エメ零生ifの進捗『——では、これで授業を終わります』
休み時間に突入し自由に過ごし始める生徒達の中、零生は座ったまま俯いていた。
(おかしい……こんなの、おかしいよ……!)
少し顔は暗いが、それ以外はいたって普通に見える。しかし零生には変化が起こっていた。一見すると分からない、それでいてはっきりとした、彼にとって大きな変化が。
(なんで、こんなに、からだ……)
無意識に手が下腹部を押さえてしまう。今まではこんなことなかったはずなのに、奥が疼いて仕方がない。他人からの視線を受けるたび、鼓動が早くなる。
原因は分かっていた。しかし……
(でも、あんなこと、またするのは……)
あんなこと。それはつい一週間ほど前のことだった。
校舎内を散歩していた零生は、その途中で問題児ことエメリオと遭遇。その場ですぐに別れればよかったものの、エメリオの容姿に興味を抱いてしまった零生は、上手く言いくるめられてのこのこついていく。危機に気付いた時には手遅れで、無力な少年はまんまと詐欺師の術中にはまってしまったのだった。
あれ以来、人のいない場所に行かないようにしよう、怪しい人にはついていかないようにしようと決意した零生だったが、その理性は揺らぎ始めていた。
(もうあんなこと、されたくない! けど、けど……)
あの日からずっと、零生の身体はおかしくなってしまった。
怖くて、痛くて、苦しくて。あんな思いは二度としたくない。ずっとそう思っているのに、気持ちとは反対に身体は求めている。そう、あの時の快感を――
(っ、違う! そんなの、絶対にダメだ! だめ、だめ……)
こうしている間にも、他人の視線が不安になってしまう。もしかしたら自分のことを性的に見ている人物がいるのではないか、自分がそうされたいと思っていることが、バレているのではないか、と。
「……っ!」
耐え切れなくなって、零生は教室を飛び出した。
そんな風に見られることはないと分かっている。自分に手を出す者もいないと理解している。
それなのに、足は勝手に動いてしまう。それは周囲の目を避けるためというよりも、胸の奥から自分を突き動かす、何かもっと別の――
「あ……」
ふっと顔を上げたその視界に、零生は見覚えがあった。半開きのドア、閉められたカーテン、生々しい性が漂う薄暗い空間。
間違いない、あの時連れられた、空き教室だ。
瞬間、零生の鼓動が早まった。止まった足が震え出す。
(ここっ、あそこの机……あそこで、オレは……)
ついさっきのことのように思い出される。あの時感じた未知の感覚は、この小さな身体に刻まれていた。不安も、恐怖も、何もかもはっきり覚えている。
「よかった……いない……もう、されないんだ……」
胸を撫でおろす零生の顔に小さな笑みが浮かぶ。そう自分ばかり狙われるわけもないだろうし、これ以上不安になることなどないだろう。教室に戻って、普通の休み時間を過ごせばいい。
だが、零生の足は動こうとはしなかった。教室内に向けられた瞳は、どこか落胆の色が見える。
(そっか、いないんだよね……あんなこと、されないんだよね……もう安心して、いい、の、に……)
『じゃあこの疼きは、どうすればいいんだ』
「っ!」
一瞬でも思ってしまった。求めてしまった。もう一度、あんな風にされたいと。
あんな思い、もうしなくていい。してはならない。理解しているし、今でも強く思っている。こうしてここにいるだけでも危険な目に遭う可能性があるのだから、早く戻った方がいいに決まっている。決まっているのに、
「なんで……」
浮かんだもやを振り払うように、零生は頭を振った。余計なことは考えなくていい、全て忘れてしまえばいい。ただそれだけのことが、こんなにも難しいなんて。
(……いいや、戻ろう)
時が経てば忘れてしまえるはずだ。そう自分に言い聞かせた零生が、空き教室に背を向けたその時。
「あれぇ? そこにいるのって、もしかしてぇ……」
どきんっ。後ろから聞こえてきた声に、零生の心臓が跳ねあがる。
(うそ、うそだ、そんなわけ……)
知らないふりをして、ここを去ってしまった方がいい。きっとみんなそうするだろう。しかし零生は、振り返ってしまった。少年のぱっちり開いた瞳に映ったのは――
「え、エメリオ、さん……」
「あはっ♡ 久しぶりぃ、零生くん♡」
ご機嫌そうに翼を羽ばたかせるエメリオが、四つの瞳孔で零生を見つめていた。立ちすくむ零生に歩み寄り、顔を覗き込む。
「一週間ぶりくらいかなぁ、相変わらずかわいいね~零生くんは♡ どうしてこぉんなところにいるのかな~♡」
「あ、う……」
自分に向けられている瞳は、いい玩具を見つけたとばかりに全身を観察している。そう、あの時のように。
このまま黙っていれば、また襲われるに違いない。今からでもここから走り去るべきだ。零生の脳内は緊急信号を出しているし、零生もそれに気付いていた。しかし、
(なんでっ、また……!)
下腹部が疼きだした。それも、さっきよりも激しく。
自分では触れられない奥がむずがゆくて、全身に熱がのぼっていて、息は自然に荒くなる。うるさいほどに鳴り響く心臓は、零生一人で抑えられるものではなかった。
(もしかして、オレ、また……)
「れ~おくん♡ どぉしたのぉ?」
「っ!」
気付けば目と鼻の先にエメリオがいた。動揺した様子の零生を見て、エメリオは愉快そうに笑う。
「ぼーっとしてたみたいだけど、何か考え事でもしてたぁ? 零生くんのお顔、真っ赤になってるよぉ♡」
生温い吐息が、零生の顔にかかる。たったそれだけなのに、頭の中を見透かされたような気がして、エメリオのことを直視できなくなってしまう。
黒い尻尾の先が零生の指先に触れた。思わず震えた零生は指を引っ込めようとするも、長い毛が隙間に絡んでくる。
「ねぇ零生くん♡ オレさぁ、今ちょうど暇してるんだよねぇ♡ 誰かオレと一緒に遊んでくれる子はいないかなぁって、探しててさぁ……♡」
零生の耳元で、二枚の舌が絡み合っているのが分かる。脳に響くエメリオの声に、零生は待ち受ける未来が見えてしまった。
(またされちゃう……あの時みたいに、乱暴に……オレのこと、裸にして、あちこち触って、それで……)
もう逃げられないんだ。零生は諦めて運命を受け入れることにした。
――が、エメリオの口から出たのは、想像していなかった言葉だった。
「……だからさぁ、これから教室の方に行くんだよねぇ♡ さっきまでサボってたから誰がいるか知らないけどぉ、適当に声かければ一人くらいは遊んでくれるかな~って♡」
「……え」
にっこり笑ったエメリオは零生から尾を離した。一歩下がって少年を見下ろすその表情は、不気味なほどに晴れ晴れとしている。
「ま、そういうわけだから♡ じゃあね~零生くん♡」
零生の横を通り過ぎたエメリオは、振り返ることなく手を振った。まるで零生には一切興味が無いのではないかというように。
台風は通り過ぎた。安堵するべきことのはずなのに、やはり零生の疼きは収まるどころか激しさを増すばかりだった。まだ幼い顔には落胆の色が浮かんでおり、困惑の眼差しでエメリオの背中を眺めている。
(あ、なんで、なんでオレに声かけてくれないの? この前みたいなことしようって、なんで言ってくれないの? もうオレとは遊びたくないの? でもオレ、オレは……!)
「……なぁに? オレに何か用?」
足を止めたエメリオが振り返ると、そこには顔を真っ赤にして自分を見つめる零生がいた。服の裾を掴む小さな手は震えていて、はっきり聞こえるほどに荒い呼吸をしている。
「あ、あの……」
見つめ返された零生は、思わず視線を逸らしてしまう。それでも手には力が入ったままで、もっと近付いてほしいとばかりに裾を引っ張っている。
「…………♡」
何でもない風に零生を観察していたエメリオだったが、彼の心情を察したのだろう。いつもの意地悪そうな笑みを浮かべてしゃがみ込んだ。
「どうしたの零生くん♡ 言いたいことでもあるの?」
「! あ、あの、えと……」
急接近したエメリオに、零生はあからさまに動揺していた。まるで女の子のようにもじもじとしていて、俯いてはちらちらとエメリオの様子をうかがっている。
「その……あ、お、おれ、いい、よ……」
「ん~? それじゃあ何を伝えたいのか、わかんないなぁ~♡ どうしたいのか、ちゃんと説明しないと~♡」
「えっ……せつ、めい……⁉」
途端に零生は口を閉じてしまった。
何をしたいのか説明をしろだなんて、零生にとっては羞恥プレイと同じ。言いなれない言葉を使おうと想像するだけで、たまらなく恥ずかしくなるのだ。
そして、彼がそんな風に感じていることは、エメリオももちろん分かっていた。
「説明できないのぉ? じゃあオレ、もう行っちゃおうかな~♡ 早く遊び相手探したいんだよねぇ♡」
「あっ……! ま……って……!」
視線を外し立ち上がろうとするエメリオを、零生は強く引き寄せた。震える喉から、必死に声を絞り出す。
「あっ、こ、この前、みたいに……え、えっちなこと……しても、いい、から……」
どうしても恥ずかしいようで、最後の方はほとんど消えかけていた。それでも言いたいことは理解できる程度には声が出ていた。
だが、エメリオがそれで満足するわけがなく。
「えぇ~? 今なんて言ったのぉ? オレには全然聞こえなかったなぁ~♡ もっとおっきな声で、ちゃあんと言ってもらわないと♡」
「えっ、えっ……⁉」
せっかく勇気を出して放った言葉さえも届かず、零生は涙目になっている。いい加減察してくれとばかりに何度も裾を引っ張るも、エメリオには逆効果だ。
愛らしい反応を見せる零生が面白いようで、エメリオは分かりやすくご機嫌になっていく。最後のダメ押しとばかりに顔を近付け、零生に優しく囁いた。
「オレ、零生くんがどうしたいのか、聞きたいなぁ~♡ 頭が良くていい子の零生くんならぁ、どうすればいいのか、わかるよねぇ?」
「あ……ぅあ……っ!」
零生の我慢も限界だった。煽りに煽られた少年の羞恥心は、奥底から湧きだす欲望に耐えられはしなかった。
「あっ、お、オレにっ、してください……! この前みたいに、えっちなやつ……気持ちいいやつ、してほしい……っ!」
ぷるぷる震えながらも張り上げた声は、今度こそエメリオに届いた。満足そうににやりと笑ったエメリオは舌なめずりをし、おもむろに零生を抱き寄せる。
「よく言えたねぇ~♡ 零生くんはえらいねぇ~♡ それじゃあ、ご褒美あげるぅ♡」
「わっ、え、んんっ」
息つく暇もなく、零生の口内にエメリオの舌が侵入してきた。好き勝手に動き回る二枚の舌に、何も考えることができない。零生の全身はもう、期待と興奮が露になっていた。
「んん……っはぁ♡ やっぱ零生くんとのキス最高♡ ……あれぇ、もうとろけちゃってんじゃん♡ 零生くんってばぁ、そんなにほしかったのぉ?」
涎を垂らしたままの零生は、久しぶりの快楽に惚けていた。白いシャツの下からは乳首が浮き上がっており、ズボンには僅かながら染みができている。
「んぁ……ん……」
恥ずかしそうに、けれどもそれ以上に幸せそうに頷く零生。よろけながらも歩こうとすると、その小さな体をエメリオが抱き上げた。
「ここでヤってもいいんだけどぉ~……せっかくだし、そこでシよっか♡ 零生くんもぉ、そっちの方がいいよね♡」
「あ……はい……」
エメリオが示した方を向き、零生はゆっくり頷いた。扉の隙間から見える、あの時と同じ景色にまた奥が疼く。
「じゃ、今日はい~っぱい楽しもうね♡ 零生くん♡」
悪い笑みを浮かべたエメリオは、零生を抱いて空き教室へと入っていった。
「……よいしょっと♡ じゃあ始めよっかぁ♡ 鍵も閉めたから、誰にも邪魔されずにたっぷり遊べるよ♡」
机に座った零生を見つめ、エメリオが笑う。元から着ていなかったようなシャツを脱ぎ捨て、チャックが全開だったズボンに手をかける。
それとは反対に、零生はまた机のうえでもじもじしていた。
(どうしよ……本当に、入っちゃった……したいって、言っちゃった……!)
全身が敏感になっているのが分かる。しかし、いざこうして対面すると、自身のみっともない姿を見られることに対しての恥ずかしさがこみ上げてきた。
相手は既にその気になっていて、目の前でその肌を露にしている。それを見てもやはり羞恥心は捨てきれず、シャツのボタンに手を触れてみては、やっぱり恥ずかしいと指先を絡ませるだけで終わるのだ。
(……やっぱり、言わないほうがよかったのかも……今からでも、ごめんって――)
「零生くぅん、脱がないのぉ?」
「!」
すっかり全裸になったエメリオの手が、零生の小さな両手に重なった。揺れる胸元のピアスに、零生は思わず目を逸らす。
(あ、エメリオさん、もう……どうしよ、オレ……)
欲望と羞恥の間で心が揺れる。それはこの先に待ち受けている快楽も、そこに潜む危険性も理解している故の揺らぎだ。視界の端で動く黒い尾に、一週間前の出来事が思い出される。
(もし、またあれされたら……オレは……)
「れ~おくん? どぉしたのぉ?」
反応の無い玩具に、わざとらしく不思議そうな表情をしてみせるエメリオ。泳いでいた零生の視線はようやくエメリオに向き、震えていた指先をぎゅっと握る。
「そ、その、エメリオさん……オレ、やっぱり、今日は……」
「……何ぃ? オレとヤりたくないわけぇ?」
エメリオの声のトーンが下がった。先程までの柔らかな雰囲気が薄まったのを感じ、零生は身震いしながらも小さく頷いた。
数秒の沈黙。真顔で零生のことを観察していたエメリオだったが、口元には例の意地悪い笑みを浮かべていた。
「……まぁ、零生くんがそう言うんだったらぁ、オレは別の子探しに行こっかな~♡ で、も、ぉ……」
「……?」
エメリオは笑顔で零生を見つめ、彼の拳にのせていた手を離す。その両手は零生の身体に伸ばされ――
「ここはどうかなぁ♡」
ぴんっ♡ エメリオの指先が零生の乳首をはじいた。
「あっ!?」
途端に大きく震える零生。服の上からたった一瞬、軽く触れられただけなのに、脳は快を感じていた。
想定していた反応に、エメリオはご満悦だ。ますます目を細め、両手で零生の乳首を執拗に弄り回す。
「オレに触られる前から、こ~んなに乳首硬くさせちゃってさぁ♡ 誘ってんでしょ♡ 零生くんのピンク色の勃起乳首、シャツの下からでもバレバレぇ♡ ヤりたくないなんて嘘ついたらダ~メ♡」
「あっ、おれっ、そんなっ、あっ♡」
零生の身体が何度も小さく跳ねる。優しく撫でられるたびにシャツが擦れ、むず痒いような気持ちよさが押し寄せる。自身ではどうやっても生み出せない快感に、少年は声を抑えられない。
「あっはぁ♡ 零生くんってば乳首弄られるの好きなんだねぇ♡ こんなによがっちゃってぇ♡ 女の子みたい♡」
「んっ……あっ、あぁっ♡」
こりっ♡ こりっ♡ つままれた愛らしい乳首はぷっくり膨らみ、伝わる振動を快楽に変えて脳内に送り出す。零生の表情はすっかり快楽に堕ちていた。
「やっぱオレとシたいんでしょ♡ だってほら♡ こっちもこんなに濡れてる♡」
そう言ってエメリオが触れたのは、零生の下半身だ。僅かにテントを張ったズボンは、ぐしょぐしょに濡れていた。零生の顔が赤くなる。
「や、そこ、それはぁっ」
「こんなに我慢汁出しちゃってぇ♡ いっぱい可愛がってほしいんだね♡ そうでしょ♡」
舌なめずりをしながら、エメリオは零生のペニスを責め立てる。布越しに亀頭を責められ、零生は無意識に腰を振ってしまう。
「あっ♡ オレ、おれは、ぁ……っ♡」
「これだけで終わりたくないでしょ~? ちゃんとおねだりできたらぁ、も~っと気持ちイイのしてあげる♡ 零生くんなら、言えるよねぇ?」
エメリオの黒い尻尾が、零生の顔に近付く。柔らかな毛先が首筋を撫でた瞬間、零生の脳内にフラッシュバックしたのは、あの時の快感だった。
「あっ……♡」
(これ、あぶないやつ……やっちゃだめ、だめ……でも、きもちよくて、ぞくぞくして。あのときみたいなの、もういっかいだけ……)
零生はすっかり快楽に負けていた。数分前の羞恥も危険もどこへやら、休みなく襲い来る気持ちよさをその身体で受け止めるだけで精一杯だった。もはや、これ以上の快楽しか望めないほどに。
それをエメリオも理解していた。正確には再会してすぐのタイミングで、零生がもう堕ちかけていたことに気付いていたのだ。わざわざ零生から誘うように仕向けたのも、断りを受け入れずに触れたのも、全ては零生を快楽の沼に堕とすため。
「ねぇ零生くん♡ 零生くんはぁ、どうしたい?」
「おれ、おれ、はぁ……っ」
疼く奥が、震える身体が、零れる嬌声が、言わずとも零生の意思を露にしていた。それでもエメリオが尋ねるのは、零生自身からおねだりを引き出したいからだ。
そして、零生自身も、もはや躊躇いは無かった。
「おれ、ほしいです……っ♡ このまえみたいに、おくすりっ♡ それでっ、きもちよくなりたいっ♡」
エメリオを見つめるつぶらな瞳は、完全にメスのそれだった。