カモミール「バデーニさん、よければ一息つきませんか」
お茶を、淹れたので。
彼...オクジー君がそう声を掛けたのは、ある曇天の日だった。
その日はいつものように研究室と称している納屋で机に向かっていたのだが、一つだけいつもと違っていた。
ズキリ
「(ッ、頭が痛い…。)」
無意識にこめかみに手を添わす。
今日のように天気が優れない日は、よく頭痛に悩まされていた。
頭痛だけでなく身体中にある古傷が痛む日もあり、とにかく集中できないのだ。
ペンを置き、はあ、とため息をついた。
これでは進む研究も進まない。
今日はもう切り上げようか…。
そう思った矢先、雑用係のオクジー君がコップを一つ手にしてやってきたのだった。
冒頭に戻る。
「茶?君が淹れたのか」
「いえ、そんな。」
話を聞くと、彼は以前から今日のような天気の日は私の調子が良くないことに気付いていたらしい。
何かできないかと思案した結果、子供の時の経験からあの飲み物が効くのでは?と思い立ったそうだ。
それが、
「カモミールティーです。クラボフスキさんに淹れていただきました。」
「ああ…なるほど」
カモミールには鎮静効果があることは古代から知られていて、乾燥させたものはハーブティーとしてよく飲まれている。
そしてカモミールをはじめとする薬草は修道院や教会で育て、乾燥させたものを保管してある。
彼は子供のころ教会に世話になっていたから、知っていたのだろう。
「まさか不調なことを君に悟られるとは」
「す、すみません...」
「まぁいい。気を遣わせたな。クラボフスキさんに私のことは?」
「いえ、話していません。俺が欲しいと頼みました」
どうぞ、と差し出されたコップを受け取ると、程よく人肌まで冷まされていた。
「有難くいただこう。研究のためにも」
一口飲むと、ハーブ独特の苦みと、身体の力が程よく抜けるような、カモミールの優しい香りがした。
私の表情が和らいだのが見て取れたのか、オクジー君もほっとしたようだった。
「あの、」
カモミールの香りに癒されていたら、彼が控えめに問うた。
「カモミールって、本来はどんな姿なんですか?」
「は?」
思わず短い言葉で問い返してしまった。
「見たことないのか。教会出身なんだろう」
「はい。まあでも子供の時に見たのもああいう、茶色く乾燥させたものでしたし…」
なるほど。原生は見てないのか。
幾分リラックスした効果もあって、知識の共有は嫌いだが気遣いをさせた礼として教えてもいいと思えた。
というかこんなこと、知識の共有というほどでもない。
「カモミールは本来、花の中心が鮮やかな黄色をしている」
「黄色…。」
「そうだ。周りの花弁…花びらが白だから、よりその黄色が映える」
「へえ…。」
オクジーくんがじっ...と何も無い空間を見つめた。
きっと彼の頭の中では、本来のカモミールの姿を想像しているのだろう。
次に彼が口を開くのを、待っている自分がいた。
私はいつからか、...いや、彼の本を読んだ時から、オクジーくんが紡ぐ言葉に興味を抱いていた。
-君は、どう表現する?カモミールの花を
「野原に沢山咲いていたら…まるで、満天の星空みたいですね」
彼の大きな瞳が、楽しそうに私を見た
「……はっ、なんだそれ」
私は乾いた笑いをこぼし、コップを煽った。
「あ、へ、変ですよね。花が星なんて…。はは…」
私の様子を見て頓珍漢なことを口にしたと思ったのだろう、彼は恥ずかしそうに笑ったが
私は何も言わず、そのまま飲み口を口から離さなかった。
「(花が星空、か...)」
彼の紡いだ言葉に、思わず緩んでしまった口元を見られたくなかったから。
―いつか彼に、満開のカモミール畑を見せてやりたい。
どんな表情をするのだろう。どんな言葉で、感動を伝えてくれるのだろう。
いつの間にか、心も体も軽くなっていた。