ERROR METEOR マスターの選択は自由意志によるものだったのかを確認する術については、霊子筐体がロックされたその瞬間におおむね失われた。立案は高名なる『数学教授』が、計画の設計は叡知溢れる『天才』が、マスターの先導と外敵からの撹乱は『銀の鍵』が担っており、すでに他の協力者共々に動き出している。
「それじゃ、あとはキミだけだね」
天才はあっけらかんと笑いながら、貴重な聖杯の入ったケースを差し出した。
「実にうらやましいなぁ。まさに愛の逃避行ってやつじゃないか」
「たわけ、軽口を叩いている場合か」
「これから生まれ変わりという大儀を体験なさる王様を、和ませて差し上げようと思っただけなのにぃ」
艶やかな唇からため息を吐いて、天才は瓦礫の上に腰掛けた。上階からは耳に優しくない音と振動が響いており、二人が向き合っている場所には明かり一つない。
「ま、時間がないのは確かだね。全体の六十パーセントが壊滅、サーヴァントは半数が退去。ここまで切羽詰まってる状況でないと『とっておき』は隠せない」
「見破られるなよ」
「それこそまさか。この私が、そんなヘマをするとでも?」
ギルガメッシュは信頼とも呆れとも取れる態度で肩をすくめた。
「何もかも予定通りさ。だから心置きなく、新たな人生を楽しんでくれたまえ。こちらのマスターくんについてはお任せあれ。全ての生者には、生命権の保全に努める権利がある。それが棺の中で眠る者であれ、別時空の異国で暮らす者であれね。――それじゃ、さようなら。カルデアにとって大いに頼れる働き者の王様。キミがいてくれて本当に助かった。ここが爆発に巻き込まれるのはきっかり四分後。しくじったら目も当てられないから、しっかりね」
言い終えると天才はそそくさとしゃがみ込み、四つん這いになって瓦礫の合間、暗く細い隙間道へ潜っていった。我がヘマをするとでも、という同じ台詞を返してやりたかったところだが、受け渡された正六面体のケースのロック解除を優先すべきだった。難解複雑な独奏曲を弾く勢いで指を動かす。
かねてから打ち合わせていた時間の一息前、露出された願望機はギルガメッシュの手のひらにおさまった。馴染みのある触り心地である。当然ながら使い方とて心得ている。ギルガメッシュがこの役回りを得られたのは、マスターとの関係性のみならず、聖杯の所有者であった経験があることも大きい。
万事つつがなく進行し、ギルガメッシュが瞼を下ろしたその瞬間にさえ、ずれはなかった。
はずだった。
「うわぁ、すごくかわいい」
次に赤い眼を開き、周囲の状況を理解すると、ギルガメッシュは盛大に舌を打った。残念ながら、まろく小さな口の中では「ぷち」という音しか立たなかったが。
「でも、かわいいっていうより、きれいというか、美人さんだね」
まさか己がしくじったはずはないので、主体者であった三名、もしくは計画に加担した者どもが、杜撰だったかミスでもしたのか。結果が出ている今となってはどうしようもないが、二度と会うはずのない全員をこの場に集めて叱り飛ばしてやりたかった。話が違うではないか。
「よろしくね、大きくなったら一緒に遊ぼうね」
ギルガメッシュを腕に抱き、ほほ笑みかけるのは青い瞳の少年。成長しても〈カルデアに行くことのない藤丸立香〉だった。かの特異点でギルガメッシュと対面したときより歳若く、背丈も小さいが、これについては予定通りである。この時分から干渉しておけば、立香は〈マスター〉にはならない。ならないが……。
「ギルくんはいい子だねー」
何をどうすれば王の庇護下にあることを許し、いっときには情を交わしたことさえある小間使いに、上から優しく見下ろされねばならんのだ。
一分のずれもなかったなら、藤丸少年を見下ろすのはギルガメッシュだったはずで、無垢な子どもは圧倒的なカリスマを放つギルガメッシュの存在に引き寄せられ、余計なよそ見をせずに生をまっとうする予定だった。
しかしながら立場は逆転している。妙なことになっている。けれどすでにリソースは使い果たし、手段としての組織も施設も遠い彼方である。赤子になったギルガメッシュは短い手足をじりじりと動かすことしかできなかった。
「ふふふ、おしゃべりしたいのかな」
悪態を吐き散らそうにも舌まで足りない。なんという不便な体か。怒りはいよいよ頂点に達し、口元に伸ばされていた立香の指に噛み付いた。苛立ちに任せて一本くらいは食い千切ってやるくらいのつもりだったが、もちろん口内には乳歯すら生えていない。
「ひゃー、くすぐったい」
殺意をみなぎらせながらちぱちぱと吸いつく玉のように美しい赤子。それを抱いてはにかむ立香の写真は、長いことアルバムの一ページに挟まれていた。
◇
ある夏の日、立香は自室でせっせと手を動かしていた。研究室が主体となって開催する夏休みの子ども向けワークショップ『宇宙のふしぎ』用の工作である。大型出力機で文字や写真を刷ったものを掲出するだけではつまらないので、記載内容に合わせた装飾を付けているのだった。
今は土星の環にも種別があることを示すため、微妙に色の異なる画用紙から細い輪をいくつも切り出しているところだ。凝り性が高じてかなりの力作が仕上がりつつあるが、連日の作業のせいでだんだんと瞼が重たくなってきた。子供の頃なら、夢中になっている間はずっと体が動き続けていたものだが、大人になるとそうもいかない。
眼鏡を外して目頭を揉み込み、少しだけ休憩するつもりでベッドに横になった。念のためタイマーをセットする。あとで糊と紙を買い足しに行こう。蓄光マーカーも欲しい。ついでに晩ご飯も買っておけば、夜もそのまま作業ができるな――と考えながら寝入ってしまい、再び目を開いたときには、部屋の中どころか窓の向こうすら真っ暗になっていた。
「あれ……?」
おかしい、一時間のアラームを設定しておいたはずなのに。のろのろと枕元を探ると、柔らかいものに手が当たった。
「またかぁ……」
立香はふうとため息をついて体を起こす。そうするとやはり間近には美少年が転がっていた。彼の手の中にある自分のスマートフォンを取り上げて、居眠りをしている間に連絡が届いていないかを確認する。
「起きたか」
「昼寝をちょっとのつもりだったのに」
「煩いのを止めてやっただけだ」
美少年はしれっとしたもので、悪びれる態度すら見せなかった。
「資材屋さん、もう閉まっちゃってるなぁ」
「ふうん」
「ご飯は、家にあるものでなんとかするか……。君は?」
「食べる」
「はいはい。眼鏡、どこだっけ。――どうも」
マットレスの上にぺたぺたと手を這わせていると、少年が立香の顎を掴んで持ち上げ、ほっそりしたテンプルをこめかみに差し込んできた。視界がクリアになると、少年のかんばせの麗しさも倍になる気がする。
「君ね、もうこんなに大きくなってるんだから、人のベッドに勝手に潜り込んじゃだめだよ。びっくりするし、狭いからね」
「だからでかいのを買えと言っておるだろうが」
見目と声の高さに似合わない物言いで、シングルベッドに不満を吐く少年の金髪をぽんぽんと撫でてやってから、立香は部屋を出て行った。
生まれたときからの知り合いである『お隣の子』はぐんぐんと背丈が伸び、制服を着るような年頃になってもこうして立香に会いに来る。その頻度があまりにも高いものだから、だんだんと『お隣の子』の認識は『歳の離れた弟』になりつつあった。性格にはやや尖りがあるが、生後間もない天使のような愛らしさを見知っているので、ようやくお喋りができるようになった彼に、
――『ギルくん』はやめろ。
――いつまでもみおろしていられるとおもうなよ。
などと睨みつけられても微笑ましいばかりだった。
トントンと階段を下りてキッチンに向かう。あの子が一人でここを上がれるようになったのは、幼稚園に入ってからだったか。当時はあまりにも危なっかしい足取りなので、安全のためにも上がってこれないようゲートをつけてもらったのだが、烈火の勢いで「ばかにちるな!」と舌足らずながら怒るから、宥めるのに苦労したものだ。
台所には貰い物のジャガイモと、半分だけのニンジンなどの半端なものしかなかった。それでもカレールウに任せればうまくやってくれるだろう。皮を剥いて切って炒めて煮込むだけでそれっぽいものになるのだから、ありがたい限りである。育ち盛りの若者が満足するほどの肉がなかったことは残念だが、立香の分を回して多めによそってあげることにしよう。気をつかっていることがばれると、あの子はかなり不機嫌になるから、ばれないようにこっそりと。
(あ、シチューにすればよかったかも)
鍋に固形ルウを溶かしながら牛乳のことを考えたのは、少年が自分の背丈に不満を抱き続けていることを知っているからだった。特に立香に張り合っている。棚に手を伸ばすとき、少年の髪についた糸屑を取ってあげるとき、いつも仏頂面になって舌打ちをする。恨みがましく睨まれる。「いくつ歳が離れているのか分かってる?」と確認したくなるのだが、事実を認めたくないのだろうか。あるいは思春期ゆえか。
――お前に侮られると心底腹が立つ。
と言われたこともあるが、立香は彼を侮ってなどいないし、歳上であることはどうしたって変えられない。身長については「きっとまだ伸びるよ」と励ましているのだが、弟分は納得できていない様子だった。
◇
人理保障機関にも時計塔の天体科にも縁はないというのに、立香は観測に関わる仕事を選んでいた。本棚にあるのは『線形代数学』『物理学基礎論』『解析力学』『微分積分学論』『観測天文学』など、物理学にまつわるものを中心に埋まっている。
そして部屋の壁面には『Spiral Galaxy M33』の高解像度写真を印刷したものが貼ってある。小さなギルガメッシュ(という言葉すら業腹だが)は、よく天文台の観望会や流星群の観測に連れて行かれたものだ。
しかし現在の立香が普段何をしているのかと問えば、
――すごく、地味なことかな。こう、データを……とにかくたくさんデータを見てる。
と本人でさえ首を傾げながら話している。自分の仕事を子供に(この表現も忌々しい)簡単に説明するよい方法については、立香自身も模索中らしかった。
その反面、近所のまっとうな子供らの「どうして宇宙は暗いの」「月が赤く見える時があるのはなぜ」といった日常に近い現象の質問については、理論を噛み砕いた上ですらすらと答える。小学校の教員である友人のために作成した『月の満ち欠け説明装置』は、小型カメラやモーターの駆動も含めて「かなりの自信作」とのことだった。
そうした立香のおかげで、ギルガメッシュは自由研究・自由工作のたぐいには苦労したことがない。中学最後の年には「三角測量の原理を用いた星までの距離の測り方」を発表して表彰を受けたような気がする。だが、
――距離を求めるのが簡単だってことはわかったでしょう? 星の場合は色と明るさも必要でね。HR図というのを使うんだけど、このタイプが一番分かりやすいかな。縦が光度、横が温度。恒星が生まれてから死ぬまでの過程はこの図の中で移動していくんだ。質量によって進化の系列は違ってて、このラインにあるのは準矮星。このあたりが巨星。それぞれの違いについてはまた今度説明するね。とりあえず今は単純に、図から光度、つまり絶対等級を推定する。君の場合は、ここと、ここ、二種だけピックアップしておこう。星の等級と、観測した時に見える星の明るさの関係を定めた公式はあるんだ。ポグソンの式っていうんだけど――
今となっては立香の説明の半分すら覚えていない。言われるまま書いて出しただけだ。
ともあれ当人が楽しそうにしているなら、自由に暮らしていられるなら結構なことである。そうあることを望まれて存在しているのがここにいる〈立香〉だから。
ようやく青年期にさしかかろうかというギルガメッシュは、相も変わらず立香の自宅に無断で上がり込んでいた。鍵がかかっていたところで問題はない。とっくの昔に合鍵は作っており、そのことは立香も分かっている。「鍵を変えたら、君にものすごく文句を言われそう」とのことで、交換する気配すらなかった。全く危機感のないお人好しである。
二階の部屋に入り、デスクの上にあるものを見つけると、ギルガメッシュは眉間にしわを寄せた。
「なんだこれは」
「うん? パスポートだよ」
「我に黙って海外だと」
「研修だから、黙っててもそうでなくても君は連れてけないよ?」
「そういう問題ではない!」
ギルガメッシュが頭を振れば、額をがつんと打たれた立香が床に蹲った。身長がほぼ同じなので、真正面からの衝撃をもろに受けることになった。
「いたぁ……」
「我の目の届く範囲にいろとさんざ言い聞かせてこれか。アホウドリか貴様」
「お土産買ってくるから、そんなに怒らないで」
立香にしてみれば、ギルガメッシュがどうしてまなじりを吊り上げているのかさっぱり分からない。ギルガメッシュが幼い子どもの頃ならば、かえって外出や旅行には連れ出しやすかった。気性は荒いが聞き分けはいい子だから、勝手に動き回ったり危ないことをしたりしない。なので「我も行く」と言い出したなら「いいよ」と答えていた。けれども今や彼は学生の身分である。
「平日は学校でしょう。そろそろ試験も始まるだろうし」
「知ったことか」
「だめ」
「行き先を教えろ」
「だーめ。向こうに着いたら連絡する。噛み付いたら連絡もしないからね」
額をさすりながら立香が言い含めた。先手を打たれたギルガメッシュの赤眼がますます険しくなるが、これも彼の悪癖を治すためである。
あれはギルガメッシュの身長が、立香の半分を越えてきた頃だったろうか。どうしてもギルガメッシュを連れて行けない遠出をしようとすると、たちまち不機嫌になって立香を引き倒し、首元にきつく歯を立ててきた。その後も苛立ちに任せて噛み付くことが増えた。耳に腕に指先にと、獣の子のようにガブガブしてくる。まさか他の人にもこうしたことをするのではと危惧した立香は、血縁でないにしろ保護者を自負する大人として、一度がつんと説教した。体格差を利用して無理矢理に正座させ、こんこんと「やっちゃだめ」だと理詰めで説き伏せた。ギルガメッシュはむすっとして「お前以外にするわけがない」と憎まれ口を叩いたものだ。立香相手ならいいというわけではないが、ひとまずはその言葉を信じることにしている。それでも今だに兄貴分に平気で頭突きしてくるあたり、改めて説教をしてやる必要があるかもしれない。
ギルガメッシュは歯軋りしながらベッドにどっかと腰を下ろして脚を組んだ。「誰のおかげで」だとか「全く忌々しい、あの誤差さえなければ」だとかの文句を、低くなった声でぶつぶつと唱えている。
「機嫌なおして。君も試験が終わったら、旅行でもなんでも行けばいいじゃない。ね?」
「黙れアホウドリ」
「貴重種なんだけどなぁ」
「何もかも腹が立つ」
「君はいつも怒ってるよね、なんでなんだろ」
宥めようとしただけなのに、さらさらした金の髪を撫でると猫が毛を逆立てるようにまた怒る。難しい年頃だ。けれども機嫌をなおして帰ってもらわないと、立香の寝床が占領されたままになってしまう。
「ねえ、君が大人になったらさ、どこにでも連れててってあげるよ」
「……例えば」
「うーん、滅多に行かないところがいいな。南極とか?」
「却下」
ギルガメッシュはきっぱりと鋭く突っぱねた。
「オーロラとか、コウテイペンギンが見れるのに。じゃあさ、チリにある望遠鏡を見に行くのは? アルマ望遠鏡。標高五千メートルのところに並んでるアンテナの群れを、一度は見てみたいんだ」
「貴様、局地が好きなのか?」
ギルガメッシュがうんざりしてみせても、立香は気にせずにスマートフォンの画面を差し出した。
「ほらここ。山頂まで行けなくても、山麓に一般見学ができる施設があるから大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのだか」
「見て、天王星の環がここまではっきりと撮れるのはすごいことなんだ。ボイジャー2号が天王星を通過したときには、温度測定まではできなくてね――」
隣に腰掛け、にこにこと話し続ける立香の表情に不自然さはまったくない。平和ボケしているただの一般人の顔だった。その朗らかさを眺めていると毒気が抜かれたのか、ギルガメッシュは深々と息を吐いた。それでも意味もなく立香の鼻を摘まんで、力を込めて押してやった。
「んぶ」
立香はマットレスの上に倒れることになり、ほっそりしたチタニウム素材のフレームに嵌め込まれたレンズ越しにギルガメッシュを見上げる。青い目がふっと細まって、
「お友達と行ってくるのでもいいよ、卒業祝いに旅費は出すから」
などと見当違いのことをのんびり言うから、ギルガメッシュの苛立ちはあっけなく再燃する。腕の力を抜いて上体を投げ、横たわる立香を潰しにかかった。「ぐえ」と小さな悲鳴は上がったが、さしてダメージは与えられなかった。元の体のままだったなら、立香は息苦しさのあまり顔を真っ赤にして、逃げようとじたばた踠くのに。
人の耳元で盛大に舌打ちするギルガメッシュの体を受け止めつつ立香は、
(言われるとそうしたくなくなっちゃうのかも。反抗期だもんなぁ)
とのん気に考えていた。そしてのし掛かっている背をぽんぽんと叩いてやる。
(あのちっちゃかった子が、こんなに大きく重たくなって……。人の成長って早いなぁ)
「おい、能天気なことを考えているだろう」
「そんなことないよ」
「我が本来する必要のない辛抱をしてやっているというのに」
「そうだねぇ、もう今年中には君に背を抜かれそうだね」
またため息が転がり落ちた。見当違いでいるのはともかく、ギルガメッシュに押し倒されてもほのぼのしたままでいるというのはいかがなものか。以前は少しでも詰め寄ると、ネズミのように震えていたものだが、ここの立香はギルガメッシュのことを「年下の子」だと思っているせいだろうか。するすると頬を撫でても、襟元に手を差し込んでみても、びくともしない。
「認識をへし折るところからとは……」
「うん?」
「あのなぁ、いつなりと手は出せるが、この年齢差ではかえってお前が後ろ指をさされかねないことになるから控えてやっておるのだぞ。この我が。その意味が分かっているのか」
「うーん、そっかぁ」
適当な相槌を打ちながら、立香はギルガメッシュの体を上から横に動かした。この子はそこそこの頻度で、わけのわからないこと言う。学校で浮いてないかしらと少々心配になる。
「万事問題がなくなれば、蓄積した恨みの分以上に泣かせるからな。覚悟しておけ」
「ええ? 恨まれる覚えはないんだけど」
「ある」
「あるのかー」
さほど深刻に受け取らず、立香は布団を引き寄せた。
「まあとりあえず、おれはもう眠たいから。君も家に帰りなね」
「嫌だ」
「狭いんだってば」
「知るか」
「ほんとうに一人で寝るのきらいだよね、困るんだけど……」
「ほう、困るのか。何がどう困る?」
ギルガメッシュは赤眼をにたりと曲げて、煽るように覗き込んだ。
「言わない。おやすみ」
「おい」
「はいはい」
「こら」
「君、足癖も悪いんだよ」
色気が加わり始めた麗しの顔貌を、立香はぞんざいに押しやる。
ベッドはいよいよ手狭になってきた。隣の子を潰さないようにと無理な姿勢をとると、体の節々が痛むのである。いっそ大きなベッドを買うことも考えるが、いざ買ってしまえばこれまで以上に居座られそうで、それはギルガメッシュのためにもよくないと思うので迷っている。彼の興味がよそに向いて悠々と一人寝ができるようになるか、あるいはギルガメッシュが粘り勝ちするか。立香にとっては大事な局面に差し掛かっているのだった。