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    sirasu810

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    sirasu810

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    two-toneなエドぐだ♂現パロのニューヨーク編の序文、になるかもしれないもの。

    Adventurer and two-tone 七号館の八階は、研究室が並んでいるだけのシンプルなフロアだった。院室いんしつと呼ばれている八〇八号室は大部屋で、大学院生十名が共同で使用できるようになっている。パーテーションで区切られた大ぶりなデスクとキャビネットは個々に貸し与えられ、壁際にはロッカーも並んでいる。建物自体が五年前に建て替えられているということもあって、木材が用いられた床には傷みも少なく、広い窓から降り注ぐ自然光にゆったりと照らされていた。室内の一部風景のみを切り取れば、さながらブックカフェの装いである。
     しかしながら院生たちがつくる個々の『巣』には全く統一感がなく、無秩序状態だった。デスクの中央にパソコンのモニタ、周りにマウスと少量の文具のみが置いてあるスペースがあれば、およそ研究とは関わりのない趣味の品を丁重にディスプレイしている場合もあった。本や書類を縦積み横積みにし、床やデスクを覆い尽くしてねじれた塔まで築いたあげく、森が膨らんでいくかのようによそのエリアにまで侵食しているケースもあった。
     幸いにして立香の席の左右はわりあい整理整頓されており、圧迫感も雪崩が起きる心配もなく快適である。とはいえ立香自身が「本の塔を育ててしまうタイプ」なので、要注意対象としてマークされている。右隣りの学友はペットボトル飲料についてきたというゆるキャラのフィギュアをパーテーションのてっぺんに並べた。左隣りはもっと露骨で、自作かつ力作だというボトルシップをデスクの目立つ位置に飾っている。これらを壊すことのないように、壊そうものなら分かっているな……という言外の警告おどしである。
    ——魔窟ってのは、一度でも膨れ上がったら終わりだ。だからそもそもつくるな、広げるな。大掃除のたびに苦労させられるのは周りの連中なんだぞ。
     立香に低い声で薫陶を授けてきたのは、斜め後ろの席を使い目下自身のスペースが真横から侵食されつつある先輩である。
    「カドックさん」
     その彼はいま論文を開いているらしく、モニタには文字がずらずらと列をなしていた。ヘッドフォンをつけていたから自動音声で読み上げさせているのかなと思いきや、彼の指は画面スクロールとは関わりのない動きをしている。
    「もしもし」
     再び呼びかけても返事がない。優れたノイズキャンセリング機能を持つヘッドフォンだ。とはいえ集中している状況ではないみたいだから、とんと肩を叩いてみた。空気が澄んでいながらも色彩が希薄になる冬の景色が似合う白皙はくせきの先輩は、しかめ面をあからさまにして振り返った。
    「なんだよ」
    「おやつのお裾分けです。休憩しませんか?」
     かすかに持ち上げられたイヤパッドからは、力強いビートとエレクトリックな音のかけらが漏れ出ている。音楽鑑賞を邪魔されたカドックはむっつりと不機嫌そうな表情で、差し出されたものの一つをを乱暴につかみ取った。
    「なんだよこの高級そうなの。うわ、甘……」
     口に放り込んだものは濃厚で香り高いチョコレートだった。パッケージも上質な造りで、学内の自販機や最寄りのコンビニではお目にかかれそうにない品だ。
    「お土産にもらったんです」
     素直に答える立香に、カドックは顎を振ってみせる。示したその先には研究室の共用備品、コーヒーポットが置いてあった。その日最初に部屋に到着した者が水とコーヒー豆を補充し、最後に帰る者が片付けをするルールになっているが、黒頭の後輩がやってくることを見越していたカドックは役目を放棄していた。
    「あれ、からだ。ちょうどいいから、豆も貰ったやつ使っていいです?」
    「何でもいいからさっさとやれ」
     立香がミニキッチンまでとことこと歩き、水が運ばれていく間、カドックはチョコレートがおさめられた箱をひっくり返して眺めた。印刷されている文字の中に日本語はなかった。
    「お前のパトロン、今はベルギーか」
    「はい、でも今朝から移動するってメッセージがきてましたよ」
    「ふーん」
    「あ、この豆、砕かないといけないやつだ」
    「左上」
     言われるまま棚の戸を開けると手挽きのコーヒーミルが出てきた。かなりの年代物で、木製の持ち手部分が飴色に照り輝いている。大切に手入れされてきたものみたいだから、使っていいものかと怯んでしまう。けれど他に代わりになるものがなかったので、箱部分を支えながらそっと取り出した。
    「使ったらちゃんとメンテしとけよ」
    「はい。誰からの寄贈品なんですか?」
    「そんな手間がかかる品なんか、教授じいさんの趣味に決まってるだろ。僕なら電動を買う」
    「簡単ですもんね。でも楽しいですよ、こういうのも」
     後輩はのん気に豆を挽き始めた。作業を押しつけられてもカドックと違って悪態の一つもつきやしない。大抵のことをすんなりと受け入れてしまうお人よしの後輩である。損をしそうなその性格に呆れさせられることも多く、苛立ちのあまり忠告を繰り返してめんどうをみてやっていると「そうか、カドックはリツカのお兄ちゃんなんだな」などと周りから言われたことは、心底腹立たしくうざったい記憶である。二度とお節介などするものかと誓った。
     チョコレートはおさめられた升目ますめによって味が異なるらしい。カドックは歯ごたえのありそうな、苦味の強そうなものを選んで咀嚼してみた。グルメでも感動家でもないから、感想といえば「高そうな味がする」くらいしか浮かばなかった。
    「……お前さぁ、あの人といるとき何話すわけ」
    「あの人って、エドモンですか?」
    「寡黙の塊みたいな感じがする」
     世界各地から立香に土産を送ってくる張本人であり、カドックが以前に一度だけ会ったことがある長身の男。エドモン・ダンテス。何気なく目を伏せているだけでも、隠しようのない気位の高さが周囲をす。沈黙を保って冷然と佇み、資料を届けにきたことで偶々居合わせたカドックが向けた視線を、一瞥いちべつによって撥ね返してきた。そのときに首筋がチリチリと焼かれるような心地がして、すぐに「ヤバい奴だ」と認識したのだが、男に相対している教授や立香は和やかなまま会話に花を咲かせていた。
     教授とあの脚長男あしながおとこは昔からの知り合いで、その縁で立香とも知り合った……というわけではないらしい。漏れ聞こえる会話の端から、教授と脚長男を知り合わせたのはむしろ立香の方であるようだった。
    ——お前、あんな怪しげな奴とどういう付き合いしてんの。騙されてるんじゃないか。
     などと言いたいことは色々あるが、カドックは断固として「お兄ちゃん」であるつもりもそうなりたいわけでもないので、二人の詳細については追求していない。面倒ごとに巻き込まれたくもないし。エドモンについて質問したのは、ただの雑談としてだ。
    「エドモンはおしゃべりですよ」
    「テレパス……」
    「いえ、ほんとにしゃべりますって。話し出すと止まらなくなるタイプで」
    「あれで?」
     黙して睨まれたときの迫力を思い出して、カドックは眉をしかめた。
    「酔うとご機嫌になってもっとしゃべるんです。そうなるとおれは聞き役ばっかりですね。いろんな国でお仕事をしてるし、面白いですよ、エドモンの話」
     冷血そうに見えるあの男に、機嫌がよく饒舌なときなどあるのだろうか……。カドックが想像できずに真顔になっていると、
    「おや、誘う前にお茶会は始まっていたのかネ?」
     部屋にひょこりと初老の男性が入ってきた。革靴の爪先も靴紐もぴしりと整えて、シングルプリーツのトラウザーズに厚手のタータンチェックシャツをスマートに着こなす、スタイルのよい紳士だった。その手にはカドックが掴んでいるものとは異なる菓子箱を持っている。
    「コーヒーですけどいいですか?」
     立香に訊かれて頷き、教授は最寄りのチェアを引き寄せ腰掛けた。
    「私のところにもちょうど届いてね。君にはチョコレートだったか」
    「教授には何だったんです?」
    「スペキュロスだよ」
    「すぺ……?」
    「スパイス・クッキーさ」
     教授はマグを受け取ると、立香に一包み、カドックに一包みを手渡した。開封して齧ってみると、立香の頭にはジンジャー・ブレッドが思い浮かんだ。
    「彼、ずいぶんと愛らしいものを選ぶんだねェ」
    「童話の挿絵みたいな形ですね」
     杖を持ち長い顎髭あごひげを垂らしている凝った人型模様のクッキーを、教授は頭からぱくりと咥えた。
    「これは聖ニコラ。シンタクラースだよ」
    「ええと、サンタクロース?」
    「ちょうど時期だからね。暖炉のそばには靴を置いておきたまえ、ニンジンを入れて」
    わらでもいいんでしたっけ」
     コーヒーをすすりながらカドックが付け加える。立香は首を捻った。
    「靴に? 藁?」
    「馬が喜べばなんでもいいのさ」
    「馬?」
     立香は目をぱちくりして、いそいそと自分のデスクに戻ってパソコンを立ち上げた。好奇心が旺盛で、調べものを始めるとそれ以外がおざなりになる性質であることは教授もカドックも把握している。前のめりになって画面を覗く学生はそのままにして、二人はコーヒーブレイクを続けた。
    「年末は向こうに帰るのかい?」
    「いえ、こっちで過ごします。移動するのが面倒なんで。先生は?」
    「ニッポンのクリスマスとお正月を堪能するつもりだよ。年明けになると君たちの研究経過のチェックをしなければならないし、合同セミナーもあるからね。準備で疲れちゃうから、冬の休暇は遠くに行けないの」
    「セミナー……」
     思い出したくなかった、とでも言いたげな呟きがこぼれ落ちてしまうと、
    「発表用の素案はおおよそ出来ただろう。軽く見てあげようか。ほら、出してごらん」
     教授はまるで親切を発揮しているかのようににっこりした。内心で「うげぇ……」と思っていても逆らえるはずもない。カドックはしぶしぶ今朝出力しておいた資料を取り出し、クリップでとめてから差し出した。
    「まぁ君たちの心配はさしてしていないがね」
    「だといいんですが……」
    「お利口なのに英語で四苦八苦してる子たちのほうが問題かナー」
     研究者の発表の場や発信される情報は、国内のみならず海外からのものも多い。四年制カリキュラム内にいる学部生たちはともかく、院生らには「今後のためにも慣れておいた方がいいヨ」とのことで、定例の研究会議では英語での発表が推奨されている。合同セミナーは外部の大学や留学生も対象になるので、これももちろん英語で実施し、同時通訳のスタッフが手配される。
     インターネットで得られる文字情報なら、英語でも他の言語でもその場ですぐに翻訳ツールにかけられるし、うまく訳せない単語があるなら専門書を参考にすればいい。けれどいざ発表する側、母語ではない言語を使って伝えるという立場になると、四苦八苦させられる学生が半数だった。話しながら「あー」だの「えー」だのが合間に多く入り「すみませんここからは日本語で!」とさじを投げてしまうこともある。そうしたことにペナルティがあるわけではないが、指を組んだ教授がヒヤシンスの花弁のような色の目を棒のように横一文字に細めてしまうと、学生たちは心がちくちくと痛むのであった。
     カドックにはこうした苦労はないが、日本人であるはずの立香もこの点においてはさして苦戦していないようだった。ネイティブのレベルではないにしろ、伝えようとすることに労力を厭わない性質と持ち前の大らかさ、高いコミュニケーション能力が功を奏している。間違いを指摘されても恥じ入るのではなく「ありがとう」とにこにこ笑うタイプでなので、自然とアドバイスを貰える機会が増えていくのだ。
    「藤丸くんにも後で持ってきてって言っておいてね」
     資料を眺めながら教授が言う。なんで自分がと吐き捨てそうになったところで、カドックはすでに出されたクッキーをかじっている身である。不服ながらも了承の返事をするしかなかった。調べものに熱中する立香はヘッドフォンをつけてないくせに人の話を聞かないから、引き戻すのが手間だというのに。
    「そういえば今年の大掃除はいつにしようかねェ。藤丸くんがこっちにいるうちにやってしまいたいんだが」
    「アイツ実家にでも帰るんですか」
    「白髪伯とNew Yorkで年越しするんだってー。月末にはもういないヨ」
    「へー……」
    「コレはお歳暮に見せかけた『おたくの学生さん独占させてもらいます』の詫び菓子だ。いや、自慢と牽制菓子かな? 〈年内に振られる〉にベットしたグループは劣勢になったようだが〈トラブル発生〉についてはまだ望みがあると言えよう。凸凹でこぼこ作家組とそろそろ次戦のシナリオを組み始めなければならないな――」
     勘のいいカドックは、教授とて怪しさでは脚長男に全く引けを取らないことを思い出した。智慧に満ちた瞳が悪巧みできらめく様子は見ないようにして、不穏そうな呟きは耳に入っていないふりをして、黙々とコーヒーをすすった。


       ◇

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    sirasu810

    DOODLEキャギぐ♂『-続- あいみしゆえに』の続編の序盤かも知れないもの。明けましておめでとうございます。
    はなにもきみは ありこせぬかも「目ぇチカチカするわ……」
     真白い肌をくすませながら酒呑しゅてんが呟く。テーブルの上にはきっちりと形が整えられているように見える・・・・・・握り飯が数個残っていた。細い指で一つ摘まみ上げ、小ぶりな唇ではくりと頬張る。噛みにつられて首が揺れる。
     外の気温がぐんと冷え込む深夜。疲労の溜まった従業員たちの意識は朦朧もうろうとしていた。下町の呉服店は年の瀬から成人の日を越えるまで何かと忙しない日々が続く。握り飯の向こうには立香の姉と徐福が突っ伏しており、店を閉めた後に戻ってきた鶴は試着場の畳の上で横になっている。
     昼前にギルガメッシュがやって来たのは年始の挨拶、もとい立香の顔を見るためだったが、気がつけば台所へ引っ張り込まれていた。猫の手も借りたいところに現れてしまったため、目玉を爛々らんらんと光らせた徐福に「おにぎりくらい作れますよね⁉︎」と詰め寄られ、しゃもじを掴まされていたのだった。息をつく暇もない従業員たちがぱっとエネルギーを補給できるよう、作り置きのおかずと合わせておにぎりをこしらえるべし、と言い付けられたが、そのタスクを終えても来客用の茶を運ばされる羽目になった。立香は外での仕事のため不在だったし、本来ならば茶を出すべき相手に対して申し訳ないと、姉は謝罪を繰り返していたが、茶葉や注ぐ湯の量については控えめに指導された。
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