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    Kaigawa_omake

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    Kaigawa_omake

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    2年前に書いた長編の最初ちょっとだけ
    たぶん近々全文が出ます

    一等星の夢(最初だけ)          1

     朝日が輝き小鳥もさえずり始める頃、町は少しずつ騒がしくなる。古びた家屋が並ぶ表通り、その中でも一際ボロボロな外見の建物からは怒号が聞こえてきた。
    「もー! 一体どこに行っちゃったのよー!」
     リビングでそう叫ぶのはエプロン姿の女性。体系は人間だが、その頭は丸いガラスの容器になっている。上部には蓋のようなものがついており、容器の中では大きな蛾が激しく羽ばたいて強い光を放っていた。
    「朝食を作る準備はできてるのに……これじゃあせっかく作っても冷めちゃうじゃない! どうして何も言わずに出かけちゃうのよ!」
     建物の外装に似合わずリビングは美しく整えられており、家具はどれも新品同然に手入れされている状態だ。女性は朝日が差し込む窓から外を見ては落ち着きなく部屋をうろうろしている。
     それに反応して、ソファで読書をしていたスーツ姿の男性の耳がぴくりと動いた。ただしその耳は頭のてっぺんについている白いうさ耳だが。
     男性は読んでいた本を閉じてため息をついた。エメラルドグリーンの瞳にもどこか不安が見える。
    「彼が自由人なのは今に始まったことではありませんし、諦めるしかないですよ。とはいえ本当にどこで何をしているんでしょうか……」
    「ジェイ、探しに行ってくれない? ぴょーんって跳ねたらすぐ見つかると思うんだけど」
    「何言ってるんですか。キャリーだって面倒事に自ら足を突っ込むようなことはしたくないでしょう?」
    「当然よ! まったく、本当にあの性格をどうにかしてくれないかしら……」
     はぁ、とキャリーがため息をつくと、玄関の扉が開く音が聞こえた。
    「おや、噂をすれば帰ってきたようですね」
    「それじゃあアタシは朝食の準備に取り掛かろうかしら」
    「それなら私も手伝います。キッチンに行きましょう」
     キャリーとジェイがキッチンに向かおうとした瞬間、リビングの扉が勢いよく開いて明るい声が響く。
    「やあ住人諸君、いい朝だねぇ! 実に気分がいいよ!」
     大きな声に二人が思わず振り返ると、汚れだらけの服を着た男性がリビングの入り口に立っていた。ワインレッドの髪は乱れ、パーカーの裾はほつれている。
    「シアン、今まで一体どこに……って、ちょっと」
    「まさか子供、ですか……」
     二人が驚くのも無理はない。その男性は胸に小さな少女を抱えていたのだから。
    傷つき汚れた服をまとった少女はシアンの大きな腕の中ですやすやと眠っている。首にはかすかに虹色の光を放つ大きな星型のペンダントをかけており、それを大事そうに握っている手は色白で可愛らしい。
     シアンは部屋に入るなり二人に近寄った。笑顔を浮かべてはいるものの、二人を見下ろすその顔からはどことなく圧を感じる。
    「彼女かい? 実に可愛らしいだろう?」
    シアンはソファにそっと少女を横にすると、深い海のような瞳で興味深そうに少女を見つめた。
    「余程疲れているのだろうね、なんて無防備な寝顔なんだろうか……」
    「ちょ、ちょっと待ってください! 何故こんな少女を連れてきたんですか」
     状況を把握しきれていないジェイを見てシアンは軽く笑った。
    「何故って? そりゃあ面白そうだからさ!」
     自信満々なシアンを見てキャリーは困惑する。
    「あのねぇ……何でも面白そうって理由をつけるのは——」
    「ああキャリー、それはつまり僕と彼女の出会いについて聞きたいということだね?」
     シアンはキャリーの言葉を遮り、その手を取った。
    「え、いや……」
     キャリーが断ろうとするも、シアンはお構いなしだ。
    「いいだろう、聞かせてあげようじゃないか! あれは僕がゴミ山を訪れた時のこと——」
    「……始まりましたね、シアンの自分語り」
    「毎回飽きないのかしらね……」
     二人が呆れた様子でシアンを見るが、当の本人は全く気にしていない。悠々と室内を歩きながら大げさに腕を動かして続ける。
    「——薄汚れたゴミの山、群がる愚者達。そんな中に見えた一際眩しい光。一体それが何なのか、僕は確かめたくなった。光を隠す雲を払いのけ手を伸ばした先、そこにあったのは輝く一等星……そう、彼女だったんだ!」
     そう言うと同時に、シアンは両腕を広げて眠っている少女を示す。相変わらず少女は眠ったままだ。
     二人はげんなりとした様子でシアンを見る。
    「……いや、何の理由にもなってないわよ。一等星ってその星型のペンダントのこと? それともその子が珍しく感じたってこと?」 
    「もちろん両方さ。事実、こんなに健康体で育ちのよさそうな子供はなかなか見かけないだろう? 見てごらん、肉付きはよく髪も手入れがされている。服も有名なブランドのものを着ているじゃないか」
     二人は少女を覗き込んだ。多少ボロボロではあるものの、シアンの言う通り少女はどことなくきちんとした家の子供という印象がある。
    「確かに孤児ではなさそうね。どうしてこんなに可愛い子が……」
    「身長は120センチほど……年齢は8歳前後でしょうか。それにしても実に可愛らしい寝顔ですね……」
     ジェイは目の前で眠っている少女に興味津々のようで、うさ耳を少女に向けまじまじと眺めている。その様子を見てシアンは満足そうだ。
    「いやあ、喜んでもらえたようで何よりだよ! きっと君達も気に入ってくれると思ったんだ!」
    「アンタ……最初っからジェイを丸め込む気でいたわね?」
     キャリーが顔を上げるとシアンはニヤリとする。
    「ふふ、そう言うキャリーだって彼女を見て可愛いと思っただろう?」
    「だってこの子は何にも悪くないもの。少なくとも私には彼女が犯罪者には見えないわ」
    「なら問題は無いね。彼女を拾ってきて正解だったよ」
    「それとこれとは別よ。どうして誰の許可も無しに拾ってきちゃうわけ?」
     キャリーが強気でシアンに詰め寄る。しかしシアンはわざとらしく困った顔を作ってみせるばかり。
    「そうは言っても拾ってきてしまったものは仕方ないからねえ。それとも君は彼女をあのゴミ山に戻すつもりかい?」
    「なっ、そんなわけ——」
    「二人とも静かにしてください! この子が目覚めてしまいます」
     ジェイが言うと二人とも口を閉じたが、ソファの上で横になっていた少女はもぞもぞと動き出し、まぶたを開けた。
    「ん……うぅん……?」
     少女は体をゆっくりと起こし、眠そうな目を擦って辺りを見渡す。
    「あら、起こしちゃったみたいね……」
    「騒がしくして申し訳ありません。まだ眠いなら静かにしていますからもう一度横に——」
    「うさぎさん……!」
    「えっ」
     少女は自分の目の前でしゃがみ込んでいるジェイの頭に生えたうさ耳に気が付いたようで、ソファの上に立ち上がってジェイの耳を掴んだ。
    「いっ」
    「うわぁ……うさぎさんのおみみ、やわらかくてあったかい!」
    「ちょ、そんなに激しく触るのは……!」
     掴まれまいと耳をパタパタと動かすと、少女が面白そうだとばかりに目を輝かせる。身を乗り出して耳に触れようとすると、ふわふわの耳が少女の頬を撫でた。
    「わ、わ! くすぐったいよぉ!」
    「頼むから、一旦離れてください……!」
     オロオロと慌てているジェイを見てシアンは笑いをこらえきれないらしい。口を押さえて少し震えている。
    「ま……まさかあのジェイがこんなに慌てるとは……実に珍しい……ふ、ふふ……」
    「面白がってないで止めなさいよ! ……えーとお嬢ちゃん? ちょっとそのお兄さんから離れ——」
     キャリーが近付くと少女はうさ耳を触るのを止めた。その代わりにキャリーの頭をキラキラした瞳で見つめているが。
    「あ、あら? なんだか視線が……」
    「虫さん!」
    「きゃああっ!」
     キャリーの嫌な予感は見事的中。少女はキャリーの頭をベタベタと触り、中にいる蛾をよく見ようとガラスを揺らす。
    「すごーい! 光る虫さんだ!」
    「そんなに振り回したら、頭が、指紋が、止めてぇぇぇ!」
    「あ! これとったら虫さん出てくるかなぁ!」
    「ちょ、それは……っ!」
     少女がキャリーの蓋を開けようと手を伸ばしたその瞬間、少女の身体がふわりと宙に浮いた。
    「うわあっ」
    「そこまでだよ、お転婆なお姫様」
     シアンの背中からは一本の黒く大きな腕が伸びており、それが少女の身体を掴んでいる。シアンはその腕を縮め、驚いた表情の少女を自分の胸の中に抱きかかえた。
    「これで捕まえた。はしゃぐのは構わないけれど、そこの二人が倒れる寸前だから少し落ち着こうか」
    「お兄さん、このまっくろいうではどうなってるの?」
     硬く鋭い腕に怖がるどころか自ら触りだす少女に、シアンは思わず笑みをこぼす。
    「ふふ……ははは! 本当に君は面白いね! 知らない場所でおかしな人達に囲まれているのに怖くないのかい?」
    「ぜんぜんこわくないよ! とってもおもしろいもん!」
     少女が金色の瞳をぱっちり開いてシアンを見つめた。そんな少女の頭を優しく撫でると、黒い腕は跡形もなく消える。
    「満足したようならよかったよ。二人とも大丈夫かい?」
     ソファの側で倒れている二人は息も切れ切れに立ち上がった。
    「ええ、なんとか……はぁ、久々に子供の相手をすると疲れますね……」
    「元気なのはいいことなんだけど……はぁ……」
     耳を激しく動かしたせいでジェイの黒髪の上には若干白い毛が見える。キャリーの頭は指紋だらけになってしまった。
    「まあまあ、彼女はきっと地上からここに来たばかりだろうし、初めて見るものに興味を示すのは当然だろう? ね、お嬢さん」
    「うんっ! お兄さんたち、まるでえほんの中からとび出してきたみたい!」
     無邪気な笑顔を見せる少女に、疲労困憊だった二人もすっかり元気を取り戻した。
    「……まったく、次からはちゃんと触っていいか聞いてからじゃないとダメよ? アタシ達だって突然飛びつかれたら困っちゃうわ」
    「わかった! お姉さん、お兄さん、きゅうにいっぱいさわってごめんなさい」
    「きちんと謝れましたね。偉いですよ」
     ジェイに頭を撫でられて少女は嬉しそうだ。
    「どうやら仲良くなれたみたいだね。とはいえ彼女について僕らは何も知らないままだ。ここからは親睦を深めていこうじゃないか! まずは——」
     シアンの声を遮ってぐうぅ~、と大きな音が響いた。
    「おや? 今の音は……」
     シアンが腕の中の少女を見ると、顔を赤らめてもじもじとしている。
    「そういえば朝食がまだでしたね。遅くなりましたが準備をしましょうか」
    「早急に頼むよ。勿論、君の分もあるからね」
    「あさごはん……たのしみ!」
     よほど空腹だったのだろう、少女は待ちきれないといった様子だ。
    「それじゃあさっさと作っちゃいましょ。その前に……」
     キャリーがシアンと少女の全身をジロジロ眺めると、頭の光が強くなる。
    「アンタ達はシャワーを浴びてきなさい! そんな汚れだらけの体であっちこっち触る前に、早く!」
    「おっと、すっかり忘れていたよ! では食事が完成するまでに体を洗っておかないといけないね。キャリー、簡単なものでいいから彼女の服を作ってくれないかい?」
    「分かったわ。今はきちんとした布が無いからアタシの服を使って仕立てることになるけど……いいかしら?」
     キャリーが少女の顔を覗き込むと、少女はにっこりと笑った。
    「うん! かわいいのがいいな!」
    「うふふ、任せてちょうだい! それじゃあジェイは朝食の準備をして、シアンはシャワーを浴びること! 細かい調整は後にするとして、服が出来たら脱衣所に持っていくから頼んだわよ! アタシは部屋で作業するから、アンタ達も早くしなさい!」
     言うなりキャリーは脱いだエプロンをジェイに渡し、頭をチカチカと光らせながらリビングを出て行った。
    「キャリーは相変わらず元気だねぇ。それじゃあ僕らもシャワー室へ行くよ。朝食までには戻るから」
    「分かりました。料理に時間はそこまでかからないと思いますので、早くしてくださいね」
     エプロンの紐を結びながらジェイが言う。それを聞きながらシアンは廊下に出る扉に手をかけた。
    「二十分もあれば戻ると思うよ。それじゃあ行こうか、お嬢さん」
    「はーい!」
     少女を抱きながら去っていくシアン。それを見送るジェイの顔はどこか不安そうにも見える。はぁ、と小さくため息をついた。
    「シアンは一体何を考えているのでしょうか? それにこんな状況、彼が知ったら……先が思いやられますね」

              2

    「まぁ~本っ当に可愛いわね~!」
     頭を眩しく光らせるキャリーが見つめているのは、リビングのソファに座っている少女。先程の汚れだらけの姿から一転、すっかり綺麗になっている。じっくり見ようとさらに顔を近付けるキャリーをシアンが引き留めた。
    「キャリー、そんなに近くで強く光ったら彼女の目が悪くなってしまうよ」
    「あっ、ごめんなさいね! でもシアンもそう思うでしょう?」
     少女はまだ少し恥ずかしいのか、もじもじしていて二人と目を合わせようとしない。
     キャリーが作った服はドレス風のワンピース。パステルピンクの生地に白いフリルが沢山ついていて華やかだ。ウェーブのかかったゴールドブラウンの長髪は服とお揃いのピンクのリボンで一つに結われている。
    「キャリーの言う通り、とても似合っているよ。本物のお姫様みたいだ」
    「わたし、おひめさまみたいに見えるの」
    「ええ、それはもう! でも思っていたより怪我が少なくてよかったわ。落ちてきた時に大怪我をする人も沢山いるし……」
    「きっとゴミがクッションになったんだろうね。彼女は実に幸運だよ」
     色白な少女の素肌にはいくつかの擦り傷があるものの、出血はない。当の本人も全く気にしていないようだった。
     少女はソファから立ち上がって体を動かす。フリルが気に入ったのか、くるくると回ってスカート部分をひらひらさせて楽しそうだ。少女が動くたびに胸から下げたペンダントもキラキラと輝く。
    「わあ……すっごくすてき! ありがとう、お姉さん!」
    「喜んでもらえてアタシも嬉しいわ! どれだけ動いてもいいようなデザインにしてるし、ペンダントが目立つように胸の部分はシンプルにしてみたのよ!」
     楽しそうに喋るキャリーの頭は光が強まり、中では鱗粉をまき散らして蛾が飛んでいる。
    「それじゃあダイニングに行こうか。ジェイが料理を並べて待っているはずだよ」
    「わたしもおなかぺこぺこ!」
    「今日の朝食は何かしらね~」
     ダイニングの扉を開くと甘い香りがキッチンから漂ってくる。皿に料理を盛り付けていたジェイがシアン達に気付いて振り返った。
    「来ましたか。ちょうど準備が終わったところで……おや、随分と可愛らしい服を着ていますね」
    少女に気付いたジェイはしゃがみ込んで微笑む。少女は服を見てもらえたのが嬉しいのか、裾を持ってひらひらとしてみせた。
    「おひめさまみたいでしょ?」
    「ええ、とっても素敵です。よかったですね」
    「うん!」
     少女はまた嬉しそうにスカートをなびかせる。
    「では席に着いてください。今料理を持ってきます」
    「それじゃあ君は……ここに座ろうか。どうぞ」
     ダイニングのテーブルには椅子が四つ。リビングへ繋がるドアに一番近い場所の椅子をシアンが引いて、少女をエスコートする。少女は椅子に座るが、大人用の椅子が少女には低すぎるようで、テーブルには少し遠い。
    「あ、この子が増えたら家具なんかも増やさないといけないわね。今はたまたま一人いないから足りるけど……」
    「子供用の家具の方が便利だろうし、何より彼は自分がいない時でも勝手に色々触られるのを嫌うだろうからね。お嬢さん、ちょっといいかな?」
     言いながらシアンが持ってきたのはクッション。少女を一度椅子から下ろすと、椅子の上にそれをのせた。
    「さ、どうだい?」
    「……あ、これならだいじょうぶ! お兄さんありがとう!」
    「どういたしまして、小さなお姫様。それじゃあ僕らもいつもの席に座ろうか」
    「あら、この子の隣じゃなくていいの?」
    「別に構わないさ。君やジェイも彼女と話がしたいだろう?」
     そう言いながらシアンが座ったのは少女と対角線上にある椅子。続いてキャリーもその右隣に腰を下ろす。
    「アンタが何を考えてるか分からないけど、変なことはしないでよ?」
    「ふふ、それはどうかな」
     二人が話をしていると、ジェイがお盆に料理を載せてやって来た。
    「用意できましたよ。どれも簡単なものばかりですが」
     慣れた手つきでジェイが料理を並べ始めた。コーンスープやサラダ、ソーセージなど様々な料理がテーブルを埋めていく。
    「それから……お待たせしました、出来立てですよ」
     一度キッチンに戻ったジェイが持ってきたのは甘い香りの漂うフレンチトースト。少女の目の前に置かれたものは特にたっぷりメープルシロップがかけられている。
    「うわぁ~……!」
     少女が待ちきれないといった様子で足をバタバタとさせる。その様子を見て向かいに座っているキャリーがくすりと笑った。
    「美味しそうね! ジェイ、随分作ったみたいだけど大丈夫だった?」
    「ええ、キャリーが準備してくれていたのでとても楽でしたよ。本当に助かりました」
     ジェイはエプロンを畳みながら少女の隣の席に座った。
    「お兄さん、もうたべていい?」
    「勿論いいですよ。冷めないうちにどうぞ」
    「わーい! いただきます!」
     少女はフォークを持ってフレンチトーストを一切れ取る。大きな口を開けて、つやつやのシロップで輝くトーストにかぶりついた。
    「~~~‼」
     少女の金色の瞳がぱっちり開き、星のように輝く。口の中でトーストを何度も噛みしめ味わってからゆっくりと飲み込んだ。かと思うとその腕は別の料理に伸びて、次々に口に食事を放り込んでいく。
    「おやおや、余程お腹が空いていたんだろうね」
    「そんなに急いで食べなくても食事は逃げないし、誰もあなたの分は食べないわよ!」
    「少しですがおかわりもありますから、食べたいなら言ってくださいね」
    「うんっ!」
     幸せそうな表情で、少女はまたトーストを頬張った。

    「ごちそうさまでした! あー、おなかいっぱい!」
     三人にも負けない勢いで食べ進めた少女は、ものの十分で料理をたいらげてしまった。満足そうにお腹をさすっている。
    「おかわりまでしていたものねぇ。美味しかった?」
    「うん! すっごーくおいしかった! でもお姉さんの口が首にあってびっくりしちゃったよ!」
     少女が見つめると、首をナプキンで拭いていたキャリーが恥ずかしそうに笑う。
    「うふふ……普段は見せないようにしてるのよ。だってアタシの口って他の人より大きいでしょう?」
    「そっかあ。でもわたしはすきだよ!」
    「本当? 嬉しいわ」
     向かい合って話している二人はとても楽しそうだ。その様子をシアンがまじまじと見ている。
    「キャリーの口を見ても怖がらないなんて、よほど感受性が高いのか、それともただ単に鈍感なだけかな?」
    「子供というのは大人には無い感性を持っているのでしょうね。我々とは見ている世界が違うんですよ」
    そう言いながらジェイがキッチンからやって来た。手にしているお盆には四つのマグカップを載せている。
    「いつも通りミルクと砂糖はご自分でどうぞ。それから貴方にはこれを」
     慣れた手つきでカップを置いていくジェイ。どれもブラックコーヒーだが、少女の前に置かれたものは違った。
    「好みが分からないのでミルクココアにしたのですが……甘いものは好きですか?」
    「うん! わたしココアだいすきだよ! うさぎのお兄さん、ありがとう!」
     少女が嬉しそうにジェイを見つめる。
    「……どういたしまして」
     ジェイの表情はほとんど変わらない——が、嬉しそうに耳がぱたぱたと動いている。本人は無意識のようで、耳以外は目立った反応を見せずジェイは席に着いた。
    「あら、ジェイってば珍しい……」
    「ふふっ、お礼を言われたのが随分嬉しいようだねえ」
     キャリーとシアンはジェイには聞こえないようにコソコソと喋る。しかし少女はジェイのことをじっと見つめていた。視線を感じたジェイは少女が自分を見ていることに気付く。
    「……どうしたんですか?」
    「お兄さんの耳、ぴこぴこしててかわいいね!」
    「み、み……?」
     そこでジェイは自分の状況が分かったようで、耳の動きが止まる。くすくすと笑うシアンとキャリーに気付き、渋い顔になった。
    「……いつからですか」
    「褒められた時からだね。せっかくだからもう一度……」
    「やりませんよ」
    「つれないなあ。少しくらいいいじゃないか」
     ニヤニヤと自分を見つめてコーヒーを飲んでいるシアンからジェイは目を逸らす。恥ずかしかったのか耳はすっかり垂れてしまった。
    「仕方ないでしょう。子供と触れ合う機会なんて滅多にないんですから……」
    「でもジェイの気持ちも分かるわ~。こんなに小さな子を見たのは本当に久しぶりだもの! ねえシアン、アンタは何を思ってこの子を拾ってきたわけ?」
     ブラックコーヒーを優雅に飲んでいたシアンは、それを聞いてきょとんとする。
    「それなら最初に喋ったじゃないか。そんなことより……僕は君について色々聞きたいと思っているんだけど、もしよければ君のことを話してくれないかな?」
     シアンに声を掛けられると、少女はココアの入ったマグカップをテーブルに置いた。
    「わたしのこと?」
    「そう、僕らは君についてまだ何も知らないだろう? だから自己紹介をしてほしいんだ。名前とか年齢とか出身とか、まずは簡単なものでいいよ」
     少女は少し考えた後、三人を見渡してゆっくりと口を開いた。
    「……わたしのなまえはアリア=フローレン。今は18さいだよ!」
     衝撃のあまり、ジェイとキャリーは固まってしまった。ただシアンだけはいつもの調子で少女に話しかける。
    「ああ……なんて素敵な名前なんだ! アリアと呼んでもいいかい?」
    「うん、いいよ!」
     にっこりと笑うアリアにシアンも笑顔を返した。
    「ありがとう! それではアリア、早速だけど——」
    「ちょ、ちょっと待って! なんでアンタはそんなにひょうひょうとしていられるのよ!」
     キャリーが眩しいほどの光を発してシアンに詰め寄る。しかしシアン本人は不思議そうな顔だ。
    「何かおかしいところでも?」
    「普通に考えてこんなに小さい子が18歳なんて思えないでしょ!」
    そう思うのも仕方ない。何せアリアの容姿や言動は18歳というには幼すぎるのだから。
     しかしシアンは理解できないという顔で二人を見ている。
    「二人とも、今更何を驚いているんだい? 容姿の奇妙さなら君達のほうがずっと上じゃないか。何よりここでは何が起こったっておかしくはないだろう?」
    「それぐらい分かってるわよ。でもあまりにも予想外だったから仕方ないじゃない!」
    「言動まで子供のようでしたからね……これもこの世界の影響なのでしょうか」
    「えーっと、アリア? いつここに落ちてきてその姿になったのか覚えてるかしら?」
    「おちて……?」
     アリアは難しい顔になるが、すぐに顔を上げる。
    「そうだ! わたしね、おっきくてまっくらなあなにおっこちちゃったの! そしたらいつのまにかねむっちゃって、目がさめたらお兄さんたちがいた!」
    「……ってことは落ちてきてすぐのところをシアンに拾われた……?」
    「そういうことになるねえ。何も知らぬ純粋無垢な少女……実に興味深い! 早速この世界を案内して——」
    「待ってください、そうだとしたらこの世界に影響されるスピードが速すぎませんか? 通常なら姿が変わるまで一、二か月ほどかかるはずですよ。ほんの一日で変化したと考えるには無理があると思いますが……」
     ジェイがアリアに視線を落とすが、当の本人は何も分かっていないようだ。ココアを飲んでは幸せそうな表情を浮かべている。その様子を眺めているシアンはこの状況を楽しんでいるのか、またくすりと笑った。
    「無理がある? おかしなことを言うね。ここはドリームランドだよ? この不可思議な世界で何が起ころうとも不自然ではないはずさ。短期間で変化したというのなら、それだけ彼女の思いが強かったということだろう」
    「それじゃあアリアには元から強い変身願望があったってこと? アタシでさえ一週間かかったのに……」
     悩むキャリーの頭は自然と光が弱まる。
    「それこそ彼女の過去に何かあったんだろうね。アリア、君がここに来るまでにどんな人生を送ってきたのか、よければ僕らに教えてくれないかい?」
     シアンがにっこりと笑ってアリアを見る。
    「えっと、えっと……」
     アリアは目をつむって思い出そうと険しい顔になり、三人の注目が集まる。しばらくの沈黙の後、目を開いたアリアは落ち込んだ顔をしていた。
    「……わかんない。なんにもおもいだせないの」
    「分からないって、家族や学校のことなんかも全部?」
     キャリーが聞くとアリアの表情がさらに暗くなる。
    「うん。おもいだそうとするとね、ここのおくがきゅーってなって、くるしくなるの。あたまの中ももやもやーってなって、まっくろなかんじ。きっとおくにあるんだけど、なにかわかんなくて、その……」
     言いながらアリアは胸のあたりに手を添えた。必死で伝えようとしているようだが、上手く言葉が出てこないようらしい。見かねたジェイがアリアの手をそっと握る。
    「無理をして思い出す必要はありません。色々なことが起こって混乱しているでしょう? 今は落ち着きましょう」
    「そ、そうよ! 嫌なことをわざわざ思い出すこともないし、忘れてるなら必要ない思い出なのかもしれないわ!」
     キャリーもアリアを元気づけようと必死で声をかける。それでも少女の顔は曇ったまま。
    「……うん、でもなにかだいじなことをわすれてるきがするの。ずーっとだいじにしてきたものなんだけど、もうおもいだせないのかな……」
    「「…………」」
     落ち込むアリアに返す言葉が見つからず、二人も黙ってしまう。するとここまで話を静かに聞いていたシアンの顔がぱっと明るくなり、勢いよくその場に立ち上がった。
    「ああ、そんなに思い出したいことがあるのに無かったことにするなんて勿体無い! それならば僕らが君の記憶を取り戻す手伝いをしようじゃないか‼」
    「お兄さんたちが……?」
     自分を見上げるアリアと目を合わせたシアンは、ニヤッと笑ってみせる。
    「元々君を拾ってきた僕にも責任があるし、君のように可哀想な少女を放っておくなんて紳士的ではないしね。何より僕は君に興味がある! その小さな体に一体何が詰まっているのか、この目で確かめたいんだ!」
     舞台役者のように大げさな動きでアリアに語りかけるシアンに、ジェイとキャリーは微妙な反応を示す。
    「アンタ……前半は完全に建前でしょ。責任なんてアンタに一番似合わない言葉じゃない」
    「早朝から出かけていた時点で嫌な予感はしていましたが……ここまで堂々と言われると一周回って清々しささえ感じますね」
     厳しい顔の二人に対してシアンは涼しげな表情だ。
    「だとしても悪い話ではないだろう? 彼女を助けることが僕の利益にも繋がる……君達だって彼女に協力したいと思わないのかい?」
    「っ、それはそうだけど……」
    「お兄さん、ほんとうにおてつだいしてくれるの」
     テーブルに身を乗り出したアリアが嬉しそうにシアンを見つめる。
    「……ほら、断る理由もないだろう?」
     シアンがキャリーに笑顔を向けた。キャリーの光はぐっと弱まった後、ため息と共に元通りの明るさになる。
    「シアンの意見に賛成することになるのはちょっと不本意だけど……アリアのためなら仕方ないわね。ジェイは?」
    「キャリーと同意見です。何よりシアン一人に任せたら更に厄介になりそうですからね」
    「二人もこう言っていることだし、僕らも君と一緒に記憶探しをしていいかい?」
     三人がアリアを見ると、すっかり晴れやかな顔になっていた。
    「……うんっ! お兄さん、お姉さん、ありがとう!」
     笑顔を取り戻したアリアに三人も思わず笑顔になる。
    「いやあ、喜んでもらえたならよかったよ。それじゃあ僕らも自己紹介をしないとね」
    「そういえばしてなかったわね……忘れてたわ」
    「これから共同生活をする上で互いを知ることは重要です。私達だけでも先にしておきましょうか」
    「それじゃあ僕からさせてもらおうかな!」
     既に立っているシアンはシャツを整え、深い海のように青い瞳をアリアに向けた。
    「僕はシアン=レディウス。この世界にはもう五年はいるかな。それから……」
     するとシアンの背中から黒い腕が一本伸び、アリアの前で止まる。
    「さ、手を差し出してごらん?」
    「う、うん……」
     戸惑いながらもアリアが手を差し出すと、小さな手をシアンの黒い手が覆った。黒い手はアリアの両手を握らせてそっと離れる。その下から現れたのは透き通った花弁を持つ一輪の黄色い薔薇だった。普通の薔薇よりも小さいがその美しさは宝石にも劣らない。
    「うわぁ……!」
    「僕からのささやかなプレゼントだよ。花弁を一枚取って口に入れてごらん」
    「はなびらを……?」
    「ああ、そのまま咥えて大丈夫だよ」
    「わ、わかった……」
     恐る恐るアリアが花弁を一枚咥えるとパキンと音がして取れる。口の中に入れると、アリアが驚いた表情を浮かべた。
    「これ……あまいよ! おかしみたい!」
    「その薔薇は飴でできているんだ。喜んでいただけたかな?」
    「うん! こんなすてきなプレゼントははじめて! ありがとう、シアン!」
     美味しそうに口の中で飴を転がすアリア。
    「どういたしまして。これからよろしく頼むよ」
     優しげな笑みを浮かべてシアンは座り、キャリーに目線を送る。
    「……え、アタシ?」
    「僕の紹介は終わったからね。さあどうぞ」
    「よりによってアンタの後って……アタシは面白いことは何も言えないわよ?」
     キャリーの光が暗くなり、蛾は迷っているようにガラスの端から端までゆっくりと飛び回っている。そんなキャリーの肩にシアンは手を置いた。
    「特に面白いことを言う必要はないよ。後にはジェイもいるんだし」
    「ええ。シアンの紹介が普通じゃないだけですから」
     シアンとジェイが揃って頷く。
    「……期待しないでよ?」
     キャリーは少し恥ずかしそうな素振りを見せながらアリアを見た。
    「えーっと、それじゃあ始めるわね。アタシの名前はキャリー=ファウラー。この家には女の子がいなかったから、アリアみたいに可愛い子が来てくれて嬉しいわ! 一緒にしたいことも沢山考えてあるの! これから仲良くしましょうね!」
    「うん、わたしもキャリーといっしょにいろんなことしたい!」
     キャリーを見つめるアリアの瞳には、ほんのりと光る蛾が映る。
    「それじゃあ最後はジェイね。なんだか新鮮だわ」
    「分かりました。では」
     ジェイはスーツを軽く整えると、アリアの方を向いて微笑んだ。
    「私はジェイ=ブライアンです。数年前までは小学校で教師をしていました。私でよければ力になりますから、いつでも頼ってくださいね。よろしくお願いします」
    「せんせい! じゃあむずかしいもんだいでもとけちゃうの?」
     アリアがジェイに期待の眼差しを向ける。
    「高校レベルの問題までならある程度は理解しているつもりです。お勉強は好きですか?」
    「わたしはねー、本がすき!」
    「いいですね。それじゃあ後で探しに行ってみましょうか」
    「うんっ! ジェイといっしょに本よむのたのしみ!」
    「私も楽しみですよ。沢山読みましょうね」
     アリアと話すジェイの表情は柔らかく、口調も普段より優しげだ。
    「さすが元教師、子供の相手はお手の物って感じだね。アリア、今言ったこと以外に気になっていることはあるかい? 何か質問があれば答えるよ」
    「しつもん? う~ん……」
     シアンに言われてアリアは少し考え込む。しばらくしておもむろに三人の顔を見ると、何かをひらめいたようだ。
    「おもいついた! えっとね、三人はどうしてそんな体なの? ほかの人もみんなふしぎな見た目なの? ここはわたしのいたところとはちがうの? それから……」
    「す、ストップストーップ! そんなに一気に言われても答えきれないわよ!」
     矢継ぎ早に質問するアリアをキャリーが慌てて止める。
    「あ、そっか。ごめんなさい」
    「びっくりしちゃったわ……でもここに来たばっかりだし、知らないことが多いのも当然よね」
    「この世界については何も分からない状態ですし、説明する必要がありますね。まあ実際に見るのが一番早いかもしれませんが……」
    「さすがに何も知らない状態であちこち連れ出したら大変なことになりそうよねぇ……アリアというよりは周りがだけど」
    「それじゃあ僕が簡単にこの場所を説明してあげよう! いいかな?」
     シアンがアリアを見つめると、アリアは激しく首を縦に振る。
    「うんうんっ! おしえて!」
     期待に目を輝かせるアリアにシアンは笑顔を見せた。
    「それでは……この世界は君が元いた世界とは別の場所、地上に開いた穴の中。ここの住民達は『ドリームランド』と呼んでいるよ」
    「どりーむらんど……?」
    「それだけ夢のような世界ってことさ。僕らだって普通の人間には程遠いだろう?」
    「たしかに、みんなまるでおとぎばなしの中から出てきたみたいだもんね! もしかしたらアリスもこんなきもちだったのかも!」
     話を聞きながらアリアは楽しそうに足をバタバタさせる。
    「アリスというと、不思議の国のアリスのことですか?」
    「そうだよ! だってあなにおちたらしらないばしょに来て、ふしぎな人たちに出会えるなんて、まるでえほんの中みたい!」
    「言われてみればそうね! アリスの世界とまではいかないかもだけど、この世界では不思議なことが沢山起こるからきっと気に入るわよ!」
    「ほんと⁉すっごくたのしみ!」
     早く外に出てみたいのか、アリアは椅子の上でうずうずしている。その楽しそうな表情に見ている三人も嬉しくなった。
    「ドリームランドは言葉だけじゃ伝えきれないほど素敵な場所だよ! 君もきっといい刺激を貰えるだろうし、そうすれば自然と記憶を取り戻せるはずさ。後々じっくりと案内してあげるよ」
    「みんなのあんない、たのしみにしてるね!」
    「期待してくれたまえ! それから僕らの体のことについてだったね。ドリームランドに落ちてきた人々は遅かれ早かれ心身に変化が出る。変身願望が強ければより人間離れした姿になるし、忘れたい記憶があれば記憶さえも塗り替えられてしまうこともあるんだ。まあ変化の度合いについては個人差が大きいせいで、決まった法則があると断定できる根拠も無いんだけど……ふふ、それはまだ研究し甲斐があるとも捉えられる……変化の差は一体何が関係しているのか……ああ、考えれば考えるほど謎が深まる……!」
    「……?」
     シアンは興奮のあまりアリアのことをすっかり忘れ、自分の世界に入ってしまった。ブツブツと呟くシアンを見つめてアリアはよく分からないという顔をしている。
    「あー……つまりは誰でも不思議な姿になることができる、ということですかね」
    「だれでも……じゃあわたしもようせいやにんぎょになれるの⁉」
     ジェイの言葉でやっと理解できたアリアが輝く瞳でジェイを見る。
    「ええ、なりたいと思えばきっとなれますよ」
    「やったぁ! わたしね、さかなやとりになってみたいなーって思ってたの! そうなったらきっとたのしいんだろうなぁ……!」
     アリアは目をつむって姿の変わった自分を思い浮かべ始めた。まぶたの裏に別の自分が思い浮かぶたびに、くすくすと笑っている。
    「随分と楽しそうですね。では今のうちに……」
    「そうね……シアン、話をほったらかしてないで戻ってきなさい!」
     バシッとキャリーがシアンの背中を叩くと、シアンがハッとした表情を浮かべる。
    「おおっと、これはすまない! 話しているうちについつい楽しくなってしまってねぇ。でも質問には答えただろう?」
    「だとしてもあれはやりすぎ! 結局ジェイが説明してくれたのよ」
    「私はシアンの言ったことを要約しただけです。度が過ぎていたとはいえ、内容は的確なものでしたから」
    「今後は気を付けるよ。それではアリア、質問の答えはこれでいいかな?」
     シアンが声をかけるとアリアはパチッと目を開いた。
    「うん! あとは見てからのおたのしみにしておく!」
    「それはいいねぇ! 僕も君の反応が今から楽しみだよ!」
     にっこりと笑顔を作るシアンはすっかり元に戻ったようだ。先程集中していた時よりもずっと明るい表情でアリアを見ている。
    「それじゃあひとまず紹介は終わったけど……どうする? 代わりに紹介しておいたほうがいいかしら?」
    「そうですね、彼が事態をあっさり受け入れてくれるとも限りませんし……」
     ジェイとキャリーは顔を見合わせて悩み始める。
    「ねえねえ、三人はいっしょにすんでるの?」
     薔薇型の飴を舐めながらアリアが尋ねると、シアンが答える。
    「ああ、僕らはこの家で一緒に暮らしているよ。ただ、今は留守にしているけど同居人がもう一人いてね、彼もまた実に面白い人物だからきっと仲良くなれるはずさ!」
    「へぇ~、そうなんだ! どんな人なんだろう……早く会いたいな!」
    「きっと昼には帰ってくるだろうし、詳しいことはその時に話そうか」
    「うんっ! 楽しみ~!」
     明るい顔のアリアとシアンとは反対に、キャリーとジェイは不安そうだ。
    「仲良くなれればいいんだけどねぇ……」
    「彼も根は優しいですから大丈夫だとは思いますが……最初は困惑するでしょうね」
    「二人の心配も分かるけど、アリアなら彼を受け入れてあげられるだろう。ほら、本人もこんなに楽しそうなんだし」
     シアンの目線の先には、美味しそうに飴を舐めるアリアがいた。元々アリアが食べきれるようなサイズだった薔薇はほとんど無くなっている。
    「……ま、そうね。心配するより先にアリアを迎え入れる準備をしないと! 新しい洋服に家具、準備するものは沢山ありそうね」
    「部屋はほとんど使っていない空き部屋がいいと思います。そこまで散らかっているわけでもないですし、軽く荷物をまとめたらベッドやタンスを搬入しましょう。必要ないものを物置にしまえばある程度片付けられるはずです」
    「それじゃあ買い物と部屋の用意をしようか。服や家具を選ぶのはキャリーが一番得意だろう?」
     シアンがキャリーの方を向くと、キャリーの頭がぱっと明るくなる。
    「言われなくても行くつもりよ! でも一人だと荷物を持ちきれないから、誰か付いてきてくれない?」
    「じゃあ僕が一緒に行くよ。腕はいくつあっても困らないだろうからね。ジェイ、君はアリアと留守番を頼むよ」
    「分かりました。その間に多少は部屋の片付けをしておきましょう」
    「わたしもおかたづけする!」
     ジェイが頷くと横で飴を舐め終わったアリアが元気に手をあげた。
    「気合十分ですね。とても助かります。貴方の部屋になる場所ですから頑張りましょう」
    「はーい!」
     その様子を見てシアンとキャリーは思わず笑みをこぼす。
    「頼もしいわね~。それじゃあアタシ達もささっと行ってきましょ」
    「そうしようか。ジェイ、せっかくだからアリアに家の中を案内しておいてくれないかい?」
    「勿論、そのつもりです」
    「それならよかった。それじゃあ二人とも、後は任せたよ」
     シアンとキャリーはコーヒーを飲み終え、席から立ち上がる。
    「とりあえず最低限の買い物だけして、なるべく早めに帰るつもりよ。昼頃には帰ってくるからお留守番よろしくね」
    「何か要望があれば僕かキャリーに連絡してくれればいい。では行ってくるよ」
    「二人とも、いってらっしゃーい!」
     ダイニングを出ていく二人に向かってアリアは大きく手を振って見送る。そんなアリアを微笑んで見ていたジェイも、席を立ちあがってエプロンを身に着けた。
    「では部屋の案内の前に食器を洗いますね。すぐ終わりますから——」
    「ジェイ、わたしにおてつだいできることはないかな?」
     食器をお盆に載せ始めたジェイのエプロンを引っ張るアリア。ジェイはアリアを見て少し考える。
    「……少し待っていてください」
     そう言ってジェイはキッチンに引っ込んだ。水の流れる音がしたかと思うとすぐに戻ってくる。
    「それじゃあアリアはこれを」
     そう言って渡したのは濡れている布巾。何も載っていないテーブルをジェイは指さした。
    「私が食器を洗っている間にアリアはテーブルを拭いておいてくれませんか?」
    「……! うんっ、がんばる!」
     受け取った布巾をぎゅっと握りしめ、アリアはやる気を露にする。思わずジェイの顔がほころんだ。
    「ふふっ、ではお願いしますね。終わったらキッチンに持ってきてくれれば大丈夫です。椅子から落ちないように気を付けてください」
    「まかせて!」
     言うなりアリアは椅子に膝立ちしてテーブルを拭き始める。しっかり掴まっているので落ちる心配はなさそうだ。大丈夫なことを確認したジェイはお盆を持ってキッチンに戻り、食器を洗い始める。
     てきぱきと手を動かしながらも、脳内ではアリアについて思案していた。
    (アリア……色々驚きましたが本人はいい子のようで安心しました。だからといってシアンの考えていることが分かっているわけではないですし、気は抜かないようにしないといけませんね。何より私自身、同じ過ちを繰り返すわけには——)
    「——イ、ジェイ!」
     半分放心状態だったジェイが名前を呼ばれて振り返ると、そこには布巾を持ったアリアが立っていた。
    「テーブル拭き終わったよ。はい」
    「あ、ありがとうございます……」
    「? ジェイ、何か考え事してたの? 大丈夫?」
     アリアが純粋な瞳でジェイをじーっと見つめる。すぐに反応が無かったのが心配だったらしい。
    「……ええ、大丈夫ですよ。少し考え事をしていただけですから。もう皿洗いも終わりますので待っていてください」
    「うん、じゃあここでまってるね」
     そう言ってアリアはキッチンをきょろきょろと見回す。まだ来たばかりで見るもの全てが新鮮なのだろう、興味津々といった表情で部屋のあちこちを見ている。
     ジェイは皿を洗いつつ、アリアをちらりと見た。それに気付いたのかアリアもジェイの方を向く。
    「しょっきあらいおわった?」
    「あ、ええ。もう終わりましたよ。それじゃあ次は部屋の案内ですね」
     ジェイが蛇口の水を止めエプロンを畳むと、アリアはジェイの手を取った。
    「わ、ジェイの手とってもつめたいよ~! あっためてあげる!」
     小さな手でジェイの左手をぎゅっと包み込む。水で冷えた手にアリアのぬくもりがじんわり広がった。
    「どう? あったまってる?」
    「……ええ、とても暖かいですよ。ありがとうございます」
    「えへへー、よかった! それじゃあ行こう! どんなへやなのかなー♪」
     無邪気な笑顔でジェイの手を握るアリア。ふとジェイの脳内に昔の記憶が思い出される。
    (なんだか教師をしていた頃を思い出しますね。室内で勉強するだけではなく、こうして手を繋いで一緒に遊んだりもして……彼女といれば私も何か変われるかもしれない)
    「ジェイー? 行かないのー?」
    「待たせてしまいましたね。それじゃあ行きましょうか」
    「うんっ!」
     嬉しそうなアリアをジェイは優し気な笑みで見つめ、廊下に出て行った。

              3

     キッチンを出た二人は家中をゆっくりと見て回った。一階のリビングに始まりバスルームやトイレの場所を確認した後は、二階にある個人の部屋の案内。ジェイ以外の部屋には入らないものの、構造や場所は理解したらしい。初めての場所にアリアは終始『おしろみたいに広くてきれいだ』と楽しそうにしていた。
    一階に戻った二人は長い廊下を奥へと進み、まだ案内されていない場所にある部屋まで来た。
    「さあ、ここですよ」
     ゆっくりと扉を開けると少し埃臭い空気が二人のいる廊下まで広がる。あまりの臭さにジェイの耳が突然ピンッと立った。
    「うっ……散らかってはいないようですが、想像以上に埃が溜まっているようですね。アリアは大丈夫ですか?」
    「う、うん。ちょっとくさいけど……」
     アリアは部屋の入り口に立って鼻を抑えている。カビと埃の臭いで思わずしかめっ面になった。
    「……仕方ない、まずは掃除から始めましょうか。洗面所の隣に掃除用具がしまってあるはずなので取りに行きましょう。お手伝いをお願いしても?」
    「うんっ、わたしもがんばってきれいにする!」
    「ありがとうございます。では行きましょう」
     長い廊下を戻った二人はしばらくすると掃除用具を持って部屋の前に再びやって来た。手にはゴム手袋をつけ、鼻と口はマスクで覆われている。アリアに至ってはゴーグルまで付ける徹底ぶり。
    「これでそうじできるね!」
    「ええ。二人が帰ってくるまでにある程度は進めておきましょう」
     まずはハンディモップを持ったジェイが部屋の中に入った。マスク越しからでもする臭いに顔をしかめながらも、棚の上やカーテンレールなどの高い場所から順々に埃を床に落としていく。あまりの酷さに耳もすっかり倒れてしまった。
    「この部屋、ずっと放置されていたんですね……これである程度は下に落とせたでしょうか。アリア、掃除機をこちらに」
    「はーい! よいしょっと……コンセントはちゃんと別のへやのをつかったよ」
     線が長く伸びた状態の掃除機を引っ張ってアリアも部屋に入る。廊下には別の部屋から伸びる延長コードが見えた。
    「それでは掃除機をかけましょう。私は荷物を運ぶので頼んでいいですか?」
    「まかせて! ぴっかぴかにしてあげる!」
     そう言ってアリアは掃除機のスイッチを押した。吸引が始まると床一面に積もっていた埃がみるみるうちに吸い込まれていく。
    「うわ~どんどんキレイになってるよ!」
     ジェイが物をどけるとアリアがその場所に掃除機をかける。荷物を部屋の外に運び終える頃にはすっかり綺麗な床になっていた。
    「ほこりがすっかりなくなったねー」
    「ええ、でもまだまだですよ。次は部屋中を水拭きしないといけません。カビの生えた家具は捨てて、新しいものを搬入しないと……これは今日中に終わりませんね。部屋が使えるようになるまでは誰かと相部屋をした方が良いでしょう」
     ジェイの言う通り、部屋の壁や床以外にも元々あった棚やカーテンにまでカビが生えている。掃除を終えたとしても、この部屋はしばらく使えないだろう。
    「それじゃあジェイともいっしょにねれるの?」
     期待のこもった声でアリアが尋ねる。
    「私は——いや、私よりもキャリーやシアンと一緒の方がいいですよ。きっと喜んでくれるはずです」
    「そっかぁ、でもわたしはジェイのへやにも行きたいな!」
     アリアは純粋な瞳をジェイに向けた。
    「……別に構いませんが、特に何もないですよ?」
    「いいの! わたしはもっとジェイとなかよくなりたいから!」
    「……!」
    「ね、いいでしょ?」
     アリアはジェイに甘えるように擦り寄る。二人の姿はまるで親子のようだ。
    「……まあ、少しだけなら」
    「やったー! たのしみ!」
     嬉しさのあまりぴょんぴょんと跳ねるアリア。そのかわいらしい様子にジェイの顔から笑みがこぼれた。
    「はしゃぐのは構いませんが、やることはまだまだありますよ?」
    「だいじょーぶっ! まだまだげんきいっぱいだから!」
     自信満々な顔でアリアは腰に手を当て、仁王立ちをしてジェイを見る。
    「それは頼もしいですね。それじゃあ次は——」
     ジェイが指示を出そうとすると玄関の扉が開く音がした。
    「二人ともかえってきたのかな むかえに行ってくる!」
     アリアはマスクや手袋をあっという間に外して、玄関へと駆けていった。その後ろ姿を見送るとジェイはスマホを取り出す。
    「昼頃と言っていたわりには早いですね。必要なものは沢山ありますし12時は過ぎると思っていたのですが……早く帰ってきたのなら掃除を手伝ってもらいますか」
     そう言って棚を拭くための布巾を用意しようとしたその時。

    「うわああぁぁぁあ」

     玄関から男性の叫び声が響いてきた。その声に耳をぴんと立たせたジェイが廊下を振り返る。
    「この声……帰って来たのは彼でしたか……! 急がなくては……」
     道具を置き手袋とマスクを外すと、慌てて玄関に向かう。真っ直ぐに伸びる廊下を曲がると玄関ホールに出た。
    「二人とも、大丈夫ですか⁉」
     声をかけるとアリアが振り返ってジェイに近付く。
    「あっ、あの、あのねジェイ……」
    「おいジェイ! 一体何なんだよこのガキは!」
    「ぴえっ! ジェイ~!」
     男性の怒鳴り声に驚いたアリアは急いでジェイに抱きついた。ジェイは自分にひっしと掴まったアリアの頭を優しく撫でると、玄関に立っている男性を睨む。
    「よしよし、知らない人が来てびっくりしましたね。もう大丈夫ですよ。……相変わらず態度が悪いですね、ウェル」
     ジェイにそう言われると、ウェルと呼ばれた男性もじろりとジェイを睨んだ。
    「ハッ、子供好きの変態が偉そうに物言ってるんじゃねーよ」
     男性はどうも機嫌が悪いようで、タトゥーだらけの腕で金髪をガシガシとかきむしった。その頭にはジェイにそっくりなうさ耳が生えているが、色は茶色い。顔中ピアスだらけのうえに目つきは悪いが、顔つきもどことなくジェイに似ている。
     見知らぬ男性をちらちら見ているアリアをジェイは抱きかかえた。
    「アリア、驚かせて申し訳ありません。貴方は彼と仲良くなりたかったんですよね?」
    「うん……ジェイとおんなじうさぎさんだったから、おみみをさわらせてほしいなーっておねがいしたんだけど……」
     アリアはまだ怯えているのか、いつになく小さな声で呟く。ジェイはため息をつくと男性の方をまた向いた。
    「耳ぐらい触らせてあげたらよかったじゃないですか。そう大声を出して邪険にする意味が分かりません」
     しかし男性はジェイの方を見向きもせずに玄関脇のタンスに寄りかかり、蛍光色に塗られた自身の爪をまじまじと見ている。
    「あ? 俺がガキに対して親切にすると思うなよ? 知らねぇガキが出てきてもあっさり対応できる変人なんて、それこそシアンぐらいしか——」
    「おや、僕のことを呼んだかい?」
     静かに後ろから近付いてきたシアンに気付いた男性は驚いて飛び上がる。
    「うおっ お前どっから出てきたんだよ!」
    「きちんと玄関から入ってきたに決まっているじゃないか。おかしなことを言うねぇ」
    「全っ然気付かなかった……心臓に悪い……」
     男性はまだ落ち着かないようで胸の辺りを押さえている。
    「ちょっとシアン! 早くそこどいて! さっさと荷物を片づけましょ」
     いくつもの腕を生やして山のような荷物を持っているシアンにすっかり隠れていたが、キャリーも出てきた。シアンほどではないが両腕にいくつもの袋を持っている。
    「これは失礼。しかしこれだけの家具を設置するのは骨が折れそうだね」
    「シアン! キャリー! おかえりなさいっ!」
     ジェイに抱かれていたアリアはジェイの腕から降りると、シアンとキャリーに駆け寄って抱きついた。
    「ただいま。きちんと留守番できたかい?」
    「うん! おうちの中もあんないしてもらったし、おそうじもてつだった! 次はぞうきんがけするんだよ!」
    「偉いわね~! 午後からはアタシも手伝うわ」
     二人は荷物を置いてアリアの頭を撫でる。アリアは笑みを浮かべてとても嬉しそうだ。
     腕をしまったシアンはジェイに向き合う。
    「ジェイ、掃除はどれくらい進んだんだい?」
    「まだ序盤ですよ。今日中に終わらせるのは難しそうですし、そうでなくてもカビや埃の臭いが酷いのですぐには使えませんね」
    「あの部屋は随分と放置していたし、そうなるのも仕方ないか。それじゃあ午後は全員で大掃除だね! ウェル、もちろん君も——」
    「やらねぇよ!」
     笑顔で近寄ってきたシアンを男性は睨みつけ、アリアを指さす。
    「大体何なんだよあのガキは! 俺を見るなり『耳を触りたい』とか言いながら近付いてきやがって……」
    「おや、触らせてあげなかったのかい? ジェイは……ふふっ、これでもかとばかりに触られていたのに」
    「触らせるわけねーだろ! つーかあのガキ拾ってきたのはお前だな? さっさと元の場所に戻してこい!」
     大きな声に驚いたのか、アリアがキャリーの後ろに隠れた。それでも興味はあるらしく、キャリーの服をぎゅっと掴みながら男性のほうをちらちらとうかがっている。
    「そうさ。彼女——アリアは僕が拾ってきたんだ。実に可愛らしい少女だろう? アリア、こっちにおいで。何、彼は別に怖い人ではないよ。君を初めて見たから少々驚いているだけさ。君も彼のことを知りたいだろう?」
    「……うん」
     アリアは恐る恐る前に進み出てシアンの隣にぴったりと立つ。シアンはそれを見て満足そうな顔をすると男性をアリアに近寄せた。
    「それでは紹介しよう。彼はウェル=ブライアン。僕らの素敵な同居人さ! 彼は遊ぶことが好きだし、きっと君とは仲良くできるんじゃないかな!」
    「アホか。俺のする遊びはガキにはわかんねーだろ。ってかさっきからベタベタ鬱陶しいんだよお前は!」
     自分の肩に置かれたシアンの手を払うジェイ。
    「おやおや、これは申し訳ないね」
    「ぜってー思ってないだろ」
     へらへら笑うシアンをウェルはイラついた表情で見る。
    「んもー、ウェルってばそう怒らなくてもいいでしょ? せめてジェイの十分の一くらいでいいから寛容的になったら……」
    「嫌だね! 俺はガキが嫌いなんだ。そんなにかわいがってもらいたいならジェイのところに行けばいいだろ?」
     そう言いながらウェルはエメラルドグリーンの瞳でアリアを見る。目や鼻にまで付いたピアスが怪しく光った。
    「う……」
     ついに耐え切れなくなったアリアはジェイに駆け寄って抱きつく。
    「……ウェル、そうやって子供を脅すのはよくないんじゃないかな?」
    「別に脅してねーよ。あのガキが俺を見て勝手に逃げたんだって」
     ウェルはズボンのポケットから煙草とライターを取り出した。そばにいるシアン達などお構いなしに一服を始める。
    「ちょっとウェル! 煙草を吸う時は決まった場所でって言ってるでしょ!」
    「いいだろ別に一本くらい」
     頭を眩しく光らせて注意するキャリーには目もくれず、悠々と煙草を吸うウェル。キャリーは思わずため息をついた。
    「こんな調子で大丈夫なのかしら……」
    「兄弟だというのにこうも正反対とはね。見ていて飽きないよ」
     シアンは相変わらず笑うばかりだ。
    「きょうだい……?」
     アリアが不思議そうな顔をしてウェルを見ると、ジェイがアリアに話しかける。
    「ええ、ウェルは私の双子の弟ですよ。顔はそれなりに似ているでしょう?」
    「ふたご……」
     アリアはジェイとウェルの顔を何度も見比べる。全く異なった雰囲気のせいで分かりづらいが、確かにじっくり観察すれば二人の顔はそっくりだ。
    「ほんとだ! だからおんなじうさぎさんなのかな⁉」
    「そうかもしれませんね」
    「そっかぁ……ウェルのおみみもふわふわしてそう……」
     ウェルの耳をじっと見つめるアリア。その視線に気付いたウェルがアリアをまた睨みつけた。
    「こっち見てんじゃねーよクソガキ。んで、結局どういうことなんだよシアン。お前が拾ってきたんならきっちり説明しろ」
     後ろで少し怯えた様子のアリアをちらりと見た後、シアンはウェルに笑いかける。
    「ふふ、やっぱり君もアリアに興味があるんだね?」
    「んなわけあるか。知らねぇ奴が家にいるとか気持ち悪いんだよ」
    「何にせよ説明することは沢山あるからねぇ。話せば長くなるんだけど——」

    「——という訳で、僕らは彼女に協力することにしたんだよ」
    「いやおかしいだろ!」
     二本目の煙草を吸いながらウェルが叫んだ。
    「ん? 何か気になることでも?」
     きょとんとしているシアンの胸ぐらを掴んでウェルが詰め寄る。
    「気になることだらけに決まってんだろ! まずそのガキが18歳で記憶喪失だって なんでお前らはあっさり受け入れたうえに協力までする気になれるんだよ!」
    「だって彼女がこんなにも困っているのに、それを見捨てるなんて酷いことを出来るわけないだろう? ねえ、キャリーにジェイ?」
     シアンが振り返ると二人は深く頷く。
    「ウェルの言うことも分かるけど、アタシ達が何もしなければアリアは一人になるのよ? アタシはシアンのことは考えずにアリアを手助けすることにしたわ」
    「シアンにしては比較的まともな提案ですしね。今まで起こした数々のトラブルに比べたらずっと楽な内容ですよ」
     シアンに対してあまりにも肯定的な意見を見せる二人に、ウェルは呆れ気味だ。シアンを掴んでいた手を放して二人に近付く。
    「お前らなぁ……こいつと一緒にいたせいで感覚狂ってきたんじゃねーの? 何もかも普通じゃねえって」
    「ですが彼女を放っておくわけにもいきません。彼女と一緒に生活していく中で新しい発見が生まれる可能性も——」
    「は こいつもここに住むのかよ」
     ウェルに指さされたアリアは驚いてキャリーの後ろに隠れる。悪い人ではないと分かったようだが、まだ少し慣れていないようだ。
    「当然でしょう? 今は物置を彼女の部屋にするため、片付けている途中なんです。ほとんど使っていなかった部屋ですし、特に問題は無いと思いますが」
    「絶っっっ対に嫌だ! ガキと同じ家で暮らすなんて無理だって!」
     理解できないという顔をするウェルにジェイは困った表情を浮かべる。
    「そんなことありませんよ。確かに彼女は少々元気すぎる気もしますが……別に悪いことではないですし、ウェルに迷惑をかけることもないでしょう」
    「だとしても! お前らが勝手に決めたことだから俺には関係ねーだろ! シアンの持ってきたトラブルに巻き込まれるのはもう勘弁だ!」
     イライラをぶつけるかのように、吸い終えた煙草を携帯灰皿に強く押し付ける。その原因であるシアンはわざとらしく悲しげな顔を作ってみせた。
    「僕はよかれと思って君を誘っているんだけどねぇ。それに彼女と過ごす時間はきっと、君にもいい影響を与えてくれるはずさ」
    「残念だったな。俺はこいつらと違ってガキに気を遣うほどの親切心は無いんだよ。そういうわけで、俺はお前なんかと一緒に生活するなんてゴメンだ。養ってくれそうな他の奴のところに行け」
    「うう~……」
     ウェルに額をつつかれたアリアが弱々しい声を出すと、ウェルの腕をジェイが掴んだ。
    「……んだよ。大好きな子供に手を出されるのがそんなに嫌か?」
     馬鹿にしたような笑いを浮かべるウェルに対し、ジェイは真剣な表情をしている。
    「アリアをからかうのも大概にしてください。それほど気に入らないなら近付かなければいいでしょう? どうせ貴方は家を留守にしていることの方が多いんですし」
    「さっきから色々言ってるけどよ、本当は自分がそのガキをどうこうしたいとか思ってんじゃねーの? だとしたらとんだ偽善者だなぁ?」
    「……っ!」
     ウェルの言葉にジェイの顔が曇る。険悪な雰囲気を察したキャリーが慌てて二人の間に入った。
    「す、ストーップ! いがみ合いは終わり! 二人とも一旦落ち着きましょ!」
     ウェルの腕を掴むジェイの手を無理矢理離すキャリー。チカチカと光る頭からその焦りが伝わってくる。
    「俺は落ち着いてるっつーの。むしろこいつの方がヤバいんじゃね?」
    「心配には及びません。話を戻しましょう」
     そうは言うものの、ジェイはどこか調子が悪そうだ。キャリーが心配そうに近付く。
    「ジェイ、無理はしないで。アタシ達はジェイのこと、ちゃんと分かってるわ」
    「……ありがとうございます」
     険悪なムードが落ち着くと、脇で事の成り行きを見守っていたシアンがここぞとばかりに笑顔で喋り始めた。
    「それじゃあ話を戻そうか! アリアがここに住むことについてだけど彼女の部屋は一階の奥にあって、ジェイの言った通りウェルは家にいないことも多い。生活していくうちにこの家のルールも覚えるだろうし、君にそこまで迷惑をかけるとは思わないけどなぁ?」
     じっとウェルを見つめるシアン。思わずウェルは渋い顔になる。
    「……いちいち喋り方が腹立つんだよ。ってか俺が認めないって言ったところでお前がその通りにするとは思えねーんだけど」
    「ふふ、よく分かっているじゃないか。それとも僕を完璧に言い負かすことができるくらいの理由が君にはあるのかな?」
     しばらく黙ったあと、ウェルは大きくため息をついた。
    「チッ、仕方ねぇ。おいガキ!」
    「ひゃ、ひゃいっ!」
     突然呼ばれたアリアはびくっとする。それでも金の瞳はウェルのことを見つめたまま。
    「こいつらがうるせぇからお前がここに住むのを許可してやるよ。ただし! 俺はお前の記憶探しなんか手伝わないし、俺にまで厄介事が回ってくるようだったら即刻追い出してやる! いいな?」
    「ほ、ほんとうにいいの? わたしもここにいて……」
    「そう言ってんだろ!」
    「…………」
     先ほどまでぷるぷると怯えていたアリアの顔が、一気に明るくなる。嬉しさを抑えきれないのか、ウェルに向かって思いっきり飛びついた。
    「ありがとうウェル! よろしくねっ!」
    「なっ……だから近付くんじゃねーよ!」
     抱きつくアリアをウェルはすぐに引っ剥がした。そのままジェイの方に行くようアリアを追いやる。
    「あー、おみみさわりたかったのにー」
     アリアが残念そうに言う。
    「触らせねーよ! はー……これだからガキは嫌いなんだ。シアン、お前が拾って来たんだから責任持って面倒見ろ! 俺は知らねぇからな!」
     それだけ言うとウェルは二階に行ってしまった。そんなウェルを見てシアンはくすりと笑う。
    「なんだかんだ言って認めてくれるのが彼らしいね。アリア、ウェルとは仲良くなれそうかい?」
    「うん! まだちょっとこわいけど……ウェルとも一緒に遊んでみたいな」
    「最初はあんなに怖がってたのに、すっかり慣れちゃったのね。とりあえずウェルも納得してくれた……ってことでいいのかしら?」
     二階の方を眺めながらキャリーが呟く。
    「何にせよ、これでアリアもここに住めることが正式に決定しましたね。片付けはまだ途中ですがもう昼になりますし、続きは昼食を食べてからにしましょうか」
    「おひるごはん! たのしみだな~!」
    「じゃあお昼はアタシが作ろうかしら! ジェイとシアンは荷物を運んでちょうだい。大荷物だけど二人なら大丈夫でしょ?」
     そう話すキャリーのそばには沢山の箱や袋が積まれている。シアンと二人で運んだとはいえ、いくつもの家具はそう軽くはないだろう。
    「布と服はアタシの部屋の前、それ以外はアリアの部屋ね」
    「分かったよ。それじゃあ先に家具を運んでしまおうか。ジェイはそっちの箱を持ってくれないかい?」
    「これですか……うわっ、結構重い気がしますけど、よく持ってこれましたね」
     大きな段ボール箱を抱えると、あまりの重さにジェイはバランスを崩しそうになる。一方のシアンは余裕の表情だ。
    「うわー……二人とも力もち……!」
     荷物を運ぶ二人を見ているアリアに、キャリーが声をかける。
    「アリア、アタシ達はキッチンに行きましょ。お昼ご飯を作るから手伝ってくれる?」
    「いいよ! わたしもおりょうりする!」
    「ありがとう、とっても助かるわ。それじゃあよろしくね」
     キャリーはアリアの手を取った。自分よりずっと小さくて可愛らしい手を優しく握ると、アリアも握り返してくれる。
    (やっぱり女の子って可愛い……アタシもこうだったらよかったのに)
     そんなことを考えていると、アリアがキャリーの腕を引いた。
    「ねえキャリー、早く行こう!」
    「……そうね! お昼ご飯は何にしようかしら!」
     無邪気な笑顔を見せるアリアと一緒にキャリーはキッチンに向かった。
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