「カッコいい指輪してるね」
ただ歩いていただけで勝手に付いて来た女が、ウルフに声を掛けた。
右手中指につけたフェザーリングは、ニコの魔法が宿っている。浮くだけのくせに癖の強い魔法を、ウルフは使ったことがない。
そんなものに頼らなくても、早く走れるし、高く跳べる。
ケイゴから引き継いで、そのまま指に嵌っていただけだ。
「そうか?」
だから、それに特別な意味はない。
最初に声を掛けたのはウルフだが、次から次へと湧いてくる女の相手が面倒臭くなり、公園のベンチにどかりと座った。
寄ってくる女の相手も悪くないが、適当な反社会組織と戦う方が楽しい。
殆どの女は、ウルフの対応に熱が冷めて去って行ったが、一人だけ残った。
「うん、アンティークっぽくて素敵」
自動販売機で買った缶しるこのプルタブを開けるついでに、右手を見た。
「こういうの、どこで買うの?」
「知らん。勝手についてた」
指輪はもともとニコの持ち物だ。ケイゴが貰ったものだから、勝手についていた、という解釈も正しい。
「面白いこと言うのね」
いつの間にか隣に座った女が、ウルフの右手の上に華奢な手のひらを重ねる。ごてごてとしたネイルアートの長い爪が、不快だった。
「あんま触んな」
「いいじゃない。そんな高いものじゃないんでしょ」
ぱ、と手を振り払う。基本的に、来るものは拒まない。しかし、もう一人を繋ぐ指輪に、見知らぬ女が触れていることに耐えられなかった。
「いいじゃない、これくらい」
「ていうかよ、お前誰だよ」
ケイゴが三日月を見て偶然変身したのが、三十分前。最後に一人だけ残ったこの女は、もちろん、初対面だ。
「だってぇ、好きになっちゃったんだもん」
右側に体重が掛かる。爪だけでなく、香水も不快だ。ウルフの態度があからさまに悪くなっても、女は気にする素振りもなく手を握り直す。
「ねぇ、もっとイイコト、しない?」
腕に胸が押し付けられる。何も言わないからこそ、この女はウルフを勘違いしているのだろう。
色仕掛けでどうにかなるような、安っぽさは持ち合わせていない。
「やめろ」
唸るような低い声を出す。びく、と女の体が震えた。こんな嫌悪感を抱くことは、滅多にない。
「オレはそんな安くねぇよ」
ぐい、と体を引き離す。一応の力加減はした。
「な、なによ、ちょっとくらい……」
女は、狼の逆鱗に触れてしまったことにまだ気付かない。もう駄目だ、限界だ。
べき、とスチール缶を握り潰す。女が、ひ、と小さく悲鳴を上げた。
「女相手に手荒なことしたくねぇから、さっさと帰れや」
出来る限り、口調は優しく。これ以上何か言われたら、本当に殴ってしまうと思う。
幸いにも、女はウルフに恐怖を感じたのか、その場から逃げるように去って行った。
「……ったく、めんどくせぇ」
潰れたスチール缶を更に握って圧縮し、溜め息を吐く。
「お前は絶対安い女に引っ掛かるなよ」
右手を空に透かす。アンティークな鈍色の指輪は、何よりも誇り高く見えた。
石にキスをする。届かない思いは、ニコの魔法と一緒に、指輪に封じ込めた。