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    sirasu810

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    sirasu810

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    ぐだ子とプマ🌸/ぐだおとマーリンの小話

     眠れないな。そんなことを考えていると本当に眠れなくなってしまうものだが、深呼吸しても、寝返りを打っても、膝を抱えて丸くなってみても、目と頭は覚めていくばかり。どうやら手遅れのようだ。立香は深いため息をついた。
     肌が粟立あわだつ。ここは安全なのに。耳が冷たく痛む。あたためた室内にいるのに。部屋の床が、ベッドの下が、底なしの沼あるいは断崖のように思える。ここからは降りられない。降りたらおしまいだ。子どもの頃にそういう遊びをしたことがある。通っていいところを決めておいて——道路の線引きだったり、タイルの色だったり——そこから足を踏み外したらゲームオーバー。実際は踏み外したところでただの床や道にすぎなくて、何も起きたりはしないのだけど。
     ああでも今は、このベッドの上以外にわたしが居られる場所なんてない気がする。どうしてもそんな風に思う。こうした心のざわめきは、一人きりではおさめられない。助けが必要だった。布団をかぶり、上を向く。
    「……マーリン、いる?」
     呼びかけた声は、しんとした室内に吸い込まれていった。おそらくは深夜を越えた頃合い。人々もサーヴァントも寝静まり、一部のワーカホリックや酒飲みだけがうごめいている時間帯。ドアを開けたままだったとしても、声を拾う者はいなかっただろう。それでも立香は繰り返す。
    「マーリン」
     ひとり言にしては大きく、確かな声で。するとしばらく経ってから、ウィンドチャイムが揺り動かされたかのような、高く澄んだ音が輪を描きながら耳に響いた。天井から薄明かりが降ってきて、目に染みる純白の衣に身を包んだ女性が、ベッドのふちにふわりと腰掛ける。
    「ここに、マイロード」
     フードを取ってあらわになった髪も肌も真白く、室内に明かりがともったかのようだ。彼女の足元だけは、暗い沼がただの床に戻っている。ざわめきはわずかに軽減されたが、立香は人並外れた美貌の女性、マーリンを軽く睨んだ。
    「いるじゃん」
     なんでさっさと出てこないの、という非難だった。
    「夜にキミの部屋に入るなと、アーサーからきつく言われていたんだ。だけど呼ばれたからには仕方がないよね」
     口の端がいたずらっぽく持ち上がっている。マーリンは自身のマスターに向き直って身を乗り出すと、囁くように言った。
    「さあ、私に望むことがあるのなら言ってごらん。どんなことでも叶えてあげよう」
     艶めく薄紅の唇、形のよい細い顎、咲きめる花のごとき瞳は暗がりにあってもなおきらめく。何人もの人間が、この容姿と声によってたぶらかされてきたのだろう。立香はどうしてだか腹立たしいような悔しいような気持ちになって、起こしていた体ごと倒れるようにして、マーリンの脚の上に乱暴に頭を乗せた。まろやかな弾力と、ほのかな体温が伝わってくる。ざわめきがさらに薄まる。
     自分から持ちかけた触れ合いだったのに、立香は気恥ずかしさから頬を赤くしていた。こうした反応をしてしまうのは自分だけのはずなので、そのことも悔しく思った。八つ当たり気味に、むくれながら言った。
    「どんなことでもは言い過ぎ」
    「そうだね」
     マーリンは唇に笑みを浮かべたまま、ゆっくりと立香の髪を撫でる。あちこちの毛先が奇妙に跳ね回っていた。風呂上がりにしっかりと乾かさずにいたからだ。枕に頭を押し付け、唸りながら転がっていたことも、くせっ毛をさらにねじる要因になっていた。撫でても撫でてもぽこぽこと跳ねてくる。これが面白くて、マーリンは手を動かし続けた。
     立香はされるがままでいながら「けしからんふとももだ」と内心でぼやいていた。ふかふかして、すべすべで、いい匂いがする。布の下の肌は、きっと傷ひとつなく滑らかなのだろう。わたしと違って。いやそもそも、サーヴァントなのだから体のつくりなんて全然違うわけだけど……。
    「ねえ、マーリン」
    「なんだい」
    「マーリンにはないの。別側面オルタナティブってやつ」
    「うん?」
    「わたしさ、よく夢に見るんだよね。男の人になったマーリンの姿」
    「おやまあ。私のどこに不満があるというんだい」
     今度はマーリンがむくれてみせた。立香はくつくつと笑って「不満はないけど」と言い添えた。
    「男の人のマーリンの隣にも、やっぱり〈カルデアのマスター〉がいて、その人も男なんだ」
    「ふうん」
    「わたしたちと同じことをしてるの。戦って、休んで、みんなで大騒ぎしてさ、所長の作ったパンケーキを食べて、マシュとおしゃべりして」
    「そう」
    「だけどマスターは、は、わたしじゃない。夢の中のわたしはね、カルデアのマスターを庇って死ぬ誰かになっているんだ」
     きっとマーリンは、わたしが何を夢見ているかなんてとっくに知っている。それでもこの吐き出しに付き合ってもらうことにして、言葉を続けた。
    「あちこちの特異点にいるわたしは、なんでだかカルデアのマスターに協力するの。しかも敵の前に飛び出して、彼を庇うことまでするんだよ。いろんな目にあったよ。槍や剣で刺されたり、魔術に巻き込まれたり。魔獣に噛みつかれたこともあるし」
    「なんとも健気だねえ」
    「そうなの。胸が痛むくらい健気なの。だけどそんな人たちの立場になってみても、わたし、何にも分からないんだ」
    「分からない?」
    「うん。庇うときは反射で、自然と体が動くものだって、そこまでは分かる。わたしもそういうことあるから。だけど傷ついて倒れて死ぬまでの間に、何も考えずにぼうっとしているだけだなんて、ありえないでしょ。地面に倒れて、カルデアのマスターの後ろ姿を見送っている〈わたし〉には、もっと他にやりたいこととか、見たいものがあったんじゃないかなって思うの」
     立香は自分の中に蓄積されている底抜けの不安の一部を、なんとか消化しようともがいているのだなと自覚している。
     客観的な自分は「犠牲にしてきたものへの理解を深めたいだなんて、身勝手で無意味で傲慢だ」と呆れている。悲観的な自分は「同じ体験をしたところで、わたしには分かるはずもない」と諦めている。根気強い自分だけが「分からなくても、わたしがしてもらったことを忘れちゃいけない」と、ひどく疲れた顔で言い聞かせてくる。
    「そういうときの人間が何を考えるかなんて、私にもさっぱり理解できないけど、目標が達成できたのなら喜ぶものなんじゃない?」
     マーリンの態度はあっさりしたものだった。さして関心がないようにも見えた。だから立香も遠慮なく言い返すことができる。
    「そういうの、長持ちしなくない? やったーって思えるのなんか一瞬じゃん」
    「ふむ」
    「体は痛くて苦しいだろうし、死ぬのは怖いはずだ。そういうときの達成感なんて、余計に長持ちしないはずだよ」
     言いながら、立香は自分の目元が乾いていることを意外に思っていた。ドクターの前ではあんなに泣き虫だったのに。わたしも大人になったってことかな。
    「もやもやするんだ。わたしはどんなことを台無しにしてきたんだろうって。どれほどのことをしでかしちゃっているんだろうって。いつも考えてるわけじゃないよ。こんなこと毎日考えてたらまいっちゃう。だけどたまにわーって吹き出して、ひたすらぐるぐるしちゃう。こういうどうしようもなく落ち着かない気持ち、マーリンには分かんないよね?」
     夢魔は小首を傾げつつにっこりした。
    「ほらねー。考えたこともないって顔してる。あーあ、わたしもマーリンみたいになりたい。ろくでなしの人でなしになって、なんにも考えたくない」
    「おやおや」
     銀の粒を散りばめるように、マーリンがくすくすと笑った。マスター、私とキミは、まるで違う生き物なんだよ。同類にはなりっこないよ。という事実の指摘が求められているタイミングではないことは承知していたから、マーリンはことさら優しい手つきで陽だまり色の髪を撫でた。そして、
    「夢の中のマスターくんは男の子なんだろう? どんな子だい? キミみたいにかわいいのかな。瞳の色は同じだった?」
     自身で育てた王からの勧告——君はとにかく、余計なことを言わないように——を守って、悩める少女への的確すぎるアドバイスは差し控えた。それなのに真下から注がれる視線は、肌をちくちくと刺してくる。おや、こういう方向性はだめだったか。
    「マーリンは本当にどうしようもない」
    「ごめんね。ここで悩んでいる私のマスターこそ、一番にかわいいよ」
    「男の人のマーリンも、ものすごく胡散臭かった。きれいだったけど、きっとマーリンと同じようにマスターにベタベタして、ぬるいことを言ってくるんだ」
    「つまりマスターはどのような場合においても、私とベタベタしたいということだね」
     マーリンはいそいそと横になり、立香と並んで二人の体に毛布をかけた。
    「夢魔ってこんなにぐいぐいくるのが普通なの」
    「さて、どうかな」
     花の香りを含む、あやすようなやわらかな笑み。華奢な手のひらは立香の腹の上に置かれた。眠りに沈み込めそうだ。呼吸がとろみのあるものに変わっていく。さらなる安堵を呼び込むために、立香は確認した。
    「マーリンはわたしを庇って、いなくなったりしないよね」
    「もちろん。そもそも私は死なないもの」
    「全部が終わっても、見ててくれるんだよね」
     そんなのお安い御用さ——と気軽に答えようとしたマーリンの喉に、ごく小さな針先が潜り込んだ。ともすれば気のせいだと思いかねないわずかな痛みのせいで、マーリンは声を発するきっかけを失い、言葉の代わりに頷くことになった。立香はその動作を見て満足そうに瞼を伏せたものの、マーリンは「なぜだろう」と不思議がった。
    「アーサーには内緒にしておくれよ」
     うん、ちゃんと話せるのに。なんだったんだろう。儚くも愛らしいマスターきみたちの歩みを見送るなんて、ごく簡単なことなのに。
    「分かってるよ。アーサー王はマーリンみたいに非情じゃないもん。冗談でもこういう話をしようものなら、本気で心配させちゃうよ。マーリンだって叱られそうだし」
    「私には手厳しいからね、あの子」
    「王さまって、お目付役っていうか、父兄さんぽいとこあるよね」
    「加護を与え、伸ばし育てたのは私の方なんだけどねえ」
     笑い合うあいだに、マーリンは先のちくりとした感覚のことを忘れた。忘れていいものだと判断した。そしてとろけさせる声音で「おやすみ」を囁き、ぴったりと身を寄せて、自分よりも背の高い若い体、肌にたくさんの疵痕きずあとを残しているマスターを、いたわるように包み込んだ。


       * *


    「ねえ、マスター。きみ、私を赤兎馬くんばしゃうまか何かと勘違いしていないかい? それに理想郷アヴァロンというのは閉ざされた場所であって、こんなにガバガバ展開するような宝具じゃないんだよ?」
    「アルトリア、続けて行ける?」
    「もちろんです、お任せを」
     連戦を終えたばかりでも凛々しく応じた騎士王の後ろで、マーリンがぽかんと口を開いた。信じられないものを見たときの表情は、つと動かした視線の先、マスターがポケットから取り出したものを捉えると、さらに色濃いものに変化した。
    「待って、だめ、そんなもの、ぺっしなさい」
     落ち着き払った青い瞳に、マーリンの焦り顔と、持ち上がった制止の手が映り込む。それでもマスターは真顔のまま口を開いて、金色の木の実のようなものにかじりついた。マーリンはがくりと肩を落とす。形成されているパスを通じて、補充された魔力がじわじわと流れてくる。これでは退去いちぬけなんかできそうにない。
    「口に入れたものを出すなんて、お行儀がよくありまちぇんよ。周回これもお仕事、頑張るでち。さあ、サーヴァントたちには、りんごの代わりにべにのこしらえたおにぎりをあげまちょうね」
    「これは嬉しい。女将の料理はすばらしいものだと聞き及んでいます。アーチャーも唸るほどだと」
    「ああ、赤い外套の。彼もよい腕前の料理人でち。磨いた腕に驕ることなく、研鑽けんさんを続けるその姿勢やよし。閻魔亭の厨房に迎えたい人材でち」
     赤と黒の鮮やかな色柄の風呂敷を開いた中には四ツ目編みのかごがあって、蓋を開くと美しい形のおにぎりが並んでいた。騎士王は感心した様子で身を乗り出し、小さな手から渡されたものを喜んで口に迎える。目を輝かせながらぱくぱくと頬張っていくその姿に、紅閻魔も目を細めた。
    「それじゃあ、食べ終わったら再開」
     別のものを頬張っているマスターが言うと、前衛の二人は元気よく応じた。マーリンはすすめられたおにぎりを丁重に断ったので、二人前のおにぎりは騎士王の腹におさまることになる。
     マーリンは英霊たちの脇を通り抜け、おもむろにマスターに歩み寄ると、黒い制服の肩に真っ白な頭を乗せ「ひどいなあ」と呟いた。
    「今日の私、休みなしじゃないか。今朝は対アサシン戦だって言っていたのに」
    「うん、それはもう終わったでしょ」
    「途中で交代があるうえに、私だけ続投になるとは聞いてなかった。いきなりアルトリアを入れるだなんて、心の準備が追いつかないよ」
    「ないじゃん心」
    「なくはないかも知れないだろぅ」
     マーリンは呻いて、頭をぐりぐりと押し付けた。マスターは広い背を片手で適当に撫でてやりながら、もう片方の手で器用にタブレットを操作する。
    「次の特異点が観測されるまでに、できることは済ませておきたいんだよ」
    「そうやってがむしゃらでいるきみを見るのは、あまり好きじゃないな。それに——ああほらやっぱり、前より痩せているじゃないか。妙にきらきらしたものばかり食べていないで、もっとバランスのよい食事をとって、よく眠るべきだ」
     さりげなく回された両腕から漂ってきた花の香りに、マスターはふと思い出したことがあったようで、白い毛先をくんと指で引いて訊ねた。
    「寝るといえば、マーリン、夜中におれの部屋に入り込んでない?」
    「……どうしてそう思うんだい?」
    「別に、ただの勘」
     ぎゅうとしがみついていたおかげで、マーリンの引きつった笑顔は誰にも見られずにすんだ。
    「あと夢でたまに、マーリンによく似た人を見かけるんだよね」
    「お呼びとあらば、本物がきみのもとへ」
    「本物は幽閉中だろ。それにあっちの方が——いや、なんでもない」
    「マスター?」
     立香は再び金色のかたまりを咀嚼して、会話を切り上げた。ベタベタしてくる夢魔に余計なことを言うと、めんどうなことになりそうだったから。マーリンは不穏なものを感じ取ってさらに詰め寄る。けれどそれを見咎めた騎士王がぴしゃりとマーリンを嗜めたので、それ以上の追求ができずにやきもきした。
     
     
     
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    sirasu810

    DOODLEキャギぐ♂『-続- あいみしゆえに』の続編の序盤かも知れないもの。明けましておめでとうございます。
    はなにもきみは ありこせぬかも「目ぇチカチカするわ……」
     真白い肌をくすませながら酒呑しゅてんが呟く。テーブルの上にはきっちりと形が整えられているように見える・・・・・・握り飯が数個残っていた。細い指で一つ摘まみ上げ、小ぶりな唇ではくりと頬張る。噛みにつられて首が揺れる。
     外の気温がぐんと冷え込む深夜。疲労の溜まった従業員たちの意識は朦朧もうろうとしていた。下町の呉服店は年の瀬から成人の日を越えるまで何かと忙しない日々が続く。握り飯の向こうには立香の姉と徐福が突っ伏しており、店を閉めた後に戻ってきた鶴は試着場の畳の上で横になっている。
     昼前にギルガメッシュがやって来たのは年始の挨拶、もとい立香の顔を見るためだったが、気がつけば台所へ引っ張り込まれていた。猫の手も借りたいところに現れてしまったため、目玉を爛々らんらんと光らせた徐福に「おにぎりくらい作れますよね⁉︎」と詰め寄られ、しゃもじを掴まされていたのだった。息をつく暇もない従業員たちがぱっとエネルギーを補給できるよう、作り置きのおかずと合わせておにぎりをこしらえるべし、と言い付けられたが、そのタスクを終えても来客用の茶を運ばされる羽目になった。立香は外での仕事のため不在だったし、本来ならば茶を出すべき相手に対して申し訳ないと、姉は謝罪を繰り返していたが、茶葉や注ぐ湯の量については控えめに指導された。
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