モザイクの魔術師5後編☆
(語りて・かりん)
体が動かない。
何が起きたんだろう。
大きな車に乗っていた女の人は、青森から来たと言っていた。
「鏑矢のおうちに、土砂崩れに巻き込まれた子が引き取られたって聞いて」
「え」
「もしかしたら親戚の子かもしれなくて」
「えっ」
「鏑矢に行こうとしたんだけど、道に迷ってしまって」
「あ、あの、じゃ、案内します…えっと…わた、私、鏑矢なので」
「あら、本当?! じゃあアナタがその時の? よかったわ会えて」
私の本当がわかる……? どうしよう。
師匠……は仕事中だった。海猫父さん、もう帰ってきてるかな。
携帯で連絡しようとしたら、首のところで何かがバチンてした。
なんだか、とても揺れている。
体が動かない。
人の声が聞こえるけど、何を言っているかわからない。
声を出そうとしたけど、出ない。体も動かない。
目を開けてみた。
まっくらだった。何も見えない。
ライト。ポケットのライト、つけなきゃ。
くらいのは、いや
いきがくるしい。
くらいのは、いや。
こわい。
たすけて。
たすけて……!
からだが、かあ、となった。
まえにも、こんなことがあった。
☆☆
(語りて・ゼンダ)
かりんの携帯がずっと鳴っている。出た。
『かりんか?』
「……ゼンダです、先生。ハッピ近くのゴミステーションに携帯だけ落ちてました」
話す間も町中見渡していたが、姿が目に入らない。バカな。そんなバカな。
頭の上の空間が軋んだ。
『浩さんがそっちへ行った』
「勝手に突っ走んないでくださいよー!」
海猫先生の解説から一拍あって、本人が降りてきた。
「おい! 警察に連絡」
「ヒメジさんに頼みました。それより石目君」
水脈は、自分の頭の上を指した。
「いま僕が瞬間移動してきた魔法の痕跡を見てください」
「ああ? 今そんなこと」
「いいから早く!」
気圧された。適当言って電話を切り、空を見る。
魔法を使うと空間がゆがむ。その痕跡も石目で見えなくもないが、普段はいちいち見ない。
「見えましたね。そのまま周りを探してください。あなたの目なら、1時間くらい前でも痕跡が見えるでしょ」
「……あ」
ゴミステーション横の道路から、魔法がはじけた痕がある。
「どこかに瞬間移動した痕はありますか」
「それもある…なんか太い痕だな。このくらい…」
「車ですね。どっち行ってます?」
メジロさんは、俺をひっつかんで飛んだ。
瞬間移動は、箱果の外まで出て終わっている。
そのかわり、なにか細い魔法の痕跡がずっと続いていた。これは……?
「方向を教えてください。おそらくその先です」
メジロさんが俺を抱えて飛びながら話した。
「あなたの目が捉えられない、ということは、瞬時にあなたの視界の外に出られる人たちだということ。つまり、魔法使いです」
「なんで魔法使いがかりんを攫う? それにこの痕跡は?」
「いるでしょ、お嬢ちゃんの価値を知ってる魔法使い…その昔、アジトに一緒にいた人たちです」
「⁈」
「にしても……内地に渡っちゃえば石目君もすぐには探せないのに、わざわざ内陸側を目指してるのは…助かりますけど、なんか嫌ですね。失礼」
人目がなくなったからか、メジロさんは変身を解いた。飛ぶスピードが上がった。
「痕跡はどうなってます?」
それも妙だった。
「だんだん痕が濃くなってきてるぞ」
「わざわざ車を使ってるような犯人が、魔法の痕跡を残しながら逃走するとは思えません。おそらくそれが、お嬢ちゃんの力です」
「かりんの?」
「身の危険に、魔法力が垂れ流しになってるんですよ。ピパさん言ってたんでしょ、由来のわからない音がするって。おそらく漏れ出る魔法力の音です」
「な⁈ けどチカは変な音しないって……待て、高速にいた! 黒いワゴンだ」
「何十km先ですかそれ」
その瞬間、ワゴンの屋根が爆発した。
☆☆☆
(語りて・かりん)
ママは、やさしかった。
私に「検査」という痛いことをする、男の人や女の人とは違った。
おいしいご飯やお菓子を作ってくれた。
私みたいな「検査」をされる動物たちも、ママが好きだった。
私もママのお手伝いをした。ママも、私が焼いたホットケーキを「おいしい」と言ってくれた。
うれしかった。
でも、ほかの男の人や女の人は、ママにやさしくなかった。
私が痛くて泣くと、ママが叩かれた。私が泣きやんでも叩かれ続けた。
「おねがいします、もうなかないから、やめてください」
私がお願いすると、男の人や女の人は笑った。笑って、叩いた。
叩いて、食事を作れと命令した。
ママは、叩いた人たちにもおいしい料理を作った。
あの日。
ママは私に「くつ」をはかせてくれた。足が痛かった。
「がまんして。いっしょにおそとにいきましょう」
「おそと!」
はじめてだった。うれしかった。
でも、見つかった。
「逃げて!」
からだが、かあっとなった。
そうだ、わたし、にげなきゃ。でもどこへ?
……こういうときに、行ってもいい場所があったような気がする。
どこだっけ?
思い出せない。思い出したい。
☆☆☆☆
(語りて・ゼンダ)
場所がわかればこっちのもんだ。車まで瞬間移動した。
ワゴン車の天井は吹き飛んでいたが、驚いたことに天井以外はほぼ無傷だった。
エアバックから這い出た犯人たちは、メジロさんが瞬時に車に埋めて固め、何かを首筋に刺した(メジロさんの頭にも入ってる睡眠薬だと、後で教えてもらった)。
「かりん⁈」
車にはいない。結界機能のついたスーツケースが壊れて転がっている。
そういえば、爆発と同時に飛び上がった光があった。上を見る。
大きな魔法エネルギーの光の中央に、かりんがいた。
デカい光の玉は、まごまごしながら落ちてくる。
動きは遅いが、エネルギー量が半端じゃない。相殺するにも俺の魔法は非力すぎる。地面に落とせば、かりんもその周囲も、当然俺も、無事じゃすまない。
「かりん‼︎」
呼びかけても動かない。気を失っている。
どうする⁈
そうだ、相殺できないなら使っちまえばいい。
光を左手の指輪に少し誘導して、その力で丸ごと瞬間移動する。
昔、修行でアホほど行かされた、多通公園の上空に出た。
咄嗟にとはいえ、より被害がデカくなるところに出てどうすんだ。慌てて戻る。
瞬間移動を二度やって、かりんの魔法エネルギーは多少減ったものの、まだ本人を取り出せなかった。
ええい、こうなりゃやってやる。
冊幌に出る。
高速。
公園。
高速。
公園。
高速。
他に遠くて思い出せる場所が出てこない。到着地点の高度も上げようとしたが、高さのイメージがうまくできなかった。くそ。我ながら腹が立つが、落ち込んでる場合じゃない。
瞬間移動の反復横跳びを繰り返し、かりんの魔法エネルギーが削れてきた。
身に余るエネルギーで起こす連続瞬間移動の疲労で、治りかけの右手がきしむ。動かなくなるかもな、と少し思った。
何度目かの高速に出て、ふと体が楽になった。
「よくこんなこと思いつきますねえ」
甲高い声がした。
☆☆☆☆☆
(語りて・かりん)
空だ。青空が見える。風が強い。
それと赤い鉄柱。なんだろう。
「お目覚めですか、お姫様」
「ひゃ」
起きたらメジロさんがいた。
髪はぼさぼさ、服もボロボロで、でもケガはしてなかった。ケガしたけど治ったのかもしれない。
鉄柱によっかかって座り、変な色のラムネを食べている。
「もうすぐチカりんが迎えに来ますんで、それまでそっちの騎士に寄り添ってあげててください」
反対側を見たら、師匠が倒れていた。師匠もボロボロだった。右手から血も出てる。
「ししょう⁉ ししょ…ひゃあ‼」
「ああ、落ちないでくださいよ。もう僕、助けに行く元気ないですから」
多通公園が下に見える。
テレビ塔の、展望台階の上にいた。
「冊幌・箱果12往復⁈ バッカでー‼」
「それは石目君に言ってください。大変だったんですよぉ」
チカさんは笑った。
冊幌の病院。
師匠は連続瞬間移動で疲れたうえ、右手のケガが悪化したので、一晩入院することになった。
メジロさんは私をチカさんに預けると、どこかに電話しながらどこかに行ってしまった。
チカさんは、師匠が入院する準備をしてくれた。私に服も用意してくれた。
「とりあえずのTシャツGパンでごめんねー。あ、あと今日泊まるのはココ」
天雄…鉱石魔術師庁冊幌中央支部だった。
「う……し、ししょうのところに、いれないの……?」
「ん~あとで聞いてみるね。でも、ココでシャワーとお着換えはしよ? ゼンダさん起きた時に、カワイイかりんちゃん見せたいじゃない?」
天雄のロビーにはカガシさんが待っていて、何も言わないで部屋に案内してくれた。石婚式のときと同じ部屋だった。
ユニットバスにはお湯が入ってた。
チカさんは、新聞を取り出して「待ってるね」と、窓際の椅子に座った。
お風呂に入った。
体が暖かくなってきたら、涙が出てきた。
ちょっとだけ、思い出した。思い出してしまった。
声が出そうになったけど、顔を洗ってガマンした。
ママ。ママ。
わたし、とてもこわかったよ。
ししょう。ししょう。
わたし、とてもこわいよ。
☆☆☆☆☆☆
(語りて・ゼンダ)
星が見えた。
ピントがうまく合わない。無茶したせいだろうな。
視力を下げていく。病室だ。冊幌だな。
左腕が暖かい。
「ししょう」
「ん?」
かりんだ。ゆるキャラのTシャツを着ているが、本人はガチガチにこわばった顔をしている。
「……ケガ、ないみたいだな。よかった」
「うん」
「怖かったか」
「うん」
俺の左腕に載せてた手にグッと力が入り、パッと離れた。
普段よくやるように、パタパタと腕を振り、かりんは聞いた。
「し、ししょう……わたしのこと、こわくないの?」
「なんで。お前が見つかんなかった時の方がはるかに怖かったぜ。見つかって、助かって、本当によかったよ」
うまく動かないが、かりんの手に触れたら、弱弱しく泣き出した。
涙を拭いてやることも、できなかった。
かりんが泣きつかれて眠るのを見計らったように、控えめなノックがした。
「こんばんはぁ」
チカだった。いつもより声が小さい分、動きがうるさい。
「かりんちゃん、落ち着いたみたいね。よかった」
「なんだったんだ、あいつらは」
「んーとね、昔かりんちゃん捕まえてた組織の残党? みたいな。結界かけたスーツケースに入れて逃亡するつもりだったみたいだねー」
逆に言うと、結界にいれておいてもあのパワー、といいうことか。とんでもねぇな。
どれだけ怖かったろう。今はガッチリ掴まれてる腕の暖かさがありがたい。どうにかなって、本当によかった。
「にしても、面白いことしたよねー、水脈の中でも評判なったよ! ふつーにハワイあたりまで行っちゃった方がよかったんじゃない?」
「俺、行ったことねえからイメージわかねえんだよ」
「きゃはは! まーでも、本当にハワイまで行ってたら、めー君の首が物理的に飛んでたかもだから、きっとこれでよかったんだよ」
忘れてた。今日やったのは、いわば越境違反×12だ。
「メジロさんは……」
「支庁間往来の事後手続きと、始末書と、お叱りのヘビロテ中〜」
うわあ。
「……すまん、と、伝えておいてくれ…」
チカはまたキャハハと笑い、かりんを抱き上げた。
「病室にお泊りできないから、今夜は天雄に泊まらせてもらうの。私がついてるから、安心してね~」
「ああ、ありがとう。よろしく頼む」
「おやすみ~」
色々、考えなければいけないことがあった。
かりんは、明日きっと大変だ。俺も、少しでも動けるようになっておかないとマズい。
だが、ロクに頭が働かなかった。
左手が冷えていくのを感じながら、いつの間にか眠りに落ちた。
☆☆☆☆☆☆☆
(語りて・かりん)
朝おきたら、天雄の部屋だった。チカさんが横で寝ていた。
顔を洗って着替えて病院に行こうとしたら、チカさんに「面接時間はまだだから、先に朝ご飯食べてこ?」と止められた。
食堂で、急いで朝ご飯を食べた。味がしなかった。
カガシさんはいなかった。ゴウマワリさんは、仕事に向かう途中で「おはよ、元気か!」と声をかけてくれた。
がんばって「はい」と答えた。
チカさんと病院に行った。
お医者さんから「検査」がしたい、と言われた。
検査。
あの時の「検査」のことを少し思い出してしまったら、怖い。
「おはよ、かりん。早いな」
声に、体が勝手に動いた。
パジャマ姿の師匠に、思いきり抱きついた。
「なあしたよ、なんかあったのか?」
師匠が困ってるような気がしたけど、手を離せなかった。
「けんさ、こわい……」
「検査? ……ああ、なにやるんです?」
お医者さんが言ったMRI、血液検査、鉱石体重比測定を、師匠が説明してくれた。
「ぐるぐるする筒に入るのと、注射で血ちょっともらうのと、部屋の中の体重計にボッコ持って乗るやつだってよ。どれ怖い?」
「け……けんさが、こわい……」
「ん?」
チカさんがお医者さんにお願いしてくれて、検査はちょっと待ってもらうことになった。
師匠のいた病室で、思い出したことをがんばって話した。
ママのこと、ママをいじめた人たちのこと、検査のこと。
何度も泣きそうになったけど、がんばった。
「ひどいことされたね、かりんちゃんも、お母さんも……そのいじめた人たちって、昨日かりんちゃんを攫った人たち?」
チカさんが聞いた。
「う、ううん……きのうのひとたちは、しらないひとだった」
「そっかー、わかった。ありがと」
「かりん」
師匠が、頭をなでてくれた。
「そんなつらかったこと、思い出して…よく話してくれたな。話すのも苦しかったろ。がんばってくれて、ありがとな」
泣くのをガマンできなくなった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
(語りて・ゼンダ)
「検査」は、想像以上に大変だった。
まずMRIに難航した。鉱石体重比測定も難航した。かりんが暗くて狭いところに入れないからだ。
最終的に、チカと二人で検査の間中マイクに向かって、かりんの好きな歌を歌う、という恐ろしい手段で乗り切った。
終わってから、チカに「お経の方がまだ歌だねー」と言われた。
結果が出るまで、ずいぶん待たされた。
俺の退院手続きが全部終わっても、まだ出なかった。
非常に行きたくないが、天雄で待たせてもらおうか、と話してた時、黒子の頭巾にネクタイ締めたワイシャツ姿の人間が近づいてきた。
サングラスをずらして見れば、メジロさんである。一昨日ボコボコにされた時のようなヒドイ顔をしている。黒子は「交代です」と、チカとハイタッチした。
去りかけにチカは「かりんちゃんのこと、イジメないでよ!」と同僚に釘をさしていった。
「検査はもう少しかかると思いますよ」
俺が入院してた部屋に戻ることになった。俺とかりんはベッドに、メジロさんは少し離れたところに椅子を置いて、それぞれ座った。
「そんな少なかったのか?」
「逆です、多すぎるんですよ。通常の5倍はいってるらしいです。そのうえ、一般的な石婚のような偏りが全くないので、MRIが普通の画像になってるそうです」
「……ネイティブ、ってことか?」
「さあ。おかげで僕まで検査受けるハメになっちゃって」
黒子がワイシャツの袖をまくると、ひじの裏に絆創膏がついていた。
「なんであんたまで」
「僕もイレギュラーな石婚者なんで。比較したいんですって。いくら不死身のリュウグウでも、こう日々血を流してちゃかなわない」
今日のメジロさんは言葉にトゲがあった。顔は隠れててもイラついているのが分かる。
だが、怒る気にはなれなかった。イラついている理由は、なんとなく察しがついていたからだ。
「かりんに八つ当たりしないうちに、本題に入ってくれ」
「え?」
「かりんを水脈に連れてくってんだろ?」
「え?」
「そうですよ」
かりんは真っ青になった。
「え……車、壊したから…?」
「そんなんで収容してたら水脈はパンクします」
メジロさんはぶっきらぼうに返した。
「あれだけのエネルギーが出せる、違法石婚の疑いがある、通常5倍の石持ち。魔法の使い方を教えるどころか、暴発を抑えることすら難しい。
けど不死身の無法者の中であれば、出来なくもない。
チカラは使い方を知ってこそ。あなたもよく知ってるじゃないですか」
その通りだった。
そのことを、俺も、おそらくはメジロさんも、とてもよく知っていた。
だからこそ。
けど反論した。
「かりんは、自分の意志で石婚したわけじゃないだろ。犯罪者扱いかよ」
「わかってます。先程暴発した時も、僕のような罪も犯してない。なのに並みいる無法者と同じところに入れられる。なんですかこれ、刑罰ですか。なんの?」
メジロさんは立ち上がって、せかせかと部屋を歩き回った。
「被り物の中身は、その主張の結果か」
黒子は歩き回るのをやめて、こっちを向いた。
「これだから石目は嫌いなんですよ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(語りて・かりん)
わたしが、水脈に。
そんなこと、考えてもなかった。
けど師匠は予想してたみたいだった。
「まだ確定事項ではありませんが、ほかにいい方法があるとも思えませんね。このまま決まりでしょう。……腹を立てるなら、今のうちですよ。それで何がどう変わるわけでもありませんが、胸がスカッとはします」
メジロさん(なぜか黒子の被り物をしている)は言ったけど、怒る気にはならなかった。メジロさんがもうたくさん怒っていたからだ。
メジロさんはスマートフォンが鳴ったので、部屋を出て行った。
わたしが、水脈に。
師匠を見た。すごくまじめな顔をしていた。
「かりん、お前はどうしたい?」
「え」
「力の使い方を知るのは大事だ。俺の目だって、使い方がわからなきゃタダのめまい製造機だ。かりんも、こういう力があるってわかった以上、使い方を覚えなきゃいけねえ。規格外の石持ちが集まる水脈は、確かに使い方を覚えるには向いてるだろう。けど……」
師匠は頭を振った。
「悪い、回りくどいな」
「う、ううん…」
師匠は少し考えてから言った。
「これは刑罰じゃねぇし、かりんだって思ったことを主張していい。お前はこういう時すぐガマンするだろ、俺は」
師匠は途中で言葉を止めた。また少し考えて、言った。
「正式なモンじゃなくても、俺はお前の師匠だ。俺の都合でこうなった師弟だ。
……出来ることは、したいからさ」
「わたしは……」
…言っても、いいんだろうか。
「わたし、かぶらやに、いたい。けど……」
師匠の右手を見た。
車から逃げた時のこと、覚えてない。けど、師匠やメジロさんがボロボロになるくらいのチカラを、私は出したのだ。
今回は車を壊した。もしまたチカラが出たら、どうなるんだろう。
「そのせいで、ししょうや、ひめじねぇさんや、うみねことおさんが…みんなに…なにかあったら、いや」
こわい。
こわいよ。
「それじゃあ困りますね」
メジロさんが入ってきた。声が怖い。
「たとえ望んで得たチカラじゃなくとも、それは貴女のチカラです。一度石婚してしまうと二度と離婚できない。今日明日くらいはコワイヨーイヤダヨーとメソメソしてても構いませんが、いつかは覚悟をして頂かないと」
「かくご…?」
「覚悟です。どれだけ苦しくても、誰かを傷つけても、捨ててしまいたくても……そのチカラとその影響を受けとめる覚悟です。貴女のお師匠さんがしているように」
師匠を見た。
「俺だって腹括ったのつい最近だし、言うほど出来ちゃいない。にしてもなしたよ、急にえらい厳しいこと言いだして」
「あれだけのチカラですから」
覚悟。
師匠の手を見た。泣きそうになった。
メジロさんが言った。
「石目君が貴女と義兄妹になれないと言った時、貴女はどう考え、何をしましたか。あれと同じですよ。貴女は、あのチカラから大事な皆んなを守るために、何が出来ますか」
鏑矢を離れるのは、いや。
みんなに何かあるのは、いや。
でも、そう思うだけじゃ何も変わらない。知ってる。施設で、あんなに願っても誰も迎えに来ないんだもの。
そうだ。
「私、必ず魔法使いになる!」
メジロさんは動かなかったけど、師匠はビクッとした。
「試験受けて、合格して、ちゃんと指輪もらう! いっぱい修行する! 指輪で、えっと、その」
「コントロール?」
「コントロール! 指輪があれば、できるようになるから! 危ないことしないように、できるから!」
「貴女にできますか? つらいこと、きっと沢山ありますよ」
「やる!」
「よろしい」
メジロさんは黒い被り物を取った。ケガはしてなかったし笑顔だった。
そしてそのまましゃがんで、うつむいた。
「先程、水脈冊幌支部から連絡が来ました。貴女を水脈に入れるのは辞めて、代わりに僕ら水脈を鏑矢に送り込むと。次に何か起きれば、僕らが命懸けで止めることになります」
「えっ」
「だから、本気でコントロールに励んでください。流石の僕も、甘ったれに命張るのはゴメンですからね」
「え〜〜〜‼︎」
色んなことにビックリしすきて、かぁっとなりかけたので、腕を振ったら、なんか落ち着いた。
でももう一回「え〜〜〜‼︎」って言わさった。
☆10
(語り手・ゼンダ)
看護師が、かりんを迎えに来た。
先程から腕をぶんぶん振って歩き回ってた当人は、呼ばれて急にシャキッとした。
大したもんだ。
やはり常人の5倍ほど石があるという。
ただ、正常に石婚できても偏る石が、あまりにも満遍なく含まれていて「逆に普通の人間と同じ」という、非常に珍しい状態らしい。
「なので、鉱石魔法が通常より出力が高くなるようです…ネイティブ制御用の石が必要かと思います」
石具製作のために、色々寸法を計らなければいけない。かりんは別室に呼ばれた。
待ち時間に、メジロさんに聞いた。
「水脈にいれたくねぇってアンタの主張が通った…とも思えねぇが、実際どういう理由だ?」
「もちろん、そんなおキレイな理由で水脈が動くワケがありません」
メジロさんは皮肉げに笑った。
「水脈は色んな意味でいっぱいいっぱいなんですよ。だから収容人数を減らしたい、収容にかかる経費も減らしたい、そして地方で何か起きた時に駆けつける時間差も減らしたい…今回はそのテストケースです」
「ちょうどよく鏑矢が実験台に選ばれたわけか」
「そんなとこです。でも出来れば」
水脈は向こうを向いた。
「他の支部でやってほしかったですね」
かりんが戻ってきた。疲れた顔をしている。無理もない。
「お疲れ、いろいろ測られて面倒だったろ。俺もグラサン作る時……」
「ししょう」
これはマジの声色だ。腹に力を入れる。
「なした」
「わたし…だったのかな」
「あ?」
「あの…どしゃくずれ、わたしがやったのかな」
それは、せめて今だけでも気がつかないで欲しかった。
「でしょうね」
水脈の言葉に叩かれたように、かりんの体が震えた。
「おい! こんな時にする話じゃねぇだろ!」
「いま話さずにいつ話すんですか。お嬢ちゃん自分のチカラを自覚し始めて、何よりです」
話しながら、メジロさんは俺をみて目元を指さした。サングラスを外すと、かりんの魔力が膨らんできているのが見えた。バレないように中和する。
メジロさんは、かりんの方を向いた。
「石目君に助けられる前の、最後の記憶は何ですか」
かりんは腕をパタパタ振った。魔力がしぼんでいく。
驚いた。今まで無意識にやっていたのか。
「……ま、ママが……『逃げて』って……」
「なるほど。で、言われた通りに逃げたんですね。
ああ責めてるわけじゃないですよ、それなら色々と辻褄が合うってだけです」
「え」
「貴女を誘拐した人達のワゴン車は、天井こそ壊れてましたが、乗ってた犯人たちはピンピンしてました。ねぇ石目君」
「ああ。でもそれがなんだ?」
「例えリュウグウノツカイにならずとも、急に過剰なチカラを吐き出されたら、普通は周りの人間が無事で済むはずないのです。僕もリュウグウになって暴れました。
でも貴女は、前の席の誘拐犯すら傷つけずに逃げた」
ようやくこの話の意味がわかって、今度は俺が震えた。腐っても水脈。なんてトコに気がつくんだ。
「チカりんの話ではお嬢ちゃん、逃げる前にママさんのことを思い出したんですよね。だから貴女は言われた通りに『逃げる』ことだけにチカラを使った、ということです。きっと、ママさんに言われた時と同じように」
かりんの目が大きく開かれた。
発見されたアジトは焼けていたが、無人だったという。少なくとも、トラブルで一目散に逃げるだけの元気はあったのだ。
「でもそのあとがよくない。制御ができなくて、崖崩れを起こしてしまった。石目君がいて良かったですね、この人のおかげで、貴女は今まで誰も殺さずに済んでいる」
メジロさんはぞんざいに言ったが、その言葉はズンと響いた。きっと、かりんにも。
「貴女が鏑矢にいられる決定が出たのは、それも理由の一つです。ずっと鏑矢にいられるよう、しっかり鍛錬してください」
「「はい!」」
「なんで石目君まで返事するんですか」
☆11
(語り手・かりん)
「疲れたろ。箱果まで寝てていいぞ」
師匠が言った。嬉しかったけど全然眠くない。
私たちは、箱果行き振り子特急に乗った。メジロさんが指定席の切符をくれたので、ゆっくり乗ることができた。そのメジロさんは、私たちの前の席で寝ている。今日から私の護衛をするって言ってたけど、大丈夫なのかな…。
チカさんも、あとで箱果に来ることになった。
「私あともうちょっとで出所でーす! 秋になったら鏑矢に行くからね!」
「あき…」
「うん、だからそれまでメー君で我慢してねぇ」
「う、ううん、大丈夫」
ヒメジ姉さんのことを考えると全然大丈夫じゃないけど、もう困らせたくなくてそう答えた。
さっき、チカさんにすごく謝られた。
「かりんちゃん本当ゴメンね〜、謎の音のこと気が付けなくて本当ゴメン〜」
「ううん…だって聞こえなかったなら……」
「違うのぉ聞こえてはいたの〜! でも、私にとってはその音、普通のことだしぃ…何がおかしいかわかんなかったんだよぉ」
「チカりんはネイティブですからね。身体から発せられる魔法の音は、生まれつき聞いてる音。仕方ないですね」
メジロさんが慰めたけど、チカさんはもう一度謝った。
「ごめ〜ん!」
「だ、大丈夫!」
師匠が下を向いた。サングラスでわかんないけど、師匠も寝ちゃったのかもしれない。
この3日間、たくさんのことがあった。ものすごくたくさんあった。嫌なことも、悲しいことも、楽しいことも、困ったことも。
いろんなことが変わった。
私の昔がわかったし、私の身体のこともわかった。
鏑矢に人も増えることになった。
メジロさんが来たことで、ヒメジ姉さんも海猫父さんも変わった。
…でも、師匠はずっと師匠だった。
師匠がビクッとなった。
「やっべ寝ちまった、悪い」
「ししょう」
「あ、なんかあったか?」
「わたし、師匠がずっと師匠で、よかった」
師匠は、ちょっと考えてから「そりゃどーも」と笑ってくれた。
いろんなことが変わった。
これからも、どうなるかわからない。
でも、きっと……。
急に眠くなってきて、そこから先は覚えてない。