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    Kaigawa_omake

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    Kaigawa_omake

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    なんか気持ちと雰囲気だけで書いた、いつわた側のうちよそ導入

    うちよそ学園 第一話 身体に残る衝撃、見慣れない服装、そして目の前にそびえ立つ巨大な建物。
    「ここ……どこなの……⁉」
     眼前に広がる光景に、少女は立ち尽くしていた。



     ――ことのきっかけは三十分前。
    「お嬢様、また行くんですか? 別の所に行きましょうよ~」
     気の進まない様子で歩くアルヴィーノ。その手を引くのは、どこかご機嫌な様子のエディッタだ。小さくため息をついてアルヴィーノを見る。
    「もう、いい加減慣れてよ。ただ古本を見に行くだけなんだから」
    「私だってお嬢様の邪魔をしたいわけではありません! ただ、あの意地の悪い店主と顔を合わせる必要は無いんじゃないかと、そう思うのです!」
     何を想像したのか、アルヴィーノは険しい表情を浮かべた。しかし、そんな反応すら見慣れたものなのだろう、エディッタはなだめることもなく歩き続ける。
    「じゃあ留守番してればよかったのに」
    「お嬢様と離れ離れになるのは嫌ですから……」
     手を握られた上にそっと撫でられ、今度はエディッタの顔が歪む。今すぐリュックから魔導書を取り出して一発ぐらい殴ってやろうかと思ったが、その気持ちをどうにか抑える。
    「……そう。じゃあ余計な事しないでよね」
     そうしてやって来たのは、少し古めの小さな建物。埃で汚れているガラスの奥には、本棚に並べられた大量の古本が見える。
     エディッタが扉を引くと、ドアの上部に付けられたベルが来客を知らせた。
    「こんにちは……っ、けほっ!」
    「うわっ! 何なんですかこれ⁉ ゲホッ」
     店内に一歩入った瞬間、強烈な埃とカビの臭いが鼻を突き、思わず二人ともせき込んでしまった。カウンターには古本だけでなく訳の分からない骨董品が山のように並んでいる。
     すると、骨董品の陰で物音を立てていた影が立ち上がり、こちらへ近寄ってきた。
    「……っと、すいません、ちょっと在庫の整理を――あれ、エディッタちゃん? ごめんね、店内散らかってて」
     やって来たのはいかにも人の良さそうな男性だ。はねた髪の毛や腰巻のエプロンなど、あちこち埃まみれになっている。
    「テオさん! けほっ、これ、何なんですか……?」
    「いやぁ、実は昨日の晩に古本と骨董品の買取りをしてきたんだよね。それがとんでもない量と種類でさ、どうにか整理しようと思ってたんだけど……想像以上に手こずってるって感じかな。営業自体はいつも通りしてるから、ゆっくりしていって大丈夫だよ」
     カウンター上の本に手をかけ、困ったように笑うテオ。こうしている間にも、奥の方からは何かが崩れるような音がしている。
     黙って骨董品を眺めていたエディッタだったが、ふと思いついたように顔を上げた。
    「……テオさん、その……よければお手伝いさせてくれませんか? テオさんにはいつもお世話になってますし、私も骨董品には興味があるので」
     少女の言葉に店主は一瞬驚くも、すぐに明るい表情になった。
    「もちろん構わないよ! それじゃあまずは――」
    「ちょっと待ってください!」
     そう声を張り上げたのは、後ろで黙って様子を見ていたアルヴィーノだ。
    「あ、いたんだ、アルヴィーノくん。珍しく静かだったから、家に置いていかれてたのかと思ってたよ」
     くすりと笑うテオ。その笑みはエディッタに向けていたものとは異なり、言葉や態度から意地の悪さがにじみ出ている。
     アルヴィーノも負けじとテオを睨み返す。……腕の中にエディッタを収めながら。
    「散らかした物を片付けるのは、あなたの仕事でしょう? お嬢様の可愛いお手を煩わせないでください!」
     堂々とした態度のアルヴィーノに、二人は言葉を失ってしまった。あまりにも的外れな意見に、テオも適当な相槌を打つしかない。
    「……はぁ」
     特に何も言い返してこないテオに、アルヴィーノは満足そうだ。すると、服の袖をくいと引っ張られる。
    「……ねえ、アル」
    「何でしょうかお嬢さ――」
     うきうきでエディッタの顔を覗き込んだアルヴィーノだったが、その余裕はすぐに消えた。胸の中で震えているエディッタの目つきは鋭く、苛立った様子のオーラを出していたのだから。
    「私さっき、余計なことしないでって、言ったよね?」
    「あ、えーと、それはー、そのー……」
     自分を拘束する腕を振り払い、エディッタは体ごとアルヴィーノに向き合った。
    「テオさんの手伝いは、私が自分でしたくて言い出したんだから、別にいいの。せっかく好意で手伝わせてくれるって言ってるのに、それに文句を付けるなんて失礼でしょ」
    「う……でも……」
    「アル」
     エディッタの顔に笑みは無い。今の彼女は文学少女ではなく、悪魔を従える一人の魔導士らしい堂々とした態度で目の前の下僕を見つめていた。
     こうなってしまえば、アルヴィーノは何も言い返すことが出来ない。頭一つ抜けた高身長が小さく見えるほどに、すっかり頭を垂れてしょげてしまった。
    「うぅ……申し訳ありません、お嬢様……」
    「謝るのは私にじゃなくてテオさんにでしょ……」
    「そうっすよ、三流!」
     高らかな声と共に骨董の山の中から現れたのは、いたずらっぽく笑う童顔の青年だ。エメラルドグリーンのピアスを揺らしながら、青年はアルヴィーノに近付いてきた。
    「オレの師匠にいちゃもんを付けた挙句、主人にまで迷惑をかけるなんて……本当しょーもないっすね~」
     アルヴィーノに向かって嘲笑した青年は、エディッタの方を向いて明るい笑顔を浮かべた。
    「いらっしゃいっす、エディッタちゃん!」
    「あ、ベレメルさん。お邪魔してます」
    「いいところに来たっすね~! 今日は面白いもんがいっぱい揃ってるっすよ!」
     丁寧にお辞儀をしたエディッタにベレメルは笑いかけ、近くにあった小箱を手に取って見せる。彼女の後ろでうなだれるアルヴィーノには目もくれず。
    「例えばこれ! 一見普通の木箱に見えるっすけど、ここにはすご~く強い念がこもってるんすよ! このまんまじゃ保管も販売も難しいんで、そういうのは分けるんす!」
    「えっ、そんなの触って大丈夫なんですか……?」
    「ぜ~んぜん大丈夫っすよ! 明らかにヤバいやつは最初に分けてあるんで!」
     ベレメルは指先に乗せた小箱を、器用に回してみせる。あれだけ動かしても何も起こらないのだから、本当に平気なのかもしれない。
    「そんなわけなんで、エディッタちゃんも自由に見ていいっすよ~。ね、師匠!」
    「そうだね。それでも心配なら、僕らに一言声をかけてくれれば大丈夫だから……おっと」
     崩れそうになる骨董品達を、テオは慌てて抑える。すぐさまベレメルも駆け寄って、花瓶や巻物なんかを器用に整理していく。
    「わわわっ! 危ないっすよ!」
    「あはは、助かったよ。ありがとうベレメル」
     大した感情も込められてなさそうな薄~い笑顔。しかしベレメルにはそれで十分なようだ。頬を赤く染め、自信ありげに鼻を鳴らす。
    「へへっ、そりゃあ師匠の弟子っすから! ま、そーいうわけなんで、ゆっくりしていくっすよ!」
    「あ、は、はい」
     手を貸した方がいいのだろうかと思ったけど、なんだかそんな必要はなさそうだ。むしろ必要以上に介入したらご迷惑な感じがするし。そんなことを思い、エディッタは迷惑にならない場所で骨董品を見てみることにした。
     いつもは古本を中心に扱っている店だが、店主であるテオの収集癖はそれだけに止まらない。珍しい陶器や古めかしい工芸品に始まり、楽器やら服やら、気になったものであれば何だって買い集めるのだ。
     見たことも無ければ用法さえ分からない道具の数々は不思議な魅力があり、手に取らずにはいられない。ベレメルが言った通り、何か強い念でも込められているのだろうか。
    「これ、何だろ……こっちのも初めて見た……! あっ、この楽器、前に本で見たことがある……!」
     次々に骨董品を観察するエディッタの瞳は、いつになく輝いている。好奇に満ちた主人の表情に、アルヴィーノは悔しさを覚えながらも、その顔には笑みが戻りつつあった。
    「骨董品を見つめるお嬢様も、無邪気で可愛らしい……」
    「アル、そんな所にいないでこっち来なよ」
     おかしな形の壺を手に、エディッタは声をかけた。先程の怒りはすっかり収まったようで、いつも通りの声色で手招きをしている。
     そんないつも通りが嬉しくて、アルヴィーノは顔を輝かせる。ついでに左目の薔薇もぱっちり開いた。
    「はい、お嬢様!」
     ご機嫌なアルヴィーノはエディッタの隣にやってきて、骨董品の山を覗き込んだ。なんだかんだ気になっていたのか、適当なものを手に取って振ったりしてみる。
    「それにしたってすごい量ですねぇ。こんなの集めて何が楽しいんでしょう?」
    「こういう骨董から、他の国の文化や今よりずっと前の出来事を知るのは、すごく大事なことだと思うけど。アルももう少し読書とかしてみたら?」
    「そ、そうですね~……考えておきます……」
     文学的な話題が少し出ただけで視線を逸らす執事に、これはダメだとエディッタはため息をついた。こんな状態で知識人に喧嘩を売るのだから、呆れるしかない。
    「……今度、アルでも読めそうな絵本とか探してみようかな」
     しっかり子ども扱いをしている。幸いかエディッタの呟きは聞こえていないようで、アルヴィーノはまた別の骨董を持っていた。
    「なんだかおかしなものばっかりですね。綺麗な食器や絵もあるみたいですけど、ほとんどは埃っぽいというか、使いどころが無いというか……ん?」
     ふと、一つの骨董がアルヴィーノの目に入った。
     鱗のような模様が全体に広がっている黒い筒。細長いそれを手に持ってみると、表面が少しでこぼこしているのが分かった。対して重くもないし、振ってみても音はしない。
    「? 何ですかね、これ。お嬢様、これ何だと思います?」
    「え? ……何だろう。蓋があるし、何か入れる容器なんじゃないかな」
    「ですよね。でも振っても音はしないし……何も入ってないんでしょうか?」
     エディッタは後に語った。「あの時、何も入っていないなら開ける必要はないんじゃないかって、アルを止めるべきだった」と。

     ――っぽん。

    「っと、開きました! 中は……やっぱり何も入ってないみたいですね」
     筒の中を覗き込むアルヴィーノ。逆さにしても何も落ちてこないところをみると、本当にからっぽのようだ。どこかつまらなそうに、アルヴィーノは机に筒を置く。
    「他に何か……あっ、これはどうですか⁉ 何だか複雑に絡み合ってるみたいですし、きっとパズルか何か――」
    「ねえアル……気のせいかもしれないんだけど、この筒……何か吸い込んでいるみたいじゃない?」
    「え?」
     見ると、エディッタが筒の前に手をかざして首を傾げている。振り返ったアルヴィーノも手をかざし、不思議そうに眉をひそめた。
    「う~ん、確かにそんな気がしなくもないですけど……」
    「でも、もしかしたら何か良くない物なのかも……とりあえず一回蓋を――って、蓋は?」
    「それなら先程この辺りに置いたはず……なん、ですが……」
     二人は辺りをきょろきょろと見回す。しかしあの黒い筒型の蓋はどこにも見えない。ただ、目の前では長い筒が揺れ出していた。
    「……あれ? なんだか揺れてない?」
     カウンターの奥で整理を続けていたテオが、顔を上げた。それに合わせてベレメルも本棚に目を向ける。
    「本当っすね。でも、地面が揺れてるっていうより……」
    「引っ張られている?」
     その言葉に、エディッタとアルヴィーノは顔を見合わせた。エディッタには焦りが浮かび、アルヴィーノの額にも汗が見える。
     エディッタはアルヴィーノの襟を掴んで引き寄せ、筒を指差して小声で叫ぶ。
    「絶対これのせいでしょ!」
    「いや、そう言われても、私だってどうすればいいのか……!」
    「とりあえず蓋しないと! 急いで探してどうにか――」

     ゴゴ……

    「「「「……え?」」」」
     異音に全員の視線が集まる。そこにはいつの間にか立ち上がり、竜巻のような渦を出しているあの黒い筒があった。
    「な……なんすかあれー!」
    「何かは分からないけど、とても強い力を感じる……みんな離れて!」
     慌てふためくベレメルを背に隠し、テオは魔導書を手に取る。あのテオが警戒しているのだから、相当のものなのだろう。そうでなくとも、この吸い込みの勢いにエディッタは恐ろしさを感じていた。
    「逃げましょう、お嬢様!」
     本棚を掴みながら、アルヴィーノも手を伸ばしてくれている。だから走ろうとしたのだが、そういう時に限って上手くいかないもので。
    「痛っ!」
     何かを踏みつけたエディッタは、思い切り転んでしまった。思わず振り返ると、そこには必死で探していた黒い筒が転がっている。
    「あ、」
     こんな所に落ちていたなんて、焦っていると何にも気付けないものだな。そんな風に思っている間に、エディッタの身体が宙に浮いた。ゆっくりと自分の身体が小さな竜巻に引き寄せられていくのを感じる。
    「お嬢様‼」
     伸ばされたアルヴィーノの手を掴もうと、エディッタも手を伸ばした。しかしその指先が掴んだのは、埃っぽい空気だけだった。
    「――アルっ!」
     目の前が真っ白な光に包まれて視界が遠のくのをエディッタは感じた。意識を失う前に見えた最後の光景は、こちらに駆けてくるアルヴィーノの姿――



    「…………ん、んん……?」
     激しい頭痛を感じ、エディッタは目を開けた。途端に眩しい光が飛び込んできて、思わずまたまぶたを閉じる。
    「眩し……っ、痛……」
     どうにか起き上がるも、全身に痛みを感じる。そういえばさっき転んだっけ、で済まされる痛みではない。例えるならそう、まるで高い場所から落とされたかのように、全身が痺れているというか……
    「……えっ?」
     エディッタは驚愕した。先程自分がいたのはいつもの古本屋の中。それなのに今いるのは燦燦と陽の光が降り注ぐ屋外で、目の前には見知らぬ巨大な建物がそびえ立っているのだから。
    「ここ……どこなの……⁉」
     震える脚が崩れないように気を張りながらも、あまりのショックに立ち尽くすことしかできない。辺りには自分以外、何者も見えない。
     足元には並べられたレンガと、その中に並んで咲いている鮮やかな花。白い建物は三階はあるようで、連なった窓からは机と椅子らしきものがいくつも見える。その光景に、エディッタはどことなく見覚えがあった。
    「ここ……学校みたい……」
    「おーい、エディッタちゃーん」
     後ろから、聞きなれた明るい声がした。近付く足音に振り返る。
    「テオさん! ……え、何ですか、その格好?」
     驚くのも無理はない。やってきたテオはいつものラフなエプロン姿ではなく、爽やかな学生服を着ていたのだから。よれたTシャツはしわの無い白いシャツに、ボロボロのジーパンは赤いチェックのズボンに。
     それでも小脇には自身の魔導書が抱えられているのだから、いかにこれが大切なものなのかが分かる。ワインレッドの革表紙の魔導書だけが古臭くて、服装には不似合いだ。
     エディッタの反応にテオはきょとんとし、彼女の体を指差す。
    「何って……エディッタちゃんも同じような服装してるよ?」
    「えっ」
     言われてエディッタはまた驚いた。テオの言う通り、自分の服装もすっかり変わっている。
     胸元にリボンの付いた白シャツは、不思議と身体に馴染んでいた。黒を基調にしたゴシックなドレスワンピは跡形もなく、チェック柄のプリーツスカートが揺れる。確かに学生服らしいが、自分が通っている学校のものとは違う。
     ただ、いつも携帯している青い魔導書だけは、きちんと握られたままだ。いつの間に手に取ったのかは覚えていないが、主人になった以上、この魔導書からはどう足掻いたって離れられないということなのだろう。
     厄介な運命ではあるが、今のエディッタにはそれが頼もしかった。
    「本当だ……」
    「あはは、パニックで気付かなかったのかな? 僕も驚いたよ。まさか成人済みの身体で学生服を着ることになるとは思わなかったからねぇ」
     こんな状態でも呑気に笑っているなんて、流石は千年以上生きているだけある。実害が無ければ何だっていいのだろうか、とエディッタは思わずにいられなかった。
    「あれ……? そういえばテオさんもここにいるってことは……」
    「いやぁ、恥ずかしいことに僕らも吸い込まれちゃったんだよねぇ。まさかこんなことになるなんて思ってなかったし、心配だなぁ……」
    (テオさんでもそんな風に思うことがあるんだ……)
     珍しく物憂げな表情を浮かべるテオに、エディッタは少し感心していた。何せ普段は平気な顔をして人を簡単に貶めるような男なのだから、こうして誰かを気遣う心を持っていたことに軽く感動さえ覚える。
    「……やっぱり、心配ですよね」
    「うん……だってもし、あの騒ぎで骨董たちが壊れでもしていたら……あの持ち主を一晩中説得し続けた僕の苦労が水の泡になってしまうじゃないか……! 修復技術があるとはいえ、そのために必要な時間も材料も安くはないのに……!」
    「……」
     前言撤回。やっぱりこの悪魔は人の心など持っていなかった。
     実際あの骨董達はそれなりに価値があるものだろうし、それらを手に入れるためにした努力だって計り知れない。だとしても、何より先にする心配がそれかなぁと、エディッタは思ってしまった。
     そんな少女の思惑などつゆ知らず、気付けばテオはいつも通りの笑みを浮かべていた。
    「まあ、エディッタちゃんの無事が確認できて何よりだよ。見たところ、大きな怪我もなさそうでよかった」
     骨董品の心配を一番にしていた人に言われても、今一つ嬉しくない。だが、エディッタとしても、ここで知り合いと出会えたことは幸運だった。張り詰めていた気持ちが緩み、少しだけ心に余裕が生まれる。
    「わ、私もテオさんに見つけてもらえてよかったです。でも、ここってどこなんでしょう? 見たところ、学校みたいですけど」
    「そうだねぇ……僕も今の状態だけでは何とも言えないけど、エディッタちゃんと出会えたってことは、ベレやアルヴィーノくんたちもここに来ている可能性が高い」
     辺りを見回すも人の気配はしない。黙って校舎を見ていたテオは、おもむろにエディッタの手を取った。
    「とりあえず、校舎内に入ってみない? そうすれば元の世界に戻るヒントも見つかるかもしれないし、二人とも合流できるかもしれないよ」
    「……そうですね。行ってみましょうか」
     歩き出した二人は、校舎沿いに進む。並ぶ花壇は花が咲いているものもあれば、ただ土が敷かれているだけのものもある。せっかくなら帰る前に少し手入れをしてみたいなぁ、なんて思いながらエディッタは足を動かす。
     少し進んだところで、光景が変わった。ずっと同じ窓の並びだったのだが、ようやく広い入口のようなものが見えてきた。
    「あ、あっちが玄関みたいだね。嫌な雰囲気もしないし、行ってみようか」
    「……あれ? あそこで手を振ってるのって……」
     数十メートル先では、こちらに向かって飛び跳ねたり腕を上げたりとアピールをしている影が一つ。
    「師匠~! お~い!」
     離れているはずなのに、すぐそばから呼びかけているのではないかというほどに大きな声が二人を呼ぶ。その声だけで、二人にはあの人影が誰なのか一瞬で分かった。
     少し早足で近付くと、待ちきれなかったのか影がこちらに駆けてくる。
    「やっぱり……ベレメルさん!」
    「ようやく見つけたっす、師匠~! エディッタちゃんも一緒だったんすね! 無事で何よりっす!」
     二人を視界に捉えたベレメルは、満面の笑みを浮かべた。ついでに声も一回り大きくなったので、エディッタとテオは顔を歪めてしまった。
    「相変わらず元気だね、ベレ。ここで目覚めたのかい?」
     テオの質問にベレメルは大きく首を振る。
    「いや、オレはあっちの木の上で目覚めたんすけど、師匠ならここに来るかなって思って待ってたんす! 師匠ならきっとここに来てくれると思ってたっすから!」
     自信満々で話すベレメル。長い間テオの下僕として働いているだけあって、彼の思考をよく理解している。
     そんな彼にテオは笑みを浮かべ、頭に手を載せた。
    「やっぱりベレは優秀だね。いい子いい子」
     主人に撫でられたベレメルは、子犬のように嬉しそうな表情で手に頭を擦りつける。彼に尻尾があったなら、とんでもない勢いで振られているであろう。
    「へへっ……それで師匠、この後はどうするんすか?」
    「そうだねぇ、僕としてはもう帰る方法を探してもいいんだけど……」
     視線の先には、暗い表情のエディッタ。何か言葉を発することもなく、汚れだらけの魔導書を抱きしめている。
     落ち込むのも仕方がない。まだ見つかっていないのは彼女の下僕、ただ一人だけなのだから。いつもはうるさいほどに付きまとっていることもあるし、エディッタとしても寂しいのだろう。
    「……あー、そういえばそうっすね。あの三流は気に入らないっすけど、師匠のお客さんをこのまんまにしておくわけにはいかないっすからね~……エディッタちゃん!」
     ベレメルはエディッタに駆け寄り、顔を覗き込んだ。
    「ひゃっ! え、えっと……?」
     驚きのあまり、エディッタは後ずさりをしてしまった。不安そうなエディッタに、ベレメルは笑いかける。
    「あの三りゅ……エディッタちゃんの下僕くんを探すの、オレも手伝うっすよ!」
    「え……? で、でも、元はといえばアルと私のせいというか……それなのに手伝ってもらうなんて、その……」
    「まあ、みんなで探した方が早く見つかるだろうし、いいんじゃないかな?」
     玄関をまじまじと見つめていたテオも、エディッタに近付いてきた。やはり使える手足が増えたからだろうか、その表情には余裕が生まれている。
    「ここに来てしまったのは、あの筒の危険性を見抜けなかった僕らの問題でもあるからね。帰る方法を探しながら、アルヴィーノくんのことも探そうか」
    「テオさん……ベレメルさん……」
     大切な人がいない不安に苦しがっていたエディッタの心は、二人の言葉で暖かさを取り戻した。なんだか二人といれば、この世界でもやっていけそうな気がして。
    「……ありがとうございます。みんなでアルのこと、探しましょう」
     いつもの調子を取り戻したエディッタに、テオとベレメルは顔を見合わせて笑う。
    「それじゃあ、早速校内に入ってみようか」
    「そうっすね! ……しっかし、あのヒョロヒョロ、自分の主人をほっぽってどこに行ったんすかね? せめて何か分かりやすい感じのことでもしてくれれば――」

    「お嬢様あぁぁ」

    「「「…………」」」
     三人は顔を見合わせる。なにせ、校舎内から聞こえてきた大音量の叫び声は、アルヴィーノの声そのものだったのだから。
    「……探すの、やめる?」
     呟いたテオの視線の先には、頭を抱えているエディッタがいた。しばらく考え込んだ後、大きなため息と共に一言。
    「……帰る方法、探しましょうか」
    「あれだけ大声出せるんだったら大丈夫そうっすね。当てもなくあんなに叫んで、バカなんすかね? アイツ」
     大声については他人のことを言えないのでは……と思うエディッタとテオだったが、決して口には出さなかった。実際、ベレメルの意見にも同意せずにはいられなかったこともあったので。
    「まあ、アルヴィーノくんとは校内を周るうちに出会えるだろうし、一旦中に入ろうか」
    「そうっすね! ほら、エディッタちゃんも!」
    「は、はい」
     悪魔達に導かれ、少女は校舎内に足を踏み入れた。
     しかし彼女達はまだ知らない。この先、更なるトラブルに自分達が巻き込まれることになるなんて――
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