食べましょう、一緒に。柏餅食べるオクバデ
「ka,shi,wa...?なんだこれ」
5月。はるか東の島国で、俺は「ソレ」に出会いました。
「ただいま戻りました〜...」
「ああ、おかえり」
「あれ、起きてたんですね」
ガサガサと袋の音を立てながら、部屋に入る。
バデーニさんはシャツのボタンをいくつか開けて着崩した格好でベッドに寝転がっていた。
いま俺たちは、日本にいる。東京で、宇宙論についての学会が開かれるからだ。研究者であるバデーニさんと助手の俺は、約13時間という長時間のフライトを経て、アジアの島国にやってきた。
空港に到着するやいなや今回の主催者との挨拶、他国の研究者との挨拶、会場の下見、軽いウェルカムパーティが(ほぼ強制で)行われ、体力には自信のある自分は平気だったが、お世辞にもそうとは言えないバデーニさんは、主催側が用意してくれた高級ホテルに着くや否やぼふん、とベッドに倒れ込んでしまった。
彼が意識を手放す前にとりあえずジャケットを脱がしハンガーに掛け、「買い出しに行ってきます」とホテルに併設されているコンビニから今しがた帰ってきたというわけだ。
「寝てしまったかと」
「疲れただけだ。時差ボケで眠くない。
...何買ったんだ」
ガサガサと袋から荷物を取り出す俺の後ろからバデーニさんは興味深そうに覗き込んだ。
「色々と軽食になりそうなもの、買ってきました。あと下着も。バデーニさんMサイズで大丈夫だと思います。日本のコンビニってすごいですね、なんでもありましたよ」
はい、とMサイズの下着を3つ手渡すとバデーニさんは受け取りながらジ...っと俺の手元を見ていた。
「なんだこれは」
そこにはプラスチックの容器に入った、白い物体が2つ。緑色の葉で包まれている。
「カシワモチと言うらしいです。今日5月5日じゃないですか。日本ではこの日にこの...お菓子?を食べるみたいで。」
「お菓子?オニギリかと思ったが...」
好奇心旺盛な彼は容器を手に取り、よりじっくりと観察している。
「ふむ、確かによく見るとモチだな。とすると中にうっすら黒く見えるのは餡子だろう。そしてこの巻かれてる葉...もしかして楢(ナラ)の葉か?」
「え、楢の?」
楢はポーランドでは身近な植物だ。街中や公園のあちこちで見かけるけど、日本にも似たような木があるんだな。
「しかし、なんで餅を葉で包んであるんだ。殺菌が目的か?この現代で?」
「あ、カシワモチについてさっき少し調べたんですが、なんでも子孫繁栄を願う縁起があるとかで」
そう説明するとふーんとバデーニさんは納得した。
「なるほど。この木は新芽が出るまで古い葉が落ちないからな。そこから子孫繁栄に結び付いたんだろう」
言いながらパカ、と蓋を開け1つを手に取り食べようとするので慌てて言った。
「あ!葉っぱは食べちゃダメですよ」
「は?」
今にも口に入れようとするタイミングだったので、いつもの「は?」より圧は無かった。
...が。
「君ね...私が腹が減ってるからといって赤子じゃないんだから何でもかんでも食べるわけないだろ!言われなくても食べるか!この葉っぱはどう見ても食用じゃないだろ!」
「いや、いや、そうなんですけど!」
ぐいぐいと詰め寄られて慌てて説明する。
「さっき調べた時にカシワモチに似てるサクラモチっていうお菓子もあって、それは葉も食べられると書いてあったので...!」
「...な、葉を、食べる?」
「は、はい...3月3日に食べるサクラモチは、桜の葉が塩漬けされてあって、お餅と一緒に食べるんですって。」
「塩漬けの葉を...」
カシワモチを持っていた腕を一度降ろしたバデーニさんは「にわかに信じ難い」といった表情をしていた。
「この国には『欧州事情は複雑怪奇』という言葉があるらしいが、今はまるで逆だな」
「そ、そんな言葉あるんですね...。まぁ異国の食文化は貴重な体験ですよ。怪奇と言うより、興味深い」
気を取り直して俺もカシワモチを手に取った。
口に入らないように葉をめくって、いざ!
はむっ
「ング...口にくっつくな」
「お餅、初めて食べました。これはよく噛まないとですね」
2人でよく噛んで喉に詰まらせないように気を付けていると、必然と口の中の餅に集中しなくてはいけなくなり、モグモグと無言で最初の一口を食べた。
ごくん
「ふぅ、やっと飲み込めた」
「そういえば日本では毎年餅で人が死ぬらしいぞ」
「ええっ!そんな...でも確かに気を付けないと危ないですよね」
そう言いながら次の一口をかじる
「俺、餡子って初めてです。全然甘くないんですね。こんな濃い色してるのに」
「その色は小豆を煮詰めたからだ。上品な甘さというやつなんだろうが、我々の舌には足りないな」
「まぁ、ポンチキに慣れてたらしょうがないですね...」
ベッドに腰掛けて2人並んでモグモグとカシワモチを食べていると、なんだか可笑しくなってふふ、と笑ってしまった。
「なんだ急に」
「いえ、なんだかバデーニさんと異国の食べ物を初体験してるこの状況、ちょっと面白くて」
「は?」
今の「は?」いつもの様にわけがわからんと言いたげな圧を感じたが、構わず続ける。
「嬉しいです。一緒に初めてを共有できるの。俺が知らなくても、バデーニさんは知っていることが多いじゃないですか」
「当たり前だ。この私だぞ」
何を当然のことを、とバデーニさんの表情は変わらない。
「はい。だから嬉しいんです。俺とバデーニさんが一緒なのが」
そう言ってニコ、と笑いかけるとバデーニさんはバツが悪そうに視線を彷徨わせていた。
こういう表情をする時、バデーニさんは照れている。最近知った。
「日本にいる間に、色んなもの食べたいですね」
「オクジーくん。我々は食い倒れ旅行に来たんじゃないぞ」
「はは、そうですね」
研究が一段落したら、次は3月にサクラモチを食べに来ましょう。
またあなたと、初めてを共有したい。
そう思った春の終わりだった。