毎日SS8/12 馬鹿なのか?という言葉を、言わずに留めた自分を褒めて欲しい。
「そうだ、馬鹿だった」
「え、なんでいきなりディスられてんの」
一つ前の台詞は我慢出来たが、言い聞かせるために続けた言葉はそのまま声になった。
「気にするな、こっちの話だ」
「どう考えてもそっちの話じゃなくない?」
「うるさい、一人で宿題も終わらせられない馬鹿は黙ってろ」
「ぐう」
月曜日に出された宿題が終わっていない、とケイゴが言い出したのが、土曜日の夜。つまり昨日だ。
今回に関しては珍しく、ニコは自分で宿題を終わらせていた。
祝日が多い月曜日は、週に一度しかない科目の進みが遅い。遅れを取り戻すように、毎週小テスト代わりの宿題が出る。別クラスのカンシは、曜日が違うからか、宿題が出なかったらしい。
ケイゴの宿題が終わっていないのは、昨日の夕飯時に、ふとそんな話をした際に発覚した。
やっておく、というのはどうせ口だけだ。
翌朝、出掛けるというケイゴの首根っこを掴み、宿題を終わらせたかどうか聞く。
しどろもどろになりながら、だらだらと言い訳をするケイゴをそのまま部屋まで連れ戻し、机に座らせた。
そして、今に至る。
「あの……オレ予定が……」
「やることをやってからにしなさい」
机の上に広げられたノート、横に立つモリヒト。用事があるので出掛けます、という言い訳は通用しそうにない。
仕方なく、シャープペンを握った。教科書とノートを見比べても、何が宿題なのかすらもわからない。
「どうした?」
「ちょっと休憩しない?」
「まだ何もやってないだろ」
「じゃあ何か飲み物買って……」
「後でコーヒーを淹れてきてやる」
席を外し逃げ出す理由を考えてみたが、ことごとくモリヒトに遮られる。
まずい、全然気分じゃない。やりなさい、と言われれば言われるほど、やる気がなくなる。
もちろん、そんなことをモリヒトに言えるはずもなく、監視するように横に立った相手の影をぼんやりと見つめた。
「手を動かせ、手を」
「はーい」
自分が悪いのはわかっている。かといって、積極的に宿題をしようとは思わなかった。
「……」
「…………」
手が動かない。ついでに、モリヒトも動かない。斜め横から、早くしろと言わんばかりの圧力を感じ、八方塞がりだ。
「あの、ところで範囲って……」
このままでは埒があかない、とモリヒトを伺う。モリヒトは、一瞬目を丸くしたが、すぐに瞳の色を真っ黒に戻し、深く溜め息を吐いた。
「本気か?」
嘘だったらこんなことになっていない。呆れたように聞くモリヒトに、びくびくしながら頷いた。溜め息が更に深くなる。
「範囲はここからここ、問題は、」
モリヒトの手が伸び、教科書をめくった。
指先を目で追いながら、シャーペンを握り直す。
「ああ、なるほどね」
「量は多いが、簡単だから出来るだろう」
「うん」
そうやって先に教えて欲しい。出来れば、もっと優しく。
このまま貴重な日曜日を潰すわけにはいかない。なんとか午前中に仕上げて、午後から出掛けよう。ようやく、シャーペンが動き始めた。
「終わったぁ」
朝食後すぐに始めさせられた宿題は、集中したら一時間と掛からず終わった。シャーペンを置き、背中を伸ばす。
「やれば出来るじゃないか」
「だから、やる気がないだけでやれば出来るんだって」
「だったら最初からやれ」
「ぐぬう」
少しは褒めてくれることを期待したのに、モリヒトの口からら小言が溢れる。褒められるようなことはしていない。
「じゃあオレ、出掛けてくるわ」
「ああ」
ノートを閉じ、シャーペンはペンケースに仕舞った。少し出遅れてしまったが、日曜日はまだ時間がある。
「何処行くんだ?」
「んー、別に決めてない」
「そうか」
言った直後、まずい、と思った。宿題を放置したまま、あてもなく遊びに行くなんて言ったら、小言が続いて午前中が潰れてしまう。
しまった、とモリヒトを伺う。相変わらず、表情はよくわからなかった。
「予定がないなら、オレも一緒に行っていいか?」
「えっ、うん、もちろん!」
モリヒトの予想外な言葉が一瞬理解出来ず、少ししてから慌てて頷いた。
趣味が合うというのもあるが、モリヒトと出掛けるのは楽しい。早い段階で宿題を終わらせて良かった。
今日は良い日になりそうだ。