♯キスの日 2執務室の扉が閉じられた。
足音が遠ざかり、やがて何も聞こえなくなってから、ようやくリュミエールは安堵した。
立っていき鍵を閉め、そのまま扉に背中をもたせ掛け細くため息をつく。
指先の震えを気付かれなかっただろうか。
好きだ、そう彼は言った。簡潔だが間違いようもない愛の告白だ。
彼から愛を打ち明けられるとは想像もしていなかった。
自分に引け目など何一つ感じる事がないのだろう。オスカーの態度は自信に満ち溢れていた。恒星のように人を惹きつけずにはおかない人だ。思い切り撥ね付ければ良かったのにそれが出来なかった。
真っ直ぐな言葉が胸を焦がしていく。強い眼差しに逢って眩暈がしそうだった。
──本当は嬉しかったのだ。だが、素直に心を返せる程に自分も幼くはない。
遠くから眺めている位で丁度いい。そう思っていた。
そもそも自分の見た目が普通の男性のようであれば、こんなことにはなっていないはずだった。気まぐれだと言うのが失礼なら彼は惑わされているのだ。
だけど。
リュミエールは唇を指で触れた。彼の唇が残していった熱い感触がまだそこに強く残っている。
もしも始める勇気を持てたなら。
いいえ勇気などなくとも。
鍵を外して扉を開く。回廊へ飛び出すと、丁度通りかかった使用人が驚いた顔で後ろへ退いたが構ってなどいられない。
左右を見渡し見当をつけた方角へ闇雲に走りだした。
駆けて、駆けて、駆けて。
そうして、燃え立つ炎の髪のその人を視界に認めた時、リュミエールは力の限りにその名を叫んだ。
彼が振り返った。
了