足音が揃うびゅう、と風が吹き抜けると、その冷たさに思わず自分を抱き寄せた。
異端審問官から逃げ仰せて、自由を求める希望の旅……いや、いつ野垂れ死ぬかも分からない地獄の逃亡生活が始まったのは、夏も終わりの頃だった。
「バデーニさん」
耳に染み付いた彼――オクジーくんの声に顔を上げた。
「大丈夫ですか。どこか痛い?」
「平気だ。少し疲れただけ」
「今日はかなり歩きましたからね……。周り見てきました。大丈夫そうです。今日はここで休みましょう」
「ああ」
カサカサと枯葉集め、ぱきりと枝を折り、そしてカチカチと火打石を打ち付ける。しばらくするとパチッパチッと乾いた空気が弾ける音、そしてふわりと煙の燻った匂いが漂う。音と匂いで彼が火を起こしているのが分かった。片目を焼かれてから、音や匂いに敏感になったと感じる。この生活になってそれが役立つことも何度かあった。しかし……
――この目では、私を心配してくれる彼の表情さえ、見えない。
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地動説の発表は元々地盤を整えて時期を見計らう予定だったし、どれだけ時間が経とうと内容はこの頭脳の中に完璧に入っている。
ただ……彼の文才を無くしたくなかった。
神から与えられた才能を、血で埋もれさせてはいけない。
オクジーくんに、文字を書かせたい。
君が綴る世界を、早く読みたい。
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川のせせらぎ、鳥の鳴き声、風によそぐ木の葉の音……。彼はそれを見て聴いて、何を思い、何を感じるのだろう。どんな言葉を紡ぐのだろう。
――どうして、ここに、紙とペンは無いのだろう。
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「バデーニさんもしかして、こうなったのは全部自分のせいって、思ってるんですか?」
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