モザイクの魔術師5中編4☆
いつもより遅く目が覚めた。
…あ、お米セットしてない!
慌てて着替えて降り…ちゃダメなんだった。
ヒメジ姉さんの部屋に行ったけど、いなかった。どうしよう。勝手に降りてもいいんだろうか。でも朝ごはんを作らなきゃ。
居間に入ろうとしたら、お客様用の部屋の襖がちょっとだけ開いてて、メジロさんが見えた。
おはようございますの「お」を言いかけた時に、メジロさんが口元の前で人差し指を立てたので、慌てて口を塞いだ。
何?
音を立てないように居間に入ったら、台所から師匠とヒメジ姉さんの声がした。
…遅起きの師匠とヒメジ姉さんが、早起きをして、台所にいる⁈
どうして⁈
何かが割れる音がした。
「でもアイツは人殺しなのよ」
「わかってる」
師匠もヒメジ姉さんも、声は大きくなかったけど怖かった。
怖かったのに、ご飯が炊けてる匂いがして、ちょっとホッとした。師匠かヒメジ姉さんがセットしてくれたんだ。
「その割にあんたたち、やけにアイツの肩もつじゃない」
「別に肩なんかもっちゃいねぇ。リュウグウノツカイだから、俺なりに警戒もしてる。ただ、俺はこの前今兼町で助けてもらったし、昨日かりんを熱中症から助けてくれたのも知ってる。仕事前に五稜郭に遊びに行こうとしてたのも知ってるけどさ」
師匠、メジロさんの嘘をまだ信じてる。それは良い事に入れない方がいいんだけどな…。
客間のメジロさんも困った顔で笑ってた。
「俺は、そういうのを全部ひっくるめて今の態度だ。かりんはかりんで、いきなりやってきた奴が実は人殺しだったとわかって戸惑ってるんだ。
ヒメジさんと態度が違うからって、アイツの罪を許してるわけじゃねぇよ」
「そうかもしれないけど!」
またなんか割れた音がした。
「アイツは人の結晶を喰ったのよ⁈ アンタの目だって喰われるかもしれないのよ⁈ そんな奴と、私たちとで態度が同じなアンタおかしくない?
…かりんなんか、私と話す時吃りまくってんのよ、人殺しより怖がられてるってどういうことなのよ…」
ごめんなさい。
謝りに行った方がいいだろうか。
メジロさんと目があった。黙って首を横に振られた。
行くな、という意味か、違う、という意味かはわからなかった。結局そのまま動けなかった。
「当然だろ、今のヒメジさんはおっかねぇ。いつものヒメジさんじゃないからな」
「当たり前じゃない、人殺しと一つ屋根の下なのに、いつも通りなアンタの方がおかしいでしょ」
「いつも通りでもねぇって…正直、結構これでも戸惑ってる。俺は昔の雅之さんをしらねぇから、どっかでピンと来てないのかもな。そこは悪い。でも、だからアンタと同じ態度にならなきゃってのも違うだろ」
「どこがよ! アイツは人殺しなのよ!」
また何か割れた。
「…わかった。俺は努力する。おかしなことがあれば、いくらでも怒ってくれていい。けど、かりんには、なるべく普段通りに接してやってくれ。今のアンタじゃ怖すぎる」
「あんたホントそればっかりね。何を置いても、かりん、かりんて…変な下心でもあんの?」
ドォン‼︎ と、ものすごい音がした。
なんかメリっとかパリンとかの音までした。
「…調子に乗るなよ。俺だってアンタが苦しいのは百も承知だからって、下手に出てりゃその態度か。ならコッチも言わせてもらう。
アンタも大人なら、誰に甘えてもガキには甘えんな。ビビって吃りながらでも、かりんはずっと言うこと聞いてくれたんだろうが!」
師匠の声は静かだったけど、こんなに怖い声、聞いた事なかった。
しばらく、静かだった。
それから、ヒメジ姉さんの声がした。
「…その、甘えてもいい相手を、アイツらが奪ったのよ…」
泣いてる声がした。
どうしよう。
メジロさんを見た。真っ青な顔で下を向いてた。
どうしよう。
「…いいわ、かりんには、なるべく普通にする。朝ごはん支度お願い、私はいらないから」
ヒメジ姉さんが台所を出る直前に、私は自分の部屋に瞬間移動してた。あれ?
メジロさんがやったんだろうか。
ノックの音がした。
「かりん、起きてる?」
「お、起きてる。おはよう」
ちゃんと喋れてるかな。
急いで扉を開けた。ヒメジ姉さんは、とても疲れた顔をしてたけど、怖い顔はしてなかった。
「ご、ごめんなさい朝ごはんの準備おそくなっ」
「いいの、あんたも疲れたでしょ。支度なら敬介がやってるから大丈夫よ。私は仕事行く前に一眠りするから、あんたは下でご飯食べなさい。おやすみ」
「おやすみなさい」
怖くはなかった。
でも、何もできなかった。
☆☆
今度は普通に居間に入った。
メジロさんも、今度は普通に客間から出てきて挨拶してくれた。
「おはようございます、お嬢さん。よく眠れましたか」
言いながら、スマホ(この人も持ってるんだ…)の画面をこっちに向けた。
『さっきの話は聞かなかったテイで』
うん、と返事したら、台所から師匠の「おはよう」という声がした。
いつもの声だった。
台所は昨日よりちょっとだけ片付いていた。食器と食料品が分けられて山になっている。
何も割れてなかったし、どこも凹んだり壊れたりしてなかった。師匠が魔法で直したのかもしれないけど。
「朝メシは大丈夫」と師匠は言ったけど、メジロさんがグリルを開けたら、なんか焦げた匂いがした。
顔を洗ってから、3人で朝ごはんを用意して、すっぱすぎる浅漬けと焦げた鮭も全部食べた。
食べながら、このあとどうするか、という話になった。師匠はこれから消防署の当番だ。
「あのう、もしできるなら消防署のシフト僕も入りますけど? ウチの支部長から手伝えって言われてますし」
メジロさんが言った。
地図持ってても五稜郭に行けないくらい方向音痴なのに、救急車運べるのかな…?
「…まぁ入ってくれたら正直助かるけど、まず海猫先生に相談しねぇと…つか、地理まだ覚えてんのか?」
「箱果は中学の修学旅行以来ですので、さすがに観光地以外の場所は教えてもらう必要がありますね」
「ん? あ、ああ、そっか、そうだな。アンタ雅之さんじゃな…えっと、水脈。浩さん」
「ハイ」
「…悪い」
「ハイ」
師匠が頭を抱えた。疲れて混ざったのかな。さっき師匠も戸惑ってると言っていたのを思い出した。あれは本当のことだったんだ。
「おおかた僕のせいなんですけど、鏑矢の皆さん疲労が溜まってますよね。僕はスタミナ天井知らずなんで、好きに働かせてくれて構いませんよ」
「人をこき使うのは性に合わねぇが…今回ばかりは、それが一番平和な方法かもしれねぇな」
メジロさんは師匠と消防署に行くことになった。
二人が出かけた後も、ヒメジ姉さんは部屋から出てこなかった。
海猫父さんもなかなか帰ってこなかった。引き継ぎや仕事を教えるので遅くなるとメールが来た。
一人で頑張って、台所を片付けた。
☆☆☆
ヒメジ姉さんが降りてきた。朝よりは顔色が良かった。
昼は食べたの、と聞かれて、もうお昼過ぎてることに気がついた。くつくつを見たら、ご飯皿の前で寝てた。
「ご、ごめ…ごはん作る」
「いいの、あんたも片付けで疲れたでしょ。なんか食べに行こ」
くつくつ(ご飯皿に近寄ったら逃げてった)にご飯とお水を出してから、2人で出かけた。
今日も暑かった。
ヒメジ姉さんは店に着いてもほとんど喋らないし、フォーチュンクラウンのハンバーガーは味がしなかった。けど、前に食べた時は美味しかったから、信じて食べた。
「くつくつ…」
「?」
ヒメジ姉さんが急に話し始めた。見た先に、黒猫の絵がついたバックを持った人がいた。
「くつくつね、あれ雅之が拾ってきたの。名前つけたのも、あいつ」
「…そ、そうなんだ…」
「ごめんね、聞かなくてもいいわ、勝手に喋るから」
そして、本当にずっとしゃべった。
この前、教科書を棒読みし出した師匠みたいに、私の方は見てなかった。
「雨の日だったわ。いきなり拾ってきたの。生まれたてだったんじゃないかしら。ワガママ言ったのも、あの時だけ。エサもトイレの世話も病院も、あの頃は全部雅之がやってた」
今は鏑矢のお金から出してるし全員でお世話してるけど、前はそうだったんだ…。
「くつくつも、雅之にだけはすごく懐いたの。雅之も、くつくつが昼寝する時だけは居間にだらしなく寝そべってね、パパに『猫が2人いる』なんて言われてたわ。いつもは背中に定規入れてるみたいにピシッとしてるくせにさ。
…さっき、久しぶりにくつくつをちゃんと見たわ。あいつも歳くったわね。いつまでたっても私には近寄らないけど」
「く…くつくつは、元気な人にはなつかないって…師匠が」
ヒメジ姉さんは、やっと私を見たけど、師匠みたいに顔を赤くはしなかった。
「敬介ね。いいかげんな性格のクセに、石目だからかしらね。変に鋭い時あるわ」
ヒメジ姉さんが師匠を褒めた!
初めて聞いたかも。
「おー嬉しそうな顔しちゃって。アンタはホント敬介にベッタベタよね」
ベッタベタ、という言い方に、なんか嫌な感じがしたけど、うまく言えないから、黙ってハンバーガーを食べた。
「くつくつもそう。アンタもそう。クラスメイトもそう。昔から仲のいい人はいなかった。
…雅之だけだったの。
仲良くしてくれたのは、雅之だけだったのに…」
ヒメジ姉さんは、急に黙ってハンバーガーを食べきって、また話し始めた。
「わかってはいるのよ。私だって、こんな自分にはウンザリ。人が近づかないのもわかる。敬介はすごいわよね、あんな過去でまだ人に優しくできるんだから。
アイツ、早起きしたのよ。あの寝坊助が、アンタの代わりに。よくやるわ。
私はムリ。自分のことでいっぱいいっぱいだもの。人のことなんかに構ってられないわ」
「でもヒメジ姉さんも早起きしてくれた!」
ちょっと声が大きくなりすぎちゃった。お店の中が静かになった。
ど、どうしよう…⁉︎
けど、ヒメジ姉さんはずっと私の方を見ていてくれたので、声を小さくしてもう少しがんばることにした。
「早起きして!台所に行ってくれた!料理嫌いなのに!私なんか昨日お米のセット忘れたのに!
昨日!昨日も、部屋の片付け手伝ってくれた!メジロさんが悪い人だってわかってから、絶対に私を1人にしなかった!
おんなじ! 師匠も、ヒメジ姉さんも、おんなじ!」
「…同じじゃないわ」
「おんなじ! 私には、おんなじ!」
また大きな声を出しちゃった。
ヒメジ姉さんは、周りの人やお店の人に「なんでもないです」「ごめんなさいね」と言ってから、また私を見た。
「敬介が、アンタのこと『瞬間湯沸かしガンコ』って表現した時は意味わかんなかったけど…なるほどねぇ…アイツ上手いこと言ったもんだわ…」
「う…(師匠ひどい…)…ご、ごめんなさい、で、でも、おんなじだから…」
「まだ言う⁈」
ヒメジ姉さんは、見たことないほど笑って、また店の中が静かになった。
「私はもう仕事行くけど、アンタどうする?パパに来てもらう?」
フォーチュンクラウンを出てから、ヒメジ姉さんが聞いた。さっきメチャクチャ笑ってから、なんかいつものヒメジ姉さんに戻った。よかった。
「だ、大丈夫、買い物してから帰る」
「んー…まぁでも、交代の時に敬介に言っとくわ。あの前科者の飯も作らなきゃだから買い物増えるでしょ、荷物持ってもらいな。車に気をつけるのよ」
「うん、ありがと」
ヒメジ姉さんは空中で消えた。
晩御飯なににしようかな。
今夜は美味しいものが作れそうな気がした。