おもかげにして いめにしみゆる(前半) 呉服屋の二階、姿見の前で、信勝は頬が緩みそうになったことを誤魔化すため咳払いをした。つい先程までは学生服の装いだったが、いま身につけているのは雪花絞りの綿麻浴衣。暗い赤地の布の上に、黒花がぱっと鋭く咲き誇り、裾まで並んでいる。
「どこか気になるところはない?」
「あるはずがないだろう! なにしろ姉上が、この僕にと選んでくださったものなんだからな!」
立香が尋ねたのは仕立ての具合についてだったのだけれど、信勝は色柄の話だと捉えたようだ。そして口に出してしまうと、笑みはもう抑えきれなかった。信勝は自分で放った言葉にじんと染み入り、うっとりと鏡を眺める。新しい浴衣を纏っている己に見惚れたのではなく「お前、これでええんじゃない?」と適当に選んだ反物を掴み、差し出してきた彼の姉を思い浮かべてのことだった。
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