毎日SS8/22「やっぱり変身魔法は出来ないのよ」
「だからって、この惨状をどうするんだ」
「うーん、そのうち戻るんじゃないかな?」
ごめんね、と舌を出す。反省の色が見られないのは、魔法に害意が全くないからだろう。
「まったく……」
ニコの魔法が暴走することには慣れている。巻き込まれるのは日常茶飯事だが、不運にも、今日は他の住人たちが全員不在だったことでモリヒトが被害を被ることになってしまった。
ニコに悪意がないのはわかっている。これも、人の役に立ちたいという思いが暴走してしまった結果だとすれば責める気にもなれない。
モリヒトが深く溜め息を吐いた。
「外ではやるなよ」
「それはもちろん」
ソファの前で正座したニコが、モリヒトから目を逸らす。
「ニコ」
笑いを堪えているような表情に、ぴしゃっと名前を呼んだ。鏡は絶対に見たくない。
「ただいま……って何それモリヒト」
「くっ……」
今日はこのままニコの魔法の効果が消えるまで部屋に居よう、そう思っていたのに。
「あのね、ニコがね……」
「うん、他にないよね」
タイミングよく、出掛けていたケイゴが帰ってきてしまった。よりにもよって、一番見られたくない相手だ。
今、モリヒトの頭にはうさぎの耳が生えている。今はソファに座っていて見えないが、尻尾もついていた。
耳はさておき、尻尾の違和感は酷い。ニコにお説教をしようとソファに座ろうとしたものの、尾てい骨の上に生えた尻尾の違和感に耐えられず、ズボンを少しずらしてしまったくらいだ。幸い、そのことはまだニコには気付かれていない。
「どうなるの?これ」
「魔法の効果が消えるまでそのままなのよ」
「うわぁ……」
ソファまでやってきたケイゴがモリヒトの隣に座り、まじまじと頭部を見る。
「やめろ、触るな」
「いや、本当に生えてるんだなって」
うさぎの耳を撫でるケイゴの手を払う。
「あっケイゴくんずるい、ニコも触りたい」
ニコが腰を上げ、モリヒトに近付く。普段なら、やめろと声を出すところだが、その気力もない。
「モイちゃん可愛いね」
「モリヒト可愛いね」
「……お前ら、後で覚えておけよ」
低い声でそう唸るのが精一杯だった。
このままここには居れない。
「あれ?尻尾も生えてるんだ」
「うひゃぁっ」
部屋に帰ろうと立ち上がれば、尻尾に気付いたケイゴが尻を撫でた。ぞわぞわ、と尻尾を撫でられるくすぐったさが全身に伝わり、情けない声が出る。
「モイちゃんそんな声出るの⁉︎」
普段聞かない声に驚いたニコが、目をらんらんと輝かせた。触りたい、と全身で訴える瞳に、両手を尻に回しガードする。
「やめろ!セクハラだぞ!」
「まだなんもしてないのよ⁉︎」
「でも絶対触る気だっただろ!」
「そりゃ……まぁ」
えへ、と舌を出す。ニコの無邪気な笑顔に誤魔化されそうになるが、それは立派なセクハラだ。絶対に触られるわけにはいかない。
ずらしたズボンを上げる。ゆとりのあるズボンの中で、それでも尻尾への違和感があった。
「元に戻るまで絶対に部屋から出ないからな!わかったな!」
そう言い残し、早足で自室に戻る。リビングに残されたニコとケイゴは、顔を見合わせた。
「オレと密着してても平気で買い物行くのに」
「モイちゃんのこだわりはよくわからないのよ」
やれやれとニコが肩をすくめる。拗ねてしまったモリヒトは厄介だ。落ち着くまでそっとしておいた方がいい。
「あ、ドーナツ買ってきたけど食べる?」
「食べる!」
「じゃあおやつにしよう」
「やったー」
帰宅時間はちょうど三時だ。先日、モリヒトが久し振りにドーナツを食べたら美味しかったということを覚えていたから、それに合わせて買ってきた。
ここでおやつに誘っても、へそを曲げたモリヒトは部屋から出てこないだろう。
モリヒトを拗ねさせてしまった反省は、おやつを食べながらすればいい。