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    sirasu810

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    sirasu810

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    キャギぐ♂『-続- あいみしゆえに』の続編の序盤かも知れないもの。明けましておめでとうございます。

    はなにもきみは ありこせぬかも「目ぇチカチカするわ……」
     真白い肌をくすませながら酒呑しゅてんが呟く。テーブルの上にはきっちりと形が整えられているように見える・・・・・・握り飯が数個残っていた。細い指で一つ摘まみ上げ、小ぶりな唇ではくりと頬張る。噛みにつられて首が揺れる。
     外の気温がぐんと冷え込む深夜。疲労の溜まった従業員たちの意識は朦朧もうろうとしていた。下町の呉服店は年の瀬から成人の日を越えるまで何かと忙しない日々が続く。握り飯の向こうには立香の姉と徐福が突っ伏しており、店を閉めた後に戻ってきた鶴は試着場の畳の上で横になっている。
     昼前にギルガメッシュがやって来たのは年始の挨拶、もとい立香の顔を見るためだったが、気がつけば台所へ引っ張り込まれていた。猫の手も借りたいところに現れてしまったため、目玉を爛々らんらんと光らせた徐福に「おにぎりくらい作れますよね⁉︎」と詰め寄られ、しゃもじを掴まされていたのだった。息をつく暇もない従業員たちがぱっとエネルギーを補給できるよう、作り置きのおかずと合わせておにぎりをこしらえるべし、と言い付けられたが、そのタスクを終えても来客用の茶を運ばされる羽目になった。立香は外での仕事のため不在だったし、本来ならば茶を出すべき相手に対して申し訳ないと、姉は謝罪を繰り返していたが、茶葉や注ぐ湯の量については控えめに指導された。
    「明日もこうなのか?」
    「そうやねぇ、今日ほどやないけど……」
     酒呑はどこか心ここにあらずである。眉は眠気をあらわにしてなだらかで、睫毛はゆっくりと瞬きを繰り返す。
    「店長ぉ、お風呂かりますよー……」
     よいしょという掛け声と共に席を立った徐福は、目つきの悪いぬいぐるみを脇に抱え、ふらふらした足取りで廊下に向かった。ただし引き戸に手をかけるときには振り返り、
    「金髪さん、明日は朝の七時に集合ですからね、遅れないように」
    「は?」
    「じゃ、おつかれさまでーす……」
     睡魔と戦っている最中の徐福の耳は、ギルガメッシュの「なぜ従業員ではない我が働くことになっているのだ」という正当な反論を受け入れなかった。追い討ちをかけるように酒呑が続ける。
    「社長はん明日もいてはるん? 助かるわぁ。そやったらぼんの部屋に寄せてもらい。あっちのお二階の奥やからねぇ……」
    「は?」
    「寝間着も出したるよって……。女部屋で寝たい言うならそれでもええけどなぁ……」
     ふわあと大あくびをした酒呑も立ち上がり、のろのろと居間を出ていく。人の都合も聞かずにこき使うつもりであることは腹立たしいが、そうした苛立ちが吹き飛ぶようなことを言わなかったか。
    「おい」
     うつ伏せのままの姉の頭をぺしりと叩く。気随きずいが過ぎる従業員たちを取りまとめるはずの店長は、世間が正月休みの時期こそ繁忙期なので、すっかりへとへとになっていた。
    「あー……そっか……人手はあったほうがいいもんね……」
     絞り出された声はか細く低い。仕事漬けになっているときのギルガメッシュのようにぐったりしながら、姉は淀んだ目を上向けた。枕にしていた腕と腕の間には、エナジードリンクの瓶が転がっていた。
     
     
     きちんと整頓された八畳ほどの部屋の中で、ギルガメッシュは呆然とすることになった。初めて入った立香の部屋、その床には布団が二組敷かれている。徐福のわがままに便乗した酒呑の冗談は、正気を失っている姉が現実にしてしまった。
     これを僥倖ぎょうこうと飲み込んでしまうほどギルガメッシュはのん気ではない。疲れ切った人間の判断など信用ならない。女性陣が勝手を通しているだけで、この場にいない本人にとっては寝耳に水の事態だろう。これから帰宅するらしい立香に不審者と蔑まれるような目を向けられたくはなかった。姉の許可があったとはいえ、早々に立ち去るべき……とは思うのだが、好奇心が足に根を張ってしまう。
     天井から吊り下がる暖かな色合いの楕円の照明、本棚にあるたくさんの背表紙の彩り、机の上に並んでいるガラスや磁器の器たち——これはのちに花を生けるためのものだと知る——などを順に眺めていると、時間はすぐに過ぎていった。だから、
    「あれ?」
     黄味の強い蝋梅ロウバイの枝を新聞紙に包んで抱えて帰ってきた立香にとって、ギルガメッシュは「何故か自室で立ちつくしているお客さま」として映っていたことだろう。
     面には出ずとも、驚きのあまり心臓が盛大に跳ねた。ギルガメッシュは順を追ってこれまでのことを説明しようと試みたが、小間使いのように働かされたことも予想外なら、今ここで立香と向き合うことも予想外だったから、何と話したものか。
    「まだお休みじゃなかったんですね」
     しかしギルガメッシュが押し黙ってしまうことに慣れている立香は、あっさりと自室への侵入者を受け入れた。
    「今日はたくさん助けていただいたって、姉さんたちから聞きました。本当にありがとうございます、目まぐるしかったでしょう」
     どうやら話は通っていたらしい。女性陣の強引さを詫び、丁寧にねぎらわれ、ギルガメッシュはひとまず安堵の息を吐いた。
    「いつもと違うところだと、寝にくいですよね。何か欲しいもの、ありますか? 枕や布団も替えがありますから、違うものがよければ」
    「いや、問題ない」
    「よかった。じゃあ、休んでいてくださいね」
     帰ってきたというのに立香は部屋を出るらしい。上着を脱いで掛けたあと、脇に枝を抱えて盆に花生けを詰め載せて、カチカチと擦れ音を立てながらドアに向かうので、ギルガメッシュが盆の方を勝手に請け負って取り上げた。姉たちと同じようにくたびれている立香がゆるく目を細めて礼を言うから、遠慮なく後ろに続いて歩いていった。
     キッチンに持ち込まれた蝋梅は、花器の種類に合わせて高さが整えられていく。立香が眠たげなまなこで鋼のはさみを扱うのではらはらさせられたが、水揚げと割り入れの作業の時間は長くかからなかった。店舗のどこに花が飾られていたかは覚えている。仕上がったものからギルガメッシュが順に置いて回った。蜜蝋を彷彿とさせる半透明の黄色い花弁がうっすら開いているところからは、ほんの少しだけ甘い香りが漂う。ころころした丸い蕾を落とさないように注意しながら運び終えて戻ると、立香は翌日分の米を洗っていた。料理やその下拵えについては、米の握り方を検索するほどの経験値しかないギルガメッシュなので代わってやれない。椅子に腰掛けて見守ることにしたが、立香の手つきにいつものきれがない気がする。
    「もう横になった方がいいのではないか」
    「はい、眠たいです。すごく。でもこれが終わったら、あとは着替えて寝るだけですから」
     銭湯には寄ってきたと言うが、黒髪はまだ生乾きで、滴が垂れているところもある。店舗ばかりか母屋の構造も把握しつつあるギルガメッシュは、立香を洗面所に引っ張って行き、ドライヤーを当ててやった。されるがままになりながら、立香はギルガメッシュの〈親切で優しい〉という印象に〈面倒見がよい〉ということを新たに加えた。ギルガメッシュの周辺の人々に全否定される印象は着々と増えつつあり、マーリンには「キミさぁ、誤解も利用し始めたふしがあるよね?」と疑いの目を向けられているが、そんなのは知ったことではない。
     立香は照れ混じりの苦笑を浮かべつつ問いかけた。
    「ギルガメッシュさんはお風呂に入りました?」
    「ああ」
     とはいえ自宅ではない慣れぬ風呂場だったし、酒呑や姉が「うちもぉ……」「次わたしぃ……」などと急かしてくるので落ち着くことはできなかった。
    「よく客が泊まりにくるのか?」
    「うちにですか? しょっちゅうじゃないですけど、わりとよくありますね。近所のみんなと飲んだときとか、朝からお着付けしたい方がいるときとか。だからユニクロのルームウェアや肌着は余分に買って置いてあるんです。新品をそのまま差し上げて、泊まった人があとで新品を補充するのがお決まりなんですけど、ギルガメッシュさんはいいですからね。今日はご厚意に甘えすぎて、お世話になりっぱなしですし」
    「雑事しかしていないがな」
    「いいえ、本当に助かりました。おれはこっちにいられないから、皆のごはんが心配だったんです。作り置きはたくさん用意しておきましたけど、面倒がって食べないんじゃないかって。でもギルガメッシュさんがおにぎりにしてくれたから、合間につまめて生き延びられたって姉さんが。今度改めて、きちんとお礼させてください」
     ほほ笑みながら言われ、もちろんギルガメッシュは頷いた。新年から幸先がいいことだ。こういうときばかりは、やいのやいのと文句を言われながら働かされたことの不愉快が拭い去られる。
    「電気、消しますね」
     部屋に戻り、紺色のパジャマに身を包んだ立香は、そのまま布団に入っていった。明らかに眠たそうなのに、明日も自分は早めに出るが、気にせずゆっくり寝ていて欲しいだとか、朝食は用意しておくとか、脱いだものは適当に置いておくようなどと、細々したことを気にしてとろりとろりと喋り続けているので、ギルガメッシュは身を乗り出して皮膚の薄い目元にそっと手のひらを乗せてみた。そうすると立香は「おやすみなさい」を言いそびれて寝入ったようだ。手を滑らせてみると、もう瞼は開かなくなっていた。
     ギルガメッシュは体を元の位置に戻し、肘をついたところに頭を乗せて、じっと目を凝らした。真横ではないが、遠くもないところに立香の寝顔がある。不思議な心地がした。
     姉曰く、普段来客を泊めるときには、店舗の二階を使うのだという。しかし今日は鶴に酒呑に徐福にと女たち三人が使うことになるのでこの部屋があてがわれた。姉は二人分の布団を敷き終えると、疲労の溜まったどろりとした眼でギルガメッシュを射抜いた。無言ではあったが、自宅で弟にやましいことはしてくれるなという念押しであったことは理解している。
     ただそのような心配をされずとも、元よりギルガメッシュに余計な手出しをするつもりはなかった。仕事に追われて弱っているという状況につけ込むような無粋はしない。それに腕を伸ばせば届く位置にギルガメッシュが並んでいるのに、立香は警戒もせず無防備を晒している。呉服屋の店員と客という関係は徐々に知人友人の枠になりつつあるが、立香にとってギルガメッシュの存在感は、まだ大勢のうちの一人分に過ぎないのだ。
     大型の車が近くを通ったのか、窓が音と振動を伝えてきた。けれど隣からはほとんど音がしないままだ。
     立香はまるで水の中にいるかのように、ごく静かに眠っている。ギルガメッシュの胸中に不安を湧き立たせるほどに。
     しんとしている立香に再度腕を伸ばしてみる。乾いた黒髪は柔らかさを取り戻しており、ひたいは滑らか、伏せている睫毛は真っ直ぐに細長く、唇に隙間は開いていなかった。頬から顎先までを指の背でなぞって、首に手を乗せると体温と、どくどくと脈打つ血の流れが感じ取れた。
     そのまま触れ続けていたせいか、立香はわずかに身じろぎをしてこちらを向いた。暗がりにある寝顔の半面が濃い陰に浸かったので、もう片側が白く浮き上がったようにも見える。いつもの朗らかな表情が映っていない顔貌は整然としたもので、かえって﨟長ろうたけたものとして記憶に残った。赤い眼は長いことそれを眺めやっていた。


    「んぁ……てんちょー……?」
    「ちょっと詰めて」
     枕を持参していた姉は、徐福をぐいぐいと押しながら布団に潜りんだ。並べて敷いた布団の上で、女三人がちょっとずつ体をずらしてスペースをつくってやる。
    「お目付けするんやなかったん……?」
    「たぶん大丈夫、な気がする。だけど万が一ということもあるから避難してきた」
    「それならばなおのことご自分となりのお部屋にいた方がよろしいのでは……?」
    「やだよ! 色々聞こえちゃったらいたたまれないじゃん!」
    「社長はん、おいたするやろか……」
    「でも坊ちゃん爆睡してそう。そーゆーときってぜーったい、何したって起きないんですよね」
    「お、お、起きないからこそ……⁉」
    「やめてぇ鶴さん、りっちゃんでそういうの想像したくないー」
    「お姉ちゃんやらしなぁ……」
    「いやらしいのは社長でしょ⁉」
    「とはいえ今日はだいぶこき使いましたから、多少のごほーびはあってもいいんじゃないですかー。明日またギッチリ仕込んでやりますよ」
    「お茶ぁしぶかったもんなぁ……」
    「おにぎりも、硬いのやら解けやすいのやらでしたわねぇ、味はよいのですけれど……」
    「りっちゃんのせいで、私たち舌が肥えてるからね。でもさ、本当にどうにかなってたらどうしよう。私、弟を売っちゃったのかも。なんかぼうっとしてて……明日も出勤させるためには逃せないなーなんて考えて……。あー、だめ。どうしよ。すごくまずいことしちゃったんじゃ」
    「はいはい店長、もう寝ますよ。私たちだいぶ限界です。坊ちゃんも殺されはしないでしょーし、大丈夫ですよ。明日も予約がいっぱいなんだから、おやすみなさーい」
    「おやすみやす……」
    「そうですわね、深く考えてはいけませんわ……! おやすみなさいまし」
    「ううう……」
     姉は一人だけ唸り悶えながらしきりに身じろぎしていたが、やがてぴたりと動かなくなり、脱力してすうすうと寝息を立て始めた。
     
     
     
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    DOODLEキャギぐ♂『-続- あいみしゆえに』の続編の序盤かも知れないもの。明けましておめでとうございます。
    はなにもきみは ありこせぬかも「目ぇチカチカするわ……」
     真白い肌をくすませながら酒呑しゅてんが呟く。テーブルの上にはきっちりと形が整えられているように見える・・・・・・握り飯が数個残っていた。細い指で一つ摘まみ上げ、小ぶりな唇ではくりと頬張る。噛みにつられて首が揺れる。
     外の気温がぐんと冷え込む深夜。疲労の溜まった従業員たちの意識は朦朧もうろうとしていた。下町の呉服店は年の瀬から成人の日を越えるまで何かと忙しない日々が続く。握り飯の向こうには立香の姉と徐福が突っ伏しており、店を閉めた後に戻ってきた鶴は試着場の畳の上で横になっている。
     昼前にギルガメッシュがやって来たのは年始の挨拶、もとい立香の顔を見るためだったが、気がつけば台所へ引っ張り込まれていた。猫の手も借りたいところに現れてしまったため、目玉を爛々らんらんと光らせた徐福に「おにぎりくらい作れますよね⁉︎」と詰め寄られ、しゃもじを掴まされていたのだった。息をつく暇もない従業員たちがぱっとエネルギーを補給できるよう、作り置きのおかずと合わせておにぎりをこしらえるべし、と言い付けられたが、そのタスクを終えても来客用の茶を運ばされる羽目になった。立香は外での仕事のため不在だったし、本来ならば茶を出すべき相手に対して申し訳ないと、姉は謝罪を繰り返していたが、茶葉や注ぐ湯の量については控えめに指導された。
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