毎日SS8/4「あの監督の新作がサブスクに来たんだ、観よう」
「……あー、ね、そうらしいね、うん」
ノックの音と共に、モリヒトがコーヒーを持ってやってきた。
ヘッドフォンを外し、音楽を止める。モリヒトはテーブルの上に二人分のコーヒーを置き、勝手にテレビを点けた。
「配信されたの、二週間前だぞ。なんで黙ってたんだ」
「え、そんな前だったかなぁ、知らなかったよ、はは……」
テレビをインターネットに繋ぎ、慣れた手付きで画面を立ち上げる。
(ヤバい)
配信されることを知ったのは三週間前だ。
確かに、その監督の作品は毎回チェックしているが、今回は予告編を観た瞬間に悟ってしまった。
マイナーなB級映画は、ホラーが多い。ケイゴはホラーが苦手だ。スプラッタ系の映画は大丈夫だが、大きな音と映像で驚かすタイプのホラー映画は、どうしても観ることが出来ない。
件の新作は、まごうことなきホラーだ。レビューサイトでネタバレにならない感想を薄目で見たが、かなり怖いらしい。
モリヒトは、観る気満々で、後は再生ボタンを押すだけになっている。
「きょ、今日観るのかなぁ?」
「?だって今日は映画を観るって話をしただろ?」
「いやさ、今オレ音楽聴いてたじゃん?あ、これ新譜なんだけど、これが良い曲でさぁ。詩の世界にのめり込みたいっていうか、余韻?余韻を大事に……」
「昨日から映画って決めてただろう。そのためにコーヒーも淹れてきたんだ」
「うぅ……独善的……」
有無を言わさず、モリヒトが再生ボタンを押す。諦めて、ベッドに並んで座った。
(待ってこれ予想以上に怖いんだけど……!)
オープニングから、パニックホラーの様相を呈した映画は、音量を上げていることもあり、銃声や叫び声がする度にビクッとしてしまう。
映画のスピード感と同じように、フルスロットルで走り続ける鼓動がどんどん早くなっていく。
「ヒッ、」
パーカーの袖口を握り、どうにか耐えていたが、血塗れの人間がドアップで画面に映し出されては、駄目だった。
びくん、と震えた肩に、情けなく漏れた声が出て混ざる。
映画の音量に混ざってモリヒトに聞こえませんように、と祈ったが、ちらりと横を見ればしっかりと目が合った。
「あ、」
モリヒトは目を丸くして、リモコンを取る。一時停止ボタンを押し、ケイゴに向かってぽつりと聞いた。
「ケイゴ……ホラー、駄目なのか?」
「…………うん」
「それなら先に言え」
もう少し柔らかく誘ってくれたら、ホラーが苦手だと伝えられた筈だ。モリヒトのそういうところだぞ!と叫びたくなったが、それより恐怖が先に立って何も言えない。
「苦手なのに誘って悪かったな」
「いや、映画観るのはいいんだよ?楽しいし。ただ、ちょっと内容が……」
「他に何か観たい映画はあるか?」
モリヒトは頑固だ。今日は映画を観る、と決めたからには、遂行しないと気が済まないらしい。配信サイトのメニュー画面に戻り、ケイゴにリモコンを渡す。
「えっと……前観たやつでもいい?」
最初の三十分で恐怖に疲れてしまい、正直今日はもう映画という気分ではなかったが、せっかくモリヒトが淹れてくれたコーヒーがあるのだから、その時間くらいは独り占めしたい。
「構わないぞ。映画なんて、口実だからな」
どうやら、モリヒトも同じことを考えていたようだ。