄だな」
「ひとが通りかかるかもしれません」
「俺の館に主人の庭を覗き見するような不調法な奴はいないぜ」
それはリュミエールも常々理解している。
オスカーの館の使用人は、主人の放逸を見て見ぬ振りで済ませるという点に関して、誠に卓越した技能を有しているのだ。
「それならば服を脱がずに、その長い裾をちょっと捲ってくれたら良い。それなら問題ないだろう」
さも妥協したかの様に言われたものの問題ない訳がない。そもそもひとたび快楽に溺れてしまえば己の声を殺せる自信すらないのだから。
そして躊躇う理由は他にもあった。
「ですが……」
「他に言いたい事がありそうだな?リュミエール。何を考えている?」
オスカーはリュミエールの逡巡を察して尋ねてきた。こと恋愛となると彼は特別に勘が鋭いのだ。
「あの……貴方にとってはこの様な事は当たり前なのかと。その……外で、というのは……」
「何故わざわざそれを聞く」
彼が否定をしないという事はすなわち肯定なのだった。
「妬いているのか」
「嫉妬など……」
重ねて尋ねられ言葉を失う。あえて考えずにいたが、確かに自分は彼の過去の女性達に嫉妬しているのだ。関係が深くなればなる程、見知らぬかつての交遊相手と引き比べて自信をなくしてしまうのだった。
オスカーは唇の片端を歪めて笑った。
「今はお前だけだ、リュミエール。もちろんこれから先もな」
彼の顔が近付き耳たぶに唇が触れた。潜められた深い声が囁きかける。
「俺の過去が気に入らないなら、お前が上書きしたら良いんじゃないか?」
挑発されたのだ。そう気づいてももう遅い。
伸び上がって彼の背中に腕を回し強く力を込めて抱いた。オスカーもそれに応える。
「一度だけですよ……」
オスカーが相好を崩した気配があった。
「承知した」
彼がその様な約束を守る訳もない。
嘘つき。そう心でなじっていると、火照る額に優しく口付けが下りてきて、身の内に一層の熱を煽って行った。